白石愛理 陽性転移
カラカラ・・・
「お忙しいところ失礼します」
保健室に、生徒の母親が入ってきた。
「あ、白石さんのお母さん、お世話になっています。どうぞこちらへ」
誠史郎が相談室へ招く。
「いかがですか?愛理さんは」
「ええ。まだ登校するには無理みたいで・・・」
「そうですか」
「それよりご相談が・・・」
「はい。何でしょう」
「実は、いま行っている児童精神科の先生の事を好きになってしまったようなんです」
「はあ」
「先生は父親くらいの年齢の方なんですよ?!
中学2年で不登校なのに年配の先生が好きになっているようだなんて」
母親は口調が強くなり、少し取り乱していた。
「お母さん、落ち着いてください。大丈夫ですよ。それは恋愛感情ではありません」
「先生が陽性転移を行っていると思われます」
誠史郎が母親を落ち着かせるように話しかける。
「陽性転移?」
聞いたこともない言葉に母親は首をかしげる。
「先生はプロですから愛理さんの心をひらかせるために、
容姿や行動を褒めたりして気持ちをほぐしているのでしょう。
それでクライアントは自分は大切にされていると思い、好意の感情を持つのです。
先生はわかってやっていますから恋愛ごとにはなりませんよ?
そうやってクライアントの緊張をほぐし、心を開かせて治療を行います。
それよりお父さんに年が近いということですがご家庭でお父さんとの会話は?」
「はあ、それが私が主で会話というものはそれほど」
「それはあまり感心できませんね。日常のあいさつだけでもいいから
彼女に声をかけてあげるように伝えてください。きっと父性を求めているでしょうから」
「それからあまりにも心配なら先生に一言添えておけばいいでしょう。
時間をかけて適度な距離をとってくれますから。大丈夫。先生はプロです。
お母さんが無理に引き離そうとするのは逆効果ですから、そこだけ気をつけてください」
「はい。わかりました」
「愛理さんが登校してくれるのをこちらはお待ちしていますから」
「はい。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」
深々と頭を下げ、白石愛理の母は保健室を後にした。
「やはり陽性転移とは難しいのですね」
北斗が静かに誠史郎に近づく。
「あれねー。劇的に良くなることもあるんですけど、嫉妬心も生まれやすいし、
離れる時期、失敗するととんでもないことになっちゃうんですよね~」
『もしかして桜井先生、うまくいかなかった事があるのかしら?』
少し遠い目をしている誠史郎を北斗は静かに見上げる。