外伝 -2 勝利の宴ですわ
王都を奪還して1ヵ月。人々は昼夜を問わず働き続けた。
兵たちは周辺の見回りや発見した魔物の残党の排除。魔導師たちは魔物の死骸を燃やしては埋めを繰り返し、市民たちは街の復興に汗を流した。
エクルス砦とは別の場所に避難していた市民や兵士たちも続々と合流し、街は少しずつではあるが人々の生活の場としての役割を取り戻し始めている。
まだまだ建物や農耕地の整備は残っているが、一先ず人々が安心して眠れる住居と国の象徴である王城の復興は、ほぼ完了していた。
そんな訳で名門貴族の家系であるジェヴォンズ家の長女、クラティス・ジェヴォンズは自宅に友人たちを招いて、ささやかなパーティを開いた。
幸いにして、住み込みの使用人たちが頑張ってくれたおかげで、屋敷は機能のほとんどを取り戻していた。
もう一生そのままだろうかと言うほど着続けた弓兵の兵服を脱ぎ捨て、久々に一人の貴族としてドレスに袖を通す。
髪も整えて、香水もつけた。
とは言え、屋敷の庭園にはかつてほどの美しさはない。庭木は伸び放題だったものを急場しのぎで整えただけだし、噴水は枯れている。
王都西部の農耕地域の復興も一朝一夕の復興とはいかないので、パーティといっても料理やお菓子も殆どない。
一見して見ると、それは華々しさに欠くパーティのようにも見えたが、当の参加者たちはみな満足げにお喋りを楽しんだ。
お互いの作品を交換し合い、あるいは意見を交わし、『それ』を眺めて悦に入る。
婦女子たちは存分に、心の底からパーティを楽しんでいた。
そう。ここにいるのは女性だけであり、そして身分は貴族に縛られない。
パーティの参加条件は、秘密を守れること。字が読めること。女性であること。そして芸術を解すること。
それだけだ。
「あぁ……貴女の作品を生きて再び拝めるだなんて。つらく苦しい砦での生活の最中、挫けてしまいそうなときには、いつも瞼の裏に焼きついた貴女の作品を眺めておりましたわ」
貴族の女性がうっとりと瞳を閉じて話す。
「いやですわ。今はこうして目の前にあるのだから、実物を存分にご覧になってくださいな」
商人の娘がそれに応える。
本来であればあまりに違う身分同士であったが、このパーティにおいてそれは重要視されない。
大切なのは作品を理解する心。そして素晴らしい作品を描く創作力だ。
「それよりも、クラティス様の新作は見ました? あれはとても胸が熱くなりましたよ」
その横では戦盾を手放し鎧からドレスへと召し替えた女性の騎士が興奮気味に語る。
アージリスほどではないにしても、その凛々しさゆえ女性からも憧憬を抱かれていた彼女であったが、今はその本人の方がまるで恋する乙女のようにうっとりとした表情を見せていた。
みなが思い思いに感想を述べ、趣味趣向をさらけ出す。
集まった女性たちが手にしているのは紙の束。
専門の職人の手で作られたそれに描かれているのは半分が絵、半分はそれを補足する文書だ。
集まった同好の士たちはお互いに自慢の戯画帖を見せ合い、交換することで親交を深め、勝ち得た小さな平和を謳歌した。
早い話が、軍師様の元いた世界の言葉を用いるところ、彼女たちは腐女子であり、ここはBL同人イベントの会場だった。
ところでクラティスがこのパーティを開いたのには理由がある。
皆に元気になってもらいたかったからというのももちろんあるが、本当の思惑は別にあった。
自慢の最新作を早く皆に見せたかったのだ。
昼は軍の一員として魔物の死体の処分や近隣の見回り、魔物の残党の排除に追われながら、夜や非番には寝る間も惜しんで書き上げたロマン溢れる戯画。
国を救った軍師と弓兵の青年との間に生まれた秘められし愛の物語だ。
とあるいじわるな女騎士からの暴力に憔悴した軍師の青年。それを優しく包み込む弓兵の青年。
「やがて二人の間には禁断の愛が芽生え……、言葉では拒絶しつつも肉体はあの日の弓兵を忘れられない軍師様……。でもそこにオラオラ系の剣士も入ってきて……ああ。揺らぐタスク様の気持ち。たまりませんわっ! たまりませんわっ!」
「お嬢様。全部口に出ています。それと実際の人名を出してしまうのはマナー違反です」
プラータに窘められて、クラティスは、はっと我に返った。
「あらいけませんわ。溢れ出る衝動を抑えきれず、つい」
そう言いつつもプラータもまたこの作品、『甘き夜の戦略策定』を手にした際には、無言のまま鼻息を荒げて、血走った眼で何時間も繰り返しページをめくり続け、いつまでたっても手放そうとはしなかったのだが。
ともあれ、大人気を博したクラティスの作品は数ヶ月先まで貸し出しの予約が一杯になった。




