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7-7 創発戦略

 あと、一歩。あと一歩足りなかった。

 もともとのアローダイヤグラム分析はどこを短縮する必要があるのか、どこに余裕があるのかを分析する手法だ。


 それは要素を細分化して莫大な量の計算を行い、要素間の戦力の移動と、戦場間の近接性相性関係を考慮に入れたタスクの改良版であっても同様であり、これはあらゆる効率化や戦略策定、戦力投入の指針なのだ。

 だが、その全てを実践してもあと一歩足りない。


 紙一重の差でこちらの一画が崩される。

 一つが崩れれば、あとは決壊したダムのように、押し寄せる魔物に潰されるだけだ。


「軍師さまぁ。ここの38っていうトコロでコボルト・ロードの迎撃に魔導師隊に行って貰えば……」


 流石のアリスタも普段のふざけた雰囲気はない。

 タスクからしても悪くない意見であり、よくそこまで理解してるなと言いたい。

 だが、


「駄目だ。38工程で魔導師隊を動かすと、どんなに走らせても、57工程に絶対に間に合わない。障壁が追いつかなければ第14戦隊……リオさんの隊が全滅する。フォローを回せばそこに穴が開いて終わりだ」


 それでも足りない。

 主戦場の時間経過と、敵後続の予測時間を測っていた砂時計を改めて見る。不可能は一目瞭然だ。

 第3大隊はすでに回遊作戦から外して第1、第2大隊と同じ主戦場の右翼に展開させているが、障壁が無ければ鳥猿類と接敵した際に長くは持たないだろう。


 そもそもアローダイヤグラムは数字の順番に要素が進む訳ではない。あらゆるものが複雑に絡み合うものだ。

 そして、そのあらゆるものを全て計算しつくしても、足りないのだ。

 諦める気はない。だがどうするべきか。抜本的にすべてを見直すべきだろうか。

 それとも一点突破を試みるか。いや、それこそ全滅が近づくだけだ。


「タスクさん。アージリス騎士長が、タスクさんをお呼びして欲しいと」


 アージリス隊には夫婦貝を渡していない。近隣に展開させていた第4大隊のものを使用したのだろう。

 そこまでしてなんの用だと言いたいが、正直何をしていた訳でもないのはタスクの方だった。


「本陣より、騎士長。どうした?」

「なぜ敵軍のコボルト・ロードどもに迎撃を出さない? このままでは遠からず接敵するぞ」


 この騎士は当然、交信の研修は受けていないので藪から棒だ。


「あぁ。分かってるが、今魔導師隊を動かせばその後に第3大隊を守り切れないんだよ。お前は分からんかも知れんが……」

「あぁ分からんな。ここに動けるものが居るではないか」


 確かに分からなかった。一体どこに居るというのか。


「貴様はあのとき私を見透かして騎士長にして、してやったりと思ったかも知れんが、私とて貴様の考えくらいは見抜いている。魔法攻撃を迎撃しながらオーガを食い止める策が無いのだろう!」


 あれを根に持っていたのかとも言いたいし、そんな戦場を見れば分かることを得意げに言うなとも言いたい。タスクは色々言いたかった。


「私たちが向かおう! 指示してくれ」

「勝手に動かなかったことは評価したいが、相手に魔法があるって本当に分かってるのか。後衛にコボルト・ロードとウィル・オ・ウィスプ。前衛にはオーガもいるんだぞ」


 魔法障壁が無ければ集中砲火を浴びることになるのは目に見えている。


「そんなことは分かっている。だが私たちの戦盾ならばある程度は持ちこたえられるはずだ。それにこちらからも仕掛ければ敵の攻撃の手も多少は緩むだろう」


 そんな計算は思案するまでもなく済ませている。


「いや無理だろ。お前の隊に腕利きの戦盾騎士が多いのは知ってるが、どう考えても小さい砂時計4回転……12分強で崩壊するから」


 戦盾騎士の魔法攻撃に対する平均被弾可能数は3回。アージリス隊でも平均4回。アージリスであっても6回がいいところだ。


 コボルトロードとウィル・オ・ウィスプの魔法発動は弓の届く範囲でおよそ1・4回毎分。

 弓の届かない範囲でおよそ2・1回毎分。

 オーガ1体に対するアージリス以下4戦隊の有効撃破率はおよそ2・4体毎分。それも魔法攻撃に曝されながらであれば約半分にまで落ちる。

 これを件の敵軍にぶつければ12分で隊列が崩壊、18分で全滅する計算だ。


「確かに貴様は先見の明があるし、学ばされる点もあった。貴様の策も信じよう。だが、貴様も私たちを信じろ! おそらく他の隊長たちも今頃は貴様の予想を上回る働きをしているはずだ」


 確かに現場の人間を育て、そして信用するのは、経営者や戦略策定者の務めでもある。

 だが、無理を成せと命じることは、断じて違う。

 否が応でもアルフリードとその隊員たちの顔が思い浮かぶ。


 短い付き合いではあったが、中には食事を共にした者もいた。戦略について熱心に質問してきた者もいた。タスク的にあの人ちょっといいな、と感じる女性もいた。

 彼らはもういないが、だがそれらはアージリスの隊にだっている。


 戦争の駒としても大切だし、同じ砦で生活した仲間としても、そんな無理を命じることなどできない。

 そう。そんな無理など命じられない。

 だがアージリスは、タスクが口にせずとも、その単語を使ってきた。


「確かに無理かも知れない。しかし、主君を護り、民を護り、己を護るのが騎士の務めであるように、仲間を護る戦盾でもありたい! 今こそが『己を護る』ときだと私は思う。教えてくれヒヒガネ! 奴らをどれだけ食い止めればいい? 何を成せばこの戦いに勝てる?」


 それは、少しばかりタスクの心を動かしたかも知れないし、あるいは彼女もまた仲間を思う一人の人間に過ぎないと教えられたかも知れない。

 タスクは自然と、答えを口にしていた。


「40分……いや、どこか大隊が一つ空くまででいい。あの軍勢を足止めしてくれ」

「心得た! 貴様の予想すら凌駕する戦盾騎士の力、よく見ておけ!」


 金管から聞こえてくる具足の足音を聞きながら、ふと思い出した。

 ビジネスにおいても躍進していくパワフルな企業の多くは、経営に関わる者たちの的確な戦略判断を武器としている。

 だが万が一窮地に陥ったときに、会社を、皆を護る盾となるのは、現場からボトムアップでもたらされる創発戦略であると。


「頼んだぞ。人間重機」

「なんのことか知らんが、あとで覚えておけ」


 戦場を眺めると、独立して敵軍へ向かって進む一団が見えた。本陣からでは豆粒程度の大きさにしか見えない集団へ、タスクは直接呟いた。覚悟しといてやるから戻ってこい、と。


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