騎士団長の怖いもの3
そして、お昼になり。
シルディーヌは、使用人の休憩室でフリードと向かい合って食事をしていた。
別に約束をしていたわけではない。
シルディーヌが食堂に食事をとりに行くと、大勢の騎士が行き来する中にフリードの姿を見つけたから、これ幸いと引っ張ってきたのだった。
とにかく話を聞いてほしかったのだ。
アルフレッドのことを話せるのは、今のところフリードかアクトラスしかいない。
今は、朝の出来事をかいつまんで話しているところで……。
「……そしたら、アルフは、尋問を五分で済ませてきたと言うの。ものすごく怖いことを言ったと思うのだけど、実はとても簡単なお仕事だったのかしら?」
「は!? ご、五分ですか!?」
フリードは、口に運ぼうとしていた肉のソテーを、ぽとりと皿の上に落とした。
「ええ、確かにそう言ったわ。フリードさんが執務室を出て行ってから、割とすぐに戻ってきたもの」
「いやいや、待ってください、シルディーヌさん。いくら怖い言葉を並べたとしても、五分では絶対に無理ですよ。警備隊だって同じようなことを言っているはずですし、あの犯罪者は、何人もの人を殺めた凶悪な男でした。一筋縄ではいかなかったはずです。鬼神と呼ばれる団長にしかできない技ですよ」
「……そんな怖い人だったの?」
「はい。ここへ連れてくると連絡があったとき、すぐさま『ここへ連れてくるなどとんでもない! 俺が出向く!』と言って、矢のようにすっとんで行かれました。伝達に来ていた警備隊員と一緒に慌てて追いかけまして、朝の命令を伺ったわけです」
「そうだったの……」
フリードの話をじっくり聞けば、アルフレッドの周囲は朝から大騒ぎだった様子だ。
髪がすごく乱れていたのも、改めて納得できるというもの。
「でも、凶悪犯に対して迫力勝ちするなんて、鬼神のアルフには怖いものはないのかしら?」
アルフレッドの苦手なものは、幼い頃にさんざん探したが、結局見つけることができなかった。
虫も獣も平気そうだった。
さらに犯罪者も平気となれば、最高の地位につく王族が怖いのかもしれないと思う。
だが、王太子殿下はとてもおおらかで素敵な人だから、怖い存在とは言えなさそうだ。
「やっぱり、国王陛下かしら?」
「いえ、国王陛下は威厳あるお方ですが、団長は“怖い”と思っていないでしょうね。敬意は示されますが、実に堂々とした態度で話されます」
「じゃあ、結局、怖いものはなにもないのね」
なんだか呆れてしまうが、それがアルフレッドという人なのだろう。
鬼神の異名は伊達ではないのだ。
「いえ、団長にも怖いものはありますよ。怖いものと言うか、弱いものですね。シルディーヌさんは、近くにいて気づきませんか?」
フリードは意味ありげににっこりと笑って、シルディーヌを見ている。
けれど、いくら考えてもシルディーヌには思いあたるものがない。
首を傾げて見せると、フリードはいったん迷うような素振りをした後、声を潜めた。
「俺が言ったと言わないでください」
シルディーヌは、わくわくしながらこっくりとうなずいた。
アルフレッドの怖いものなんて、初めて知ることができるのだ。誰に聞かれても貝のように口を閉ざしてみせる。
「彼女である、シルディーヌさんですよ」
「……私!!?……冗談でしょう? そんなはずがないわ」
まず第一に彼女じゃないし、アルフレッドは幼い頃からずっと変わらずにドSなのだ。
例えばシルディーヌが怖いものに出会ったら、足がすくんだり、逃げ出したりする。
けれどアルフレッドは逆で、自ら近づいていくような人なのだ。
シルディーヌが驚いたり困ったりするのを楽しんでいるような感じだ。
ともすれば、叱ったりもする。
どう考えても、怖いと思っている相手への態度ではない。
けれど、フリードは訳知り顔でシルディーヌだと言い張った。
「団長の態度を気にしてみてください。怖いと思ってることが分かると思います」
「本当に……そうかしら?」
シルディーヌには、どうにも信じられないことだったが、フりードは大きくうなずいている。
今朝のアルフレッドの態度を思い返しても、盛大な疑問符が浮かぶばかりだが、いつもと違うと思ったのは事実だ。
「もしかして、あれが、怖いと思ってるってこと?」
いや違う。納得できない。
いくら考えても納得できるはずもなく、今度アルフレッドをよく観察してみようと心に決めたのだった。
そして、この日の午後はアルフレッドに会うこともなく過ぎていき、おかしな一日は終わった。




