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経営コンサルタントとしての経験は、御世界にて軍師を勤めるにあたり、お役に立つものと考えております。  作者: 江辺一真
外伝 『腐女子としての経験は、弓兵を勤めるにあたり、あまり役にはたちませんでしたが、でも軍師様には屈しませんわ。』
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外伝 -3 事件ですわ

 王都奪還から2ヵ月。

 同好の友人たちからの熱狂的な希望もあって、クラティスが続編である『秘めし恋の多角戦略』を執筆しはじめた頃、事件は起こった。


 ある夜、『甘き夜の戦略策定』を貸し出していた女性が屋敷を訪ねてきたかと思えば、慌てて返却して帰っていった。

 その数十分後には、以前に描いた別の作品を貸し出していた女性が返却に来た。

 更に数十分後、今度は別の貴族が自分の作品を預かって欲しいと木箱を抱えて現れた。


 家柄や屋敷の規模ではクラティスの家に劣る娘ではあったが、とは言えこんなにも慌てた様子で自ら木箱を持って現れるなど普通ではない。


「皆さん一体どうされたんですの? 急に慌てて」

「わ、わたくしのお屋敷ではこの子たちを隠しきれません。どうかお助けくださいまし。クラティスさん」


 この子たち、というのはもちろん戯画帖(マンガ)のことだが、隠しきれないとはどういうことだろうか。


「どうか落ち着いてくださいな。確かに公に晒せる趣味ではありませんが、人様の本棚を覗き見るような悪趣味な方などそうそうはいませんわ」


 やさしく諭すクラティスだったが、相手の娘は驚いた表情を見せた。


「クラティスさん。まだお聞きになっていないんですか?」

「……? なにをですの?」


 何だかは分からないが、どうにも不穏な感じであるとクラティスが気づき始めたそのとき、勢いよく扉を開いてプラータが駆け込んできた。


「お嬢様。大変です!」


 今日は非番であったので剣士隊の服ではなく、ジェヴォンズ家の女性使用人の装いだ。


「何事ですの!?」


 その慌てようからして、魔物が現れたのだと思った。

 そうであれば、貴族の装いを脱ぎ捨てて兵士として戦わなければならない。

 市民たちと、王城と、そして作品たちを守るためにも。

 だがプラータの口から出た言葉は違った。


「ぐ、軍師様が……貴族たちの持つ資産、特に書物と装飾品に対する査察を行うと発表しました……」


 青白い顔をして何とか言葉を紡ぐプラータ。


「え?」


 軍師様が見て回る。貴族の資産を? 

 書物を?

 戯画帖(マンガ)を?

 自分の描いた『甘き夜の戦略策定』を?


「そ、それはつまり、軍師様が私の書棚をご覧になる……ということですの?」

「書棚であればまだ良いですが、査察ともなれば書物の価値を確認なさるのではないかと」


 書物の中身を確認する。

 ページを開いて眺めるということだ。男同士の濃厚な恋愛を。軍師様が。


「……」


 その意味を理解して、クラティスもまた眩暈を起こしそうになった。


「い、隠匿した場合はどうなりますの?」


 本来であれば貴族が使用人に尋ねるような質問ではないが、プラータは幼少からずっとクラティスと一緒に育っている。

 立場と職が使用人というだけで知識や作法は貴族のそれと比べても遜色はほとんど無い。


「書物を対象とするものは前例がありませんが、金融資産に対する査定は先代の国王の際にも二度行われています。隠匿は脱税と同等の罪として、徴収、戸籍に対してその旨の記録。および内容、家名の公表がされます」


 案の定、的確であり、そして最悪な回答をするプラータ。

 クラティスは目の前が真っ暗になって、ペタン、と斜めに座り込んだ。


「あぁ……そんな……」


 国の記録に残る上に、町中に知れ渡るということだ。『ジェヴォンズ家、査定に対し、その資産を隠匿。隠匿物は男性同士の恋愛を描いた戯画帖(マンガ)。主な作者は同家の長女であるクラティス・ジェヴォンズ。作品の中には常人には理解しがたい色情を描いたものもあり……』なんていう情報が王都中に流れてしまう。


「はわわわ……。ど、どうしましょう。このままではタスク様とサーブリックさんの情事が王都中に……はぁはぁ、うふふ……。……いえ、それはさておき、そんなことになればお父様にもご迷惑が……」


 かといって、隠匿しないということは軍師様に見せるということだ。


 熱い男たちの友情を。愛情を。重なり合う筋肉と混じりあう汗。とろけ合う男たちの魂を。

 飄々とした弓兵とオラオラ系剣士の間で揺れ、体を悶えさせる軍師様の姿を。

 本人に見せるということだ。


「はわわわ。うひょおほほ……」

「お嬢様。興奮するのも結構ですが、妄想ではなく真剣に考えてください。軍師様に本当に見せられますか? アレを」


 一瞬どこかへ飛んでいきそうになってしまったクラティスだったが、プラータの言葉でなんとか現実へ復帰した。


「うげぉ、ごほっ、ごほっ」


 そしてむせた。


「吐くのも止めてください」

「さ、流石にあれをご本人に読まれてしまったら、私もう恥ずかしくて生きていけませんわ」

「お嬢様が正常な価値観の持ち主でいてくださり、喜ばしく思います」


 だがそうなると罪を犯して隠すこともできず、かといって堂々と見せるわけにもいかないということだ。


「あの。クラティスさん。ざ、残念ですが……こうなってしまっては、もう燃やすしか……」


 木箱を抱えてきた貴族の娘が落ち込んだ様子で口を開くが、その言葉はプラータによって遮られた。


「戯言をおっしゃられるな!」

「あうっ」


 ぴしゃんと平手を食らって倒れこむ木箱娘。

 食らわせたのはもちろんプラータだ。


「ご無礼をお許しください。しかし、あれは芸術であり人生であり魂です。貴女は本当にそれでいいんですか?  戯画帖を燃やすということは、そこに紡がれた数々の愛を燃やし灰にするということですよ。彼らのあの純粋な心を、男子たちの美しい愛情を、貴女は火にくべると、そう言うのですか!?」


 ぐっと拳を握って熱弁するプラータ。

 木箱娘は叩かれた頬を押さえながら「あぁ、私が間違っていました」と涙している。

 彼女も大概ですわよねぇ、と思うクラティスなのだが、まぁ実際のところ、処分するにはあまり惜しい名作が多すぎるのも事実だ。


「まずいですわね……まさかこのようなことになるなんて……」


 頭を抱えてしまうクラティス。


「聞けば軍師様は自身では戦う力は持たないと言います。……いっそのこと始末しますか?」

「そ、それはさすがに罪深すぎますわ。軍師様はお国を救ってくださった英雄。今後魔王軍に立ち向かうのにもお力は必要ですし、そもそも作品の為に誰かが傷つくなど、我々の主義に反しますわ」


 そうだ。クラティスたちは同好の仲間たちで楽しむために、皆が幸せになるために愛を描いているのだ。誰かが傷つくなど言語道断である。


「それにタスク様がいなくなってしまったら、サーブリックさんの心にぽっかりと空洞が開いてしまいますわ。……はっ!? それを埋めるために新たな恋が芽生えて……そう。これは……アト×サー……!?」


「お嬢様。現実とフィクションの区別をつけてください。それとそのカップリングは私の正義に反します」


 そんな訳で、クラティスをはじめとした一部の婦女子たちは、救国の英雄を相手にして新たな戦火へと見舞われることとなった。


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