5-6 任命式
同日の夕暮れ時、砦の前に兵士800余名が集まった。
タスクも小規模な講演会なら開いた経験はあるが、やはりこの人数は何度見ても圧巻である。
歓迎されない余所者扱いだと割り切っていた前回と比べて、今回はこの大軍を名目共に預かる立場になってしまったのだから、緊張はより一層だ。
預けておいたスーツはクリーニング店並みとはいかないものの、仕立て屋の女性が綺麗にしておいてくれた。ソフィアに貰った濃赤色の外套は折角なので、このままプロパガンダの意味も込めて着用を続けることにする。
まずはソフィアが前に立ち、木造の壇上から兵たちへ労いをかけた。
「皆さん、ご大儀でした。今回のオリエンテーションにて新たなお仲間の方たちの親交も深まったと思います。今後とも大変な戦いが続くと思いますが、皆で力を合わせてどうかご尽力ください」
兵たちの先頭でそれに答えるのは、騎士団長代行のアージリスだ。
「はっ! 必ずや御身のご期待に沿えるよう、我らの盾、剣、弓、杖に誓い、この身を捧げます!」
「ありがとうございます。では、タスクさんから、皆さんの大隊長を発表していただきます」
ソフィアが身を引くと、入れ替わってタスクが壇上に立った。
「改めてお疲れさまでした。今回は戦隊単位での初めての行動となりましたが、王都の奪還ではこうした職の機能の垣根に捕らわれない、事業部単位での行動が必須となります。それに伴って、皆さんには全体の指示を理解した上で、遂行に向けて自分たちでも工夫していただきます。同時にこれまで以上の強度で、これまで以上に柔軟な戦線構築も必要になりますので、戦隊ごとの連携も必要です」
急ごしらえではあるが、私生活でも行動をともにするようにと伝えてあるし、なにより強い共通目的意識があり、集団の結束は固い。まぁ、どのみちやるしかないのだが、それでもタスクの中にも「やれる」という思いが生まれていた。
「戦隊長は戦隊を纏め、大隊長の意向をよく理解してください。大隊長は自分の責任を十分に理解した上で、全体を見て行動してください。では大隊長を発表します」
緊張で顔を強張らせるものが多数。来いとばかりにタスクを見つめ返す者が若干名。面倒くさそうにそっぽを向く者が一名。相変わらずおっかない顔だがどこかすっきりした表情の者が一名。
皆がタスクを見守った。
「第1大隊隊長、アトキンソン・ドゥーキス」
タスクの声に、アトキンソンが当然とばかりに前へ出る。
「第2から第7戦隊までの指揮と、戦盾での戦線構築時の指揮を任せる」
タスクと同世代という年齢の割には若さを残した性格ではあるが、視野が広く本能的な機転も利く男だ。騎士と剣士の両方に顔が利くのも大きい。
「この身、この盾にかけて! 拝命しますっ!」
流石に騎士だけあって、形式ばった場では礼儀正しいらしい。
アトキンソンが勢いよく跪くと、戦隊がそれに続いた。
「第2大隊隊長、マクレラント・グランド」
同様にマクレラントが前へ出てくる。
「第8から第13戦隊までの指揮と、戦線構築時の剣士の指揮を任せる。第1、第2両大隊長は日ごろから連携を密にとり機能向上に励むこと」
こうして見ると普通の老人なので無理はさせたくないが、剣を持つのを見せて貰った時には目の前を旋風が通り過ぎたのかと思った。彼の実力と経験は前線に必要だ。
「この身、この剣にかけて拝命致しまする」
マクレラントと179名の隊員たちが跪いた。
「第3大隊隊長、リオ・ピグマリー。第14から19戦隊の指揮と、戦線構築時の弓兵隊の指揮を任せる」
凄まじい弓の腕前にも驚いたが、他にも短刺突剣での戦闘や工作手芸にも秀でているらしい。
そして、一見すると年端もいかぬ少女にも見えるが、実際は「タスクくんより片手分くらい年上だよ~」という事実に更に驚かされた。
黒髪と赤みのある褐色肌を含めて、ドワーフである祖母からの遺伝らしい。
「この身、この弓にかけて、はいめ~します」
同様に180名が跪く。
「第4大隊隊長、ゼルズニッケ・ローゼンブラッド。第5大隊隊長、アルフリード・レビット。残りの戦隊をそれぞれに任せる。戦線維持の際は各自アトキンソン、マクレラントの目の届かない場所をフォローすること」
アトキンソンとマクレラントが、それぞれ推薦した騎士と剣士だ。
ゼルズニッケはこの砦では数少ない年配の騎士で、砦では子供たちの遊び相手にもなっている優しい男だ。
アルフリードはまだ若いが気骨のある隻眼の剣士で腕も立つ男だ。過去にはマクレラントの養子だった男に命を救われた経験があるらしい。
「この身、この盾にかけて拝命します」
「この身、この剣にかけて拝命させていただきます」
これで全ての戦隊の配分が終了した。
「以上5人の大隊長は兵たちの規範となるべく行動すること。戦隊の皆さんは大隊長に敬意をもって接し、指示に従うこと。職権を超えた行動や発言があった場合には自分か近衛兵に報告すること」
改めて配分された全ての兵が一つに重なって返事をした。
「これにて大隊長の任命を終える」
異論を唱えて来るかと思ったアージリスも、先頭に居ながらにして、第5大隊としてしっかり跪いていた。
「では次に創発戦略隊を任命する」
兵たちの何割かは思わず顔を上げ、何事かとひそひそ声が漏れてくる。
創発戦略。当初の予定から現場の状況が変化したとしても、状況の変化に応じてトップの意思に合わせた策や行動を臨機応変に投じていく戦略だ。
環境が目まぐるしく変化する昨今のビジネスシーンでは重要視される戦略の一つでもある。
「創発戦略隊隊長、アージリス・クラスタル。戦略的目標を正しく理解し、予見を大きく外れた事態が発生した場合にもその勇敢さを持って立ち向かって欲しい。……アージリス隊長、他29名戦隊員はご起立ください」
タスクの声に合わせて、第5大隊として跪いていた30人が、アージリスを先頭にして立ち上がる。
「創発戦略隊は、こちらの意図しない事態が発生した場合に真価を発揮する部隊だ。通常の前線よりも更に大きな危険が予想されることも鑑みて、隊員には拒否権を与える。望まぬものはそのまま第5大隊に編入するので、アージリス隊長の下で命を懸けて任につける人だけがこれに就くように」
「な……」
アージリスが思わず、こちらに詰め寄りかけて、だが踏みとどまる。
兵士は命がけで戦って当たり前という考えの人間重機には理解できない発想だろうとは思う。
だが普通の人間にはコボルトだって恐怖の対象だし、兵士の練度や気構えだって、建前はあれども、まぁ人それぞれだ。
アージリス自身も本音ではそれを分かっているからこそ、前に出るとも堂々と構えるともはっきりしない挙動になったのだろう。
俯いていて壇上からは流石に表情がうかがえないが、目を泳がせているに違いない。
創発戦略隊は不測の事態に対応すべく創設したものだ。
全員が一体となって戦えるものでなければ存在する意味は無い。アージリスを筆頭に、全員が一心同体となって動く必要がある。
だからこその選択権だ。
「では隊長は隊員たちを労ってやってください」
振り返るように促す。
アージリスはしばし戸惑った後に、覚悟を決めたように振り返り、そして見た。
「……っ!」
29人が一様に跪き、頭を垂れる光景を。
重装備のまま山道を汗まみれで走らされた騎士も、怒鳴りつけられた剣士も、クラティスも、プラータも、皆等しく彼女のもとに残った。
「アージリス隊長。隊員たちを労ってやれ」
タスクに再度促されて、アージリスはやっと、高くあった頭を下げると、口を開いた。
「こ……ちらこそ、……よろしく……たのむ」
その巨体にはとても似つかわしくない、蚊の鳴くような声だったが、きっと隊員には届いたことだろう。
「隊という単位は指揮官を頭として動く手足だ。確かに命令は絶対で、戦略のために個々の命を懸けてもらうことはある。だが指揮官は、部下たちが血肉を持った己の体の一部であることを常々心がけること。全ての指揮官は王女殿下に献身して、民を思い、そして仲間を守ること」
「はい!」
流石の連携というべきか、タスクが言い終えると、一拍おいて隊長職から一斉に返事がきた。
サーブリックから聞いたマズルスがアージリスの出世に反対した理由。それはタスク個人としては他人事でどうでもいい話でもあったが、マネジメントに携わる身にはちょっと気になる問題でもあり、あの日しばらく考えていた。
「なお創発戦略隊の隊長は、王国騎士長を兼任とする。騎士として人々の規範であり続けること」
なので、結局分からずじまいだったその問題の答え、『己を護る』の意味を広義に解釈するという模範解答を、翌日に森の監視者の画面越しにアージリスに教えられた時はタスクとしては若干だけ悔しくもあり、そして若干だけ、その人間重機を見直した。
「あぁ、でもさっきのは語先後礼の方が礼儀正しいかな。20点減点」
だがやっぱり悔しいので少しからかってみて、そして案の定、少し涙目のままの騎士によって宙吊りにされて腹パンをくらった。
なお、ずっと呼ばれずに立たされ続けていた第1戦隊の隊員とその先頭の飄々とした男は、多角戦略隊として任命した。




