第四十九話 失踪
次の日の昼前。
アカネとモリスはホワイトを引き連れて王城に向かって行った。
がっぽり金が手に入ると言う事で、ホワイトの表情は非常に明るい。
一応仮面はつけたが、ニヤニヤの雰囲気は隠しきれてない。
つり上がった仮面の目が垂れ下がってるような気までしてくる。
ゲンキンなヤツだ。
ソルダットが稼いだ金なのにな。
まあ、これでポアロイル財政は一気に潤う事となるだろう。
おれ達は昼食をとってから情報屋に会いに行くことになってる。
これで遂にジャノバスの頭までたどり着く事ができる。
それは情報屋がしっかりと情報収集を成功していればの話だが、きっと大丈夫だろう。
なにせ先払いで多めに報酬を渡したのだ。
情報集めたら倍額支払う事になっている。
先払いの金で逃げられるかと心配もしたが、情報屋はあざとい連中なのでしっかり仕事をして後払いの報酬ももらうのだ。
そもそも情報屋の仕事は楽である。
要はネットワークなのだ。
新しいネタをそれぞれ情報屋同士が共有し、知らないものは知ってそうな他の同業者に聞く。
彼らはこうして情報を共有する事によって、必要な情報だけをきっちり仕入れてくる。
もちろん情報提供の同業者にも金は払うし、その分しっかりと依頼人から謝礼ももらう。
ネットワークを駆使した文字通り情報ビジネスなのだ。
労力はないわけだし、成功報酬をもらわない手はない。
しかも、ジャノバスは王都に根城を構えているし、情報屋にとってヤツらの情報を仕入れるのは難しい事ではないだろう。
おれ達は宿で昼食はとらず、ジェフ御用達のキャロッテで食べる事になった。
昨日もキャロッテで食ったらしく、ソルダットは「別の場所にしないか?」とジェフに言ったが断固拒否されていた。
まあ良いだろう。
ジャノバスを潰したら、どのくらい王都に留まるのかもわからないからな。
今のうちにしこたま食べれば良いのだ。
城外区まで歩いて到着すると、ジェフは露店の密集地帯に「ちょっと待ってろ」と言い残し走って行った。
どうしたんだとおれたち三人は道の隅で顔を見合わせた。
でも直ぐにソルダットとセレシアが「まさか」という顔をした。
なんだよ。思い当たる節でもあるのか?
手持ち無沙汰でソルダットがタバコに火付けて、二口目の煙を吐き出した時にジェフは小走りで戻って来た。
早いな。
その手には黄色の綺麗な花が握られている。
「おお、どうしたんだ。また花なんか買って」
また?
昨日も持って行ったのか?
「今日こそ告白するのね!?」
ニヤニヤ笑いを浮かべながらソルダットとセレシアがジェフを冷やかした。
それに対してジェフは顔を真っ赤に染めながら「違う!」と大声をだした。
「あ、あの店は、殺風景だからな! 花でも飾った方が良いと思っただけだ」
などと言いながらもきっとエミリーに渡すんだろうな。
ジェフももっと素直になれば良いのに。
「でも昨日も持って行っただろ?」
「昨日は昨日、今日は今日だ!」
昨日も持って行ったのか。
だから「また」なのか。なるほどな。
おれはアカネとデパート巡りだったから、わからなかったがまさか昨日も持って行ってたとは。
と言う事はどういう事だ?
二日連続で花を持って行くなんて。
まさか昨日はフラれて、今日再アタックってわけか?
「昨日いなかったもんな、あの子」
「か、関係ないだろ!」
ああ、そうか。
昨日はエミリーはいなかったのか。
そしたら今日が正念場だな。
おれたちはジェフにちょっかいをかけるのを切り上げて、キャロッテに向かった。
キャロッテの前までやってきた。
ジェフはわかり易く緊張している。
花を持つ手が少し震えているようでもあった。
エミリーが待ってるもんな。
告白の前は誰だってそうだ。
武者震いみたいなもんだ。
おれは不安と期待の入り交じったような表情のジェフを見ながら、心の中で「頑張れよ」と密かに呟いておいた。
「いらっしゃいませ!」
店に入ると、聞こえて来たのは店主の声のみだった。
きょろきょろと店を見回してみるがエミリーはいないようだ。
厨房の方も店主一人だけだ。
エミリーがいないからか、忙しそうに調理と洗い物、片付けに会計までこなしていた。
ジェフはわかり易く肩を落として、空席に腰を下ろす。
「いらっしゃいジェフ君たち」
料理の手を止めて、店主のおっさんが水を四つ運んで来た。
にこやかな彼の顔は人の良さそうな雰囲気でいっぱいだ。
少しだけ申し訳なさそうにジェフに声をかけた。
「今日もエミリーは休みなんだよ。ゴメンねジェフ君」
「な、なんで謝るんだ!?」
「ほら、ジェフ君エミリーのグラタン好きじゃないか。今日もないんだよ」
「そうか……」
ジェフは上唇を突き出すようにして、下をむいた。
なんだか可哀想だ。
せっかく心を決めて花まで買ってやって来たのに、二日連続でいないなんて。
おれは彼の様子を見てなぜか背中を押してやりたくなった。
ジェフは素直じゃないけど真っ直ぐだ。
真っ直ぐに彼女の事が好きで、今も正面から正々堂々と告白しに来ている。
彼は違うとごまかしたが、十中八九そうだ。
そんな真っ直ぐな男を、おれは応援してやりたい。
コイツはいつも偉そうで傲慢だが、本当は優しくて懐の深い良い男なのだ。
実際に、おれも色々とジェフに相談して救われた時もある。
つまりジェフは良いヤツなのだ。
それに仲間だ。
仲間が困ってれば、手を差し出すのが仲間ってもんだ。
だから今度はおれがコイツを助ける番だ。
「休みって事は彼女家にいるんですか?」
おれが突然話しかけると、意外だったのかみんながおれの方を向いた。
ジェフも俯いたままだが目だけはこちらに向けた。
「家にはいないんだよ」
「一応彼女の家の場所を教えてもらってもいいですか?」
おれは怯まない。
何とかしてジェフに足がかりを残してやりたい。
すると店主は指を天井に向けた。
「彼女はここに私と住んでるんだよ。エミリーは私たち夫婦が保護した出現者でね、私たちにも懐いてくれて、もう娘みたいなもんさ」
そう話す店主の顔は幸せそうだった。
そうなるとこの店主のおっさんはエミリーの親代わりということか。
おっさんは久しぶりに昔の事を思い出したようで、遠くを見るようにして話し始めた。
「十年前、私たち夫婦はエミレダから王都に移って来て、その道中で偶然エミリーを保護したのさ。発見した時、彼女は非常に怯えていて全然口を聞いてくれなかったんだが、私たちが発見したんだしこれも何かの縁だと思って、彼女が落ち着くまで引き取ることにしたんだ。私たちはフォトムは生まないって心に決めていたから、彼女を娘のように可愛がったんだよ」
「なんでフォトムは生まないのよ!」
セレシアが突っかかった。
彼女はフォトムだからな。何か思うところがあったのかもしれない。
「フォトムは短命だろ? 私たちは自分たちの愛する子供が自分たちより先に死ぬのは耐えられないからね」
「あっそう。話続けて」
納得したのかセレシアが黙った。
「ああ。私たちは王都に住み始め、店を始める事にしたんだ。全て手作りで一から自分たち三人の手でね。そうしていくうちに、だんだん彼女も心を開いてくれて。彼女も私たちと暮らしたいと言ってくれてたんだ。そして私たち三人はここでこうして商売しているっていうことなんだ」
「あれ? ちょっと待ってください。三人って、奥さんはどうしたんですか?」
おれは引っかかった事を何の配慮もせずに無遠慮に聞いてしまった。
「ああ、今から二ヶ月ほど前にいなくなっちまったんだよ。それこそ突然神隠しにでもあったみたいにね」
苦笑いを顔に貼付けながら、店主が言う。
「……すみません。事情も知らずに」
「いいんだよ。気にしないで。あいつがいなくなったおかげで店は大変だよ、まったく」
ハハハと豪快に笑いながら話す店主を見ながら、おれは浅はかだった質問を後悔した。
「エミリーも今日は休むってだけ言って、街の方に行っちゃったからな」
「街の方ですか?」
「そ。居住区の方さ。もしかしたらあの子、ウチの家内を探して回ってるのかもなと思うと、どうも止められなくてね」
そこで後ろの方から客から声がかかり、店主は「注文決まったら呼んでね」と一言残し行ってしまった。
結局ジェフの力になれなかった。
もどかしさだけが残ってしまった。
おれは大きなため息を吐くと、それに連れてたようにジェフもため息を吐いた。
そしておれたちは無言でメニューを眺め始めるのだった。
窓際には昨日ジェフが置いていった花が生けられていた。
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黄色い花はキャロッテに置いていった。
店を出る際に「店に飾ってくれ」と店主に渡すと、「昨日のは店に飾ったから、エミリーが帰ってきたらあいつに渡しておくよ」と笑った。
ジェフは何も言わなかった。
「着いたぞ、ここだ」
沈んでいたジェフは情報屋のアジトに着くと、すっかり元通りになっていた。
天才は切り替えが早いのか。
ずるずると引きずるのはよくないからな。
よくできたヤツである。
「気をつけろよ。ドアにはトラップの魔方陣があるらしいからノックはダメだ」
まわりは二日前と全く同じ様子である。
近くには若干虫に食われてはいたが三角のリンゴがあった。
「開けゴマ」
ソルダットがドアの前で合い言葉を言う。
これで中から「水のある山ゴスペルパル」と返ってくるはずだ。
「……」
しかしドアの中は沈黙を守ったままだった。
ソルダットは首を傾げた。
「おい、本当にここか?」
「間違いない」
「留守なんじゃないか?」
ソルダットは眉をひそめおれとジェフを見た。
留守なんて可能性はあるのか。
一応、約束は今日だし、いつでもいるから来いと言っていた。
まさかすっぽかされたのか?
「この前はちゃんと合い言葉を言ったのか?」
「え?」
そういえば身体強化しながらノックを先にしたんだ。
その後に付け加えるようにして合い言葉を言った。
まさか、ノック方式に変えたのか?
まあ可能性はあるか。この前はおれがノックしたんだからな。
クライアントに合わせるのは、一流のビジネスマンなら考えることだ。
あの情報屋が一流のビジネスマンかどうかはわからないが。
「この間はノックしてから合い言葉が返って来たんだ」
「じゃあノックしてみろよ」
「うえ? だってトラップ張ってるって言ってたぞ?」
「でもシゲルは大丈夫だったんだろ? ならいけるだろ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだ」
おれはしぶしぶと身体強化を施し、ドアの前に立った。
なんかトラップがあるといけないので、セレシアとソルダットとジェフには離れてもらった。
その時ジェフが「あれ?」とか言った。
「叩くぞ」
軽く拳を握りトントンと小気味のいい音を立ててドアを叩く。
しかし、返事がない。
「……もう一回」
右手を再びドアに向かって翳した、その時。
なんか嫌な魔力を感じた。
扉からだ。
「シゲル!! こっちだ!」
ソルダットに腕を思い切り引っ張られた。
彼は突然、ジェフを抱えて一階に飛び降りる。
おれも扉からの魔力に不安を感じ、ソルダットの後に続いた。
あまりにも唐突で何が何だかわからない。
トラップが発動するのか?
「セレシアッ! シェルだッ!!」
「まかせなさい!」
セレシアも何かを察したのか、地面から岩の手を生やした。
その手はおれ達を包むようにして固まった。
「またトラップか?」
「屈め!」
「一体どうし……」
「屈めッ!」
ソルダットに頭を押さえつけられた。
その刹那である。
ドゴォォォォォン!!
おれがノックしたあの部屋が大爆発した。
鼓膜を殴るような爆音が響く。
周りの部屋も当然のように巻き込み、衝撃波が感じられるほどに強力な爆発だった。
おれは訳もわからず、ただただセレシアの岩の中でうずくまっていた。
かまくらのように、しっかり覆っていたので熱波は感じなかった。
中は真っ暗だが、ジェフの手の中で何かが光っていた。
ダウジングランプだ。
「どうなってんだ?」
「あんなの普通のトラップじゃないわよ!」
岩の手が地面に帰り、おれ達は外に出た。
周りの建物は衝撃波で外壁が剥がれている。
幸い外壁以外の被害はなさそうだが、このボロアパートは二階と一階の一部を綺麗に吹っ飛ばされていた。
ソルダットが顎に手を当てた。
「これはトラップじゃないな。こんなんだったら中の情報屋も死ぬぞ」
「いやトラップだ。牽制用ではなく殺害用のな」
ジェフが物騒なことを口走る。
ということは、どういうことか。
いや、考えなくても直ぐに答えはわかった。
「あいつ、ジャノバスだったのか……」
ソルダットは「ありえない。化けてたか?」とぼやいた。
思い出してみれば、赤尽くめが襲撃してきたのも、情報屋を尋ねた直後だった。
おれ達の訪問をすぐさま赤尽くめに知らせ、奇襲をかけさせた。
辻褄が合う。
合ってしまう。
そうすると、ジャノバス探しは振り出しに戻ってしまったということになる。
と言う事は、やはりソルダットの言う通り、ジャノバスの誰かが情報屋に化けてたと言う事だろうか。
しかし、よりにもよってこんなに広い王都で一番目にニセモノを引いてしまうとは。
「クソッ、またやりなおしかよ!」
おれは情報屋がニセモノだった事と今しがた狙われた事に苛立ちを隠しきれず、地面を叩いた。
せっかく平穏を勝ち取れると思ったのに。
「ねえ。さっきなんか光ってたわよね?」
セレシアが思い出したようにジェフの手元を見た。
そういえば、さっき岩の手の中で光ってた。
「ああ、シゲルがノックする前から光りだしたんだ」
たしかに、ノックする前に「あれ?」と言っていた。
あの時からか。
「金受け取りに行っただけだろアイツら? 寄り道でもしてなきゃそろそろ宿に戻ってる頃だ」
ジェフがダウジングランプを色んな方角に向ける。
ランプの頭が強弱をつけて点滅している。
「帰る途中でトラブったか?」
「あっちにはアカネがいるのよ? モリスもいるし、まさかトラブルなんて」
「とりあえず合流しよう」
あちらにトラブルがあるのは考えられない。
アカネもしっかりしてるし、モリスがいるから奇襲の心配はゼロ。
仮にジャノバスの手駒が残っていて、実力行使で正面から来てもホワイトがいる。
一番安定したメンバーだ。
しかし、ジェフの手の中のランプは依然として点滅を繰り返してる。
こちらはまんまと嵌められた。
もしかしたら向こうも何かあったのかも知れない。
金のトラブルとかなら別に問題ないが、身の危険だったら一刻を争う。
ランプが光っている以上、向こうが呼んでいる事は明確だった。
「こっちだ!」
まわりに警戒しながら、おれたちはジェフを先頭にダウジングランプの光を追った。
人ごみをかき分け、細い路地を抜け、塀を飛び越え、民家を突っきった。
城壁内の居住区を通り、デパートの中をショートカットし、ユニオンの前を過ぎた。
そして、何の前触れもなくランプは突然光を失った。
向こうからの魔力の送信が途切れたのだ。
何かあったに違いない。
ランプが消えたらもう追跡は出来ないだろう。
しかし、おれ達はもう彼らの場所を特定していた。
「ここって……」
光を失ったランプの鼻っ面は、真っ直ぐ前方を指していた。
巨大な門に、堅牢な外壁。
象牙色の巨大な要塞は太陽の光を鈍い色に反射させながら、こちらに口を開いているようだった。
「……王城」
カンクエッド王と国のブレーンが集うこの国の最重要拠点。
王城、アイボリーフォートが厳かに佇んでいた。




