第五話 旅楽隊の一行
ここは、乾いた赤茶色の地面が果てしなく続く荒野のどこか。
人気どころか生き物の気配がまるで無い。
そんな空しい大地を進む馬車が一台。
ブオオォォォォォォ!
ポアロイル旅楽隊の馬車は、今日も賑やかな音楽(騒音)をけたたましく撒き散らしながら、何も無い荒野を進んでいた。
四頭の馬に引かれた車体はかなり大きく、ド派手なペイントが施されている。
馬車の先頭で四頭の手綱を片手で操りながら、反対側の手のラッパを鳴らしてる短い髪の男は、このポアロイル楽隊で一番下っ端のモリスである。
麻色の半袖シャツからスラリと伸びる細い腕はか細く、どことなく頼りない印象を受ける。
「今日も見事に何も無さそうっすねー! ……ブブォー!!」
この楽隊の隊訓である『いつでも楽しく音楽を』という言葉に則り、モリスはラッパを上にしゃくり上げながら吹いた。
ちなみに彼は、別に音楽が好きなわけではない。
「まあ、そんなもんだろ! ハッハッハッ!!」
モリスの声にこたえた黒い肌の男は、馬車の窓から半身を乗り出し、小刻みに頭を左右に振っている。
彼の手には、これまたラッパが握られており、言葉を言い終わるとモリスに向けてラッパを吹いた。
この男、ひょろりとした風貌の黒人でありながら、ホワイトと言うミスマッチな名前だ。
彼はこのポアロイル楽隊の誇るアタッカーである。
背は高く手足も長い。
ひょろひょろに見えるが、それは引き締まった筋肉であり、彼がただ者ではないという事を理解させるには、十分な体つきである。
「ねぇ! いつになったら次の町につくのよ!」
ややぶっきらぼうに言葉を放ったのは、ふわりとした金色の巻き髪を風になびかせ、馬車の後方に設置された銅鑼を勇ましく、しかしどこか優雅に打ち鳴らしてる、貴族然な美少女。
名前はセレシア。
非常に整った顔立ちで、男も女も顔を赤らめて振り返ってしまうような美貌の持ち主である。
着ている物も、良家の娘のような派手目なドレスを着ている。
しかし彼女の言動は、白いレースが随所にあしらわれた小綺麗な服とは対照的であった。
そのセレシアの隣、あどけなさが残る顔をやかましそうにしかめながら、本に目を落としている茶髪の少年は、ジェフ。
彼は本からセレシアにゆっくり目線を移した。
「……まったく、お前は何回聞いたらわかるんだ。あと五日もすれば着くって」
そんなジェフの鬱陶しそうな言葉を向かいで聞きながら、赤いタンバリンを打っているのはショートカットの銀髪が特徴の少女、アカネである。
小柄な彼女はセーラー服に身を包み、その銀髪は馬車が揺れるたびにふわふわと左右に踊っている。
ちなみに彼女も別に音楽が好きというわけではない。
暇だからタンバリンを叩いているだけだ。
「あら、早いわね!
たいちょー! お腹減ったー!」
そう言いながらセレシアは、馬車の屋根の方に向かって叫んだ。
「うぃー、じゃあ飯にするかー」
ここの特等席である馬車の上。
そこに設置された一人かけの椅子に腰をおろし、ギターをジャカジャカとかき鳴らしていた男は、手慣れた手つきでギターをスタンドに立てかけ、走る馬車から軽やかに飛び降りた。
ストっと着地した中肉中背の彼は、ボサボサに伸びた黒髪を真ん中で半分に分け、無精髭の口元にはタバコをくわえている。
彼もまた筋骨隆々といった風貌ではなく、普通の男のように見える。
ただこの男、外見的にはこれと言って特徴のある感じではないが、見る者が見れば、この一癖も二癖もあるパーティーを束ねている事を容易に理解できるだろう。
彼は巷で「暴れ太刀」の異名を轟かせ、皆から一目置かれていた存在。
とある理由で死んだものと思われているが彼は健在であり、今は気の向くまま、旅の隠居生活中だ。
このポアロイル旅楽隊のリーダー、ソルダットである。
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「よーし。 ホワイト、モリス、薪拾い頼む」
馬車を止めると、ソルダットはタバコをくわえながら指示を飛ばし始める。
「ジェフはいつものように鍋でも洗ってくれ。
おい、セレシア、アカネ。お前らは食材袋でももって来てくれ」
食事の準備ですら旅慣れている彼らでも、一応ながらリーダーであるソルダットが指示を出す。
ポアロイル旅楽隊がこのメンバーになってから最初の方は、誰かがサボって料理が仕上がらなかったり、みんなで薪を集めに行って馬車が盗まれたりと、めちゃくちゃだった。
そこが彼らの楽観的な彼らのらしさでもある。
しかし、普通はやらないような馬鹿をしでかすと、大変な目に遭うと学習した彼らは、ソルダットが指示を一人一人に出す方式にしてミスを激減させることに成功した。
「先輩、行きましょー!」
「おう! 5分で終わらそうぜ! ハッハッハー!」
モリスとホワイトは颯爽と荒野の中、薪になりそうな物を集めに行った。
そんな二人を横目で見送り、タバコを胸いっぱいに吸ったソルダットは、馬車から一本の大きな杭を出し、自然な所作で地面に突き刺した。
1メートル強ほどの長さがあった杭は、荒野の乾いた固い大地をものともせずに、半分ほどまで埋まってしまった。
そこに馬を繋ぐと、折りたたみ式の椅子を馬車から引っ張りだしてきて、座った。
「たいちょー、もってきたよー!」
セレシアは大きな麻袋をひょいと肩にかけて、小走りで戻ってきた。
後ろにはアカネが早足でついてくる。
その表情はどことなく暗い。
「あのー、ソルさん。もしかしたらなんだけどさ……」
「お、何だ?」
「今日と明日の分は大丈夫だけど、もし二日以内にどこかしらの街に着かないと、多分尽きるわ。…食料」
ソルダットの顔が曇った。
「なるほど! どうりで軽いわけね!」
セレシアはどこ吹く風である。
「どういう事だ? もう一袋あっただろう?」
「わからないわ。どこにもないのよ」
ソルダットは眉間に指を当てて唸ってから口を開く。
「はぁ。となると少し大変だなぁ。おい、ジェフ!」
ソルダットは少し離れた場所で食器を洗っていたジェフに声をかける。
ジェフは馬車の前方に備え付けられた樽から垂れ流しにしてた水を止め、手をズボンでごしごしと拭うと、すぐにやってきた。
「なんだよデカい声で。どうかしたのか?」
「おう。お前の計算だと五日後にはウォーモルに着くんだよな?」
「ああ、間違いないね。このペースだと五日後の夕方には着くはずだ。
なんだよ、どうかしたのか?」
「実は……」
「あのね! あと二日でなくなるって!」
口を開きかけたアカネを遮るように、セレシアが麻袋を振りながら答えた。
「……本当なのか?
こんな荒野じゃ人が食えるような生き物はホーンウルフくらいだぞ?
他はせいぜい馬が食えるような草だ」
ホーンウルフはガリガリな上に、肉はニオイがヒドく、好き好んで食う者はいない。
時折生えている生草も、人間が食べるような物ではない。
「っていうかアカネ! お前この間食料買い込んだ時、これで足りるとか言ってなかったか!?」
ジェフの言葉にアカネはムッとした。
「言ったわよ! ってか本当は今も足りてるはずなの!」
「じゃあ何で足りないんだよ?」
「もう一袋が見つかんないのよ!」
そっぽを向いたまま、アカネは舌打ちをした。
基本的にこのパーティーのマネージメント関係は、頭が切れるこの二人が担当している。
ルート選択や時間の計算等、主に移動関連の事に関してはジェフが。
食料をはじめ、各種消耗品や金の管理はアカネが。
普段、このメンバーの中では二人とも落ち着いてる性格のため仲は良いが、こういったトラブルになるとよくつっかかるのだった。
見かねたソルダットは手をパンパンと叩いて二人を黙らせた。
「はいはい、そこまで」
収集が着きそうにないので、ソルダットが全員を見渡しながら言った。
ジェフとアカネはお互いを啀み合ったまま口を閉じる。
「なくなったモンは仕方が無い。
早めに気づけてよかった事にしようじゃないか。
それに、もしかしたらホワイトかモリスが何か知ってるかも知れないしな。
まあ、そんなに慌てる事じゃないさ。
そしたら節約しながら次の街を目指そう」
流石に旅慣れている彼らでも、食料なしの強行は厳しい。
ソルダット自身も食料の尽きた状態で、荒野を踏破する事の厳しさはわかっている。
なにせ、荒野には基本的に枯れた草やカラカラに乾いた木以外、何も無いのだ。
一応、緊急用の保存食はあるが、量はたかが知れている。
しかし、二日分の食料が残っている時点で、早めに対処することが出来る。
問題を早期発見出来た事によって、さほど大きな問題にはならないだろうとソルダットは思った。
「ホワイトたちが帰ってきたら、飯の前に作戦会議だ。いいな?」
そう締めくくると、それぞれ持ち場に戻って行った。
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薪拾いを5分で終わらせようと豪語してた二人が帰ってきたのは、それから小一時間経ったころだった。
モリスは両手いっぱいに薪を抱えて。
ホワイトは背中に、意識を失った満身創痍の黒髪の青年を背負って。
序章 現実と非現実 終