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1-3 出会い

 思い返せば確かにそういった物語はタスクの記憶にある。

 平凡な生活を送っていた学生がひょんなことから、こことは違う異世界に召喚されてしまい、そして特殊な能力を駆使して可愛いヒロインたちと一緒に戦うのだ。


「……さま」


 女の子たちはみんな主人公に気があって、ちょっぴりヤキモチやきで。


「……者さま」


 そう。こんな風に可愛い声で……。


「勇者さま!」


 だが、ふと現実に戻る。たとえ夢でもそんな妄想にひたる年齢ではない。タスクとてその程度は無意識に自覚している。


「……なんだこれ」


 だからこそ、目の前の光景が理解できなかった。

 先ほどまでは夜の住宅街に、具体的には午後9時半に、用地区分で言えば第二種住居地域の路地に居たはずだ。

 なのに、周囲を見渡せば暖かい日光に照らされながら木々が生い茂っている。

 そして……


「勇者さまぁーっ! 本当に来てくださったんですねぇーーっ!」


 寝転がった自分の腹の上を見れば緑がかったブロンドヘアの少女。ただしどう見ても身長は30センチに満たない程度にしか見えない。


「……なんだ。なんだこれ。自覚が無かっただけで、俺は日々の生活にそんなに疲れを感じていたのか?」


 思わず自分の頬を思い切り抓ってみるタスクであったが、その行動からも然したる成果は得られなかった。


「痛い。確かに痛いが、果たして実際に夢の中で自分の頬を抓る行為を実行した人間が世の中にどれだけいて、その内の何割がそれが夢であると実証できたんだ? いま脳が感じているのは痛みではなく『自分で抓って痛みを感じたという事実を思い描いた結果だけ』であるのかも知れないだろうが」


 慌てて飛び起きる。腹に乗っていた小さい生き物が「ふぎゃん」と鳴いたがそんなことを気にする余裕もタスクには無い。

 近くに生えていた木の幹に目を付け、思い切り頭を打ち付けた。

 痛みは無い。もう一度試すが、ひたいが切れるどころか痛みすらない。


「痛くない。……はは。なんだ、やっぱり夢じゃないか」

「あ、勇者さまぁ。ラムゼイの木を見るのは初めてですか? 樹皮にすっごく弾力性があって、人間さんたちはそれでクッションや枕を作るんですよぉ」


 余計な言葉が聞こえた気がして、念のため幹を指で押してみる。


「……天然素材のくせにいい具合の低反発。……ああ、これは売れそうだな……」


 タスクとて馬鹿ではない。

これ以上あれこれと試さずとも、思考が思い通りに働き、指先の感触が滞りなく脳に認識されているのを見れば、少なくともこれが夢では無いことはとっくに分かっていた。


「あのー。勇者さまぁ? 大丈夫ですか? なにか召喚で不備があったんですか?」


 この小さい生き物が背中から光の羽を覗かせて飛んで来ても今更吃驚して叫んだりはしない。


「待て。言葉が通じるならそこで止まれ。それ以上近寄るな」

「え? わ、私なにか失礼をしちゃいましたかぁ!?」


 オロオロとする小さい生き物の様子にまずは安堵した。どうやら悪意は無いようだ。タスクは職業柄、ある程度人の挙動を見ることには慣れているつもりだ。

 まぁそれが謎の生き物に通用するのかは分かりかねるが。


「俺……自分は日々銀佑です。28歳。生まれも育ちも東京で、職業は自営で経営コンサルをやってます」

「あ、そうですよね。はじめて会ったら挨拶ですよね。人と出会うのは100年ぶりくらいなのでうっかりしてましたぁ! 私はアリスタです」


 アリスタという名前以外はよく分からない内容であったが、言葉が通じて会話が成立するだけの知能はあるらしい。


「俺の常識では人間は俺とそう大きく変わらない身長が殆どで、金髪の人種はいても緑がかった髪の人は恐らくいなくて、寿命は長くて100年前後なんだけど」

「はい! 私の知ってる人間さんもそんな感じです。私の知ってる人間さんは、寿命は長くて70年くらいですけど。でもよかったぁ。勇者さまは人間さんのこと詳しいんですねぇ」


 なんだかまったく会話が進んでいない気がする。


「いや、キミみたいな30センチ弱の人間は見たことないって言ってるんだけど」


 これではまるで海外の伝承や絵本などにある、そう。いわゆるアレである。


「あ、これは失礼しました。私たち妖精種もここ150年で数を減らしましたもんね。人間の方は妖精なんて最近は見慣れませんよね。あっ、私はこのエクルスの森の木々から生まれた妖精なんですけど」

「いや……」


 どうやらいわゆるアレだったらしい。

 アリスタと名乗る生き物は本当にアレだったらしい。

 そして全く会話のキャッチボールが成立しない。


「いやいや。そうじゃなくてですね。俺の常識では今も昔も、少なくとも普通の人間の知る限り妖精なんて実在しないし、樹皮がクッションのような木も存在しない。俺が知りたいのはなぜ俺にとってこうまで非常識なことが当然のように発生しているのかと、ここがどこなのか、そしてなぜお前が俺がここにいることを当然だと認識して、俺のことを変な呼び方しているかだ」


 まとめて質問をしすぎたきらいもあるが、タスクの中の嫌な予感が適当ならばこれらの質問の答えは一つに帰結する。

 そう。認めたくはないが、きっとここは……


「えぇーーーーっ!! 勇者さまはひょっとして……異世界から来たんですかぁーーっ!?」


 きっとここは異世界なのだから。


「……って。えっ!? それお前が驚くの?」


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