1-1 その日の少女
その日、少女は悲しみに暮れていた。
友の亡骸を前にして、ふと昔のことを思い出した。
ほんの200年前まではこのエクルスの森にもたくさんの妖精たちがいて、豊かな自然の中でみんな楽しく遊んでいたのだ。
しかし今は誰もいない。
魔物たちの侵攻が進むにつれて、他の妖精たちは徐々に姿を消してしまった。
森は日に日に面積を減らして、動物も、植物もやがて居なくなった。
だが、それでも少女には気の合う友達がいたのだ。……昨日までは。
なので今は誰もいない。
木々も命を散らして昔より狭くなったとはいえ、少女はこの森にひとりぼっちだ。
「あぁ、世界の理の調停者たる大精霊アダムスよ」
だから少女は妖精の言い伝えに従うことにした。
310年前だったか、309年前だったか、いつだったかは思い出せないが、とにかく当時一番長命だった妖精が教えてくれた、とても古くからの伝承。
この世界の調和が乱され危機に瀕したとき、かの者を召喚せよ。
妖精たちが最も愛するものを失ったとき、かの者を召喚せよ。
その土地に住む全妖精たちの総意によって、かの者を召喚せよ。
愛する者の亡骸を大精霊へ捧げることで、かの者を召喚せよ。
世界に調和をもたらす、かの者を召喚せよ。
少女はそれを実行した。
「魔王の軍勢によって命を落とした私の友達の魂を捧げます。どうか彼女の魂に安らぎと平穏をお与えください。そして……」
たまに風の精霊たちが運んで来るささめきを聞いてみれば、人間たちも住む場所を追われているらしい。
このままではきっと人間も、いずれは妖精と同じように絶滅してしまうだろう。
やはり言い伝えに従って、魔王をやっつけてくれる人を呼ぶしかないのだ。
少女は意を決すると、横たわる友の体へと火の精霊を導いた。
ほどなくして、木々の間を抜けて1本の白煙が天高く伸びた。
「……そして、願わくば大精霊アダムスよ。この世界に平和をもたらす勇者さまを、どうかお招きください!」
少女の声に応えるように白煙は光を放ち、そして徐々に広がっていった。