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8-1 戦いの果てに

 その日、日々銀佑は朝食を終えて、まず書類の整理をした。

 昼前から商店街のために、近隣国からの買付け商隊への対応や、更なる誘因を行うための講演会を開いて弁舌を振るった。

 続いて夕方からは、改定された税率の確認と、それにともなう市民や貴族への説明会を開く。

 あれから他の砦や集落などへ避難していた市民もたくさん戻って来ているので人数は膨大だ。

 最後に一頻りの挨拶を終えると、それからようやく帰路につく。


 ただし自室兼執務室のある城内へは向かわない。

 すでに日はとっくに落ち、ひと気も減った頃であったが、今日はまだ一仕事残っているのだ。


「はぅぅ。色々回って、今日も疲れましたねぇ! 軍師さまはよく平気ですね」

「いやお前は子供と遊んでただけだろ。それに俺はこれが本業だし」


 王都を奪還してから早3か月。

 今日は何よりも重要な仕事があったのだ。

 復興してきた商店街を歩き、ランタンで照らされた看板の前で止まる。

 ひと目で酒場と分かるデザイン。その日のオススメのメニューやサービスタイム、料金と今日の店主の気分まで分かるユニークな良い看板だ。軍師でもありこの店の株主でもある男からの助言が活かされている。


「よお。遅いぞタスク」


 ドアを開けると、早々に声を掛けられる。


「あぁ。そう思うなら手伝ってくれてもいいんだぞ」

「おう。こいつで山のように溜まった書類をぶった斬ればいいんだな」


 左手で腰の剣をポンポンと叩くアトキンソン。その身に鎧は無い。

 右手の腱を断たれたアトキンソンは結局、剣士へ配置転換して第5大隊の隊長となった。

 騎士でなくなったせいか品も無くなり、おまけに剣術の腕はいま一つだが、その本能的な判断能力はきっと今後も活かされるだろう。


「先生、このチンピラが仕事邪魔するんですけど」

「それは儂の指導不足ゆえ失礼を致したのう軍師殿。明後日の訓練で痛めつけておくゆえ、許されよ」


 背後からは「あ、てめぇ」という声が聞こえてきた。

 マクレラントは第1大隊隊長代理、及び第2大隊隊長という重責を担ってくれている。タスクとしても年齢的に引退を進めたくはあるが、今後ともまだまだ戦力が必要なのは確かで、悩ましい点だ。


「それよか、オレらずっと軍師さん待ってたんスよ。チャッチャと始めましょうや」


 あの王都奪還戦が終わった後、なんの報告も無かった割に全身を血まみれにして帰還したサーブリックにはタスクも驚かされた。


「いや、絶対嘘だろ、お前。鼻の下に泡ついてるぞ」


 そして相変わらず抜け目ない。


「いい加減にしろ貴様ら。明日の朝には式典もあるのだぞ。どうしても新製品を確認したいというから打ち合わせを酒場にしたが、本来の目的を見失ってどうする!」


 戦いの後、これまた傷だらけで帰還したアージリスに、タスクは重機とはなんなのか説明させられたあげく、襟首を持って縦回転で振り回された。


「そうゆうお前は大丈夫なのか?」

「ふん。私はこれまでにも式典をこなしてきた騎士だ。流れは全て頭に入っている」


 彼女が騎士長に就いて以降にそういった催しは無い。ただの騎士だった頃の話だろう。


「なるほど、じゃあ姫のスピーチの前に、騎士長殿からも壇上から国民に挨拶してもらうことにするか。段取り的には余裕があったから大丈夫だろ。いや、俺も姫の直前だと流石に緊張するからな。助かるよ」


 途端に胸倉を掴まれる。


「待て貴様」

「ぐえ」


 そして足が浮く。


「壇上に立つことに緊張している訳では無いが、すでに決まった段取りを変更するのは良くないだろう。勿論、断じて私が演説をすることに抵抗がある訳では無い! そうでは無いが! それには賛同できんな。うむ」


 スーツとワイシャツはあれから仕立て屋が5着も作ってくれて、皺取りも意外と上手なので襟の心配はない。

 だが怖いので止めてほしい。


「ちょっとそれくらいにしてよアジっちゃ~ん。おねーさんタスクくんと飲むの楽しみにしてたんだからさ~」


 マクレラントとアトキンソンの抜けた過酷な戦況のなか、適切な判断で戦線を守り続けてくれたリオ。


「サブちんから聞いたけど、タスクくん年上のおねーさんが好みなんでしょ~。ど~しよ。ウチなんかカラダ火照ってきちゃった~」


 彼女もまた相変わらず何を考えているのか分からない。


「いやそれもう飲んでるからですよね」


 確かにタスクから見れば少しお姉さんという年齢ではあるが、タスクにとっては中身と同じくらい外見も重要であり、でも仕草は少し色っぽいので腹立たしい。


「おい。いつまで突っ立ってんだよ。さっさとおっぱじめようぜ」


 アトキンソンに促されて、タスクはようやく席に着いた。

 本来であれば明日の打ち合わせのついでに、酒場の新製品のチェックを行うという予定だったのだが、すでに軍師さまでも修正不可能なほどに逆転してしまっている。

 という訳でタスクも覚悟を決めて手を挙げた。


「おじさん。ヒヒガネビールひとつね」


 注文するのは勿論、商店街の目玉、酒場の新製品だ。


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