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王宮侍女シルディーヌの受難  作者: 涼川 凛
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騎士団長の甘い顔1

シルディーヌが一日の内で一番好きな時間は、侍女仲間と一緒に夜の食堂にいる時。


今夜のメニューはオニオンスープとチキンパイ。


パイは、ゴロゴロ野菜の入ったクリームソースがけという豪華さで、シルディーヌのテンションが一気にあがった。


取り皿にパンを目いっぱい乗せて、オニオンスープもなみなみと入れる。


それを見たキャンディが盛大に驚いてくれるのは、毎晩恒例となってきた。


これほどに毎日お腹ペコペコになるなんて、アルフレッドに追いかけられて野山を駆けていた子どもの頃以来だ。


サクッと香ばしいパイにナイフを入れて口に運び、じんわり広がる幸せを噛みしめる。


すると向かいに座っているペペロネが、スープ皿にスプーンを入れながら訊ねてきた。



「ね、シルディーヌどうなの?侍女増員の希望はどうなりそうなの?」



訊かれたシルディーヌは「う……」とうめき声を出して、ゴロゴロ野菜にさしたフォークをぴたりと止めた。


侍女長に増員を願い出てから、数日が経っている。



「え、もしかして、駄目なの?」



キラキラしていたペペロネの顔が少し曇った。ペペロネとしては毎日気にしていたことで、そろそろ進展がありそうだと思って聞くことにしたという。


シルディーヌが王太子令が発行されていることをベースに「望みが薄い」と話すと、ペペロネたちはびっくりするやら残念がるやら、ひとしきり騒いだ。


うっかり『ひとりでできるわ』宣言をした事は話したくても話せず、「怖いけれど、勇気を出して騎士団長にお願いしてみたらいいわ」と勧めてくるキャンディに苦笑いを返すしかない。



シルディーヌが王宮でするべきことは、至極単純なはずだった。


侍女をしながら婿探しをする、たったそれだけのことだ。


一生懸命仕事をする傍ら、素敵な貴公子に出会って恋におちたり、貴族方に気に入られて思いもよらぬ縁談をいただいたり。


はたまた外国の麗しい殿方に出会って、燃える恋をしたりなど、大きな夢と憧れを持ってワクワクしながら田舎を出てきた。


しかし現実は厳しいもので、婿探しは難航、仕事は難儀、ついでに、ドSな幼馴染みは難解だ。


アルフレッドを観察し、フリードが言っていたような“団長が怖いのはシルディーヌ”である要素を探しているが、ちっともそんな素振りがない。


変わらずにイジワルなことを言い、シルディーヌが仕事に苦労して、ぷっくり膨れて文句を言うのを楽しんでいるようだ。


毎日がんばって掃除をしているおかげで、黒龍殿は綺麗になりつつある。


そして、“快適空間作り”に知恵を絞って実行しているが、思うような成果は得られていない。


昨日執務室にお花を飾って、書状を読み終えたところのアルフレッドに訊ねてみた。



『どう? アルフ、良い香りでしょ? 素敵でしょ? 居心地がよくなったでしょ?』


『ふん、特に変わらんな』



チラッと視線を投げただけで、会話は終了。


お花を飾っても美術品を置いても、アルフレッドの心は癒されず、却って居心地が悪くなると言う始末。


やっぱりドSな性格だと、一般的な感覚とは違うんだろうか?


アルフレッドを快適にさせているマクベリー邸の侍女たちは、本当に凄腕なのだろう。


勝てる気がしない。


シルディーヌは早くもへこたれぎみだ。


王宮に来てまだひと月ほどなのに、すでに何ヵ月も経っているような気分になる。


毎日が充実しているとも言えるが、このままでは月日はあっという間に過ぎていく。


そして、気づけば一年が経ち、サンクスレッドに帰って太っちょカーネルと問答無用で即婚約……!?


そこまで想像して、シルディーヌは身震いをした。


駄目だ、嫌だ。さっさと婿探しをしなければならない。


だが、黒龍殿と侍女寮の往復だけではいい出会いが望めない。


本格化させるには、どうしたらいいのか。



シルディーヌがチキンパイを咀嚼しながら考えている傍らでは、キャンディが先輩侍女の話を披露している。


うっかり聞き流していたが、ペペロネたちの反応が興奮気味なので、シルディーヌは本格的に耳を傾けた。



「……それでね、デートの終わりに、夕日の見える丘で『結婚してくれないか』ってプロポーズされたんですって!!」



ペペロネたちから「キャーッ!」と叫び声に似た歓声があがった。



「え!?」



キャンディの先輩侍女が貴公子さまにプロポーズされた!?


しかも夕日の見える丘とは、乙女が憧れるロマンチックなシチュエーション。なんという素敵な話を聞き逃していたのだろうか。


シルディーヌは食べることも考えることもやめ、まるで自分のことを話してるかのように頬を赤らめているキャンディの横顔を見つめる。



「それで、その方はどうお返事したのかしら?」



ペペロネが瞳を輝かせて尋ねると、キャンディはもったいぶるように間を置く。


ワクワクする空気がシルディーヌたちのテーブルを包み込み、期待感たっぷりの視線がキャンディに集中する。


そのみんなの表情をうれしそうに眺めた後、キャンディはにこーっと笑った。



「もちろん、OKしたそうよー!」



再び興奮した声があがり、食堂内で一番盛り上がっているテーブルとなる。


みんなの注目を浴びてしまうが、シルディーヌたちの興奮は収まらない。



「どこで出会ったのかしら?」


「お相手の貴公子さまは貴族院のお方なの?」



今までは、想像していただけの侍女と貴公子のカップルだったが、キャンディの先輩侍女とはいえロマンスを身近に感じ、恋への憧れがいっそう大きくなる。



「それがね、貴族院のお方なんだけど、初めて会ったのは、街の紅茶店だって言っていたわ」


「紅茶店だなんて! そこで出会って、どうやって恋に発展したのかしら?」



シルディーヌが興味津々で尋ねると、きゃあきゃあ言っていたペペロネたちも静かにキャンディを見つめる。



「買おうとしていた大好きな紅茶が残りひとつしかなくて。それをちょうど貴公子さまが買うところだったらしいの。がっかりしていたら、その貴公子さまが『私は次回買うとしよう。これは、あなたに』って、譲ってくださったんですって! それがとても自然で、すごく印象に残ったらしいの!」


「まあ、素敵。なんてお優しいのかしら……」



ため息混じりに言うペペロネの後に、シルディーヌも夢見るような声を出す。



「そうよね。私も、そんなお方がいいわ……」



見知らぬ女性に対し、スマートに紅茶を譲る殿方。


きっと王太子殿下のように背が高く物腰も柔らかで、笑顔がさわやかに違いない。


想像を大きく膨らませ、胸をときめかせる。



「それで、数日後に王宮でばったり再会して、よくお話するようになったんですって。そして、お互いに恋をして……まさに運命的な出会いだわ……」



キャンディがうっとりと空を見つめると、一同も共感のため息を零す。


少し前まで賑やかだったテーブルは、みんなが思い思いの想像を膨らませているために一気に静かになった。



「私たちの、運命のお相手はどこにいるのかしらね……」


「もしも出会ったら、みんなに一番に報告するわ」



互いに約束しあい、すっかり止まっていた食事を再開した。



チキンパイを食べながらふと思う。


シルディーヌのことを一番大切にしてくれる殿方は、もしかしたら王宮の外にいるかもしれない。


王宮にいるだけでは、出会いが限られてしまう。


そうだ、外に出よう!


シルディーヌは、行動範囲を広げることを、密かに決めた。



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