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死んでないおれの不確定な死亡説  作者: 提灯鮟鱇
第一章 ポアロイル旅楽隊
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第八話 真昼の馬車

 パーカパッカポーコポッコ田舎道~♪

 お馬がお米を運んでる~♪


 生まれて初めて馬車に乗った。

 感想は一言。


 乗り心地、最悪。


 流石に、荒野を木製のタイヤが進むんでるんだから、そりゃキツい。

 結構ガッタンゴットンいってる。


 しかし、この馬車の車両部がすごくて驚いた。


 まずは、外装のペイント。

 何をモチーフにしたのか、サイケデリックなビビットカラーでカラーリングされてる。

 見る人が見たら『芸術的だ』とか思うのかも知れない。

 おれに言わせれば、ただのド派手な箱だ。

 そのド派手な箱の屋根の上には、特等席のような感じで椅子とパラソルが立っている。

 これで海沿いを走ったら気持ち良さそうだな。


 それからこのデカさ。


 大げさに聞こえるかも知れないが、馬が小屋を引いてるイメージだ。

 まさに動く小屋。

 しかも、ちゃんと前部と後部に分けられている。

 前の方には向かい合って座るように設置されたソファー。

 寝転がれる大きさだ。

 後ろには二段ベッドが向かい合う感じで二つ。

 寝台車みたい。


 そんで昨晩、夜通し話してたおれ、ソルダット、ジェフはこの寝台の部分にいた。


 ソルダットとジェフは、ベッドに潜り込むとソッコーで寝息を立てはじめた。

 おれはというと、ベッドの更に奥、粗末な木製の椅子に腰掛けている。


 だって、残りのベッドは女子の二人用だからね!

 女子用のベッドにはカーテンがついていた。

 きっと中はヒミツの花園なんだろう。

 少し興味がある。

 だけどうっかり手とか頭が滑って、中を覗いたりするようなアクシデントは起こさない。

 おれはジェントルマンなのだ。


 正直、とてつもなく眠いが、この木の椅子じゃ寝れそうにない。

 固いし、背もたれの角度も悪いし、馬車が揺れるとガタガタ動くし。

 ジェフよ。お前後ろの席は広いとか言ってなかったか?


 床にでも寝よっかな。

 そうだ、そうしよう。

 寝ないと脳みそも働かないし。

 これからの事とかも考えないといけないしな。


 ジェフの寝てるベッドの下にデカくてバカ厚い布がある。

 たぶん野営とかに使われる天幕だろう。

 小綺麗にたたまれてる。

 ちょうどいい。こいつを使わせてもらおう。


 おっと。

 その前に誰かに起こしてもらうように頼まなくては。

 まあこいつら相当うるさいから、そんな必要なんてないかも知れないけど。

 誰に頼もうか。

 ジェフとソルダットは熟睡してる。

 外から茜とセレシアの話し声が聞こえる。

 茜は屋根の特等席にいるっぽい。


 あの下っ端っぽいモリスに頼むか。

 彼とホワイトは前方のソファー席で横になっている。

 近いしちょうどいいな。

 起こしてもらうのは女の子の方が良いけど、外に出てまで頼むのは億劫だ。


 車両前方に行くと、二人とも静かにしていた。

 流石に彼らも寝不足のようだ。

 ホワイトも昨日みたいにゲラゲラ笑ってない。


 椅子から立って近くに行くと、彼らの話し声が聞こえてきた。


「先輩、じゃあやっぱりあの時放り投げたのって……」

「ああ、食料袋だったみたいだな。やっちまったぜ……」

「あっちゃー、アカネさんプンプンでしたよ?」

「おれも悪いと思ってるっつーの! でもよ、お前が教えてくれないのが悪いんだぜ?」

「あのー」


「!」


 ホワイトがビクッと大きく跳ねた。


「ってお前かよ、新入り!」


 驚かせてしまったらしい。

 小さい声で喋ってたから、何かヒミツの話でもしてたんだろうか?

 そしたらデリカシーのない事をしてしまったな。

 聞かなかった事にしよう。


「すまん、驚かせて。そんで頼みがあるんだけど」

「おう、なんだ?」

「しばらくしたら起こしてくれないか?」


 フレンドリーな感じで頼んだ。

 昨日の晩、あんだけ喋りまくったので、おれも既に打ち解けてる。

 こいつらみんな距離が近いし、おれに敬語なんか使うのも茜だけだしな。


「ハハハ、任せとけ!」

「了解っす!」


 二人はグッと親指を突き立ててニッコリ笑った。

 おれも親指を立てておく。

 そんじゃ、起こしてもらうのは彼らに任せて、おれも一眠りするか。


 車両後部に戻ると手早くジェフのベッドの下から天幕を引っ張りだすと、床に広げた。

 ふむ、ふかふかはしてないが悪くない固さだ。

 体育のマット運動で使ってたマットを思い出すな。

 少々、カビ臭いが贅沢は言わない。


 ごろんと横になる。

 流石にいろんな事があり過ぎて疲れた。

 会社からいきなり変な回廊に飛ばされて、真っ白い部屋から荒野に飛ばされて、デカい獣に殺されかけて、さらには一晩中話をして……


 はあ……、死後の世界か……


 本当にもう帰れないのかな……

 くそう、どうしてこんなことになるんだよ。


 それにしてもまだ情報が少なすぎる。

 まあ、一眠りしてから、またジェフとソルダットに話を聞こう。

 色々と聞いてから考えなくてはならない事がたくさんある。


 ぼんやりとガタゴトと揺れる天井を見つめた。

 すると、


 ……ッ!


 ……痛ってぇ


 ジェフのベッドから本が落ちてきて、おれの顔面にあたった。


 おいおい気をつけてくれよな。

 本って結構重いんだぜ?

 ジェフは寝てるから、きっと枕元にでも置いてあった本が馬車の振れで落ちてきたんだろう。


 本を彼のベッドに戻す。


 ……本か……


 ベッドに戻す前に、本の中身を見てみる。

 中身は訳のわからない文字で書かれていた。

 こんな言語見た事ない。

 別世界に来た実感がひしひしと湧いてくる。


 でも、……ありゃ?


 読めた。


 訳のわからない文字がなぜか読める。

 まるで日本語を見ているかのように、すらすらと読めてしまう。

 初めて見る文字の筈なのに。


 ここに来てから自然に言葉も喋れるしな。

 きっと文字も読めてしまうんだろう。


 そんなもんか……

 でもこの文字書ける気がしない。

 練習したら書けるかもな。


 もう一度さらっと流し見てみる。

 本の内容は伝記のようなものだった。

 おれはそれを元の位置に戻すと、再び折りたたんだ天幕の上に横たわった。


 よく聞き取れないが前からはモリスとホワイトの声がする。

 少し元気になったみたいだ。

 ホワイトのゲラゲラ笑う声が聞こえる。

 ……楽しそうだなぁ。


 彼らの声も、馬車の音もぼんやりとしてきた。

 目を閉じると意識がまどろみ、おれは眠りの海へ沈んで行った。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 深く落ちて、さらなる深みへ。

 そしておれは眠りに……



 ……落ちなかった。


「痛ッ!!」


 頭に強い衝撃が走った。

 鈍い痛みは頭頂部に残り、ジンジンと痛みだす。


 目を開けるとさっきまでの天井はなかった。

 あったのは黒いハイソックスを履いた脚。


 その先にはスラッとした細い足が伸びて、そして奥には水色パンツが。


 ……パンツ?


「わ! ご、ごめんなさい!」


 茜だった。


「うおっと! 大丈夫! それよりもスカート!」


 紳士なおれはすぐに目を閉じて、悩ましい景色を視界からシャットアウト。

 それに加えて大げさな動作で目元を覆った。

 彼女に対して「気付けや」というメッセージでもある。


「え? ……キャ!!」


 おれの頭を跨いでいるのにようやく気づいたようだ。

 茜は慌てて飛び退くと、さっきまでおれが座ってた木の椅子に腰掛けた。

 うん……その位置、まだ見えてるんだけどね。


 上から降りてきたら馬車が揺れてよろめいたらしい。

 バランスをとる為に足を前に出したら、そこに丁度おれの頭があったようだ。

 寝かけていたおれは避ける事も叶わず、彼女の奇麗なトゥーキックが頭頂部に決まったという訳だ。


「本当にすみませんでした!!」

「い、いや、わかったから!」

「いいえ、私の注意不足でした!」

「だ、だからいいってば!」

「本当にごめんなさい!」


 このやりとりを百回くらい繰り返した。

 前の席からホワイトとモリスがこっちを見ながらゲラゲラ笑ってる。

 ジェフとソルダットは相当疲れてたのか、スースーと寝息を立てて起きる気配がない。


 そういえば小学校の時、茜が蹴った空き缶がおれの頭に当たった時もこんなんだったな……

 そのときは、なかなか謝るのをやめなくて、終いには泣き出した。

 周りからはおれが悪い事したみたいな視線をもらった。

 懐かしいな。


 でも今は全くの他人みたいだ。

 昨日初めて会ったのに変な事を言う人。

 茜はおれをそんな風に思ってるんだろうな。


 そんな事を考えたら居ても立ってもいられなくなった。


「あのさ、茜!」

「はい! すみませんでした!」

「昔みたいに……じゃなくて、その……敬語やめないか?」


 彼女は昔のことなんか覚えてないのに、それを取り上げるのは少し卑怯だ。

 口が少しだけ滑ってしまった。


「え? なぜでしょう?」


 不思議そうな目を向けてくる。


「だってさ、この中で敬語使ってるの茜だけだしさ。

 それに……敬語って距離感感じるじゃん?」

「え、でも」


 う、今思ったけど、これ拒否られたらかなり気まずいな。

 ここは強制的にタメ語にするように仕掛けてみるか。

 大丈夫、おれは茜をよく知っている。

 幼なじみなんだぜ?


「つーことでさ、これからはタメ口でいこう」

「いや、でも」

「じゃないと、さっき蹴ったの許さないからね」


 そう、茜にはこうするのが一番だ。

 すると茜は渋々という感じで首肯いた。


「……はい、わかりました」

「あ、また敬語出た」

「わ、わ、わかったわよ! ごめんね!」


 よし。


 うまくいった。

 これでアカネ・・・との距離が少しだけ、ほんの少しだけ、おれの知ってるに近づいた。

 だけど昔のようになるには、まだまだ果てしない距離がある。


 でも。

 目の前の銀髪のセーラー服を着た少女は、最後におれが最後に見た姿と変わらない。


「それじゃ、おれは一眠りするよ」

「はい……あ、うん」

「あとで何かあったら起こしてくれ」

「うん、わかった」


 彼女はどこか不本意そうに言うと、前方の席に向かって歩き出した。

 おれは彼女の後ろ姿を見送ると、再び寝転んだ。



 この世界の事。

 これからの事。

 わからない事が多すぎる。


 いろんな事がまだ謎のままだが、今はアカネ・・・のタメ口に少しだけ満足して、おれは今度こそ眠りに落ちた。

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