7-2 回遊作戦
数時間して斥候の兵が戻り、そして、いよいよ開戦となった。
「敵は王都西門付近におよそ3000。残りは東、南、北に分布していると思われる。魔物の性格から言っても種族を超えて一致団結することはない。まずは『回遊作戦』で敵軍を削り取れ!」
当然、魔物の数が減って来れば大挙して押し寄せるだろうが、それまではゴルトシュタインでの魔物の基本的な戦術はゴブリンとコボルトを消耗品とした、こちらを削り取る作戦だ。
ならば、こっちも削り取ってやればいい。
「タスクさん。迎撃隊、1から5までの全隊、配置完了です」
バーグからの報告。お出迎え準備は完了だ。
「アージリス隊長より連絡。正面配置完了。ですが敵軍に察知されたようです」
同様にハーズからも報告。呼び込みの準備も完了だ。
「あぁ。アージリス隊は全速で後退。全軍におもてなしするようにと伝達。アージリス隊には夫婦貝を第2大隊に戻すように伝えてくれ」
「了解です。本陣より創発隊へ。ファザードは後退を開始してください。その際に夫婦貝は第2大隊に返却してください。繰り返します……」
「了解。本陣より第1戦隊、第4戦隊へ。全軍、敵をおもてなししてください。なお第2戦隊は現在一時的に夫婦貝を手放しています。第2、第3、第5大隊への伝達の徹底をお願いします。繰り返します……」
タスクの指示に合わせて二人が即座に伝達する。
「アリスタ。望遠鏡で直接観測して異常があったら報告してくれ」
「らじゃです! 妖精の遠見鏡ゥ! とぉーう!」
アリスタが両の手のひらで作った輪をのぞき込む。森の監視者のように複数箇所を見ることはできず、属性分析同様アリスタ本人にしか見ることができないが、場所を選ばずにある程度遠くが見える魔法、つまりただの望遠鏡だ。
これで、脳天に矢の雨を売りつけるゴルトシュタイン販売店の開店だ。あとは押し寄せるお客様に、勝手に買い物をして頂くだけである。
アージリスたち、創発戦略隊は他に戦隊3つを借りて、敵の正面に立った。
まず先頭のコボルトと目が合って、そして魔物たちが一斉に動き出す。
それを見たアージリスは本陣からの通信を得て、即座に指示を出す。
そして、みんなで魔物に背を向けて一目散に逃げた。
少し前なら敵に背を向けるなど考えられなかったが、今は悔しいことにそれが勝利につながることもあるのだと学んだ。
弓兵を先に走らせて剣士、最後に騎士が後ろを固める。
まだ若干の距離はあるが、追いつかれるのは時間の問題だ。そして、いくらアージリスといえどもあれだけの魔物の大群に囲まれればひとたまりもないだろう。
だが、囲むのはこちらのほうだ。
左右から無数に降り注ぐ矢の雨に乱される魔物どもを見て、アージリスは、これが知略だ魔物ども、と少しだけ笑った。
20数分後、バーグに報告が入る。
「第1大隊から報告です。敵軍主力は山犬蜥蜴。敵停滞率およそ20%。戦盾への被接触率およそ50%」
「予定通りだな。アトキンソンに一番ハードなポジションだが、持ちこたえてくれと伝えてくれ」
敵の停滞率は20%。
つまりアージリスたちが敵に発揮している誘引効果は80%程度機能していることになる。
上々だ。
観測に関わる者たちには事前に、タスクの指示で動き回る軍を眺めさせて、おおよその人数把握に慣れさせてある。大きくは外さないだろう。
「更に第1戦隊から報告。友軍稼働率100%。。攻撃機会率およそ60%。攻撃参加率およそ90%。攻撃命中率およそ50%です」
標準的な戦闘ならば攻撃機会率、すなわち戦闘に参加している友軍が位置的に攻撃に参加できるチャンスは100%が望ましい。効率の面から見ても当然だ。
だがこの『回遊作戦』ではこの程度でも問題はない。
一方的に攻撃して敵を削りとるのが目的だからだ。
敵軍は正面に発見したアージリスを追って、こちらが思い通りにレイアウトしてある矢の雨を扱う販売店へと入店してきた。
そのままこちらが意図したとおりに狙った経路を誘導されて動き、そして矢に降られ続けることになる。
多少の敵は戦盾騎士の横隊で押しとどめ、そのまま矢に降られながら、こちらの意図した買い物通路を歩き回ってもらう訳だ。
押し寄せる敵が増えて来たらそこは閉店して退けばいい。
これこそが小売店の販売戦略の店内レイアウトを応用した『回遊作戦』である。
一般的に量販店では顧客が望んで買いに来るジャンルやブランドを入口の逆、一番奥に設置する場合が多い。スーパーマーケットで入口が決まっていて、歩く通路もなんとなく決まっていて、そして酒類が一番奥にあるのも同じ理由だ。
目的は単純、顧客にたくさん歩き回ってもらうため、つまり回遊性を高めるためだ。
たくさん歩き回れば、顧客はその分色々な商品を見て、手に取って、迷って、あるいは買っていく。言い換えれば攻撃機会が増えるということだ。
それらを考慮して、顧客購買率を算出するのが店舗経営におけるスペースマネジメントだ。
そして、それを用いれば敵の撃破効率を測ることができる。
すなわち、敵が移動した距離である『動線長』、位置的に攻撃チャンスがどれだけあったかという『攻撃機会率』、チャンスのあった内の何割が攻撃できたかという『攻撃可能率』、そして『命中率』と『命中数』、これらを全て乗じたものを弓兵がコボルトの撃破に必要な平均命中回数で割った数字がトータル戦果ということだ。
「タスクさん。第4大隊から報告です。敵停滞率およそ20%。戦盾への被接触率およそ60%です」
バーグからの報告。
お客様はだいぶ奥の方まで歩き回っているようだ。
「第1大隊から報告。停滞した敵、およそ800。その内の壁面への接触率およそ80%」
続いてハーズからも報告。
ここでは500も引きつければ十分すぎるのだが、アトキンソンのことだ。相当に粘ったのだろう。
「第1大隊は敵を引きつけつつ後退。『かんばん作戦』へ移行。魔導師隊は移動開始」
「了解です。本陣より第1大隊。『かんばん作戦』へ移行するために後退してください。繰り返します……」
「了解。本陣より魔導師隊へ。第1大隊へ、かんばんの準備を開始してください。繰り返します……」
ハーズとバーグがそれぞれ後退とかんばん用意の指示を伝える。
敵を極力壁面、つまり戦盾騎士に触れさせないことも一つの目的としていた『回遊作戦』では、敵をばらけさせてしまう魔法はあえて使用しなかった。
そして勿論、こうして誘導からこぼれた敵を改めて一網打尽にするためでもある。