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7-5 挫折からの道筋

 報告を聞いて、タスクはテーブルに拳を叩きつけた。

 夢で見たマズルスたちの光景が脳裏をよぎり、そして、思ってしまう。『あぁ、いったいどの時点で、間違えていたたのだろう』と。


「タ、タスクさん。あの……敵軍後方、更にコボルト・ロードとオーガ、トロール、ウィル・オ・ウィスプの混成部隊が出現しました。……あの……指示を……」


 バーグの言葉も良く聞こえなかった。

 不意に吐き気がして、タスクは思わず口元を押さえた。

 砦の防衛戦でも犠牲は出た。なんの犠牲も無く勝てるなどタスクだって思ってはいない。

 だが、大隊一つ分の人数が、あっと言う間に死んだ。第5大隊は3戦隊半。およそ100人だ。


 自分の采配で。それが死んだ。

 人間が100人死んだ。自分のせいで。


 全員の顔と名前が頭に入っているし、食事を共にした者もいる。

 アルフリードは生真面目だが気の利く男で、後輩にいたらいいな、という好青年だった。片目を覆った傷跡を撫でながらラガードやマクレラントのような剣士になりたいと話していた様子が思い出される。

 他にも、一緒になって猥談をした弓兵もいたし、妹がソフィアの女中なのだという騎士もいた。

 自然と、第5大隊の一人一人の顔が脳裏をよぎった。


「あの……。タ、タスクさん……その……指示を……」

「……なんだよ。なんだよこれ。どれだ? どれが間違ってたよ?」


 涙がこぼれ出た。

 甲子園を逃したときも、父を亡くしたときも泣かなかったが、自然と涙がこぼれ出た。


「少し上手くいったからって、いい気になってこれかよ」


 やっと分かった。いや、薄々は分かっていた。

 もともと無理だったのだ。

 確かに、一度は無謀な策をやめさせて、皆を助けたかもしれない。

 だが素人に戦争なんてできる訳がない。

 軍師なんて、できる訳がない。


「あぁ。そうだろ。そりゃそうだろ。こんなの無理に決まってるじゃねぇか。やったこともないのに軍師の真似事なんか」


 28歳というタスクの年齢は、世間ではとうの昔に成人となっていて、経験を活かした転職を始める時期でもある。ましてや、この世界には少年の兵だって大勢いる。

 だが、それでも28歳という年齢は、実際には本人が思っているほど達観してはいない。

 こぼれ落ちた涙が地図を濡らしても、ハーズもバーグも何も言えなかった。

 しかし、涙に濡れたその頬は、300歳を超える小さな手のひらで、思い切り引っ叩かれた。


「こんなの軍師さまじゃないです!」


 珍しく怒って見せるアリスタだが、その頬もまた涙で濡れている。

 そして、そんなことはタスクも言われなくても分かっている。

 タスクは勇者でもないし、軍師でもない。


「そんなことは分かってるんだよ!! 戦争の知識もないのに軍師なんかできる訳……」

「だって、だって……軍事さま、言ってたじゃないですか!」


 今度はアリスタまでもが、子供のように泣き叫んだ。


「森で私と会ったときに、言ってたじゃないですか!」


 恨み言ならたくさん言った。

 だが、タスクはアリスタに対して魔王を倒すだの、勇者になるだのと言った覚えはない。


「言ってたじゃないですか! 『コンサルタントが逃げたら、カイシャは終わり』だって」


 なのに、その身勝手な妖精の口から紡がれた言葉は、確かにタスクが言った言葉であり、そして、タスクにとって至極当たり前のものだった。

 そう。当たり前のことだ。


「……タスクさん。……第1大隊より連絡です。指示を求む。必要ならばこの場を第2戦隊のみで食い止めても構わないと」


 どう考えても無理である。

 残存している500の魔物を30人で食い止めるなど。だが、いかにもアトキンソンとその部下たちの言いだしそうなことだ。


「魔導師隊より連絡。敵軍後方の部隊の迎撃は可能。走れば5分で到達してみせるとのこと」


 それも駄目だ。

 魔導師隊の戦力は主戦場に使うべきだ。

 そう。この様相だ。


 あまりにも愚策だ。

 全然なっていない。


 だから、『コンサルタントが逃げたら、会社は終わり』なのだ。


「……お前の言う通りだ。こんなのは俺のやり方じゃない」


 タスクは涙を拭うと、妖精の落書帳(ホワイトボード)へ向けて、横薙ぎに腕を振った。書かれていた膨大な軍略が全部消える。


「第1大隊には全員その場で戦闘を継続するように伝えてくれ。かんばん作戦で一刻も早くその場の敵を殲滅しろ。魔導師隊は主戦場の援護が先だ。サーブリックたちを護衛につけて移動してもらえ」


 指示を出しながらタスクは、猛烈な勢いでペンを走らせた。

 思い違いをしていた。

 アリスタの言う通りだ。


 確かに勝ちたかった。一人でも多くを生き残らせたかった。

 だが、それで軍師の真似事を始めるなど、そんなのは『軍師さま』のやり方じゃない。

 必要なのは工程(プロセス)と所要時間、相性だ。

 求めるのは最高の効率と最高のスピード。


 次々と戦場攻略に必要な要素を書き記し、その前後関係を、すなわちAを成す為には事前にBとCの完遂が必要といった順番をつなぎ合わせる。

 細分化した要素を書いては分析しを繰り返して、前後関係を矢印で示して所要時間を記載する。

 やがてバラバラだった要素が繋ぎ合わさり、一つの図表ができあがった。

 無数に繋がった矢印と要素でひし形、三角形、台形、様々な形が描かれる。


 それはハーズたちの目には、まるで巨大な紋章のようにさえ見えた。

 それはアリスタにはさながら、大精霊アダムスが司るという世界の形を成すもの。4属性の理の原則ようにも見えた。


 だが勿論、そのどちらでもない。

 アローダイヤグラム分析。

 あるプロジェクトを構成する作業を細分化して、それぞれを矢印でつなぎ合わせ、前後関係を明らかにする。その中にはその後二つや三つに分かれるものもあるし、二つや三つがやがて一つに収束することもある。

 それらを使用して、どこに資金を投入するのか、どこが遅滞が許されない箇所なのかなどを戦略的に分析する手法。

 それがアローダイヤグラム分析だ。


 タスクはそこへ更に要素間の戦力の移動と、アクティビティ相関分析による近接性相性関係を足して、最終戦略目標への、つまり『勝利への道筋』を求めた。

 すなわち、それはビジネスシーンにおける戦略を支える基盤であり、そして、これこそがゴルトシュタインの軍師さま《コンサルタント》のやり方だ。


「第2戦隊へ30分以内に正面の敵を殲滅するように伝えろ。10分おきにカウントの通信を送る。手助けが必要ならば第4戦隊はその援護を、不要なら第4戦隊は第3、第11の混成戦隊と交代して前にでろ。左前方の戦線は20分間でいい。指示があるまでなんとしても維持しろ! 第10戦隊は敵を押し戻す形で前進、中央の戦線との連携を取って20分以内に敵を90度で挟み込む形を作れ」


 タスクの新たな指示に合わせて、ハーズとバーグもそろって夫婦貝の金管へ向き合った。


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