1-4 妖精とコンサルタント
その妖精とやらは、三つ編みをぷらぷら揺らしてペコリと頭を下げた。
うなじには肩甲骨に届く程度の長さの三つ編み。左のもみあげにも小さい三つ編み。
緑がかった金髪を2箇所で結ったヘアスタイルは、少しエスニックっぽくもあり、言われてみれば森っぽいというか、妖精っぽいという気もしないでもない。
「では! 改めまして、アリスタです。大精霊アダムスの導きにより勇者さまを召喚させて頂きましたぁ。勇者さまって大精霊さまのような、なんか超常的な場所からいらっしゃるものだと思ってたので、私とってもビックリです!」
妖精たちの文化的なものなのか、いちいち腕を大きく振ったり広げたりとぱたぱた身振りを交えて話す様子は、なんとなくせわしない小動物っぽい。
「いや俺の方が吃驚だから。なんで召喚なんてしちゃったの。こんな普通のアラサーを」
納得はいかないが、タスクとしてもとりあえず会話を進行させて事態を理解しないことには否定も肯定も逃げも隠れもできない。
摩擦の発生は状況を進展させるのに必要だが、そのためには双方が現状を理解して、会話の地盤を固めなくてはならないのだ。
「はい。妖精に伝わる古い言い伝えなんですよぉ。世界がピンチのときに妖精たちの総意で、大切なものを生贄に捧げると世界を救ってくれる勇者さまを召喚できるって」
彼女が先刻から2人称として用いていた単語に、何となく抱いていた嫌な予感が少しばかり的中してしまった。
「妖精たちの総意って、つまりその妖精の皆さんが俺に何かを望んでるってこと? それに大切なものを生贄にって?」
「いえ。今はもう妖精は私一人だけなんです。妖精は自然の意思を得た魔力の集合体ですから、満喫できる平和が無くなるとみんなもとの自然に戻ってしまうんですよ。なので先日の魔王軍の侵攻で亡くなった友達の体を生贄に捧げて、勇者さまをお招きしましたぁ」
また聞きたくもない単語が増えてしまう。
「あー。それは、なんとも、お悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます。彼女がオタマジャクシだった頃からの仲ですから、それはもう悔しくて、カタキをとってあげたくて……」
タスクもぼちぼち葬儀に出席する機会も増えてきた年頃だ。
期せずして奪われた命で、ましてやそれがオタマジャクシの頃からの長い付き合いなど、その悲しみは想像も……
「え? 待て待て。その魔王とか言うのも気になるけど、オタマジャクシ? オタマジャクシって言ったのいま? 妖精の仲間じゃなくて? オタマジャクシなの?」
「いえ。妖精の仲間はもう150年くらい見てないですねぇ。それにオタマジャクシだったのは昨年の話です。今年は成長して私を乗せて跳べるくらい立派なブレトンオオガエルになっていました。なのに、魔王軍の侵攻の際に山犬蜥蜴に踏んづけられて……。そのまま帰らぬ人に……いえ、帰らぬカエルに……」
大切な友人だったのは事実なようで、タスクとしても、「うっ、うぅっ」と顔を覆って泣き呻く妖精になんと声をかけて良いのか分からない。
そしてカエルを生贄に自身が召喚されたという驚愕の事実にも、動揺せざるを得ない。
「あぁ。そ、それで。その魔王っていうのは?」
あまり聞きたくもないが、これ以上カエルの話もされたくはなかった。
「はい。200年前くらいに北端の地に現れた魔物の王です。最初の150年くらいは人間やドワーフと戦力も拮抗していたんですけど、戦争の度に数を増やすアンデッドや、繁殖力の高いコボルトなどに対して人間はちょっとずつ数を減らしたみたいです」
タスクとしてもそういった軍事やファンタジーに精通している訳ではないが、話としては理にかなったものではある。
「なので勇者さま! どうか魔王軍をやっつけて、あの子のカタキをとってあげてください」
小さな瞳に涙を浮かべて訴える妖精。
答えは一つだ。
「いや無理」
「……え?」
学生時代は野球に勤しみ甲子園一歩手前というところまで行ったタスクであったが、今は徹夜明けに辛さを感じ始めた28歳だ。
百歩譲って、血気盛んな10代の少年時代だったなら考えたかもしれない。当然戦いなどできるはずもなく、すぐに泣きたくなっただろうが、それでも少しくらいは考えたかもしれない。
だが少し冷静になればきっとすぐに気づくだろう。一般的な価値観で考えて、現代の標準的な日本人が魔物とやらに勝てる訳がないと。
「いや、どうやって倒すんだよ。ここがどうゆう世界か知らないけど、平たく言うと商人とか情報屋とかそうゆう系統ですよ。俺の仕事は」
「えぇーっ!? ゆ、勇者さまって剣の達人じゃないんですかぁ?」
「剣なんて触ったこともないけど」
学生時代の選択授業は柔道だった。おまけに野球好きだった体育教師のおかげで、それすらも3回くらいしかやっていない。
「ハ、高位魔導師でいらっしゃるとか……」
「それは俺が聞きたいわ。魔法が使えるの、俺?」
召喚に妖精、魔王。続いて魔法が来たところで、さして驚きもしない。
「いえ、その……勇者さまからは魔法属性を感じません。残念ですけど、人間で適正のある人はそんなに多くないって聞きますから」
騒がしく喋り続けてきたアリスタであったが、どうやらようやく状況を理解し始めたようで、もともと小さな体が、背筋が丸まった分さらに小さく見える。
「念のために聞くけど、その大精霊様の加護で身体能力が向上したり、あらゆる武器を使いこなせる力とか、あらゆる魔法を無効化する力とかが俺に宿ったりは?」
「そういった話は特には。……すみません」
タスクとしても特に期待はしていない。
たとえそんな能力があったとしても、それを適切に使用して敵と戦う、などということは普通の人間には難しいだろう。
「いや。こっちこそスマンな。力になれなくて。じゃあ悪いけど、家に帰らせててもらえるかな? 今ちょっと仕事も立て込んでてさ、ホント悪いな。じゃ、頑張れよ」
アリスタには悪いが、タスクにできることは何も無いし、そもそも初対面の他人の仇討ちに協力するような稀有な人柄でもない。
「……え?」
目をまんまるく見開いて、ぽかーん、とするアリスタ。
「……え?」
タスクもまた、鏡写しで応えた。
「えっと、私は儀式を行っただけで、勇者さまを導かれたのは大精霊アダムスのご意思ですから」
「うん。……アダムスのご意思ですから? なに?」
「……その。……もとの場所にお戻りになるっていうのは、私や勇者さまの個人の意思では無理……なんじゃ……ないかとぉ……」
コンサルタントというのは常に冷静でなくてはならない仕事だ。
冷静に情報を収集して、冷静に現状を把握し、冷静に分析して、冷静に事態を改善へ導く。
それ故に、タスクは冷静に思った。あぁ、目の前が真っ暗になるって、こうゆうことなんだなぁ、と。