2-4 保身
案内された先は予想通りと言うべきか、屋外であった。先ほどの姉弟もいるようで、ここが先刻言っていた休める場所とやらなのだろう。
5粒の木の実と2口分程度のスープを貰うこともできた。
砦の立地で言う中庭にあたる場所のようで、人口密度がそこまで高くないのと、内壁に渡された布が屋根になっている分だけ、最初に目にした場所よりは恵まれた環境に見えないこともない。
「やぁ、さっきはお互い災難でしたね」
姉弟の弟、バーグの隣へと腰かけた。
相手が男女二人組の場合は基本的に、自分と同性側から近づいた方が相手は心理的抵抗を感じにくい。専門品の接客などで用いるテクニックだ。
「あ、どうも」
「どうもです」
フレンドリーとはいかないが、先刻勝手に聞かせてもらった境遇を考えれば当然だろう。
しかしタスクとしては二人との邪魔の入らない会話は、実は待ちわびていたものでもある。
騎士や姫とは異なる生の情報が得られるし、同じ危機を共有した者同士、多少は口も軽くなるはずだ。
「ハーズさんたちも無事で何よりでしたねぇ。あれは私も流石に死を覚悟しましたよぉ。勇者さまの」
「いや普通そうゆうのは自分の死を覚悟するんだけど」
どうせアリスタがすぐに無駄口を叩きだすであろうことも計算ずくだ。
「さっきも思いましたけど、本物の妖精さんなんですね」
予想通り、早速姉のハーズが食いついてくる。
「あぁ。二人は妖精に会うのは初めて?」
しかしここでアリスタに主導権を持たれては、会話は迷走するだけで終わりである。
猫じゃらしのように振った指先でアリスタの気を引きつつ、タスクは空いた方の手で会話の主導権をがっちり握った。
「勿論です。お婆ちゃんは若いころに会ったことあるって言ってましたけど、その頃から誰も信じてくれなかったみたいです」
更にバーグが食いつく。アリスタの話は間違っていないようで、ずいぶん前からすでに希少な存在だったらしい。
「そうなんだ。じゃあ今いる世代じゃ見たことある人は少ないのも仕方ないかもね」
極力ネガティブなイメージを避けつつ、だが答えを限定するようにトーンを少し落として誘導する。
「そうですね。ただでさえベテランの兵士さんや、体力の衰えた高齢の方がどんどん減っている状況ですもんね。兵士の方も多くはあの日に王都に残って戦ったって聞きますし」
流石は素直な若者と言うべきか、聞きたい情報がするすると出てくる。
「そういえばこの辺にもその魔王軍が来てるんだよね?」
兵士たちの様子や生傷をみれば分かる。
「えぇ。聞いた話ではこの砦でも週に1回か2回くらい迎撃に出るみたいです」
それが自身のいた世界のそれと比べて多いのか少ないのかはタスクには分かりかねたが、いずれにせよそう長くは持たないことだろう。
「他の国に逃げようって人はいないんだ? ここから国境まで遠いの?」
先刻に難民の受け入れが拒否された話は聞いていたがタスクはあえて聞いた。これも今なら異なる答えが帰ってくるかもしれない。
「西に行けば8ロールグくらいでコンバス国との国境がありますけど……」
再びハーズが答えてくれる。
東の首都に向かうより近い距離だが、あまりポジティブな語調は感じられない。
「コンバス国は軍隊の統制が徹底されてて国境に詰所があるので。……それにみんなにとって王都が帰る場所ですから」
バーグが続きを紡ぐ。
「あぁ。なるほど」
精神的にも、機能的にも、気軽に亡命ができるのであれば普通はこんな生活は選ばない。
分かっていた答えではあるが、得るものは得られた。
「ありがとう。邪魔したね」
立ち上がって、人の少なそうな辺りへ移動する。
「なんだか二人とも、あんまり元気がありませんでしたねぇ」
アリスタは相変わらず能天気だ。
「聞いた感じでは家族を亡くしてる風だったからな。当然だろ」
「可哀想ですねぇ。どの人間さんも、みんな大変ですけど、あのソフィアさんは他の方よりも元気そうでしたねぇ」
「へぇ……そう見えたか?」
振り回されるのは御免だが、タスクとしてもアリスタの能天気さを否定する気はない。何百年も人の顔色をうかがう必要の無い生活を送ってきたのだから能天気なのは当然のことだ。
だが、もしかしたら動物的な勘で人の感情の機微を見抜いたりするのでは、とは思っていた。
しかしどうやらそんなことも無かったようだ。
「そう見えたかって? 違うんですかぁ?」
首を傾げるアリスタ。考えているのか、格好だけなのかは定かではないが。
「まぁ確かに、あのお姫様は俺に対してもお前に対してもあっさり引いたし、俺たちの晩メシが木の実5粒だけのことにも一言も触れなかった。それに自分の両親や大勢の国民を亡くしたばかりにしては元気かもな」
アリスタのような喧しさではないが、まぁ確かに元気には見えた。
一見すればだが。
「ほらやっぱり。タフガイってやつですねぇ」
他の避難民も一様に元気なら、文化の差としてあり得るかもしれないが、そんな様子はない。
「思い出してみろよ。あのお姫様は俺が別の世界から来たって聞いて、会話の途中だったのにすぐに名乗っただろ?」
直後に無意識に身を乗り出していたことも考えると、気持ちとしてはすでに次の話題に向かっていたはずだ。
だが彼女はわざわざ自分の名を教え、ご丁寧に魔王の解説までしてくれた。
「あ、そぉいえばそうですね」
「相手と自分の基礎情報量の違いを把握して、相手に気遣いできる人ってことだよ。普段は名乗るまでもない存在である自分の名前を、俺が知らないと察してすぐに自己紹介をしたんだ。まぁ普通と言えば普通だけど、そんな人が家族を亡くして国を追われて、大勢の人が死んだことに心を痛めないと思うか?」
タスクも職業柄、駆け出しなりに大勢の起業家や経営者を見てきた。特に人柄というのは本人が隠してもよく見える部分の一つだ。
「じゃあやっぱり、お姫様の力になってあげるんですかぁ?」
「いや無理だろ。俺たちにできることなんて無いし、それに夜明けの少し前まで待ってここを出るから」
先ほどハーズとバーグに近づいたのもそのためだ。
こんな状態で、しかもいつ攻め込まれるか分からないというのでは、アリスタと出会った森とさして変わらない。
8ロールグなら急げば半日の距離だし、普通の亡命者は無理でも妖精を連れたタスクが異世界の知識を披露して本気で交渉すればなんとかなるだろう。
「え!? それってコッソリ出ていくんですかぁ? あのソフィアさんなら挨拶すればお見送りしてくれるんじゃないですか? 良い人そうでしたし、勇者さまの言ってた通りなら、悲しくても元気な振りをしているくらい良い人なんですよね?」
確かに思いやりがある人なのだろうが、それは第一に国民に向けられるものだ。
先刻に彼女があっさりと解放してくれたことも気になる。
「客観的に見て良い人でも、主観的に見たらメリットのある人かは分からんからな」
タスク自身は『勇者様』に本当になんの力も無いと分かっているが、彼女からすれば国民を思えば藁を聖剣と見間違うことだってあるかも知れない。
そんな思案に合わせて、視界に大きな鎧姿が現れた。
「ヒヒガネタスク! 姫様が明日、改めて謁見をお許しになった。明朝、目が覚めたら近衛騎士に声をかけろ!」
「あぁ、はい」
案の定である。
離れてなお巨大に見える大盾と大女を見送って、タスクは大きくため息をついた。