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5-3 事業部制組織

 その日の夜、事前に声を掛けたとおり、騎士団、剣士隊、弓兵隊の代表と、補佐役やベテランなどを含む十数人が砦の一室へと集まった。


「おい、タスク! 騎士団を廃止とはどうゆうことだっ! 俺たちの何が不満だってんだ!?」


 タスクが話を切り出す間もなく、早速アトキンソンが口を開いた。

 なぜ騎士団の上の方には人の話を聞かないタイプが多いのかと、早速嘆きたくなるが、そこはぐっと堪えて我慢した。

 本題を繰り出せばどうせ不満が出るのは分かっていたことだ。


「いや、廃止するのは騎士団だけじゃないから。剣士隊も弓兵隊も廃止します。魔導師隊は別個に再構築します」


 集まった一同がざわざわと騒ぎ出す。


「それはつまり、新しく騎士団や剣士隊、弓兵隊に取って代わるものを作る、ということかのう?」


 全体にとって悪くないこの意見を出したのはマクレラントだ。

 この老人の方がよほど騎士らしいイメージだが、若い頃は剣にしか興味がない冷たい刃のような男で、そして流浪の旅をしていたせいで今も地位は高くないらしい。


「そうですね。マクレラントさんの言うとおり、当然新しいものを作ります」


 ここで安堵したものと、続きの説明を求めるものとを、タスクは密かに分類して記憶した。

 もちろんこれだけで決めるつもりはないが、新しい組織の責任者には最低でもここで疑問を持てる程度の人材は欲しい。本人たちには悪いが、勝手に評価させてもらうことにした。

 その上で、指揮される下の人間たちのためにも、相応しくない人間には新しい組織では指揮官からは降りてもらうことになるだろう。


「ってーことは、その新しいもの、ってのは今までとは結構がっつり変わっちゃうって訳なんスね」


 老剣士同様に、サーブリックも理解しているらしい。なかなか掴みどころのない男だ。


「え~。弓兵隊のみんなとお別れはおねーさん悲しいな~」


 リオは正直何を考えているのか分からない。


「そいつは、今までと違う戦い方をしろってことか? そんな大きく変えることなんてできる訳ないだろうが」


 意外にも一番良いことを言ったのはアトキンソンだ。本能的に核心を突くタイプなのかも知れない。


「それはつまり、貴様が新たに騎士団を率いると、そう言いたいのか!?」


 そしてアージリス。


「うん。キミは何もかも全然違います」


 こいつは駄目だ。


「じゃあ、まず先に現状を確認してみましょうか。今のゴルトシュタイン軍は強固な4枚構造の集団でできあがっている組織です」


 話しつつ、木製の板を4枚、重ねて側面が見えるように並べる。W字ラインを作ったときの余りの板を貰ってきたものだ。


「つまりはこうゆうこと」


 皆がうんうんと頷く。大抵の場合においては大人も子供も、言葉よりも絵、絵よりも立体を交えた例に興味を示すものだ。


「ただこの4枚の板、確かに強固ですけど、これじゃあどうやっても5枚にはなりません」


 そりゃそうだ、と何人かが笑う。タスク的に見所があるのは顎を擦りながら熱心に考えるマクレラントと、頭に手を組んでニヤニヤ笑っているサーブリック。この二人はタスクが言いたいことを理解したらしい。


「板切れはそうだろうが人間は動けるんだぞ。5枚にも6枚にもなるだろうが」


 それにアトキンソン。本当に意外だが本能で理解しているらしい。

 もちろん理解しているのは言わんとすることまでで、結論は間違っているのだが、タスクもそこまでは求めていない。


「確かに、アトキンソンの言うとおり、戦盾騎士の横隊は板切れなんかじゃない。指示があれば前にも後ろにも動けるだろう」


 そんなことは分かっているが、だがこれを全員が理解したうえで次の話に進むのが重要なのだ。


「でもここで言いたいのは、物理的なものじゃない。心理的、精神的なコミュニケーションの話だ。もしも仮に、戦場で独自にミクロ的戦況判断の共有が必要になった場合に、この1枚目の板のここの点と、この2枚目の板のここの点、この二つは瞬時に情報を共有して協調した判断をくだせると、皆さん思いますか?」


 2枚の板の、それぞれ適当な1点を指差して問う。

 つまりは、不特定の戦盾騎士数名と不特定の剣士数名が、瞬時に協調してそのときに必要な分の情報共有ができるか。あるいはそのときに必要な最良の判断ができるか、ということだ。


 部屋の中で各々が隣の席の者と話し合うが、表情は浮かない。

 まぁ無理だろう。タスクもそれは分かっている。

 彼らは完全な機能別組織であり、ビジネス風に言うと開発部は開発部の常識で、営業部は営業部の常識で、資材部は資材部の常識で、それぞれが動いていることになる。


 もちろん同じ国で文化的に生きる人間である以上、一般的な常識は共有されるため、日頃に表立っては問題は出てこないが、その集団ごとの差が能率の低下や判断の遅れや大きなミス、先日のような集団浅慮(グループシンク)の発生、あるいは解消されないままの摩擦(コンフリクト)の蓄積へと繋がってしまうのだ。


「じゃあ、できると思う方は挙手をお願いします」


 誰の手も上がらなかった。まぁそうだろう。流石にアージリスも無理を可能とは言い張らないはずだ。


「かと言って、この板切れをバラバラにして臨機応変に組み替えたら、散らばってしまって、ただのパズルですよね」


 全ての兵士があらゆる方向へ連携を発揮する、というのもこれまた現実的ではない。

 マクレラントを初めとした数人が頷いてくれた。

 必要なのは部門ごとの独自の固定観念(セクショナリズム)を解消し、それでいてすぐに連携が発揮できる集団だ。


「と言う訳で、皆さんにはこれになってもらいます」


 木の板に退場してもらい、テーブルにレンガを並べていく。


「このレンガは横に並べれば強固な長い壁に、2列にすれば短くも更にぶ厚い壁に、敵や味方を囲めば四角や円の壁になります。あるいは個別に動いて敵にぶつかる事だってできる」


 更に多くが頷く。この時点でほぼ全員が理解したようであった。


「このレンガ一つが一つの戦闘単位、つまり事業部(ディビジョン)です。理想としてはこれが1単位あれば、このサイズのあらゆる戦闘が可能で、必要に応じて他のレンガとも強く結びつくことができる能力を有することが求められます。つきましては、既存の組織形態は騎士団、剣士隊、弓兵隊を全て廃止。再編します。既に姫には同意を貰ってますので、具体的な配置や配分、つまり人事についてはこれから皆さんの意見を貰えればと思います」


 タスクは一通り話し終えて、辺りを見渡した。

 少なからず反対意見が出るかとも思っていたが、今回は思ったよりも良好なプレゼンができたようだった。


「なるほどのう。つまり騎士、剣士、弓兵からなる小さい集団を一つのものとして扱い、必要ならば組み合わせて従来と同じ、否、従来よりも強固な壁にもすると。儂らには思いつかぬ発想であるな」

「やぁー軍師さん。またメンドーなもん考えるスね。こいつは大仕事ですぜ」

「おいタスク。俺は騎士だが、この爺さんにも負けない剣士でもあるんだ。そこんとこ、しっかり考えておけよ」


 三人をはじめとして、皆が好き勝手に喋るが協力は得られたようである。

 だがそこへ、


「馬鹿を言うなっ!! そんなことをすれば騎士団はどうなる? 私の騎士団長代行としての立場はどうなるっ!!」


 盛大な反対意見が現れた。おまけにそれは、そもそも最初の時点で言って欲しい反論だ。

 そんなタスクの思いを知ってか知らずか、他の者もアージリスの気迫に押されてなだめることもできずにいる。


「まぁまぁ姐さん、落ち着い……うごぁ!」


 唯一なだめに入ったサーブリックは、一瞬で胸倉を掴まれてテーブルへ叩きつけられた。


「戦盾騎士はゴルトシュタインの誉れだぞ! 騎士団は民を護る象徴でもある! それをっ!」


 相当に冷静さを失っているようだ。アージリスは自分が掴んだ男の存在などまるで眼中に入っていない様子で、なおもタスクに詰め寄ってくる。


「あーっ! 擦れてる擦れてる! 摩擦! 摩擦が! あーっ!!」


 顔面をテーブルにガリガリと擦りつけられてもがくサーブリックの姿に狂気を感じる。ちなみにここで言う摩擦は、もちろん摩擦(コンフリクト)ではなく物理的なものだ。

 リオはそそくさと離れていき、アトキンソンはそっぽを向いている。マクレラントは堂々と静止する言葉をかけているが、近づく気はないらしい。

 ともあれ、タスクとしても仕事モードのときに退く訳にはいかない。指揮にも関わる問題だ。


「それを……黙って聞いていれば貴様。よもや本当に廃止するなどと……っ! 今日まで騎士団長代行として騎士たちをまとめてきた私の立場をどうしてくれる!?」


 なんとも身勝手な意見だが、タスクとて彼女が自身の立場や役職惜しさに言っている訳では無いことはなんとなく分かっている。

 思慮が浅く、暴力的だが彼女が愚かではないこともなんとなく分かっている。

 でもそんなん関係ないから、とタスクは心の中で呟いた。


「……お前の立場なんか知らん。お前からは人事の助言もいらないから。もう戻ってくれて結構ですよ」


 タスクはピシャリと言い放った。


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