3-4 コンサルタントはここにあり
唖然として自分を見る騎士だの剣士だのの色々を見てタスクは、あぁやってしまった、と内心で嘆いた。
あのあと、タスクは邪魔の入らない外壁の外へとアリスタを連れ出してこの時間まで間髪を入れず質問をし続けた。
魔王軍のこと。魔法のこと。アリスタの能力のこと。近隣の地形のこと。聞ける限りのありとあらゆることを質問し、情報を集めまくったのだ。
そして、受けることにした。本当は力を借りたいですけど、と言った少女の依頼を。
ぶるぶる震える手をぐっと握ってなんとか平静を装ってみたのの、大丈夫だったろうか。ちゃんと噛まず言えていたかが自分でも分からない。
人は第一印象が重要とはよく言われるが、とりわけマイナス方面のイメージは記憶に残る。
だからタスクは仕事の新規受注時や講演での挨拶は、失礼のない範囲で少し強気すぎるくらいのものを心がけていた。
柔和な印象は後からでも足せるが、一度頼りない奴と思われてしまえば挽回は難しいのだ。
まぁそもそも、何を言ったか自分でも分からないくらい緊張していたら意味がないが。
「なんだお前は! 素人が口を挟む問題じゃないんだよ!」
早速アトキンソンに胸倉を掴まれる。だがタスクとてここで動じる訳にはいかない。
「お前、なに平然としていやがる!?」
かなり怖いが、先に手を伸ばしてきたのがアージリスであったら既に殴られていたかも知れないと思うと、むしろ安堵さえ感じられた。
「貴方とそこのご年配の方は、さっきアージリスさんの案に賛同していたようですけど、あれって北の草原の敵軍がどう動くかは考慮してるんですか?」
別にタスクとて彼らをバカにするつもりは一切ない。
だが話題が絞られているなら様子をよく観察すれば相手の認識度合は大抵分かるものだ。
加えて、彼らには『集団浅慮』が発生している。
人事マネジメントにおいて危惧される現象の一つだ。
独自の価値基準を持った集団がストレスを感じる環境下で何かの意思決定をした場合に、それぞれが一人で意思決定をした場合よりも、むしろ短絡的で愚かな結論に至ってしまう現象を『集団浅慮』と言う。
タスクのよく知る戦いの場でも、こういった判断ミスはときに決定的な過ちを生むこともあった。
アトキンソンは慌てて肯定する。
「あ、当たり前だ! 砦を押さえられちまう可能性はあるが、だが!」
いま考えたのがバレバレだが、それすらもいま一つだ。
「それ以外にも、一点突撃した全軍の後方に回り込まれれば挟み撃ち。あるいは砦で止まらずに逃げた市民の方向へそのまま進まれるかも知れないな。疲弊した市民ではどう考えても逃げきれないでしょう」
アトキンソン自身が『可能性』と言ったのだ。
つまりこのケースで魔物の動きを断定できる統計はないのだろう。であれば、なおさら市民を危険に晒す策はとれない。
胸倉を握っていたアトキンソンの手が緩む。
老人、マクレラントの方は歳の功とでも言うべきか、黙って話を来てくれている。
そして問題の、人間重機が歩み寄ってくる。
「貴様っ! 最初に出会った時から無礼な男であったが、一体どうゆうつもりだ!」
痛い目にあわされる前に策を講じたい。
だがこれを言えばタスクはもう後戻りできないだろう。
今はまだ、あるいは「冗談です、失礼しました」で通るかもしれない。
だがこの先を続ければタスクは、眼前一杯に立ち並ぶ兵士たち、砦の中で過酷な生活を送る市民たち、彼ら全員に責任を追わなければならない。その命の責任を。
全くとんだ事業再生になってしまったものだと嘆き、そしてアージリスが怖いのでとりあえず言うことにした。
「分からないか? お前らを勝たせてやるって言ったんだ」
確かにこの状況で割って入る以上は、演技であっても自信に溢れた様子を見せなければならない。いまの彼らに必要なのは、それこそ妄信できるほどの希望なのだ。
そして確かにタスク自身、あんな訳の分からん戦略で突っ込むくらいなら俺の方がマシだ、とは思う。
だがそれでも、自分の助言一つで大勢の人間の生死が決まる様なコンサルティングなど、たちの悪い冗談でしかない。
おそらく世界一インファレンス能力を問われる仕事になるだろう。異世界だけど。
しかしそれでも言ってしまった。
正直に言ってこの人間重機が怖かったし、そして正直に言って、ソフィアの小さな背に背負わせるなら自分が背負ってもいいと、あのとき思ってしまったのだ。
勝つ、という単語に多くの兵士がどよめいた。
だがアージリスは納得がいかない様子で、止まらないどころか拳を振りかぶった。
「貴様は! 姫様の前でなんという戯言をっ!」
ここで臆した態度を見せれば今後のコンサルに関わるし、そもそも速すぎて反応できない。
「待ってください!」
だが拳はソフィアの一声で止まる。
少し涙が出たが、タスクはなんとか平静な顔でごまかした。
「私たちは本当に……、本当に……この砦を……皆さんを……守れますか?」
そこに王国の王女殿下とやらは居なかった。
涙でぐしゃぐしゃに顔を濡らした、ただの少女が居るだけだ。
だが、膝を落として頬を濡らす少女に、兵たちは誰一人としてかける言葉を持たない。
腹心のアージリスですらその問いには答えられずにいる。
これがインファレンス能力を問われる理由だ。
つまりは正誤、あるいは可能と不可能とを見極めて、それをクライアントに伝える線引きの能力。これが無ければただの無責任な口だけの大嘘つき野郎になってしまう。
自身の知識で他者の命運を握るコンサルタントにとって、もっとも重要な能力であり、必須の心構えでもある。
「この砦を守る? いやいや、冗談はやめてくださいよ」
だからタスクは首を横に振った。
「せっかく受けた事業再生だ。まずは最低でも魔王軍をやっつけて、みんなの王都を取り戻さないとな」
そしてソフィアの頭をわしゃわしゃと撫でて答えた。
そう。インファレンス能力はもっとも重要なものであり、コンサルタントは、果たすと決めたことしか口にしてはいけない




