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※開封後はひと夏のうちにお召し上がりください  作者: 村崎千尋
最終章「ファウンド・ユー!」
30/31

(1)



 ゆりこからの電話があったのは、その翌々日、八月三十日の夜のことだった。

 なんとなくスマホをいじっていたら、ふいにツブヤイター画面が着信画面に切り替わったのだ。この夏、ゆりこと電話をするのは何回目になるだろう。MINEの着信音と違うメロディにもすっかり慣れてしまった。しばらくもったいぶってから画面をスワイプして出る。


『もしもし!』

 ゆりこの声が耳に飛び込んできた。いつもよりちょっと高い声。興奮しているみたい。

「もしもし」

『電話、本当は昨日か一昨日にかけようと思ってたんだけど、いろいろバタバタしてて遅くなっちゃった。ごめん』

「うんいいよ。そろそろ落ち着いてきた?」

『まあ、ちょっとずつね。秋からドラマの撮影も始まるし、それまでには全部決着つけちゃうつもり』


 会見後から今までの丸二日で、事態はかなり収束しつつあった。

 八月のあいだずっと報道され続けていた花園撫子の一連の騒動には、もうみんな飽きているらしい。新たな芸能スキャンダルが舞い込んだこともあり、世間の注目はそっちにうつっていった。

 あの後、ゆりこの会見を受けて、「十六の少女が勇気を出して口を開いたのに大人は見て見ぬふり」ということがずるいと、ゆりこたちの所属事務所、それから花園撫子と幸田典彦は大バッシングを受けた。結果、花園撫子と幸田典彦のふたりはしばらく芸能活動を自粛することを発表した。


 会見でお披露目された、ロングヘアからイメージを一新しておかっぱになったゆりこの髪型はボブと体のいいカタカナ語に変えられ、「リリィ・ボブ」(リリィ、イコール、ゆりこの「ゆり」だそうで)としてインスタやツブヤイターでトレンドになっている。

 あたしは死んでもあんな芋臭い髪型やらないけど。

 そうそう、それから、会見と一連の騒動のおかげでゆりこが準主演をつとめることになっているドラマがすごく注目を浴び始めているみたいだ。ゆりこは主人公の女の子の才能に嫉妬するはっちゃけた女子高生っていう役柄らしい。


『会見、びっくりした?』

 ゆりこが茶目っ気たっぷりな口調で尋ねてくる。素直に頷くのは癪なので、ハイハイってテキトーに流した。

「まあ、ちょっとね。だって、家族は捨てられないってビービー泣いてたじゃん」

『泣いてないですから』

 ゆりこが噛み付いてくる。

「どっちでもいいよ」

『よくない、わたしの名誉かかってる』

「じゃあ泣いてないってことでいいよ」

『諦めないで!』

「真矢みきか」

『……でも、夏那との電話のあといっぱい泣いたよ?』


 ゆりこはあたしの反応をうかがうように、そっと、その言葉を口にした。

『いっぱい泣いて、それからパパにDNA鑑定しようってもう一度お願いした。ママを裏切ることになっても、わたしは、わたしの信じたものを真っ直ぐ貫きたいと思ったの。それが“わたし”だと思ったの』

 うん、とあたしは相槌を打った。うん。そうだね。それがいいよ。

『あ、ねえねえ話変わるけど』

 ゆりこの声色が一瞬にして変わる。

『イオンで撮ったプリクラ、ロック画面の画像に設定していい?』

「好きにすれば」

『そこは、わたしもぉ! って言うところだよ』

「わたしもぉー……」

『棒読み禁止!』

 なんとなくおかしくなって笑ってしまう。何笑ってんの、と言ったゆりこもたぶん笑っていた。


 ゆりことの会話は、桜田とかマッキーとか優ちゃんとの会話みたいに、かちりと噛み合うようなものではない。面白くはない。ただ、どこかそのつまらなさに安心している自分もいた。

『明日、荷物取りに一度六弥に帰るから。お仕事の時間の都合で家までは戻れない。パパと一緒に荷物を駅まで持ってきてくれる?』

「えー」

『何か用事あるの?』

「うそうそ、行くよ。何時?」

『うーん、駅に一時かな』

「りょーかい」


 それからしばらく、お互いの近況を話した。ゆりこのほうは新しいドラマの撮影が始まるからしばらく長野に行くらしい。あたしはイマチが死んでしまったこととマッキーや優ちゃんたちがゆりこを心配していたことを話した。ゆりこはイマチの件でひどく残念がった。

 ひとしきり話題が出尽くした頃、どちらからともなく「じゃあまた明日、おやすみ」と言い合ってあたしたちは惜しむこともなく電話を切った。


 あたしはベッドに寝転んで、ちょっと迷ってから、スマホのロック画面の画像をゆりことのプリクラに設定した。ゆりこの提案でジャンプして撮ったやつである。確認のためにスマホを閉じてからまたつけて、思わず吹き出してしまう。

 ゆりこ、Tシャツめくれてるし。髪の毛ヤバいし。鼻の穴大きすぎだし。前歯出てるし。ひどい顔だなあ。あたしも似たようなものなんだけど。

 目尻の涙を拭って、勢いをつけて起き上がる。引き出しに確か、中学の時使っていたレターセットが眠っていたはずだ。


 ゆりこはゆりこで頑張った。

 だから今度は、あたしの番だ。



***



『オミへ


 久しぶりです。八月いっぱいでまた東京に行ってしまうと聞きました。

 ゆりこが明日、六弥に帰ってきます。オミは会いたくないかもしれないけど、あたしは最後にみんなで会いたいです。オミに伝えたいことがいっぱいあります。

 嫌だったら、来なくてもいいです。

 でも、明日の午後一時、六弥駅でゆりこと待ってます。       夏那』


 ――翌朝、あたしはそれを、オミの家のポストに直接投函した。



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