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4-7 勝利を飾る花

 そうして、更に数時間が経過した。

 タスクとしては大いに胃痛を感じさせられた時間でもあり、幸い自分にはまだ縁の無かった生え際の後退だの、白髪だのが、これを機に現れないか不安にさせられた時間でもあった。

 そんな中、ハーズが通信を得て夫婦貝に耳を当てる。皆が一斉にハーズの様子へ注目を集め、息を飲んだ。

 通信を聞いたハーズの口元が徐々に綻び、そして信じられないとばかりにタスクへ振り返った。


「タスクさんっ! 殿下っ! 草原……草原の魔物が殲滅されました!」


 ハーズの喜ぶ声に合わせて、アリスタが全身で喜びを表現して飛び回った。

 ソフィアは感無量といった様子で、言葉もなく口元を抑えるばかりだ。

 だが、勿論まだ戦いは終わっていない。

 防戦の疲労は攻勢時のそれとは比較にならないだろう。

 戦いなど知らないタスクにもその程度は分かる。


「あぁ。すぐに峡谷への援護に向かってもらえ」


 ハーズに答えると共に、バーグへ視線を動かす。


「峡谷の軍にもなんとか持ちこたえろと、伝えてくれ」


 北の草原から北東の峡谷へ回り込むまでの時間、アージリスたちにはまだ頑張ってもらわなければならない。



 確かにタスクの問題児作戦は有効に機能し、200の軍で1500の敵を押しとどめたが、それとて限度がある。

 戦盾騎士や剣士の犠牲も少しづつ積み重なり、また、兵たちにも疲労が色濃く出始めていた。

 疲労が蓄積された兵たちにもはや時間の感覚は薄く、「なんとか持ちこたえてくれ」という指示からどれだけの時間が経ったのかのもよく分からない。

 アージリスの目にも、味方の疲労は明らかであり、もはや猶予は無いと思えた。


 そんな頃、相対する魔物たを挟んで更に向こう側から、鬨の声が響き渡る。

 魔物の背後をとった友軍が後衛のコボルト・ロードたちへ一斉に斬りかかったのだ。

 それに合わせて、峡谷の兵士たちにも少しづつ活力が戻っていく。

 一人、また一人と、高らかに声をあげ初め、そしてやがては峡谷全域に盛大な鬨が響き渡った。


 かつては高校球児だったタスクとて、単純に精神論に頼ったマネジメントは好まない。

 だが、モチベーションというのは本人たちが思っている以上に能力へと影響を与えるもので、時には成果に対して数倍の差を生むこともある。

 そして、これまで幾度となく魔物に蹴散らされてきた者たちが、逆に魔物を取り囲み、逃げ場を失ったケダモノどもを叩きのめすチャンスを与えられたとあれば、どのような結果を生むのか。

 それはタスクすらも予想など到底できないほどの大きな力となるだろう。

 そんななか、ひと際大きな雄叫びをあげ終えたアージリスへ、近くの兵が語りかける。


「交換手から伝言です。軍師殿より、『問題児作戦』はもう終わりだ、とのことです」


 それを盗み聞いた周囲の兵たちは、待っていたと言わんばかりに、各々の武器を掲げた。

 そしてアージリスもまた、戦鎚棍メイスを強く握りしめ、『最後の作戦名』を思い出した。

 タスクの戯言など碌に興味もなかったアージリスだが、作戦名だけはあまりに間抜けなので覚えていたのだ。


「これより『花形作戦』へ移行する! 全軍、私に続けっ! 一匹たりとも生かして返すなぁぁぁぁぁっ!」


 アージリスの声に合わせて、魔物たちは再び咆哮に飲み込まれた。

 彼女が間抜けと称したタスクの作戦名は、半分はタスクなりのジョークでもあった。

 せわしなく前後に動いて戦場をかき乱す問題児(悪ガキ)。これはタスクなりのジョークであり、そしてアリスタ以外にはにはあまり受けなかった。


 そして残りの半分は真面目な理論『PPMプロダクト・ポートフォリオ・マネジメント』に基づくものだ。

 ビジネスシーンにおいて、企業が満を持して発売した自慢の新製品。これが思うように売れないことはままある。

 そこそこ注目を集めているジャンルで、市場の成長性だって期待できるのに、なかなか売れない製品。これをタスクたちは『問題児プロブレム・チャイルド』と呼ぶ。

 だが、そんな問題児とて、適切な戦略でマネジメントを行い資源を適宜投入することで、進化することもある。

 適切に運用された問題児はいずれ、圧倒的な存在感で市場を支配する『花形(スター)』へと変貌するのだ。


 そして、今。異世界においても戦場を支配する圧倒的な花形(スター)たちに、魔物は成す術もなく蹂躙されてゆく。

 群れの中へと切り込まれたコボルト・ロードたちは迂闊に魔法を放つこともできず、その隙を狙ったマクレラントが旋風の如き剣捌きで次々と犬の頭と蜥蜴の胴とを分断してゆく。

 負けじと突撃したアトキンソンもまた、右手の戦盾の打撃で数匹をまとめて弾き飛ばすと、すかさず左手の剣でとどめを刺した。


 指揮官を守ろうと末端のコボルトが次々と移動を始めるが、オーガたちが邪魔になってあっと言う間に渋滞してしまう。

 侵攻されれば圧倒的驚異のオーガもこれでは周囲で混乱を起こすコボルトたちにいら立つばかりで、遂にはコボルトたちを蹴散らしはじめた。


 そんな隙を最高のテンションで迫る王国軍が見逃すはずもなく、すかさず弓を引き、あるいは詠唱を開始する。

 巨漢の魔物たちを以ってしても無数に降り注ぐ矢の雨と、そして魔法の直撃は耐え難いようで、次々と身悶え倒れてゆく。

 なおも生き延びた数体もアージリスの一撃によって順に叩き潰されていった。


 程なくして戦場には勝鬨が響き渡り、兵士たちは涙ながらに、人間はまだ終わっていないと、この勝利を歴史に残そうと、口々に語り合った。


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