5-1 機会主義的行動
戦いから2日。歴史に残る大勝だと誰しもが喜び、兵士たちは勿論のこと、市民たちにも活力が戻ってきていた。
だがタスクとしては喜んでばかりはいられない。モチベーションを上げる手筈を整えるのはコンサルタントの仕事ではあるが、コンサルタント本人はメンタル的な要素に左右されることなく、情報との対話を試みなければならない。
そんな訳で、西方に向かわせていた一行からの報告を聞いたタスクは一先ずは安堵した。
亡命は無理でも、関所内での純粋な商売ならばあるいは、というソフィアの考えに希望を託し、事前に15人の兵たちと、商売に明るい市民、そしてその人数の許す限りの荷馬車を西方のコンバス国との関所に向かわせていたのだ。
ソフィアが提供してくれた、僅かに残った姫としての衣類やアクセサリ、市民たちが「どうせここで死ぬくらいなら」と提供してくれた財産。それらを用いて、買える限りの食料を調達に行ってもらっていた。
「かーなり叩かれたんスけどね、最初は。そこは軍師さんのブレスレットをこうやってチラリと見せてね。したらもう連中、目の色変わってましたぜ」
サーブリックが自身の左袖をちらりと捲って話す。
「いや、確かにお前に腕時計を預けたけど、別にお前が装着して持っていけとは言ってないんだけど」
王国一、口が回る男だと兵士が口々に言うので、タスクはこの剽軽な弓兵にチタンの腕時計と栗のケーキと同じ名前の某社のペンを預けたのだ。腕時計を手放すのは心理的にも戦略的にも悲しいが、一応それを補うべく砦にあった、ありとあらゆる大小さまざまな砂時計を集めて、時間を記しておいた。
「いやいや、軍師さん。そこはホラ。これは俺のモンだから売りモンじゃないんですぜ。って見せかけて、値段を吊り上げるんスよ」
確かにセンスはあるようで、タスクとしてもなるほどと思う。タスクの居たビジネスの世界でも機会主義的行動という名前で心理的駆け引きが繰り広げられるが、正直こればっかりは普通の交渉と違って机上の知識よりもセンスが勝るのだ。
針が動くブレスレットと、回すと軸が出てくるペン。この二つにはなかなかの価値がついたようで、彼らはおよそ2週間分の食料と、そして夫婦貝を2組持ち帰ってくれた。
多いとも言えないが、どのみち衣住の問題を考えれば遠からず王都を奪還しなければ意味は無い。
もともと砦にあった備蓄と、近隣の森で僅かに取れる食料を合わせて、3週間を食いつなぐ。その間に王都の魔物を倒し、帰る場所を奪還する、というのがタスクのプランだった。
「それにしても軍師さん、すんげぇ方だったんスね。最初見たときは俺のケツ狙ってんのかと思って、流石の俺もビクビクしてましたぜ」
ちなみにサーブリック・ギルブレスは、タスクがエクルス砦に来た際に乗せてもらった馬の騎手でもある。
タスクとしては、喧しいのは妖精だけで事足りているのだが、この男はこれで弓の腕も立つらしく、不本意ながら今後も戦略的な話でも世話になりそうなのであった。