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※開封後はひと夏のうちにお召し上がりください  作者: 村崎千尋
第5章「ディサイド・トゥー・××」
27/31

(3)


***



 八月二十五日の朝には、夏休み最後の地域ボランティアがあった。

 内容は主に、六弥町の清掃だ。男衆は草刈り機で夏の間伸び放題だった草を刈り、女衆は長いトングと袋片手にゴミ拾いをして回るのである。毎年母に「行かないと夕飯なし」と脅されてイヤイヤ参加しているその行事に、あたしは珍しく自分から参加した。

 真面目なオミはちゃんと来るだろうと思ったからだ。


 明日は、八月二十六日、土曜日。オミがゆりこにまた散歩をしようとあげた日付である。

 ゆりこが来られればそれ以上のことはないだろうけれど、たぶん、戻ってこない。だからせめて、あたしとオミだけでも一緒に散歩をしよう。それでゆりこに電話をするのだ。散歩したよ、って。ゆりこはきっと笑って「わたしも行きたかった」と言うだろう。

 公民館の受付でゴミ袋とトングを借りるなり、町の中央部へと向かった。男衆はたいてい毎年、東西南北の四つのチームに分かれ、中央に向かって草を刈っていくのだ。つまり、中央付近でゴミ拾いをしていればオミに会える確率が高いのである。


 駅前を通り過ぎたところで、マッキーと優ちゃんに会った。彼女たちはゴミ拾いには参加していないようだった。

「ちょっと夏那ぁ、課題、終わったぁ?」

 ふたりに両脇から小突かれる。そういえばこの前、課題が終わらないからと嘘をついてマッキーがゆりこの家に行くという誘いを断ったことを思い出した。

「えーっと、イマイチかなあ」

「ふーん。三高生もたいへんだね。次みんなで集まれるのは、冬休みかなぁ。遠いなぁ」


 マッキーがぼやく。

「冬休み、絶対集まろうね。夏那、忙しくてもちゃんと来るんだよ」

「優ちゃんさえ数学の追試抜ければの話だけど」

「言えてるー」

「優ちゃん、笑い事じゃないから。でもまぁ、夏那も来なよ?」

「そーだね、絶対集まろ!」

 あたしは頷いた。

 絶対なんて、あるかわからないけれど。


 マッキーと優ちゃんと別れて町の中央部に到達すると、男衆が毎年集合場所にしているつぶれたパチンコ屋の駐車場に、すでに人が集まっていた。何人かのおばさんたちがおしゃべりに興じている。傍らに見慣れたロゴの入った段ボールがあるから、どうやら草を刈り終えてゴールした男衆にお茶の缶を渡す係らしい。

 その中に、ユカさんがいた。一人だけ若いからすぐにわかった。

 ユカさんがあたしのことを見てニカッと笑う。白い歯が眩しい。

「夏那ちゃんじゃない! なぁに、お茶もらいにきた?」

 茶目っ気たっぷりにウインクして、ユカさんがお茶の缶を分けてくれる。

「あたしもここにいていいですか?」

 あたしの申し出に、一瞬おばさんたちはびっくりしたみたいだけれど、でも歓迎ムードで受け入れてくれた。


 二時間ほど経った頃だろうか。北側からやってきた組が草刈り機をかついでやってきた。北側の組は、いかにも外で力仕事してます系の肌が黒く焼けたおじさんたちと、頭脳労働してそうな非力そうなおじさんたちの混合チームである。

 その中に、木村のおじさんもいた。

「おじさん、お疲れさまでーす」

 お茶を渡すと、ありがとうと笑って首筋の汗をぬぐったおじさんが、

「あ、そういえば」

 何か言いかけた。

「なんですか?」

「……ううん、なんでもない」

 曖昧に笑ってみせたおじさんは、あたしが問い返そうとする前に、他のおじさんたちの間に混じっていってしまう。


 続いて、東組・西組も到着する。うちのお父さんは東組だった。どうやらここに見られる顔ぶれからすると、南組に若い男の子たちが集まっているらしい。オミもそっちのようだ。

 やがて、ほかの組が解散する頃、ようやく南組がやってきた。六弥町の南側は開発が遅れているというか、ぶっちゃけいえば草ボーボーだ。おまけに日当たりもいいので、草が多かったのだろう。それでこんなに時間がかかってしまったのだ。

 若い男の子たちはすっかり汗だくで、Tシャツが少し濃い色にまだらに染まっていた。オミも黒いTシャツに頭に手ぬぐいを巻いているガチ勢なかっこうで、友達らしい人と笑い合っている。

「小六のときの担任の佐藤先生、結婚したんだって」

「え、知らなかった」

「斉藤、お前、成人式ちゃんと来いよぉ」

「わかってるって」


 つーかさ、と言いかけたオミが言葉を途切れさせる。あたしのことを見つけたらしかった。

「お茶、どーぞ」

 目を見られずにぶっきらぼうにお茶の缶を差し出すと、オミが「あ、ああ、どうも」とどもりながら受け取った。すごく気まずい。

 でも、ここで負けたらダメだ。

 あたしはえいやっと気合を入れてオミを見上げた。でもやっぱり目は見られなくて眉間のあたりをじっと睨みながら、一息に要件だけ告げる。


「オミ、二週間前、二十六日にお散歩しようって言ったでしょ! だから、明日、夕方頃赤ちくじーさんのとこに集合ね!」

 そんじゃ、とあたしはオミの返事も聞かずに逃げ出した。ていうか、断られるの、わかっていたから。うやむやにしておけばオミが来るんじゃないかと思った。オミはそういうのから逃げられない人だ。あたしは知ってる。


 ――なんだぁ。人の気持ちの重さを踏みにじってるのは、ずるくて汚いのは、あたしも一緒じゃんね?



***



 あの時ゆりこと五十川のイオンでおそろいにしたタトゥーチョーカーをどう処理したらいいのか、扱いに困った。なんとなくつける気にはならなかったし、でも捨てるというのも気が引ける。首につけてみたら、今着ているのがジャージだからか、なんかすっげーダサかった。

 さんざん迷って、しまいには考えるのが面倒くさくなって目覚まし時計に巻きつけた。

 うん、やっぱすっげーダサい。



***



 家で食パンに一個百三十円のジャムを塗って食べたら、やたらと甘味がベタベタしていておいしくなかった。

 お散歩のお礼として赤ちくじーさんからもらった柑橘系フルーツのジャムがあまりにおいしかったため、ジャムに関してだけ舌が肥えてしまったのかもしれない。あれはいったいどこにいってしまったんだろう。まだ全部食べていないはずなんだけど、あたしの家の冷蔵庫にはなかった。あの後どっちが持ち帰ったんだっけ。

 賞味期限が八月三十一日だから、早く食べないといけないんだけどなぁ……。



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