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2-3 謁見

 アリスタの言う10ロールグという当初の予想の真偽は不明だが、人里と呼ぶべき場所へは荷馬の脚で20分程度の距離であった。

 サーブリックと名乗る弓兵らしき男性の馬にやっかいになって、この場に到着するまでに三つ分かったことがある。


 まず第一に乗馬が予想以上に難しいのだということ。

 おかげでその青年の背にピッタリとしがみつくことになり、大の男が二人そろって苦虫を噛んだような顔をする羽目になった。


 第二に、彼らの住まいがエクルス砦と呼ばれる場所であること。

 アリスタの当初言っていた『おっきな街』とやらがどの程度の尺度で言われていたのかは知らないが、ここはタスクの目からみても大きいとは言いがたかった。建築面積は目測でおよそ1万平米くらいだろうか。野球のグラウンド一つ分に満たない程度だ。外壁までを含めてもせいぜいその1・5倍程度だろう。

 平素なら十分広いと感じるだろうし、石造りの壁の珍しさに写真を撮ったかもしれない。だが建物の中も外も、そして砦の外壁の外にまで人で溢れかえっている。痛んだ武器の手入れをする者、怪我の手当てをする者、縫い合わせたボロ布でテントを作る者、あるいはボンヤリ空を眺める者まで様々だが、とにかく人口過密すぎる。


 第三に、つまりこの国はもう敗戦間近であるということだ。

 砦と称されるこの場所がこの惨状となれば、住むべき土地からすでに追われた身の人間が大勢いるということなのだろう。


 兎にも角にも、とんでもない場所に、いや、とんでもない世界に来てしまったものだとタスクは改めて嘆いた。

 繋がれた荷馬のそばでそんな思考を巡らせていると、一行を残して一度姿を消したアージリスが戻ってきた。


「姫様がお会いになるそうだ。アリスタ殿、どうか平和と豊穣を運ぶ使者として、姫様にお力をお貸し頂きたい」

「なんか分かりませんけど、ヒメサマさんっていう方とお話すればいいんですかぁ?」


 タスクとしては、どう考えてもそれは原因と結果が逆であり、もとからのどかで豊かな場所だから妖精がいたのではないかと言いたかったが、これ以上この人間重機女に怒られるのが正直に言って怖かったので口は挟まなかった。


「おい。貴様もそのような御側役の装いをしているくらいだ。謁見の経験は有しているな? 先刻のような無礼があればその首が落ちると思っておけ!」

「え? 俺も行くんですか?」


 てっきりアリスタだけが行くのだと思っていた。


「どこの家の者かは知らんが、おおかた使えていた主を失ったところをアリスタ殿に導いてもらったのだろう? 見聞きした魔王軍の情報を貴様の口からもお聞かせしろ」


 幸か不幸か、勇者だの召喚だのという単語はあまり印象に残らなかったようで、どうやら執事かなにかだと思われているようだ。

 ともあれ、今更になって嫌だと駄々をこねる訳にもゆかず、アージリスと件の姉弟の後に続いて砦の中を進むことになった。悲しいかな日本のビジネスマンは流れに逆らう行為には慣れていないのだ。

 中の様子もやはりと言うべきか、壁に等間隔で据えられた燭台も全体の3分の1程度しか灯されていない。財政破綻寸前といった感じだ。


 外観の印象通りそこまで大きい砦ではなかったようで、数分歩いただけで目的のドアらしき場所へ着いた。

 衛兵が二人、ドアの両脇に立つその様子は如何にもファンタジーっぽいが、その衛兵たちも顔や腕に真新しい生傷がある。

 軍隊やファンタジーに詳しくは無いタスクにも分かる。普通はこういった近衛兵は直接戦って傷を負うような前線には行かない。つまりはそうゆうことだ。


「報告した姉弟と、それに合わせて保護した者たちをお連れした」


 アージリスの声に合わせて両開きの扉が開かれる。

 予想はしていたので驚きはなかったが、狭くもなく広くもない簡素な部屋だ。騎士や執事といった者たちが控えてはいるものの、最低限の調度品とレースのカーテンによる仕切りがあるだけだった。いわゆる玉座などといった印象はまったく無い。

 数歩立ち入って、アージリスと姉弟がほぼ同時に跪き頭を下げる。視界の端で三人を観察していたタスクも一瞬遅れてそれに続いた。アリスタはこの際放っておくことにする。


「騎士団長代行、戦盾騎士(ホプリテス)アージリス・クラスタル。御下命を果たし帰還致しました」


 カーテンが開かれる衣擦れの音に続いて、優し気な声が響いた。


「ご大儀でした。皆さん、お顔をお上げになってください」


 アージリスに続いて姉弟が顔を上げたのを確認してタスクも顔を上げる。

 そこにいたのは隣の姉弟とそう歳の変わらなそうな少女であった。

 陽光のように輝くブロンドヘアと蒼い瞳は、まさしくおとぎ話の姫君そのものであったが、シルクのドレスを着ている訳でもなく、ティアラを乗せている訳でもない。髪型はハーフアップ、服装はディアンドルを少し上品にしたような感じ。

 つまり、いたって普通だ。


 外の人々のように薄汚れてこそないものの服装の仕立てはそう変わらない。庶民の不便に対して反した生活をしている訳ではないようだ。

 タスクとしては、上流の者は上流なりの生活をするというのを悪いこととは思わないが、ともあれこの姫様とやらが一般の市民を大切に思う人柄だというのは、ここで観察できる情報だけでも十分に推測できる。


「ハーズ・オペラニアさんとバーグ・オペラニアさんですね。よくぞ無事にたどり着いてくださいました。北東の砦の方々は本当にお気の毒に……」


 まずは隣の姉弟に労いの言葉がかけられる。

 当然タスクが口を挟むような話題でもなく、次第を静聴することとなった。

 だがおかげで、アリスタの話だけでは理解の及ばなかった多くを、ようやく察することができた。


 まずこの国、ゴルトシュタイン王国の首都はここから東に12ロールグほどの距離にあり、すでに魔王軍の侵攻によって陥落していること。そしてその戦いで国王や王妃、多くの兵士たちが命を落としたこと。

 王都を追われた国民たちは散り散りに逃げ延び、各地の集落や砦へと身を寄せたこと。

 周辺に同等の規模らしき国家があるが、救援どころか国民の受け入れさえも拒まれていること。

 今も王都には魔物たちが蔓延っていること。

 それらが僅か3カ月前の出来事であること。

 そしてこの姉弟がこことは別の砦へと避難していたが、その地もまた魔王軍の手に落ち、『夫婦貝アライアンス・コンク』と呼ばれる貴重な通信機器のようなものを守って姫のもとまで逃げ延びてきたことなどだ。


 途中、アリスタが耳元でいちいち感想を話しかけてきたが、最低限のTPOは弁えているようで周囲には響かない程度の小声であったので全て無視した。


「こちらが父より預かりました夫婦貝になります」


 姉弟の姉、ハーズがほら貝を掲げると傍に控えていた執事服の老人がそれを受け取った。


「長い道のりをご大儀でございました。寝所も食べ物も足りていませんが、どうかお体だけでもゆっくりとお安めになってください。メイナード、お二人を休める場所へご案内して木の実とスープを差し上げてください」

「かしこまりました」


 姫の言葉に先ほどの老人が応じて、定型的な挨拶の後に二人を連れて退室した。

 先刻の夫婦貝とやらは、もともと置いてあった四つと合わせてキャビネットに並べられている。二つで1セットならば、もう一つどこかにあるのかも知れない。


「さて、そちらのお方は?」


 ようやくと言うか、ついにと言うか、姫の視線がタスクたちへ向いた。


「はい。オペラニア姉弟を保護した際に、ともに魔物に襲われていた者です」


 もちろん謁見などしたことのないタスクであったが、ビジネスシーンであれば丁度口を開く頃合いだ。

 一先ずは無難な対応をしておけばいいだろう。


「お初に目にかかりま……」

「はい。私はアリスタです! こっちは勇者さまですぅ。……あっ。でも勇者さまは勇者じゃないって言ってて、なんだか手違いだったみたいなんでぇ、あんまり勇者さまじゃないかも知れません」


 まぁ勿論、本当に最低限のTPOしか持っていなかった妖精に邪魔をされる訳であるが。


「あら可愛らしい。貴方が伝承に聞く妖精さんでいらっしゃいますの?」

「はい。『アリスタは素直で良い子だね』って妖精の中でも評判だったのでぇ、それはたぶん私のことです」


 そして色々なことがありすぎて結局、その『勇者』とかいう『コミット』並に定義の分かりにくい単語を口止めしておくことを忘れていた。


「まぁ。宜しくお願いしますね、アリスタさん。そちらの勇者様というのは?」

「あ、はい。日々銀佑ひひがね たすくと申します。勇者というのは彼女の上席にあたる大精霊の手違いのようでして……」


 結局なんとも冴えない挨拶になってしまう。


「勇者さまは別の世界から来たんですよぉ!」


 そして一切の秘匿なく、大盤振る舞いで更に明かされていく勇者様の秘密。

 タスクとしては正直を言えば、こんな危険な場所で素性を明かして関わりを持ちたくはなかった。

 確かに魔王軍とやらも恐ろしいが、おおかた人間たちも過酷な避難生活でゆとりをなくしていることだろう。


「まぁ、それはそれは」


 だが姫は興味津々なご様子だ。


「改めまして、ソフィア・ハフ・フィロテレス・ゴルトシュタインと申します」

「……宜しくお願い致します」


 無難な返しをしておく。この世界の感覚ではもしかしたら「お見かけ同様に麗しゅうお名前、感銘いたしました」とかそんなことを言うのかも知れないが、下手に慣れない真似をして失敗はしたくない。

 その点については気にした様子は特になく、だがソフィアは僅かに座上から身を乗り出した。


「それでタスクさん。現在この世界では、北端の地で誕生した魔物の王、デプレケイオスによって各地に侵略が行われています。エルフも、ドワーフも、我々人間も、日に日に土地や文化を奪われ、数を減らしています。タスクさんはお召し物を拝見しましても、異なる世界でも名のある方へお仕えされていらっしゃったのだとお見受け致します。どうか私たちにお力をお貸し頂けませんか?」


 確かに若干背伸びして麻布の有名店でオーダーしたブランドのスーツではあるが、別に名のある方へはお仕えしていないし自営業だ。

 それにそんなことを言われても、財務や産業面の話なら情報さえあればなんとかなるかも知れないが、こんな身の安全すらままならない場所でタスクができることなど何もない。


「……ち、力を、と仰いますと?」


 とはいえ、タスクとしても藪から棒に断るのも失礼かもという思いはあり、とりあえずは狼狽えたふりをしてみた。


「魔法でも、剣でも弓でも、タスクさんのお得居なもので構いません。直属の兵もお付けいたします。あぁ、異なる世界から足をお運び頂いたのであれば、身の回りのお世話もお困りかしら。このような砦ではおもてなしも限られますが、よければ女中を選んでいただくくらいは……」

「いえ。剣も弓も魔法も、残念ながらできかねますので」


 まぁ、きっとこうなるだろうとは思っていた。

 砦や人々の惨状を見れば、藁にすがりたくなっても不思議ではない。

 むしろ問題なのはその『勇者』とやらが、本当に藁切れ程度にしか役に立たないことのほうだろう。


「では、異世界ということは文化や魔法体系、武器なども異なるところであるやもと思いますが、どうでしょう。タスクさんのお知恵で何か私たちにお貸し頂けそうなものはありませんか?」


 だが続いてされたこの質問は、タスクとしても少し予想外だった。

 異世界であろうと、言葉の通じる相手なら本気を出せば口八丁の交渉術でのらりくらりと躱せるつもりだった。勿論その認識自体は今も変わらない。

 だが先ほどのソフィアの『ある行動』と、今の文化的な差を見越した上での問いで分かった。なかなかに頭の切れる少女だ。


「過大なご評価を頂き大変恐縮です。しかしながら拝見させて頂いた限りでは、国家の一大事のご様子ですし、自分ごときがご助力させて頂くことは難しいかと」


 まぁそんなことを言われてもタスクは銃だの爆弾だのといった武器のことなど知らないし、例え詳しくても机上の知識をこの地で実際に役立てるのは不可能だろう。


「勇者さまは多分きっといい人ですけどぉ、まだまだ無知で非常識なので難しいかもしれません」


 そんな気持ちを知らずとも、流石は半日近くを共に過ごした仲と言うべきか、なんとも有難いことにアリスタがやんわりと否定してくれた。


「ですが、世界の調停者である精霊神アダムスのお導きに従うのであれば、タスクさんは神に認められるお力をお持ちでいらっしゃられるのでは?」


 どうやら人間のあいだでは大精霊は神という扱いらしい。

 タスクは改めてアリスタが口走ることの利用価値と危険性とを、合わせて認識した。


「いえ、お力添えさせて頂きたいのは山々ですが、自分の身には余る大任かと存じます」


 きっとこんな感じだろうかと思いつつ、跪いた姿勢のまま深く頭を下げる。


「そうですか……。そのお話の通りであれば、タスクさんもさぞ大変なお立場なのでしょう」


 ソフィアは残念そうに僅かに乗り出した身を戻す。

 そんな姫を慮ってか、静聴していたアージリスが口を開く。


「ア、アリスタさん……。いえ、アリスタ殿は平和と豊穣をもたらす身だろう? なんとかご助力いただけないか?」


 おおかた予想に反して、姫へなんの利益も生めなかったことを焦っているのだろう。

 ちなみにこれを『認知的不協和』と言う。良かれと思って自分で選んだ買い物が、持って帰って使ってみたらなんか抱いていた期待と違って、イマイチな結果となってしまったときのやるせない気持ちだ。


「えーっと、豊穣ですかぁ? 私は草がいっぱい生えてる場所とか、おっきな木がある場所とかが好きです」


 全く会話が成立していないあたりが、更にやるせない。


「ともあれ、日も暮れる頃合いです。アージリス。タスクさんたちにも木の実とスープを差し上げてください」


 頭を下げて部屋を後にする。アージリスは見るからに不機嫌であったが、流石に直接待遇に反映されることは無かった。


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