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5-2 機能制組織

 ともあれ食の問題が幾分か解決した以上は、戦いの戦略だけでなく、砦での生活管理、兵たちの装備管理、兵たちの運用管理、兵たちのモチベーション管理などもマネジメントしなくてはならない。


 砦での生活に関しては、活力の戻った市民たちに労働力となってもらうことにした。分担して、砦の外での食糧調達や水汲み、テント作りを行ってもらい、ついでに簡易の風呂も作ってもらう。ただし食料の保管管理については、ソフィアとアージリスの選任した兵たちのみが携わるものとした。

 子供たちや、縫物ができない老人たちには砦の清掃を頼んだ。


 最初はこんな時に掃除など、と難色を示す者も多くいたが、戦勝の立役者である軍師様に深々と頭を下げられると、皆仕方なしに作業を始めた。タスクとしては依頼人(クライアント)への挨拶で毎日のように下げていた頭であって、今更どれだけ下げようと何の苦もない訳だが。

 そうしていざやってみれば、皆作業に熱中して、文句を口にするものはいなくなっていた。


 タスクの居た世界でも、ラクガキやゴミだらけだった場所を一度ピカピカにしたらその後は治安が良くなって綺麗な状態が維持された、という話もある。清掃の度合というのはある程度人々の意識にも影響をもたらすものだ。

 何より、なにかすることがあると言うことは、それ自体が更に活力を生むきっかけにもなるはずだ。

 装備管理については、確認してみると兵たちの装備のほとんどは鍛造で造られたものであるらしかった。これまでの戦いや、先の戦闘でガタがきてしまい、満足に機能を発揮しないものも多く見られるようで、前線の兵たちを悩ませる一因ともなっているようだ。


 そして、この砦の避難民に鍛冶ができるものは3人。これまでは痛んだり折れたりした剣や盾を預り、順番に修理、もしくは新たに打つなどしていたらしい。

 当然ながらとても追いつかず、鍛冶師は過酷な作業を日々不休でこなし、兵たちもまた、ままならない装備で戦っていたのだろう。

 限られた時間の中で、ある程度に形になった装備を満足にそろえる為にも、鍛冶師たちには鉄を打つことだけに専念してもらう必要がある。


 柄の革巻きや鞘の縫い付け、あるいは刃の研ぎなどは、かつて服飾店や食肉店などを営んでいた市民に協力してもらうように手配をとり、皆で協力して鍛冶師の作業場の隣に第2工程作業場を作った。

 鍛冶師たちが仕上げた半完成品を、そのすぐ隣に用意したW字状の長テーブルにて構えた仕上げ係たちが剣なら剣、盾なら盾と担当別に受け取って協力して仕上げる、というタスク考案のU字ラインならぬW字ライン製造方式だ。

 通常の製造業では、一人で

いくつもの工程を手掛ける場合にU字ラインを用いる。だが、このW字状に組んだテーブルならば作業者三人、サポート二人が臨機応変に対面して手作業を協力できる。アナログだがこれで剣や盾の仕上げ効率も向上するだろう。


 アリスタやオペラニア姉弟にも協力してもらい、丸一日をかけて鍛冶工程マネジメントをする一方で、タスクは合間の時間で兵士たちの仕事や訓練の様子を観察させてもらっていた。

 普段通りの行動をとって欲しいという、事前のタスクの指示もあって、そしてそもそも誰が見ていようと別に気にしないというアージリスたちの性分もあって、兵たちは普段と変わらぬ行動を送っているようだ。


 兵たちの行動は大きく三つに分かれる。

 近衛や見張りに出る者。

 魔法研究を行う魔導師。

 そして訓練に勤しむ、戦盾騎士、弓兵、剣士たちだ。

 タスクはその内の訓練の様子を見守らせてもらった。


 当然と言うべきか、タスクの目から見ても、まぁなかなかの体育会系ぶりだ。

 剣士隊を覗いてみると、大勢の剣士たちが木剣を持って1対1、もしくは1対2で模擬戦を行っている。

 布を巻いた木剣とはいえ、打ち合う様子は鬼気迫るものがあり、見ているだけで背筋がぞくりとなりそうだ。

 隊長代理のマクレラントは元は剣術指南役というだけあってか、一人一人を個別に見て回って、堂にいった様子で助言をしている。

 本人は反りの入った片刃剣を使っているようだが、剣ならなんでも扱えるようで、両刃の剣についても打ち合う際のいなし方を詳細に指導していた。


 弓兵隊へと邪魔してみると、こちらも各々が練習に励んでいるようだが、助言をするものはいないようだった。

 サーブリックは木の上で寝そべっている。素人目にはまるで昼寝をしているようにさえ見えた。

 そしてよくよく考えてみれば、タスクは弓兵隊の隊長を知らない。アージリスとマクレラントがそれぞれ騎士団と剣士隊の指揮をとっていたのは知っているが、弓兵隊の隊長には挨拶すらしていなかった。


「折角だしその辺も把握しておくか……」


 周囲を見回して、丁度よく隣を通りがかった少女に聞いてみることにした。

 ハーズやソフィアよりも更に幼い年頃に見えるが、しっかりと弓を背負って弓兵隊の服を着ている。きっと見習いであろうが、隊長の所在くらいは知っていることだろう。


「失礼。ちょっといいかな?」


 タスクが声を掛けると少女が振り返って見上げてくる。

 この世界では自分以外で初めて目にする黒髪だ。肌も少し赤っぽい褐色であり、この砦の他の民たちとは異なる地方の生まれなのかもしれない。


「あ! ヒヒガネタスクくんじゃ~ん! おっつ~!」


 流石に見習い兵士でも軍師様のことは知っているようで、気持ちのいい挨拶をしてきた。この砦で出会った子供のなかではかなりテンションの高い部類だ。

 サーブリックといい、弓兵隊の風潮なのかもしれない。

 実際に会社の人事マネジメントでも、こういった小集団内での風潮や空気感というのは考慮対象になったりもする。ときには能率アップに役立つし、ときには集団浅慮の原因にもなるものだ。


「うわぁ。テンションの高い子供ですねぇ」


 まぁそれはさておき、アリスタにはそれを言われたくないと思う。わざわざ口にはしないが。


「あぁ。お疲れ様です。弓兵隊の隊長さんに挨拶したいんだけど、どなたか知ってるかな?」


 しゃがんで目線を合わせて話す。

 タスクは個人的には子供はあまり好きではないが、こういったテクニックもサービス業や営業では必要になることが多いのだ。


「もちろん知ってるよ~。ウチが弓兵隊の隊長だからねん」


 どう見ても身長130センチ程度のその少女は、立てた親指で自身の顔を指してみせた。


「…………。へぇ。そりゃ凄いね。参考になったよありがとうそれじゃさようなら」


 そして個人的には子供はあまり好きではないタスクとしては、なんの益もないならば子供のおふざけに付き合う気はない。


「あら~。信じてないね、タスクく~ん。じゃあ、これでどうかな……っと!」


 だがタスクが踵を返そうとした瞬間、少女は目にもとまらぬ速さで背から弓をとった。指先でくるんと一回転させると、瞬く間に矢を放つ。

 適当に弦だけを引いてもそんなに速くは無理だろうというスピードだったにも関わらず、放たれた矢は遠く向こうの別の兵が使用していた的の真ん中に刺さっていた。


「……マジか」

「ひゃー。凄いですねぇ」


 命中精度もさることながら、距離も普通の兵士の3倍は離れている。

 弓のことなど知らないタスクでも、その飛距離を成すための弓を引くのに相当な筋力が必要なのは想像できる。

 確かにただの子供ではないようだ。


「ふふん。分かってもらえたかな? んじゃ改めて、弓兵隊隊長のリオ・ピグマリーだよ。ヨロシクねん」


 確かに驚くべき腕前に一瞬目的を忘れたタスクだったが、よく考えれば今は弓の腕前を見に来たわけではない。


「あぁ、こちらこそ宜しくお願いします。ところで弓兵隊はいつもこんな感じで訓練を?」


「ん~? そうだね。本当は動く獲物の方が良いけど、ここじゃ南の山のほうまで行かないと獣もいないからね~」


 タスクとしてはそうゆう意味で質問した訳では無かったが、まぁ剣士隊とは随分違う風潮だということは十分以上に分かった。


「ところで、サーブリックが木の上でしてるのは何か魔法的な訓練なの? 素人目にはぱっと見、昼寝してるようにすら見えるけど」

「うん。ありゃあ昼寝だね~。サボりだね~。よ~し。悪い子はおねーさんがコイツでお仕置きしちゃるぞ~」


 そして素人目に昼寝に見えた行為は、なんと昼寝であったことが判明した。

 リオは取り出した2本の矢を、それぞれ両手の指先でくるくると回している。


「タスクくんも一緒にやるかい? じゃウチはヤツの左の鼻の穴にコイツを突っ込むから、タスクくんは右に……」


 ウキウキとした少女を見て、タスクは「頑張ってください」とだけ返して、その場をあとにした。

 続いて騎士団の様子はと向かってみれば、近づいた途端に怒号が何度も聞こえてきた。

 そもそも熟練の兵が失われている環境であるため、必然的に練度の低いものが多く混ざっているようで、アージリスの訓練に熱が入るのも頷ける。


「貴様たち、それでも王国の騎士かっ! その程度ではゴブリンの突進すら防ぎきれんぞ! しっかり気を張って構えろ! 次の戦いで戦果を上げた者には私から姫様に褒賞の推薦をしてやる。死ぬ気で戦えっ!」


 団長代行と言うだけあって、飴と鞭らしきものは使っているようだが、タスクに言わせてもらえば兵たちが不憫極まりない。

 どうやら盾を構えた戦盾騎士に対して、アージリスが丸太でそれを突き、受け止める訓練らしい。だが、そもそも丸太を片手で振り回す人間重機が相手では、それこそオーガとか言う魔物でもなければ立ち向かえないだろう。


「貴様はもう一度だっ! 他の者たちもよく見ていろ。この者の体の使い方がいかになっていないかを後で教えてやれ」


 同じ兵士がもう一度突き飛ばされる。こういったところはいかにも軍隊で、正直タスクには少し怖い。

 確かに心理的な意味で敢えて突き放したり、褒賞を期待させることで、モチベーションを高める手法は存在する。


 だが、今のゴルトシュタイン軍に必要なのはトップダウンの統率力でも、負けじと頑張る長期的な向上心でもない。

 集団の魔物に対して、こちらも集団で立ち向かうチームワークと、それを活かす為の指揮系統だ。

 という訳でタスクはアージリスへと近寄って声をかけた。


「アージリス。今日の訓練が終わったら隊長たちとそれに近い立場の人間を集めてくれ」


 出会った当初はこの210センチの女騎士型人間重機を恐れていたタスクだったが、彼女が22歳で年下だと知り、そして仕方なしにとはいえ軍師とかいう立場を得た今や、たとえ重機だろうと恐れるに足りない。


「ヒヒガネか。それは構わんが、何かするのか?」


 向こうは向こうでタメ口なのだが、まぁそれはタスクとしてもあまり気にはしない。

 ともあれ、姫の下に就く立場として対等くらいにはなったのだ。そして軍の運用を任され立場にもなったので、遠慮なく指示をする。


「ああ。騎士団は廃止するから」


 そしておもむろに胸倉を掴まれて「喧嘩を売っているのか貴様」と凄まれて、まぁ考えれば対等くらいじゃこんなもんかぁと、宙ぶらりんになりながら思った。


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