外伝 -1 取り戻したもの、ですわ
※アージリスの部下であるクラティスとプラータをお忘れの方は、お先に『5-5 騎士の英雄譚』をご覧ください。
『7-8 戦盾騎士』にも一行だけ登場するキャラクターたちです。
夜の帳が窓を覆う中、慌しい動きにはためいたドレスが蝋燭の火を揺らがせた。
「まずいですわね……まさかこのようなことになるなんて……」
狼狽した様子で頭を抱え込む少女に対して、そばに立つ女性が応える。
「聞けば軍師様は自身では戦う力は持たないと言います。……いっそのこと始末しますか?」
過酷な戦いを何度と無く生き延び、オーガまで倒してきた彼女たちならそれも赤子の手をひねるより容易いだろう。
やろうと思えばの話だが。
「そ、それは……」
もちろん軍師様には多大な恩こそあれども、恨みなど1ルグたりともない。
だが、果たしてこの事態をどうしたものだろうか。
王都奪還というゴルトシュタインの歴史に残る大勝を挙げて、だが少女たちは、今また新たな戦火へと飲まれようとしていた。
そう。今も、そして王都奪還戦のあの日も、少女が求めていたものは同じだった。
怒声や雄たけび、断末魔が混じりあって飛び交う。苛烈をきわめる王都奪還戦の最中。
アージリス隊は主戦場で戦う味方を守るべく、決死の覚悟で敵後続の足止めへと向かった。
魔法攻撃が次々と降り注ぎ、豪腕を振り回すオーガもいる。奥にはそのオーガすらも小柄に見えるほどの巨体、トロールもいる。
騎士たちがオーガを懸命に押さえ込み、剣士は振り回される棍棒を掻い潜って分厚い皮膚へと刃を突き立てた。
弓兵も降り注ぐ敵の魔法に臆さず弓を引き続けた。
クラティスもまた、その一員として一心不乱に狙いを定めた。
軍師様の考案した戦隊評価の際には捻挫をして隊の足を引っ張ってしまった彼女だが、持ち前の高い集中力から放たれる矢は結構な命中精度を誇り、弓兵の中でも一定の評価を得ていた存在だ。
そんな正確な照準によって、暴れるオーガの目を射抜いたそのときだった。死角から飛来した地属性攻撃魔法が近くに着弾した。
視界がぐるぐる回って、次の瞬間には地面が見えた。わき腹と太ももには鈍い痛み。
ぼやけた視界が徐々に焦点を取り戻す。
それに合わせて思考もクリアになっていき、ようやく自分が飛び散った岩の破片を受けて吹き飛ばされたのだと分かった。
「お嬢様!」
前線で戦うプラータが振り返る。
「だ……大丈夫ですわ。貴女は自分の役務をお勤めになって!」
思わず駆け寄ろうとする女剣士を制して、クラティスはどうにか立ち上がった。
甘えてはいられない。今の自分は貴族のクラティス・ジェヴォンズではないし、彼女もまた使用人のプラータ・スタンレーではない。
弓兵と剣士、それぞれ与えられた職務を全うしなくてはならない。
勝利のために。
王都を奪還するために。
そう。『アレ』を再び取り戻すために。
彼女たちは絶対に生きて王都へ帰るのだと。
すべてはただ『アレ』のために戦って、生き抜き、王都へと戻ってきたのだ。




