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※開封後はひと夏のうちにお召し上がりください  作者: 村崎千尋
第1章「アー・ユー・レディ?」
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(6)



 六弥駅につく頃には喋り疲れて、夏休みが明けたらまた会える中学時代みたいに、別れはあっさりしたものだった。今日はどうやら自転車で駅まで来たのはあたしだけのようで、みんなはそろってバスで帰るか親が迎えに来てくれるみたい。あたしは一人で駐輪場に向かった。

 南口しかない駅の構内を出て空を見上げる。空はすっかり群青色にくすぶり始めている。


 夏の夜七時過ぎって不思議な時間帯だなぁ、と、いつも思う。夕方の残り香もすれば、夜の気配だって感じる。昼間の温度のまま、夜の蒸しタオルで包まれているようなもやもやした不快感を孕み出す。冬だったら断然、七時は夜なのに。

 自転車を押して駐車場を突っ切っていると、ちょうど向こうからやってきた軽トラックの助手席からオミが降りてくるのが見えた。運転しているのはオミのところのおじさんのようだった。オミ、車の免許を持っているはずなのに、変だな。


「オミー」

 あたしが手を大きく振ってアピールすると、さすがにオミも気づいて、駅に向かう進路を変えてこっちに歩いてきた。

 オミはいつもより綺麗なかっこうをしている。着ているのはなんの変哲もないただのオーソドックスな型のシャツと細身のパンツなんだけど、色の合わせ方とか袖のまくり方とかがどことなくこなれているのだ。髪型もきちんとワックスでセットされていて、ただそこらへんに出かけていく用事ではなさそうである。それとも、普段東京暮らしの人ってそんなもの?

 オミはせっかくかっこよくしているくせに、へらぁ、と情けない笑みを浮かべた。


「よお。夏那は今帰りか」

「そだよ。五十川の駅で友達と駄弁ってきたとこ」

「JKしてる」

「馬鹿にしないでってば。……オミはこれからどこかに行くの? 送ってもらってるなんて珍しいね」

「うん、今日は成人済の高校の友達で集まって飲みにいくから。駅までチャリで行くって言ったんだけど、親父らが『帰りは酒入った状態じゃ危ない』って言って聞かなくて」

「あはは、おじさんたちらしいね」

「まったく、過保護すぎる」

 飲み会かあ。

 オミは大学二年生。誕生日が五月なのでとっくにもう成人している。


「いいなあお酒」

 あたしの言葉に、「お?」とオミが面白がるような反応を示した。

「なに、飲んでみたいの」

「買ってくれるの?」

「夏那が二十歳になってからなー」

 頭をポンポンと撫でられる。完全に、子供扱い。

 確かに、あたしとオミの間には四年分も差がある。オミが中学一年生のときあたしは小学三年生だったし、今なんかあっちは成人でこっちは未成年だ。仕方ないかもしれないんだけど、なんだか腹立たしい。

「あーあ、四歳差って、やっぱ大きいね」

 そうぼやくとオミがきょとんとした。


「そうか。俺はそうは思わないけど」

「え、大きいよ」

「確かに一方が小六のときもう一方は高一じゃ大きく感じるかもしれないけど、いつかは四十一歳と四十五歳だし、六十歳と六十四歳なわけだろ。そしたら四歳差くらい、あってないようなものだし、全然イケると俺は思う」

 ん? なんだか話がズレている気がする。

「待って待って。誰も恋愛の話なんてしてないんですケド」

「あ、そういう話じゃないのか。てっきり四つ上に好きな人でもいるのかと思った」


「あたし別に、年上とか好きじゃないし」

 オミが眉をひそめる。

「もしかして年下派?」

「年下もちょっとなぁ。付き合うなら断然タメかな。気ぃ遣わなくていいし。……つか、なんであたしたち恋バナしてんの、駅の駐車場でさ」

「確かに」

 オミが軽やかな笑い声をあげる。今日はこれから出かけるから随分とご機嫌だ。


「じゃあ、電車がそろそろだから。夏那も気をつけて帰りなよ」

「あーい」

「それじゃ」

「うん、またね」

 そうだよね、電車、四十分に一本しかないから、一本逃したら遅刻確定だもんね。

 ふいにどきりとした。

 電車といえば駅、駅といえば改札口、と続いた連想ゲームで先ほどの光景が浮かんだからだ。こちらに気づいて目を見開くゆりこ、声をかけようとしたのに人ごみの中に遠ざかる背中、気づかずに話し続けるみんな……。


「オミ!」

 思わず、歩き出したオミを引き止めていた。

「なに」

 振り返ったオミがあたしの大声に驚いている。あたしは早口に彼に告げた。

「ゆりこのこと言わないで」

「え」

「ゆりこが六弥に帰ってきてること、その……友達とかに、言わないで」

「言うつもりは特にないよ。ゆりこちゃんにそう口止めされたのか」

「違うけど……」


 言葉が尻すぼみになる。あたし、何言ってんだろうな。ゆりこに頼まれたわけでもないのに。

 どうしてかなんてわからない。でも、ゆりこはもしかしたら自分が帰ってきていることを知られたくないのかもしれないと、そう思ったのだ。

 “けど”の先に続く言葉が見つからなくて黙り込むあたしに、オミがふっと柔らかい笑みを浮かべた。大人みたいな顔だった。

「わかった。夏那のお願いなら言わないよ」

「うん、ありがと」


 なにやらアナウンスが風に乗って聞こえてくる。おそらく、電車への乗車を促すものだ。オミが「じゃあ、今度は本当に」と言って歩き出した。

 オミは約束は守る男で、あたしはそれをよく知っているから、もう一度念を押すこともなくその背中を見送った。

 ゆりこは今頃、東京だろうか。



(第一章「アー・ユー・レディ?」)



次から第2章です。

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