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7-8 戦盾騎士

 タスクとの通信を終えて、アージリスたちは回遊作戦からも主戦場からも外れて、味方のいない孤独な戦場へと駆けた。

 遠からず、主戦場へ向けて駆けていく魔物の軍勢が見えた。


「総員、横隊! 奴らの注意をこちらに引くぞ! 友軍を護り、そして己を護れ!」


 全員が一斉に隊列を組む。戦盾騎士も、剣士も、弓兵も、一様に敵軍を睨みつけて武器を握りしめた。


「接敵前の魔法は各自で回避しろ。困難と思われるものは、戦盾騎士よ! 分かっているな! 突げぇぇぇぇきっ!!」


 そして一斉に駆け出す。

 敵軍もこちらに気づいて身構えた。

 なおも突き進み、あと半リールグ程の距離になったところで、魔法が次々と飛来する。


 魔法研究の進んだゴルトシュタインであったからこそ、魔法の恐ろしさを理解する兵たちもまた多くいる。これまでならば怯み、進む脚を緩めてしまった者もいただろう。

 だが今は誰しもが、一心に前へと進み続けていた。

 飛び交う岩のつぶてを躱し、炎の矢をかいくぐり、あるいは戦盾で受け止めて、ひたすらに進み続けた。


 兵たちの多くから見て、その軍師は稀有な存在だった。

 大臣職の外套を羽織る身分でありながら、毎日のように訓練に顔を出し、時に木剣を交わし、時に一緒に走り、市民と語るその姿は変わり者と言う他ないだろう。

 だがその分、間近で語り合った兵士たちも多い。

 だからこそ多くの兵が知っていた。

 勝てるという確信など無い。それ故に工夫して立ち向かうのだと。


 そして、いま兵たちの多くが思っていた。もはや眼前に迫った王都を取り戻したい。

 この騎士長とともに、それを成し遂げたいと。

 それを成し遂げたのはアージリスの同じ思いがあればこそであり、それ故に兵たちのモチベーションは最高潮だった。


「弓兵、一斉射!」


 弓の間合いに入り、一斉射を受けた魔物たちが怯んだ隙をついて、遂に戦盾騎士が魔物たちへ突撃した。


「弓兵は敵軍深くを狙え! 前衛は前進と後退を繰り返して、敵に魔法を使い辛くさせろ。オーガは無理に止めようとするな。引きつけて突出させ、そして囲み込め! 魔物どもに……人間の知恵と知識……戦略を食らわせてやれっ!」


 タスクが机上で説明したのを聞いていた時には、そんなもの、と思ったこともあったが、今は無意識に口から指示が飛び出した。


「でぇぁっ!」


 アージリスは気合の声と共に戦鎚棍を横薙ぎに振った。一撃のもとにコボルト・ロードの頭を3体まとめて砕き、更に後ろに見える犬頭と目が合う。だが深追いはしない。

 飛来する魔法を回避しつつ、身を引き、今度は突出していたオーガの膝を横から叩き、砕いた。

 更に飛来する地属性攻撃魔法を戦盾で受け止める。魔力を帯びた強力な岩つぶての直撃によって戦盾が暴れまわるが、それを押さえこみ、再度前進した。


 前方にオーガが立ちはだかるが、他の戦盾騎士たちも別のオーガを計3体引きつけている。

 戦盾騎士たちは弾き飛ばされてもなお、すぐに立ち上がって再びオーガへ立ち向かっていく。

 プラータが棍棒の一撃を紙一重で回避し、すかさず巨大な指を叩き斬った。その隙をついてクラティスがオーガの眼球へ向けて矢を放つ。


 誰しもが決死の覚悟で戦っていた。

 今度は引けない。アージリスが引いて、4体目のオーガを通せば、本来の前線構築が疎かになってしまう。

 オーガの攻撃は片腕で何人もの戦盾騎士を吹き飛ばす威力だ。一度前線が乱れれば崩壊を待つだけだろう。

 だから、アージリスは、自身をもってしても見上げる程の高さから振り下ろされた棍棒の一撃を受け止めた。


「こんなものかぁぁっ!!」


 戦盾がひしゃげ、ヒビが入る。だがそれでも、アージリスはその大岩のごとき一撃を受け止めた。


「でぇぇあぁぁっ!」


 その拳を押し返し、生じた隙に腰骨を砕き、頭を叩き割る。

 倒れたオーガに怯んだコボルト・ロードたちへと飛び込み、戦盾で数体を纏めて吹き飛ばす。

 だが、そこへウィル・オ・ウィスプからの火属性攻撃魔法(フレイム・アロー)が次々と飛来した。

 身を捩ってなんとか初弾を躱し、転げ回って更なる追撃もなんとか躱す。

 4発、5発とどうにか回避したところで、だが逃げ場が無くなった。


 魔物たちも危険な要素から先に排除しようと考えたのだろう。

 何発もの岩つぶてと炎の矢がアージリスの周囲一帯すべてに降り注いだ。

 咄嗟に戦盾で防御したが、既に強力な一撃を何度も受けていた戦盾は岩つぶてによって割れ、そして炎の矢がそれを更に砕き、次々と魔法攻撃が、アージリスの身体へ降り注いだ。


 全身を覆う戦盾騎士の鎧であっても耐えきることは叶わず、肩当が砕け、篭手が吹き飛び、臑当が割れ、胴鎧も半分が焼け散った。

 だがそれでも、アージリスは降り注ぐ魔法によって身を引いた魔物たちのもとへ迷わず飛びこみ、なおも蹴散らした。


「この身はゴルトシュタインが誇る戦盾騎士の長! クラスタルだ! この身体(スクトゥム)を砕きたい者は、臆さずにかかってこいっ!」


 その声に反応して、トロールの巨大な平手が叩きつけられる。

 皮一枚をかすめて、なんとか回避したが、その衝撃と地面から飛び散った破片に吹き飛ばされて思わず倒れ込んでしまう。

 なおも飛来する無数の魔法を、転がっていたコボルトの死体を投げつけて迎撃した。

 かと思えば再びトロールの拳が視界に広がり、今度は回避しきれずに、思い切り殴りつけれれてしまう。


 7ラールグにも及ぶ巨体から放たれる拳は地属性攻撃魔法(ロック・ブラスト)などの比では無く、全身に衝撃が走り、肺の空気が絞り出された。

 紙屑のように転がされたアージリスは、だがそれでも倒れない。

 この中々倒せないたった3・2ラールグの小さな存在を相手に、トロールは苛立ちを覚えたようで、転がったアージリスめがけて組んだ両手を槌として振り下ろしてきた。

 周囲を揺らすほどの一撃に、地面が叩き割られ、そこにあったものは粉々になる。


 血で彩られた盾や鎧の破片が舞い散った。

 だが、トロールは舞い散る破片の隙間に見た。

 殴っても壊れない。叩いても砕けない。不壊の戦盾を。

 アージリスは、飛び交う石片鉄片を吹き飛ばす勢いでその巨大な腕を駆けのぼった。


 確かに手にしていた戦盾は砕けたが、主君を護り、民を護り、(なかま)を護るのが戦盾騎士だと言うのなら、アージリスは、いや、この場の誰しもが戦盾を持っている。

 かつての騎士団長は単身でオーガと渡り合える強さを持っていたという。

 だが、その身の屈強さが、騎士としての廉直さが、皆から得た信頼が、戦盾騎士を象徴する強さだと言うのなら、いまの騎士長はきっとそれに決して劣らない。それは兵たちの総意であり、タスクが決して口にしない感想でもある。

 アージリスは巨木の如きその腕を駆け登って、そしてトロールの顔面めがけて跳んだ。


「くたばれっ! この、でかぶつの木偶野郎ぉぉっ!!」


 そして、その身に持った信念(スクトゥム)と、ついでに自分が言われたくない台詞の第1位を戦鎚棍(メイス)に乗せて、思い切り叩きつけた。


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