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3-3 勇者のいない世界で

 王国でも希少品の夫婦貝(アライアンス・コンク)は、古くは貴族たちの娯楽用途として用いられることが多かった品だ。

 最大で30ロールグほどの距離まで、1対1での双方向の会話が可能なその精霊器を、軍事利用できないかと最初に提案したのは、それまでにも魔法研究でいくつもの成果を上げていたレイトリィアだった。

 騎士団長のマズルスがそれを後押しし、遠からずそれは斥候兵が用いる定番のアイテムとして定着していった。

 そして現在においても、それはもちろん活かされている。


「先ほど斥候兵より、魔王軍侵攻の知らせが入りました。現在は北方へ20ロールグの場所を進行中です」


 タスクを見送って翌朝、ソフィアはこの砦に生き残った全軍、およそ800名の前に立っていた。

 側役兼教育係であったメイナードの進言もあって、この砦での迎撃をするようになって以降は率先してソフィア自らが軍の鼓舞にあたっていたのだ。


「きっとこれまでと同様、およそ3000の魔物が二手に分かれて進軍し、エクルスの森で合流するはずです。明日の午後にはここで戦闘になるでしょう」


 魔王軍の編成というのは地域差があるらしいが、ゴルトシュタイン近辺での戦い方はいつも決まって同じものだった。

 ゴブリンとコボルトを前衛として軍を衝突させ、人間たちの前衛が食いついたところで後ろに控えたコボルト・ロードやインテリジェント・スライムが魔法攻撃を仕掛ける。

 そして空から戦場を見守る鳥猿類ホークヘッドが頃合いを見てオーガたちを突撃させる。

 前衛となるゴブリンやコボルトが減ってきたら、今度は徐々に後退をはじめる。

 その頃には、『人間であったもの』も戦場に山ほど転がっていることになる。

 そして繁殖力の高いコボルト族とゴブリンの配備がある程度整った頃に再び現れるというものだ。最初こそどうにか迎撃できていたエクルス砦軍であったが、徐々に戦死者が累積されていき、それに比例して一戦あたりの死者数も日に日に増えていった。


 対するエクルス砦軍の戦いは 数的不利を補うべくしての一点集中防衛だ。

 北の草原を進軍してくるゴブリン、鳥猿類、スライムを中心とした軍。

 そして北東の峡谷を抜けてくるコボルト族、オーガを中心とした軍。これらを個別に迎撃したのでは圧倒的な数的不利を覆す術はない。

 それゆえ地の利を活かせるエクルスの森にて魔王軍を包囲する形で防衛を行っていたのだ。

 だが、今回は少し違った。


「王女殿下。恐れながら具申致しまする」


 そう言って前へ出て頭を垂れたのは剣士隊長代理のマクレラント・グランドだ。四半世紀前には地上最強とも呼ばれた『斬岩』の異名を持つ剣士であり、その後は一線を退き剣術指南役を担っていた男性だ。ひたいが広くなり、寄る年波で瞼の皮膚がたるみ始めた彼が再び前線に立った経緯は語るまでもない。


「どうぞ、仰ってください。マクレラント」


 あるいはソフィアも誰かが言ってくれるのを待っていたのかもしれない。


「ご聡明な御身のことです。お気づきとは存じますが、かろうじて迎撃を成し遂げられたのは前回まで。いまや我らの戦力では奴らの侵攻を止めることは叶いませぬ。民を守りつつ、全軍で南にあるレバルの山へ逃れることを提案致しまする」


 社会的地位や政治的地位こそ高くは無いマクレラントであはるが、若い頃は武者修行で各地を渡り歩いて多くを見てきた男だ。その進言は信用に足るだろう。

 だが当然価値観は人それぞれであり、そこには摩擦(コンフリクト)が発生する。


「馬鹿を言うな! 耄碌したのか、ジジイ!」


 ソフィアの目も顧みず声を荒げたのは、戦盾騎士(ホプリテス)、アトキンソン・ドゥーキスであった。


「この砦には守るべき民がいるんだぞ! まず俺たちが矢面に立って戦わずしてどうする!?」


 戦盾騎士の中でも特に剣での戦いに拘りを持っていた彼は、平素にはしばしば稽古相手にと剣士隊を訪ねる男であった。

 そしてラガードに敗れ去るアトキンソンを眺めるのは、マクレラントの日々の日課でもあった。

 まだ王都が健在で平和だった頃の話だ。


「儂とてそれは承知しておる。民を守りたい思いは、お主と変わらぬわ。だが儂等が敗れれば民もまた蹂躙される他ないのだぞ。大局を見よ若造」


 対するマクレラントも負けじと反論をする。

 ソフィアとしてはどちらの意見も理解はできる。言葉にして考えたくはないが、「せめて悔いのない最後を」というのが彼女の思いだった。

 一層ヒートアップするかと思われた2人であったが、


「いい加減にしろ貴様ら!! 姫様の御前であるぞっ!!」


 オーガの咆哮にも劣らぬ程の怒号によって黙することとなる。

 騎士団長代行、アージリス・クラスタル。

 もともとが横の関係であり、上下関係の存在しない騎士団と剣士隊、弓兵隊、魔導師隊ではあったが、避難以前より王女殿下の近衛騎士であったアージリスの立場は、ソフィアが国の代表となったこともあって、一応の立場として軍部の総預り役でもあった。

 もちろん彼女が騎士団長の娘であったことも大きいだろうし、もしかしたら某スーツの男よろしく皆も210センチの人間重機女が怖かったのかもしれないが、ともあれ異を唱える者はこれまでいなかった。


「双方の言い分は分かった。姫様、騎士団長代行として提案致します。まずマクレラント隊長の言う通り、民を一度南方のレバル山へ少数の護衛と共に逃します。その上で残った全軍を持って総攻撃を行います。その際には北の草原は無視して全軍で北東の峡谷を通る敵軍の殲滅を行うのが良いでしょう。あそこは崖に囲まれて狭いですから、一気に押し込めば軍の規模で不利にはなりません。これならば少ない軍でも敵を撃退できるはずです!」


 アージリスの意見は一見理にかなっていた。

 マクレラントもアトキンソンも、まぁそれならば、という顔をしている。

 だが、その聡明さ故か、あるいは直接的には戦いを知らない彼女であったからこそ、その作戦の無理に気づけたのか、とにかくそれは成功しがたいものだろうとソフィアは思った。


 だが、何も言わなかった。

 これ以上言い争っては欲しくなかったし、その作戦ならば希望が持てると皆が思うならばそれもまた仕方がないのだと。アージリスのその作戦を承認しようと思った。

 個々の戦力でも劣る上に数の差は歴然。800対3000だ。きっとどのような作戦でも結果は同じだろう。


 エクルス砦の兵が6000人を下回った頃、ソフィアはコンバス国の将軍家へ順々に自身との縁談を求める書状を送った。何とか援軍を送ってほしい。無理ならどうか助成を。せめて民の受け入れを。食料の援助だけでも。

 兵士たちが減るのを見る度に条件を下げた。結果、何通送ろうとも手を差し伸べる者は誰一人現れなかった。


 一国の姫が、自身の身までを対価にしてもなお、何の助力も得られなかった。

 幼い頃に読んだ英雄譚に登場するような、姫のピンチに颯爽と現れる勇者はおらず、王女という立場もまた、国民に対して何の救いも与えられなかった。

 兵たちが減っていくのをただ黙ってみてることしかできなかったような小娘が、これ以上皆の希望を削ぐような真似ができるはずがない。

 それ故、ソフィアは何も言えなかった。

 皆が納得のいく形で戦った結果の最後ならば、きっと諦めもつく。



「……却下だ!!」


 だからその声を聴いたとき、少女は驚きを隠せなかった。

 視界の端に近づいてくる濃赤色の外套姿を見つけたとき、少女は驚きを隠せなかった。

 ちょろちょろとせわしなく飛び回る妖精を見つけたとき、少女は驚きを隠せなかった。

 自分の頬に涙がつたったのを感じて、少女は驚きを隠せなかった。

 本当はまだ誰かに助けて欲しかったのだと気づいて、少女は驚きを隠せなかった。


 男はソフィアに背を見せて立つと、臆面もなく言った。


「どうもはじめまして。この度、皆さんをコンサルさせて頂く運びとなりました。日々銀佑と申します」


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