2-2 人間重機
鎧に包まれたその人間重機は戦鎚棍にこびり付いた色々なものをボロ布でふき取ると、辺りを見回しながら腰を抜かして座り込む4人のもとへと歩み寄ってきた。
「怪我はないか、お前たち」
「はい。ありがとうございます。アージリス様」
先ほどまでは確認する余裕など全くなかったが、近づいてくるその顔と声からその人間重機、もとい鎧の騎士が女性であると言うことに気づき、そしてアージリスという名前であると窺い知ることができた。
某有名劇団で男装をして王子様役でもやっていそうな、凛々しくも整った顔だち。要するに、なかなかの美人だ。
「お前たちには捜索の依頼が出ている。夫婦貝で連絡をしてきたオペラニア姉弟に相違ないな?」
「は、はい」
「ご迷惑をおかけしてすみません」
やはり姉弟であったようだ。
続いて赤髪の女騎士の視線はタスクへ向く。
「お前は……見たところ御側役の装いのようだが、城では見なかった顔だな」
「あ、はい。どうも」
姉弟よりは歳を重ねているようにも見える。断定はできないが、タスクより半回り若い程度だろうか。
ともあれ鋭い眼光が少し怖い。
重厚な鎧のせいか、はたまた先ほどの大立ち回りを見たからか、へたり込んだタスクからはまるで2メートルを超える大男のようにさえ見えた。
「立てるか?」
表情は胡乱げであったが、手を差し出してくれたところを見ると一応の心遣いはしてくれているようである。
「あぁ、ありがとうございます。助かります」
ぐいと力強く引かれて立ち上がらせて貰うと、鎧に包まれた女騎士の胸もとが視界に入る。
首を上に向けて視線を上げれば再び赤毛の女性の顔。
「…………デカくねっ!?」
立ち上がってもなお、見上げなければ顔が見えないほどだ。
アージリスの顔色が変わったのを見て、思わず「あ……」と呟く。
もちろんタスクとて普段ならばこんな礼を失した発言はしないが、とにかく吃驚してぽろっと出てしまったのだ。
と思いきや、目線が不意にアージリスと同じ高さになる。
「ぐえ」
代わりに首が苦しくなったのは、スーツの後ろ襟を掴まれているからだ。
タスクはぞんざいに扱われる野良猫の気分が少し分かった気がした。
「いやその、助けて頂いたのに、とんだ御無礼を致しまして……」
ブラブラと揺らされながら謝罪を試みるが、女騎士の表情は晴れない。
「貴様、命を救われておいて随分無礼なヤツだな」
そのまま左右にゆさゆさと揺さぶられてしまう。
片手で成人男性を持ち上げる行為が無礼でないかどうかとか、これならお互いさまと言えないこともないとか、そういう考え方もあるが、この場合においてそもそも大元の原因がどちらにあるかと考えると反論は憚られた。サービス業などの顧客対応トラブルでもしばしば責任者の裁量が問われる問題でもある。
「申し訳ありませんでした。なにぶん人間ばかりの場所で生きてきたんで……デカい種族の女性を見るのは初めてで……」
とにかく謝罪をした上で理解を得るしかないと頑張ってみるタスクであったが、
「あのぉー、勇者さまぁ。このヒトも人間さんですよぉ」
「えっ?」
結果として失敗の上塗りに終わった。
「貴様、本当に喧嘩を売っているらしいな」
拳が握られた篭手からギシギシと金属の軋む音が響いてくる。
「あ、いや。ホントすいませんでした。ア、アリスタ、助けて! なんとか言ってくれ!」
こんな腕力で殴られれば死んでしまう。恥を捨てて助けを請うタスクに、慈愛に溢れた可愛らしい妖精様は健気にも手を差し伸べてくれた。
「あのぉ。人間さん? 勇者さまは別の世界から来た方なので無知で非常識なんです。許してあげてください」
全く持って釈然としない意見だが、まずは物理的な意味で再び地に足がついたことに感謝をしたかった。
「妖精……か? これは凄いな。まさかこの目で見ることができようとは」
一方のアージリスは本当に頭にきていたようで、どうやら今まではアリスタが見えていなかったようである。
「それに勇者とはどうゆうことだ?」
タスクの予定では人と出会うまでに呼称を改めさせようと思っていたのだが、結果として手遅れになってしまった。
「はい。魔王をやっつけるために大精霊アダムスの導きによって勇者さまをお招きしたんです!」
何を言っているんだと言わんばかりの表情でタスクを眺めるアージリス。当の本人が一番困惑しているのだから当然だ。
「……よく分からんが、行き場に困っているなら一緒に来い。向こうに馬を待たせてある。古くから妖精は平和と豊穣を運ぶ使者とも聞く。姫様もお喜びになるだろう」
「あ、はい。お願いします」
アージリスが属するのがどのような集団か不明瞭な以上、『ついて行かない』という選択も判断としてありえる。
だがタスクは意思決定における『満足化基準』にのっとることにした。
野球に例えるところの、『来るか定かではないおいしい球が来るまで待つくらいなら、早いうちに手の出るインハイの球を打っちまえ』という理論をビジネス風に言ったものである。
要するに、もうビビっちゃったので今のうちに一緒に行かせてください、ということでもある。
「それと貴様、次に無礼なことを言ったら放り出すからな! 覚悟しておけ」
「あっはい」
アージリスに睨まれる。身長のことを言っているのだろう。
冷静になって周囲を見れば、助けられた二人も、他の弓兵らしき者たちも普通の身長だ。
彼女には悪いことをしてしまったと、タスクは心の中で反省した。
「確かに私は少しばかり背が高いが、とは言え0・028リールグだ。鎧のせいでよけいに大きく見えるのだろう」
なぜか少し照れながら身の丈を明かすアージリス。だがタスクは無意識にそれにリアクションをしてしまった。
「いや嘘つけ! どうみても……320ルグはあるだろ!」
どう見ても俺より頭一つ以上デカいじゃないか、と竜頭蛇尾気味に付け加えつつ、タスクはとっさに暗算し数字の間違いを正してしまう自身の職業脳を呪った。
ほどなく、「ぐえぁ」という、襟首を吊られて腹パンされた男の悲鳴が響いたのは言うまでもない。
余談だがタスクの背丈は170センチであり、更に余談だが、320ルグ、つまり3・2ラールグは、およそ210センチである。