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※開封後はひと夏のうちにお召し上がりください  作者: 村崎千尋
第1章「アー・ユー・レディ?」
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(3)


 オミは家まで送ると言ってくれたが、住宅街の道ではUターンができず、あたしたちを送ってからオミが家に戻るには大幅に遠回りすることになってしまうのでそれは遠慮した。

 一度オミの家に戻ると、出がけに「木村さんとこのゆりこちゃんを迎えに行ってくる」とでも言ったのか、家族総出でスタンバイしていた。

 ずっと待っていたのだろう。助手席からゆりこが出てきたときの斉藤家のみんなのはしゃぎっぷりといったらもうすごかった。おじいちゃんは破顔一笑し、おばさんはきゃあと黄色い声をあげ、おじさんは物陰からちらちらとこちらを気にしている。


「いつもテレビ見てるよぉ、ゆりこちゃん、おっきくなったねぇ」

「ありがとうございます」

「髪はどうしたの? 昨日のクイズ番組では長かったよね?」

「えー、見てくださったんですか? 嬉しいです。髪の毛は一昨日切っちゃいました」

「スイカ食べな。麦茶もあるよ」

「立派なスイカですね! おいしそう。いただきます」

 あっという間に囲まれるゆりこを尻目に、あたしは軽トラックの荷台からキャリーバッグをおろしてぴょいと飛び降りた。オミが車庫に軽トラックをしまいにいって、しばらくして戻ってくる。


「夏那、スイカ食べる?」

 オミが尋ねてくるので、あたしは首を横に振った。

「麦茶は?」

「あ、それは飲む」

「取ってくるよ」

 縁側から少し離れた木陰、斉藤家のおじさんが日曜大工で作ったという木製のベンチに腰掛けて、あたしとオミは麦茶をすすった。芸能界で揉まれているゆりこはおばさんたちに好かれることくらいわけないようだ。スイカをお上品にスプーンで食べつつ談笑している。


 ふと隣のオミを見上げれば、オミもこっちを見ていた。

「え、なに、オミ」

「……いや、そういえばうちの麦茶、砂糖入りだと思って。甘い麦茶は苦手だったりするか」

「ヘーキ。てか好きだよ。うちでは出ないからラッキーって感じ」

「そりゃよかった」

 オミは穏やかな表情でふいっと前を向いた。


「……またおいでよ」


 ぽつりと漏らすようなその一言は、ややもすれば独り言だと聞き流してしまいそうだ。

「えー、迷惑になっちゃうじゃん」

 あたしは運動靴のつま先を見つめた。先っちょが茶色くなってはがれかけている。

「今日だって突然押しかけちゃったし」

「そんなことないって。俺の友達みんな全国ばらばらだし、大学二年になるといちいち帰省なんかしないヤツも多いし、俺も、話し相手いなくて暇だから」

「とかいって、あたしがゆりこ連れてくるのを狙ってるでしょ。あわよくば芸能人とお近づきになりたいだけでしょ」

 一拍おいて、ははは、とオミは笑い声をあげた。「そうかもね」


 しばらくして、ようやくゆりこはおばさんたちから解放された。そろそろ帰らなきゃと言うから、あたしとゆりこは斉藤家のみんなに丁重にお礼を言って、オミの家を後にした。

 砂利道に慣れていないキャリーバッグは角の尖った石ころを踏みつけるたびに大きくはねる。ぶらぶらと足を投げ出すように歩きながら、あたしたちは住宅街への道に戻っていった。

 時刻は午後二時をまわり、一日で最も暑いという時間帯に入っている。そういえば日焼け止め塗るのを忘れたな、なんて今更ながら気づいて絶望した。十年後のあたしがシミだらけだったらたぶん、今日のせいだ。


「……ゆりこは、なんでこっちに帰ってきたの?」

 黙っているのもアレなのでゆりこのほうを見てテキトーに話題を振れば、彼女は少し気まずそうな顔で目をそらした。

 あ、地雷踏んだかも。

 でもすぐに、ゆりこの表情はテレビでよく見かけるものへと戻る。ああ、あたし、知ってるぞ。「ゆりこスマイル」だ。やりすぎない程度の元気と若さ溢れるゆりこのその笑顔は、バラエティ番組で「ゆりこスマイル」と名づけられて少し話題になったことがある。

「夏はお仕事あんまり入れてないんだ! まったくないわけじゃないけど、東京まで電車で二時間くらいだから十分に通えるしね」

「ふーん」


「っていうのは建前で、ほら、ニュースでやってるでしょ。うちのママと俳優の不倫熱愛報道。東京の家には週刊誌の人が張り込んでるし、ホテルを転々とするのもなあって思って。いっそパパのところに行っちゃおうかなぁ、みたいな」

「そっか」

「夏那ってば、自分で聞いたくせに興味なさそう」

 ぶりっこみたいに頬をふくらませるゆりこに「あんまり興味ないもん」と正直にそう返せば、ゆりこが苦笑した。

 荷物が重たいとやたらとゆりこがぼやくので、じゃんけんで負けたほうが二十歩分歩くことにして、かわりばんこにキャリーバッグをひいて住宅街の坂をのぼった。あたしはもう三連敗している。さっき飲んだ麦茶分くらいの大量の汗が額から首筋に伝ってTシャツの首周りにしみていった。


「十一、十二、十三……」

 ふと気づく。

「あ、今日のTシャツ、グレーなんだけど!」

 ゆりこがあたしを見て、一瞬ぽかんとしてから、意味がわかったようで笑いだした。

「夏那、脇汗! 黒Tのわたし勝ち組なんだけど」

 それからあたしが六連敗をキメたところで家についた。あたしたちはお互いの家の前で別れた。

 ゆりこが家の門のピンポンを押している。実家なんだから普通に入っていけばいいのになぁなんてそれを横目に見ながら、あたしも自分の家の扉を押し開けた。


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