4-1 プレゼンテーション
一先ず話を聞いてもらえる土台はでき上がったが、本題はここからだ。
少しでも矛盾点があれば即座に口を挟まんと訝しがっている彼らに、リアルタイムで情報を収集しながらプレゼンテーションを行わなければならない。
タスクは大きく息を吐いて意を決すると、思考を仕事モードへ切り替えた。
「アリスタ、喋ってもいいぞ」
込み入ったことになるのは目に見えていたので、事前に「余計なことを喋ったらコボルトの死体のケツに突っ込むぞ」と脅しておいたのだ。
「はい。お任せください軍師さまぁ! みんなを説得して、言うコト聞いてもらえばいいんですねぇ!」
もう勇者はやめだと言った際には、落ち込んだ様子を見せていたが、情報を集め理論を考察するタスクを見て、彼女もまた何かを閃いたようで、妙な呼び方は少し変わっただけで継続されることになってしまった。
「いや全然違うから。ホワイトボードを出してくれ。あとこの軍の魔導師隊の属性分布も確認したい」
朝までになんとか考えた戦略の基本方針。まずはそれをプレゼンする下準備からだ。
「はい。ではでは、妖精の落書帳ゥっ! ほぁちゃーっ!」
アリスタの振った手に合わせてタスクの背後に白い『もや』が集まり半透明のスクリーンになった。外壁の外で作戦会議をしていた最中に「なんかメモ無いのかよ」と質問したら判明した能力だ。
「アーンド、妖精の色眼鏡ゥ! とりゃぁーっ! おぉっ! 皆さん整列してくれてるので数えやすいです」
続いて両手で作った二つの輪を除きながら軍を眺めるアリスタ。彼女の目には適正の有無と属性が見えるらしい。その行動の如何わしさから、若干訝しみの目線が増した気がするが、やむを得ない。
「さて、マクレラントさんとアトキンソンさんも、もうお分かり頂いたように、部分、全体をを問わず逃げる手はありません」
ポケットに入っていた某スイスブランドのペンを取り出して、先を引っ込めた状態で妖精の落書帳をなぞる。光の線で簡単な周辺図を描き、南にバツを付けた。当てがあるならまだしも、この状況で逃げてもじわじわと死にに行くだけだ。
「ということで、必然的に積極策になりますが、森で堂々と戦ったところで、こちらの不利は決定的です」
砦のすぐ上にもバツをつける。これも言うまでもない。
案の定と言うべきか、痺れを切らせたアージリスが口を挟んでくる。
「そんなことは言われずとも分かっている。どこで戦っても数の不利を覆せない以上は一点突破しかないだろう!」
分からなくもない理屈だが、そんなことはない。
「数の不利なんてどうって言うことはないですよ」
少し口端を上げて答えて見せる。
案の定アージリスは食いついてくるが、タスクとしてもそのほうがやりやすい。ツッコミ役がいてくれた方が、一人でしゃべり続けるよりも周囲も退屈しないし理解も早まるだろう。
「貴様分かっているのか!? 魔王軍は3000! こちらは800だぞ! この数の差を覆せると、そう言うのか!?」
タスクは伝奇小説に出てくるような凄腕の軍師ではない。数的不利を覆す戦略など、そんな真似は到底無理だ。
「確かに数の差を覆すような策はない。だから戦力の差を覆せばいいんです」
「馬鹿か貴様は! 話にならん。敵の戦力をどうやって減らす!? 倒すしかないだろう!」
本当にこの人間重機さんはありがたい。
おそらく他の人たちの聞きたいことを5割増しくらいで代弁してくれていることだろう。
「いや。倒す以外にだって減らしようはあるさ。それに、それだけじゃない。こっちを増やすんだよ」
アージリスは何も言ってこない。頭のおかしい人間を見る目をしている。次にタスクが何か言うと同時に殴ってくるのかも知れない。
それに代わって発言してくれたのはマクレラントだ。
「お若いの、いくらなんでも援軍なぞ期待はできぬぞ。砦に残る市民も戦えるものは殆どおらぬ」
その通りだ。
当然人間は増やせない。だが増やせるものもあるのだ。
「増減させるのは人や魔物じゃない。『仕事量』ですよ。単位時間当たりのね」
相手に普段の半分しか仕事をさせずに、こっちは普段の倍の仕事をすれば数の不利は無くなる。
タスクには大岩を崩すような奇策は無く、敵軍の裏をかくような奇襲戦法も使えない。
だが、業務効率化と市場(戦場)戦略策定。それらは、いや、それらこそがタスクの分野だ。
「軍師さまぁ。数え終わりましたぁ」
ちょうど属性分析をしていたがアリスタが戻ってきた。
「えーっとぉ、この軍の魔導師さんは全部で86人ですぅ。二属性の方が何人かいらっしゃったんでぇ、内訳は、えっとぉ、風属性が20人、地属性が15人、水属性が25人、火属性が30人です」
アリスタの報告をホワイトボードに書き記す。
「さて、こっちが仕事量を増やす、つまり効率よく仕事を行う為にはゴルトシュタイン王国の独自の強みであったものであり、敵のからの脅威でもある魔法の配分と運用が肝になります。なので、まずはその適正配分の計算分析、つまり属性ポートフォリオの構築をします」
魔導師たちの視線が一斉にタスクに集まった。職業柄、学問っぽい用語には反応するのだろうか。
人間重機もといツッコミ係も口を開く。
「貴様、ゴルトシュタインの魔法研究は世界一だぞ! その采配に問題があるというのか」
「いや。指揮官の指揮のもとで、正確無比な詠唱をしてるんだろうと思いますよ。ちなみにここでは誰が?」
夢で見た王都の魔導師の戦いぶりを思い出す。わざわざ大精霊が見せてくれた実戦の光景は、今思い返せば十分以上と言える情報源であったのかも知れない。
「儂が任されておるが」
マクレラントが答える。
まぁアージリスではないと思っていたので妥当だろう。
「ちなみに人間の平均的な魔導師と、その魔法が使える魔物とでは同じ魔法で威力に差はあるんですかね?」
「うむ。一般的には比較した場合、魔物のほうが1・2倍程度威力が上だと聞いておる」
「なるほど。ありがとうございます」
アリスタに聞いておいた情報の通りだ。
同じ魔法を撃ち合った場合は魔物5人に対して人間6人が必要ということだ。更に数的不利が広がってしまった。
ちなみに魔法の4属性は、地、水、火、風、巡って地、という具合に一つ下に強く、一つ上に弱い相性になっている。なお厳密には更に光と闇の2属性があるが、この地には現在は敵味方ともに使い手は居ないらしい。
詠唱には時間がかかるが威力は弓とは比較にならず、狙って回避するのも難しい。
魔法にはそれぞれ攻撃系と障壁系があり、相性が生じた場合は物理的な運動エネルギーとは無関係に魔力の拡散によって無効化が発生する。
「そして仮に同威力の魔法同士であった場合は、相性関係が生じた場合にはおよそ3倍程度の補正が発生しますよね。つまり、相性がネガティブであっても、1単位の水属性攻撃魔法は3単位の火属性障壁で相殺ができる。そして水と風などの無関連属性や同属性同士ならば共に100%消滅する。また、多属性魔導師以外は原則一人1属性。得意属性以外を使用すると威力は半減する。この辺も、間違いありませんかね?」
魔導師はもちろん、剣士や騎士も多くが頷いた。きっとここの世界ではある程度常識的な理屈なのだろう。
これらは、様々な属性が入り乱れる戦場においては多大な影響を及ぼすだろう。
「じゃあアトキンソンさんに聞きたいんですけど、魔法攻撃を普通の剣士や弓兵が受けた場合にはどうなるんですかね?」
「あ? 普通の兵士なら一発だろうよ。俺ら戦盾騎士なら数発は耐えられるだろうがな」
実はすでにタスク自身、外壁の外で焦げて穴の開いた大盾を見かけている。破損の具合からして、盾持ちの騎士でも防げるのは上手くやって2~3発、命を捨ててもせいぜいその倍程度だろう。
「そうですか。なら、あとは魔法を使う敵がどれだけいるかだが……」
人間同様に使えるもの自体はそう多くないとは聞いている。
これについては、実は先刻すでにソフィアに伝えてあった。
「タスクさん。斥候の兵から連絡が帰ってきたそうです。確認できたのは鳥猿類がおよそ100体、インテリジェント・スライムがおよそ50体です。ウィル・オ・ウィスプは他の種族の魔物の侵攻に合わせて発生する魔物なのでまだ確認されていないそうですが、これまでの戦いでは一度当たりに多くとも25体程度しか観測されていない魔物です。コボルト・ロードについては見分けがつき辛く確認できなかったそうです」
予想を超えて上々の成果だ。
ちなみに鳥猿類が風属性。インテリジェント・スライムが水属性。ウィル・オ・ウィスプが火属性。コボルト・ロードが地属性の魔法を使うらしい。
だが、更に魔導師の一人が挙手して口を開く。
「恐れながら、コボルト・ロードは魔物を動かす指揮官でもあるので、大体5%の確率でコボルトの軍隊に入っていると聞いています。コボルト族は大体1200匹程度なので、60匹くらいかと」
周囲の魔導師も、そういえば、とか、あぁ確かに、と続いて口を開く。
アージリスに出汁になってもらって、口を挟みやすい環境を作り、声の届く限り全体に話を聞かせた成果が出始めたのだ。ボトムアップで下から上がってくる情報というのは、時に当人たちが思っている数倍の結果を生む価値あるものであったりもする。
それに続いてマクレラントが話す。
「鳥猿類は空が狭まり風が読みにくい峡谷を嫌う傾向にある。また、スライム族はほとんどが水分の多い北の草原に多く出没しておる」
更にアトキンソンが続いた。
「確かコボルト族は峡谷を通るはずだ。草原の魔物どもは鳥猿類にまとめさせて、自分は犬どもをひとまとめにして指揮するためにな」
周囲を見渡せば、何人かはそれに対して頷くなどのリアクションを見せてくれいる。
あの出だしで始まったプレゼンとしては良好と言っていいだろう。
ウィル・オ・ウィスプについては得られた情報から推察するに他の魔物の比率に比例して配分されると考えるしかない。
「なるほど。皆さん、ありがとうございます。じゃあこの情報を人間の魔導師換算の単位にしてまとめると、1・2倍することになるので……北東の峡谷にはコボルトロードが80単位と、他の魔物数に比例するというウィル・オ・ウィスプが260分の80かける30で9単位。草原には鳥猿類が120単位、インテリジェント・スライムが60単位、ウィル・オ・ウィスプが残数の21単位。概算でこうなる訳ですね」
ホワイトボードこと、妖精の落書帳へ書きなぐる。
魔導師隊の多くは完全に話に食いついているようで、騎士を押しのけてずいずい近づいてきている。
戦場では指示されて魔法を撃つだけだったのであれば、こんなこと考えたことも無かったのだろう。
「さて、理由は後で説明しますけど、敵を殲滅するのは北の草原側にします。つまり北東の峡谷はいかに少ない戦力で効率よく防衛するかが、そして草原側は投入した残りの戦力で如何に素早く敵を殲滅するか、ということになります」
そもそもの問題として、どちらか一方に全兵力を投入したとしても人数で劣るほどの数的不利なのだが、いずれにしてもまずは魔法による被ダメージを最小に留めないことには、前衛の効率化は図れない。
そしてアージリスが見るからに不機嫌そうになる。峡谷側に一点集中と言った自分とは逆の意見がでたからだろう。
「そうなると峡谷に投入するのはまずコボルト・ロードの地属性を迎撃する風属性魔導師を20単位。それから……見たところは、あとは水属性魔導師かな、投入する配分を計算してみましょう。大局でみて全体的に不利であることへの対策は後で説明します」
とたんにアージリスがふんと鼻を鳴らした。
「ふん。馬鹿か貴様。やはり適当を言っていただけのようだな。確かに峡谷には火属性のウィル・オ・ウィスプがいるが、それと同時に敵には地属性がいるのだぞ! 相性の悪いの水属性を投入するなど愚策もいいところだ」
アリスタ並に何も考えていないのかと思っていたが最低限は試案を巡らせているらしい。
だが彼女の意見は一概に正しいとは言えない。
「個別に相性を見比べた場合はそうなりますね。でもいま必要なのは峡谷側を最大効率で防衛すること、それと草原側を最大効率で攻撃すること。つまりは、反比例する2つを組み合わせた全体効率なんですよ。じゃあ味方の水属性の配分で具体的に計算してみましょうか。味方の魔導師である25単位を、仮に『草原15、峡谷10』にて配置した場合、草原側の魔法攻撃は風属性に対しては0、地属性の敵障壁は無いのでそのまま15、水属性同士は完全に相殺されて0、火属性はポジティブな相性を考慮して15引く3分の21で8。つまり同じペースで魔法を使えば、こちらの水属性の攻撃は平均で5・75単位が敵へ到達する訳ですね。峡谷側は防戦を想定して敵攻撃の被到達度合で計算します。敵は2属性なのでこちらの水属性障壁を突破してくる攻撃を計算すると、地属性はネガティブな相性を加味して80引く3分の10、火属性は完全に防御して0。つまり合計で76.7単位の攻撃がこちらに到達します。まずは水属性で他の人数配分も計算していくと……」
手を休めることなく動かして、数字を書き続けた。
経営コンサルタントの多くが保有する某国家資格は、1次試験に電卓の持ち込みが禁止されている。タスク自身、自分の頭の出来が優れているとは思っていないが、こと暗算に関してはこの程度は朝飯前である。
「さて、こう言ったグラフができあがります」
右上がりの線と右下がりの線、2本の交点に丸をつける。
「もうお分かりだと思いますけど、つまりここの数字。水属性は『草原20、峡谷5』が最適配分比率。つまり、もっとも効率的な配分になります。同じ要領で他も計算すると……」
魔導師たちは食い入るようにタスクを眺め、あるいは負けじと地面に計算式を書き連ねている。
「風属性は草原0、峡谷20。地属性は草原15、峡谷0。水属性は草原20、峡谷5。火属性は草原30、峡谷0。一見すれば偏った編成ですが、これがもっとも効率的ということになりますね。これが第一の効率化、『属性ポートフォリオ理論』です」
ポートフォリオはもともとは書類ホルダーの意味だが、転じて配分や効果、リスクを考慮した組み合わせ運用を表す言葉でもある。
ビジネスシーンにおいては投資に関するリスクとリターンを計算し金融資産の最適保有比率を求める『金融ポートフォリオ』。あるいは一つの企業が複数の事業を行う際に2つ以上の事業の組み合わせ度合から生じる相乗効果とリスク分散効果を見極める『事業ポートフォリオ』が有名だ。
本来であればここから更に偏差や疲労と人数差による仕事量の逓減を考慮したいところだが、現状の情報ではこれ以上の分析は望めないのでこれでやむなしとする。それに本命の作戦はまだ別にあるのだ。
この属性ポートフォリオはあくまでも作戦の下地であり、そして指揮の下がった兵士たちにまだ勝機はあると意識させるための演出でもある。
そんなタスクの思惑通り、魔導師たちから歓声があがる。魔法そのものは研究をしていてもこんな運用は考えたことも無かったのだろう。
これは他の兵士たちの理解にも繋がるはずだ。自分自身が分からなくとも、分かっていそうな人たちが歓声をあげるということはきっとそうなんだろう、くらいの認識はしてもらえるだろう。
アージリスはあまり納得した様子はないが、口を挟まないところ見ると、少なくともぐうの音は出ないらしい。
「して、軍師殿。魔導師を分けて配置するのは分かったが、数の不利はどうされのか? ましてや兵士たちには属性の相性など無いと思うがのう?」
マクレラントもある程度は聞く姿勢を持っているようだ。
ついでに言うと、タスク自身はその変な称号を名乗った覚えは無いのだが、アリスタのせいで誤解されてしまったようだ。
「ええ。それについてはいくつかの策がありますが、まずは皆さんの協力が不可欠です」
剣士や騎士、弓兵、魔導師をぐるりと見渡す。
なんとか興味を引くことには成功したらしく、皆が一体なんだとばかりにタスクを見つめていた。
「皆さんにやって頂く作戦、それは……」
アージリスほどではないにしろ疑念の目を向けていたアトキンソンすらも、続きを気にするそぶりを見せている。
「それは……?」
誰もがごくりと唾を飲み、
「それは、『かんばん作戦』です」
そして、なに言ってんだこいつは、と目を丸くした。