表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/45

7-5 想われ人

 その頃、第1大隊のいる主戦場への援護に向かう魔導師隊を護衛していたサーブリックたち多角戦略隊は、予期せず出くわしたゴブリンと鳥猿類の軍団に囲まれていた。


 魔導師たちがいれば時間をかけて殲滅できない数ではないが、いま戦略的に魔導師が必要なのは第1大隊だ。それにサーブリックの隊に配備されているのは、多角的運用を考慮して鎧を一部外して戦盾を小型化した戦盾騎士だ。

 人数から言っても、魔導師たちを無傷で守り切れる状況ではない。


「こりゃ皆で残るのはよろしくないスね。戦盾騎士は魔導師を護衛して、あそこから一点突破。残りのメンツは、悪ぃが、ここでアイツらと遊んでもらうぜ」


 ともあれ魔導師たちを送り届けさえすれば、主戦場を攻略できるはずだ。

 弓兵はもちろん、剣士たちも異論は唱えなかった。


「ぐ、軍師殿の指示を仰いだ方が良いのでは……?」


 魔導師の一人が言うが、先ほどから本陣の通信は混み合って待たされることもあったし、ハーズの様子から察しても向こうは向こうで相当に立て込んでいるのだろう。

 タスクが手一杯な様子も目に浮かぶし、それにサーブリックは理解していた。

 敵のほぼ全戦力の様相が明らかに見えた以上、自分たちの一先ずの、この一戦での任は果たしたと。へらへらとやる気のない隊長を筆頭とした剣士弓兵20名、その価値は魔導師たちに比べ遥かに軽いし、手一杯の軍師さんの思考を煩わせるほどでもない。


「いんや。報告は必要ねぇっしょ。いいか? アンタらは戦盾騎士と一緒にここを突破して、黙って魔法をぶっ放しに行けばいいんスよ。総員、放て!」


 合図に合わせた弓兵の一斉射に魔物が怯んだところを狙って、剣士たちが道を作り、戦盾に守られた魔導師たちが一斉に突破した。

 あとは、周囲を取り囲むこの魔物どもと遊んでやるだけである。


「全員、風属性攻撃魔法(ゲイル・ハンマー)に注意しろ。俺たちじゃ食らったら一発でオジャンだぜ」


 にじりよってくる魔物たち。

 その上に飛ぶ鳥猿類に向けて矢を放つ。

 通常は障壁ごしでは命中させるのは難しい。魔力拡散を図るのが目的の魔法障壁だが、風属性障壁魔法ブリーズ・ファウンテンは相性的に矢の狙いを逸らす効果も秘めているのだ。

 サーブリックは親友のように風見の魔法ストリーマ・フォーサイトも使えない。

 だが、天性の感覚で放たれた矢は、左へ弧を描いて的確に鳥猿類の首を射抜いた。

 それを皮切りに、先頭の魔物たちは一斉にサーブリックたちへ飛びかかってくる。


 剣士たちが身構える。だが、魔物たちは飛来した水属性攻撃魔法(ウォーター・バレット)によってその身を射抜かれた。

 何事かと振り返れば、すでにここには居ないはずの魔導師の姿を見つける。


「うぉい。何やってんだ、ガキンチョ。なんで騎士たちについて行かなかった」


 一人残っていたのを小さくて気づかなかったのだ。

 構わず突進してくる魔物たちに、剣士が迎撃を開始し、サーブリックも弓を引く。


「ガキじゃないです。ロシュです。確かに普通の魔導師ならば足手纏いですが、この国で2番目に優れた魔導師ならば問題ないでしょう」


 そして高速詠唱によって即座に次の魔法が放たれた。

 サーブリックも知っている。レイトリィアも習得していたスキルだ。


「それに、走ればきっと追いつけますよ」

「はっ……そりゃ違いねぇわな」


 魔物たちを指揮する鳥猿類を次々とサーブリックが射抜き、他の弓兵もその隙に乗じる。

 ロシュの魔法攻撃からこぼれたゴブリンを剣士たちが次々と切り捨てる。

 徐々に敵は数を減らし突破口が見え始めた。

 そんな頃だった。大地が隆起し、弾けた岩の弾丸によって剣士と弓兵10人近くが一斉に吹き飛ばされる。


地属性攻撃魔法ロック・ブラストか!?」


 コボルト・ロードの大群が現れたのかと思った。

 だが周囲を見渡しても見当たらない。


「なんだ……こいつぁ?」


 居るのはどう見てもスライム1匹。ただし通常の10倍近いサイズだ。


二属性(バイエレメンタム)スライムですよっ!」


 ロシュが叫んだ。

 サーブリックも聞いたことがある。

 通常のスライムは水属性の魔法を用いる。

 だが、成熟したスライムは、人間の頭蓋骨を苗床にして子を産み、そしてごくまれに、その人間の脳髄に浸み込んでいた魔法属性を吸収して変異体のスライムが生まれてくると。


 だが水と地の2属性ならば、ロシュの負けはない。

 風属性で最悪でも8割強を相互拡散、上手くすれば地属性への貫通を狙える。


風属性攻撃魔(ゲイル・ハンマー)!」


 なによりロシュには高速詠唱がある。並のスライムの属性結合などで追いつけるものではない。


 だが、ロシュの放った魔法は粉々に消し飛ばされ、そして逆に攻撃が飛んできた。

 サーブリックに引きずり倒されなければ、ロシュは今頃、『炎に焼かれていた』だろう。


「……ト、三属性(トリエレメンタム)っ!」


 スライムがもともと持つ水属性魔法に加えて地属性と火属性。


 そして地と火の属性を持つ二属性魔導師は王国には居ない。

 居るとすれば、いや、居たとすればそれはただ一人。水、地、火の三属性を操る女性魔導師ただ一人だ。


「……っ!」


 杖を潰さんとばかりに握りしめて、ロシュは立ち上がった。

 飛び出そうとしたところで、だがその肩にサーブリックの手が置かれる。

 止めようとも無駄であり、何と言われようと戦おうと思ったロシュだったが、サーブリックから出た言葉は彼の考えとは異なるものであった。


「周りの雑魚は俺が殺る。お前はあのヌルヌル野郎をぶっ殺せ」



 そして、サーブリックの方が先に駆け出した。

 あえて魔物たちの注意を自分へ向け、群がるゴブリンの剣を躱し、飛び交う風属性攻撃魔法を転がって回避しながら弓を弾き続ける。

 そもそもサーブリックは、特にレイトリィアと親しい訳ではなかった。知人以上友達未満程度だ。大人しい性格とは裏腹な、出るトコの出たボディラインにはそそられるが、でもサーブリックの好みはもっとアクティブな女性なのだ。


 だがある日、なんだか近頃相方の様子が妙だな、と思ったことがあった。

 もともと酒の席では、サーブリックは道化的発言と常識的発言を交互に使いこなして笑いを取っていくスタンスだった。

 そして、同じ村から共に都に出てきたアーレイは、体を張って笑いを取りに行く典型的なイジられ芸を得意としていたのだ。なのにその頃のアーレイときたら、なぜか妙にイジり芸にご執心で、しかも笑かしたあとの引き際がヘタクソで、相手に泣きべそをかかせてしまうのだ。それもいつも同じ相手に。

 そうして、どうしたんだお前と訪ねて、やっとアーレイは「やべ、俺ってレイティに惚れてるかも」と白状したのだ。ともあれ、アーレイとは逆に女性の扱いに長けていたサーブリックは、色々と手を回してやることにした。


 その頃には国も大変だったが、サーブリックには親友がいつまでも童貞な方がずっと大問題だったのだ。そしてついにアーレイは「明日、彼女に告白するよ」と決意し、そして、それが二人が交わした最後の会話となった。

 ちなみにサーブリックはこの国の人口の6割が信仰するアダムス教の信者ではなく、出身した村での信仰に従っている。


 なので、こうして魔物の群れに飛び込んだ訳だ。

 その信仰に、かたきを討つ教えがある訳ではない。際立って女性を大切にする教えがある訳でもない。

 だが、魂は自然へと還元されるというアダムス教の教えと異なり、彼の信仰では善者の魂は死ぬと天へと昇って、そこで安らぎを得るのだ。

 なのに彼女の魂があそこに捕らわれていては、アーレイはあの世でも童貞確実になってしまう。

 だから、矢を撃ち尽くしても、短剣を弾き飛ばされても、それでもなおサーブリックは戦い続けた。


 転げ回って魔法を避け、そこへ覆いかぶさって来たゴブリンを蹴り飛ばす。

 同時に拾った石を革袋に詰めて、ゴブリンの顔面めがけて振り回す。落ちている矢を見つけては拾って、鳥猿類を撃ち落とす。

 背後から斬りつけられようとも、その手をとって投げ飛ばし、剣を奪って、サーブリックはなおも戦い続けた。



 ロシュもまた、残った僅かな剣士たちの手を借りて魔物の間を走り抜けながら、スライムからの魔法を回避し、あるいは防御する。

 魔法が放たれた次の瞬間にはすでに次の詠唱を開始し、即座に再び放つ。極限まで高まった集中力は、常人のおよそ6倍近い魔法回転率を発揮したが、それでもなおスライムに魔法は到達しない。

 三属性スライムの魔法発動は、王国最速であるロシュすらも僅かに上回り、その上で完全に計算しつくした運用をしてくる。

 ロシュの詠唱による発光で結合する属性が特定できればそれを貫通する属性の魔法を、特定できなければ風属性の攻撃か障壁を発動してくる。


 水と風の二属性魔導師であるロシュには風属性に対して相殺以上の結果は望めない。

 圧倒的に魔法戦で劣っているのにこうして無事でいられるのは、走り回ってギリギリで回避しているからだ。

 だがその繰り返しの間に、既に残り僅かとなった剣士や弓兵はどんどん倒れていく。


 タスクは逃げる為に走れと言ったが、ロシュはそもそも、その似非軍師が好きではない。

 だから、スライムを目指して前へと駆けた。

 火属性攻撃魔法(フレイム・アロー)が迫る。詠唱していた風属性障壁魔法ブリーズ・ファウンテンでは防ぎきれない。だがそれでもロシュは脚を緩めなかった。貫通した炎の矢を身を捩ってなんとか回避して、燃やされたローブを脱ぎ捨てて、走った。


 地属性攻撃魔法(ロック・ブラスト)を防御し、盛り上がった地面に躓き転んだが、それでも走った。

 スライムに肉薄し杖を思い切り叩きつける。大した効果は得られず、今度は懐から取り出した儀礼剣を突き立てるが、やはり大した効果は得られない。


 それどころか、ゴポリと泡立った場所から触手が生えてきて、ロシュの両手は捕られた。

 骨も肉もない水の塊のくせに力は強く、両の手は意図しない方向へと動かされていく。

 だがそれでも、


「……ふっ……ざけんな。バケモノ! あの腕立て伏せの方が、お前なんかよりずっとキツかったぞ!」


 渾身の力で、再び杖と剣をスライムの体へ突き立てた。

 スライムには物理攻撃は効果が薄い。

 ロシュの属性ではどうやっても有効打は望めない。

 だが、ロシュは王国で2番目に優れた魔導師であり、こんな魔物ごときに負けることは決してない。彼より優れた魔法の使い手は姉だけだ。


水属性攻撃魔法(ウォーター・バレット)! 風属性攻撃魔法(ゲイル・ハンマー)!」


 ほとんど詠唱らしい詠唱もせずに、突っ込んだ両手にそれぞれ、2つの属性を同時に結合させる。

 思い返すとロシュにはタスクが嫌いだった理由がもう一つあった。

 はじめて彼が皆の前に立った際、ただでさえニワカ知識の魔法理論を提示した上に、ロシュに言わせればあり得ないくらいの、重大な間違いを堂々と言ってのけた。そして更に気に食わないのは他の魔導師が誰もそれを訂正しなかったことだ。


 あの時タスクは、「無関連属性や同属性同士ならば共に100%消滅する」と言ったが、厳密には同属性なら相互消滅。無関連属性ならば相互拡散するのだ。そして、ロシュが12歳の時に書いた論文のテーマは、『魔力的密閉下における相互拡散』だ。


 スライムの体内で魔力が結合され、二つの属性の発光現象がロシュの顔を照らした。

 逃げ場を失った相反する魔力属性マナエレメンタムは、どんどんとその魔力的密閉空間を膨らませた。

 やがてボコボコに泡立った三属性スライムは、粉々に弾け飛んだ。


 ロシュもまた盛大に吹き飛ばされて、ゴロゴロと転がって岩に打ち付けられた。

 そして自身の理論の正しさに笑って、そして姉を思って泣いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ