第六話 出会いと再会
大きな音がする。
頭がガンガンするほどの大きな音がする。
外的刺激。
真っ暗な闇の中から、だんだん意識が浮上してくる。
すると、先ほどまでぼんやりとしか聞こえていなかった音の輪郭が見えてくる。
楽器?
ラッパのような楽器をならす音だ。
意識はゆっくりとハッキリしてくる。
おれはうっすらと瞼を開けてみた。
目に飛び込んできたのは満天の星空。
紺碧の絨毯に砂糖をばらまいたような、綺麗な空だった。
都会では見られないような空である。
おれは横になってそれを見上げていた。
夜か……しばらく寝てたみたいだ。
薄いブランケットがかけてある。
音がちょっとうるさいが、非常に快適だ。
あれ?
おれは何でここに?
と、さっきの事を思い出した。
デカい獣に襲われて…………ッ!?
ガバッと体を起こす。
上にかけてあるブランケットを引っ剥がした。
シャツは着ていない。
慌てて傷口を見ると、そこには何もなかった。
痛みもない。
さっき、変な動物に襲われて体当たりを直撃して腹に穴が開いたはずだが?
すっかり傷口も何もない。
てことは、やっぱりアレは現実世界じゃなくて仮想世界だったのか。
仮想世界で獣に殺されて、今ようやく現実に戻ってきたって事か。
ふう……よかった……
で、ここはどこだ?
何だか急に静かになったと思ったら、たき火のパチパチという音が聞こえてきた。
たき火の明かりが周りをぼんやりと照らしている。
あれ? さっきまでラッパの音してたよな。
たき火から、その奥へと目を移すと、なんか小屋みたいな建物があった。
あれ、タイヤが付いてる。
前に馬っぽいのもいる。
ってことは馬車か。
そして、その馬車の手前に誰か座っている。
変な茶髪の男と目が合った。
うお、何だ? 誰だ?
見た目は結構DQNっぽい。
そしてなぜかラッパを持ってる。
もしかして、さっきの騒音はこいつか?
ラッパ持ってるしな。
彼の見た目は、完全に不良少年って感じだ。
ゲーセンの前でカツアゲとかしてそう。
ここがどこだかわからないが、とりあえずいきなりボコられたくはないぞ。
でも見た目弱そうだから、もしバトルになってもなんとか勝てそうだ。
あん? やんのかコラ?
いやいや、冗談冗談。
ここは平穏にいこう。
とりあえず、フレンドリーにコミュニケーションといこうじゃないか。
と、おれが口を開こうとしたら、いきなり後ろを振り返って叫びだした。
「先輩方ー! 起きましたよー!」
先輩?
まさか、不良のボスか!
「ワハハハ! 起きたな!」
変な影が小走りで駆け寄ってきた。
うお、影じゃなかった。
黒い人だ……って黒人じゃんか。
ヒップがホップな格好ではないけど、背高けえ!
まさかボスが黒人とは思わなかった。
こいつはぶっちゃけ勝てる気がしない。
見た目はヒョロいが、普通にめっちゃくちゃ強そうだ。
なんでこんな展開になった?
……くっそ!
ボコられんのか、おれ?
「調子はどうだ? モリスが見つけなかったら、今頃ホーンハウンドの腹の中だったぞ! ワッハハハハ!!」
ホーンハウンドって?
……まさかあの獣のことか?
てことは、もしかして。
「ここは現実世界じゃないのか?」
「は?」
黒人とDQNはポカンとして首を傾げた。
本当にバーチャルだとして、こんなモブキャラにこんな事言っても仕方ないか。
見つけてくれた?
そうか、おれ変な扉の中に吸い込まれたら、あの恐ろしい獣に襲われて死にかけたんだった。
てか怪我が無くなってるってどういうことだ。
コイツらに助けてもらって、怪我が完治ってことか?
どんな世界だよ。
魔法でもあんのかね、この世界。
いつまでバーチャルなんだ?
ていうか、痛みまであったけど、本当にバーチャルなのか?
まあ、この世界がなんなのかは置いといて、DQNが助けてくれたみたいだし、一応礼は言わないとな。
「その、助けてくれてありがとうございます」
「いいってことよ! ワハハハ!」
「それから……ここってどこですか?」
一応聞いてみる。
黒人はニカッと白い歯を見せて叫んだ。
てかコイツ、日本語うま。
「おう! 新入りよ、良く聞け!
ここはサヤバーン地方の荒野だ! 見ての通り何もない! ハハハハッゴホゴホッ!!」
なになに? サヤバーン地方?
聞いた事ないぞ?
てことは、やっぱりバーチャルかあ……
つーか、なにがそんなに面白いんだろうな、この黒人。
ちょっと整理してみよう。
ここは現実世界じゃない。
ということはコイツらはおれの意識が作り出した一過性の人物ということだろうか。
つまり、モブキャラ。
それにしては個性が濃いな。
それでこの世界はいつまで続くんだ?
出来れば早く終わって欲しい。
痛みもリアルに感じる仮想世界なんて嫌だ。
もしここで死んだらどうなるかもわからない。
それに、さっきの回廊の絵も気になる。
妙にリアルだったし、林常務が事故ったラストも気になる。
本当に連動してなきゃいいけど。
などと色々考えていたら、黒人が笑い出した。
「ワハハ! 混乱してるぜ!」
「いやー先輩、無理もないっすよ。何せまだ起きたばっかりですよ?」
ふむ。
たしかに混乱してるけど、考え事しているだけだぜ?
「そういや、怪我の方はどうだ? 結構重傷だったからな」
「おかげさまで、もうすっかり治っています。凄いですね。魔法かなんかですか?」
「おう! まあおれじゃねーけどウチには治癒魔法のスペシャリストがいるからな」
おー、やっぱ魔法あんのか。
流石はバーチャル。
てことはレベルとかもあんのかな?
ステータス見れたりとか、アイテムボックスあったりとか。
ゲームじゃないからそんな上手い事いかないか。
でもせめて、おれは何をしたらいいのか知りたい。
チュートリアルはないのかな?
「あの、それで僕は何をしたらいいのでしょう?」
「そりゃ元気に暮らして、うまいこと未練を払えばいいだろ!」
黒人が豪快に笑った。
傷を回復させてもらったのに未練って……死んでねぇっつーの。
人をどこぞの地縛霊のように言わないでもらいたい。
これはあれか、ブラックユーモアってやつか。
死にかけた後だから、そんなに笑えないけどな。
などと思ってたら、黒人が遠くの星を見上げながらポツリと呟いた。
「はあ、いつになったらおれの未練は晴れんのかねえ」
「気長に行くしかないっすよ」
なんだかセンチメンタルな感じになってる。
うーん、調子狂うな。
てか未練ってジョークじゃなかったの?
「あの、未練って何ですか?」
「知らねえよ。知ってたら今頃こんな所にいねーわ」
「自分で見つけるしか無いんすよ。見つからなかったらそのままずーっと生きていくんすから」
ちょっと待て。
コイツらの言い様、まるでここが死後の世界みたいじゃないか。
未練って、あの子に告白出来なかったとかそういう系じゃないの?
「まあ生きてればいい事ありますって」
たき火に目を落としている黒人に、おれはそれっぽく明るく言った。
「いい事はあるっすけど、前世までは代えられないっすからね」
「そうだなあ」
前世だ?
本当に死人みたいじゃないか。
目覚め早々縁起でもない。
と、おれが夜空を扇いでいると、黒人が元のテンションに戻っていた。
「しんみりは良くねえな! ワハハハ!」
「そっすね先輩!」
「ところで新入り! おい、おまえ!」
おれは新入りだそうだ。
確かにその通りだが。
「お前、出てきたばっかだろ? そのなりは旅人でも商人でもねえだろうし」
「出てきたばっかってどういう事ですか?」
「扉からさ」
あ!
コイツも知ってるのか、あの扉の部屋?
「そうですけど、あの部屋知ってるんですか?」
「そりゃみんなあそこから出てくるからな」
モブキャラもあそこから出てくるって、あれは「もぶきゃらドア」だったのか。
ってことはおれもモブキャラか!?
と、心の中で悪態をついていると茶髪のDQNが何か言った。
「人間は死んだらあそこから出てくるんすよ」
「はい?」
「御愁傷様っす!」
「いやいや、死んでねーから」
ちょっと待て。
嫌な予感がする。
あの謎の回廊の絵も現実とリンクしているっぽかったけど、あの絵で死んだのは一般のモニターさんと林常務だぞ。
おれは死んでないはずだ。
頭に電極をたくさんつけられて、まだ起きてないんだ。
何かの手違いでバーチャル世界にトリップしているだけだ。
そうだよな?
死んでないよな?
混乱して冷や汗を垂らしてると、たき火の影の方から変なヤツが出てきた。
「起きたみたいね!」
今度はお嬢さまっぽい女の子が出てきた。
かなりの美少女であるが、耳がキンキンするほど声がデカい。
……またうるさそうなヤツだな。
「あ、はい。起きました」
「わかったわよ!」
「う……それで、あの、自分の状況がよくわからないんですが……」
「あっそ!」
一々うるさいな、この子。
「まあ確かに信じられないっすよね。オレも初めは混乱したっすけど、自分が死んだ事は覚えてたっす」
「そうそう、でも自分の名前以外思い出せねーんだよな!」
「え、おれ覚えてますけど?」
おれの一言でコイツらの目が点になった。
なんかいけないことでも言っただろうか?
不安に思ってると、彼らの顔がパッと笑顔になった。
「マジっすか!?」
「う、うん」
「スゲエ! 賢者だ!」
なんか盛り上がってる……
てか、覚えてるだけで何でこんなに盛り上がるんだ?
そもそもおれは死んでないんだけどね?
まあいいや。
とりあえずよかったが、賢者ってなんだ?
「起きたんですね」
またしても、少女がこっちにやってきた。
なぜかセーラー服を着てる。
背はそんなに高くなくて、ショートカットの銀髪で……って!
「お前、茜か!?」
「えっ?」
「え?」
「え?」
全員が驚いた。
そりゃそうだ、おれだって驚いてる。
だってこいつは……
「えーっと、もしかして、旅の方でしたか? というか何で私の名前を?」
「いや、そりゃないっすよ! 出てきたばっかりっすもん!」
ここで驚き硬直していたDQNが復活して口を挟んだ。
それよりも……
「お前、本当に茜なのか!?」
「あの……すみません。記憶力は良い方だと思っていたんですが……どこかでお会いしました?」
悲しい気持ちになった。
おれは忘れた事なんてなかったさ。
「……まさか、おれの事覚えてないのか?」
「えっと……」
おれは彼女を知っている。
こいつは宮本茜。
おれの幼なじみだ。
おれもこいつとは仲が良くて、高校まではずっと一緒の学校だった。
正直兄妹みたいな感じだった。
帰り道、一緒に公園でだべったり、コンビニでアイス買って遠回りして帰ったりもした。
高校からは別になって、しばらくしてから彼女は髪を銀色に染めた。
そのころの彼女はふさぎ込む事が多くなっていた。
きっと学校で何かあったんだろうと思った。
おれは高校で出来た新しい友達とつるんだりしているうちに、だんだんと会う機会も減っていた。
それでも、一週間に一度くらいは会っていた。
前は毎日会ってたから、大分少なくなった方だと思う。
学校はどうだと聞くと、彼女は決まって「楽しいよ」と言った。
でも、それは嘘だと思う。
だって、彼女が他の友達といる所を見た事がなかったから。
彼女は、おれだけにはいつものように接してくれた。
おれを見つけると「シゲルー!」と言って、笑顔で駆け寄ってきた。
無理してるように見えて、何だか辛かった。
高校二年の夏休み。
突然、茜から連絡がきて、海に行こうと誘われた。
本当に突然だった。
丁度いい機会だから、今回彼女に色々聞こうと思って行く事にした。
二人で電車に乗った。
電車の中で、彼女はふさぎ込みがちだったのが嘘のように明るかった。
それから、海に着いたおれたちは、砂浜から伸びる堤防を歩いた。
いつもは何人か釣り人がいるけど、その時は誰もいなかった。
しばらく歩いてから、おれは小便がしたくなってトイレのある浜辺の方に戻ろうと思った時、彼女はおれに言った。
「あのさ、話があるんだけど……」
でも、膀胱が破裂寸前のおれは、その前にトイレに行くから待っててと彼女に言って、来た道を走って引き返した。
茜はおれの背中に向かって「そこらへんでしちゃえ」とか言ってたけど、その頃はちょっと女子に対する羞恥心があったから、おれは頑に断ってトイレに行った。
それがおれが茜を見た最後だった。
それから、茜をいくら探しても見つからず、家にも警察にも連絡して探した。
警察も本格的に動いてくれた。
捜索から一週間。
警察は誤って海に落ちてしまったのだろうと結論づけた。
彼女の両親も納得いかない様子だったが、流石に一週間も探して連絡もない。
結局、本人不在の葬儀が執り行われた。
その式には、彼女の高校の友人は全く来なかった。
おれは全部わかっていた。
高校でうまくいってない事、悩んでる事。
彼女が海でおれに話そうとした事。
結局なんだったんだろう。
おれは彼女が最後におれに言いたかった「話」を聞けなかった。
後悔の念に押しつぶされそうになった。
彼女は死んだ事になって、新聞の隅に小さな記事が載った。
何も解決してないのに、それでおしまいになった。
それが、おれの幼馴染、宮本茜だ。
「あの、もしかして人違いではないでしょうか?」
「……は?」
そんな筈がない。
顔も声も、すべて茜そのものだ。
高校生の頃と何も変わらない茜だ。
さっきあのDQNが言った。
死んだら自分の名前以外覚えていない。と。
つまり、茜は死んだ。
死んでここに来た。
それが正しいなら……おれも死んだ?
ならばここは仮想世界なんかじゃなくて、死後の世界。
でも、おれはどうやって死んだ?
まさかテスト中に事故でもあったのか?
いや、あの絵を見る限りテストは無事に終わっていた。
おれはどうしてここに来たんだ?
「おい、お前」
後ろから声がした。
振り向くと、小学生くらいの少年が面倒くさそうな顔をして立っていた。
「……お前、魂の記憶があるみたいだな」
「ジェフ、何か知ってるの?」
茜がジェフと呼ばれた少年に尋ねる。
「ああ、多分だがこいつは魂の記憶を持ってる。要は、扉から出てくる前の記憶があるってことだ。
それで、扉から出てくる前のアカネと会った事があるってことだな」
少年は「賢者か、おもしろい」とかボソボソ言っている。
この少年、何か色々と知っているみたいだ。
ただ態度がめちゃくちゃ偉そうだが。
しかし、おれは一刻も早くこの状況を整理したい。
「一体どういうことなんだよ? 教えてくれ!」
おれはこの知的な雰囲気の少年、ジェフの話を聞くことにした。