第四十八話 忘れていた報酬
カンクエッド王国、王都カンクーン。
ここには三つの威光がある。
街を守る守護騎士団、王城を守る王国騎士団、そして王を守るユニオンからの食客。
一つ目の守護騎士団。
やはり政治や経済の中心地と言う事もあって、ここを守る守護騎士団も他の街に駐在する騎士団とは実力が違う。
地方都市の守護騎士団が普通の警察ならば、カンクーンの守護騎士団はスワットといったところだ。
こんなに人口が多いこの都が一定の治安を保っていられるのは、彼らの手腕の他ならない。
次に、この国の王が君臨するアイボリーフォートを守る勢力、王国騎士団。
もちろん彼らの勤めは王城を守るだけに留まらず、他国への侵攻、防衛、周辺の魔物狩りなど多岐に渡る。
その実力も折り紙付きで、尚かつ統率も取れたエリート部隊である。
完全なる戦闘部隊である。
最後に、国王を守る食客だが、これは大抵の場合一人か二人しかいない。
しかし、彼らは直接王を守るという立場であり、一騎当千の実力者だ。
アッパーユニオンの上位機関であるテレスコープから派遣されてる事もあり、費用も莫大だが絶対的な安心を得る事が出来る。
デパート巡りを終えた後、日は少し傾き始めていた。
夕日に映えるアイボリーフォートを背に、おれがアカネに楽しく昔話をしているところに割って入って来たのは、この国の威光の一つである王国騎士団だった。
彼らは後ろから突然話しかけて来た。
「失礼。ポアロイルのアカネ殿でおられるか?」
五人組の男だ。
彼らはピカピカの鎧を着て、見せびらかすような真っ赤なマントまでつけていた。
胸の部分には模様が刻印されてあり、パッと見たとき「カンクエッドの国章だな」と根拠なく思った。
とても格式高い感じで、守護騎士団とは全く違う雰囲気を持っている。
道行く人も結構、頭を下げている。
これが王国のパワーオーソリティーってやつだろうか。
先頭の一人が手に持った紙と、アカネを見比べている。
似顔絵だろうか。
「は、はい。そうですが」
「おお、よかった。やはりそうだったか」
アカネは怪訝な表情を作り鎧達を見る。
その表情を見て彼らは、手を前に組みにこやかな表情を作った。
手を前に組んだのは、剣も魔法も使わないから安心してくれという意思表示のようでもあった。
「そう怪しまれるな。我々は王国騎士団の者です」
「はあ」
セリフは偉そうだが、嫌みのない言い方だった。
おまけに笑顔までたたえていたので、とりあえずと言った感じでアカネは曖昧な返事をした。
「治癒魔術の若き明星、アカネ殿にお目にかかれ大変光栄です」
なんかまた変な呼び方が出て来たぞ。
もしかしたら二つ名ってこういう風に出来るのかな。
アカネの方はあまり嬉しそうではない。
「で、王国騎士団が私に何の用でしょうか?」
「いえ、実はですな。五代前の王城食客であったソルダット殿が亡くなったと聞いておりましてな」
え? ソルダットって元々カンクエッド王国の食客だったの?
本当に色んな経歴のある男だ。
「はあ」
「実はソルダット殿は食客を退かれた時に、当時の報酬を手を付けずに出て行ってしまいまして、額も多いので我々も一応保管していたのですが、持て余していたのです。しかし丁度先日、騎士団の者からポアロイルのホワイト殿を見たと報告を受けましてな。見つかってよかった」
ソルダットはなんて太っ腹なんだ。
巨額の報酬に手を付けずにトンズラするなんて。
でも、王城とかいったら色んなしがらみにがんじがらめで、窮屈そうでもある。
そういうことなら、隠居生活したい気持ちも何となくわかる気もする。
「こちらに事前にポアロイルの似顔絵を入手してましたので、なんとか探せました。
いやはや、似顔絵がなければ探しようがないですからな」
ここから騎士の手元の紙を見ると、やはり似顔絵だった。
似てるかどうかはここからじゃよく分からなかったが。
しかし、どうやってそんなもの手に入れたんだろう、と疑問に思ったが、権力があれば何でも出来るもんなのかもしれない。
「つまり、報酬を取りに来いということですか?」
「まあ、つまるところはそういうことですな」
いきなり大金ゲットのチャンス到来だ。
これならホワイトとセレシアがカジノで負けたって痛くも痒くもないわけだな。
ん? でも待てよ。
話がうますぎるな。
上手い話に落とし穴とはよく言うし、もうちょっと慎重になった方が良いんじゃないだろうか。
すこし整理してみよう。
彼らの話では騎士団の一員がホワイトを見かけたという。
まあ、ホワイトは有名だから、一目でわかるはず。
おかしいところはない。
コイツらがニセモノという可能性はどうだろう。
いや、それもないか。
仮にニセモノであっても、王城に招くような事に意味はない。
王城に招いた時点でバレるだろうしな。
そう思った時に、なぜか突然おれの脳裏に不気味な仮面が浮かんだ。
ヒョーと奇声を上げながら、金網をよじ上る鉤爪のスペイン人が好きそうな仮面。
あ、そうだ。
ホワイトは外出の時は必ず仮面を被っていた。
と言う事はコイツら、ホワイトを見たと言うのは嘘か?
「わかりま……」
「ちょっと待った」
アカネが返事をしたところで、おれは手をかざして止める。
みなの視線が一気に注がれた。
「貴殿は?」
騎士のほうから怪訝な視線をもらった。
あ、そうか。
おれの知名度はほぼゼロだ。
ここで正直に言った方がいいのだろうか?
いや、隠すべきだな。
いかに信用出来る王国騎士団とはいえ、その中の誰かがジャノバスと繋がってるとも限らない。
赤尽くめは倒したが、ジャノバスを完全に潰すまで隙は見せない。
「私は彼女の恋人、名をハヤシ・テツオと申します」
突然の身元偽装に、アカネがキョドったが、大丈夫だ。
安心したまえ。ここからは、おれのターンだ。
ちなみにハヤシ・テツオは会社の上司、林常務の名前だ。
騎士団の方は「はあ」と先ほどのアカネのような返事をした。
「今は訳あってポアロイルに同行しています。決して怪しい者ではありません」
「それで、一体どうしたのですかな。ハヤシ殿」
おれは一呼吸置いた。
自分が余裕を持つためだ。
相手が何か嘘をついていないか見分ける為に、まずは自分がリラックスする必要がある。
余裕が出てくれば、相手の挙動に気を配れるからな。
「ホワイトは民衆に見つかるのを防ぐため、仮面を付けて行動しています。なのにホワイトを発見出来たのは何故でしょう?」
「ハヤシ殿。我々を怪しまれておられるな」
参ったな、といった感じで騎士の一人が肩をすくめてみせた。
不自然なところはない。
「いえ、現在ポアロイルはとある組織から狙われていましてね。あなた方を疑うわけではないのですが、お聞かせ願えますか?」
「構いません。そういう事なら大変でしょうに。
これは王国騎士団第十一部隊に所属する者からの情報です。二日三日前に城外区の飲食店キャロッテにおいて怪しい仮面をつけた男が少年を連れて来店し、何やらデカい声で話していたそうです。
丁度中で食事をしていた騎士団の者は、騒がしいと思いそちらを見ていたのですが、食事をとるために仮面を外した際に、ホワイト・マリシオクネと確認したそうです」
……ああ。
そっか。
そりゃバレるな。
確かに数日前までジェフのペアはずっとホワイトだったし、キャロッテに毎日行ってたらしいし。
なーんだ。ただの思い過ごしか。
「わかりました。疑うようなことをして大変申し訳ありませんでした」
「いえ、気になさらずに」
「では報酬の受け取りにはどうやって行けばいいでしょう?」
すると先頭に立つ騎士が懐から木の板のような者を出した。
複雑な形に切り取られている木の板だ。
表面には複雑な模様が書かれていた。
「いつでも構いませんが、この手形を持ってお越し頂きたい。
代理を寄越しても構いませんが、立会人として少なくとも一人はポアロイルの者に来て頂かないと引き渡しが出来ませんので」
「場所は?」
「王城の門衛に一言告げてもらえれば、案内いたしましょう」
言う事だけ言うと、彼らは「それでは失礼」と踵を返した。
揺れる赤マントを見ながら、なんだかいい事があったり悪い事があったり大変だなと、自分の事ながら他人事のように思った。
「ねえちょっと」
アカネが少し赤い顔をしながらつっぱってきた。
なんだ? 不機嫌なのか?
「なんで恋人とか言うのよ」
「あ……」
そっか。それでご立腹なのか。
咄嗟だったので思いついたまま口を開いただけなのだが、やはり意識し過ぎていたのか、恋人という設定を選んでしまった。
これは流石にデリカシーがなかった。
「いや、あれはタダの偽造であって、別に他意はないから安心してくれ」
「ふーん」
アカネはそのまま先に行ってしまった。
せっかく仲良くなったと思ったのに、やらかしてしまった。
また距離が開いた感じがした。
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宿に戻ると、既に全員帰って来ていた。
食堂の隅のテーブルに腰掛けている。
この宿は狭いから、席数も多くない。
しかも宿泊客が多いせいか、食堂の席はほぼ満席となっていた。
おれとアカネは先ほどあった王国騎士団の話をみんなに告げた。
「う、マジか。すっかり忘れてた……」
と、具合の悪い顔をしたのは我らが大将ソルダットだ。
やはり、死んだ事を貫き通して隠居希望ってところか。
ソルダットはこの世界に出現した後メキメキと頭角を現し、依頼をこなしながらぷらぷらしていたそうだ。
アッパーユニオンに上がり、危険な任務も次々とクリアし、テレスコープに加わる。
その時、ソルダットはボーリング大陸メインで活動をしていて、大陸最強の男として引っ張りだこだったそうだ。
当然ボーリング大陸で名を馳せていたので、大陸一の列国であるカンクエッド王国から声がかかった。
今から250年前の話だ。
彼は、今まで東に西に忙しなく動き回る生活に疲れ、一カ所に落ち着きたかったので、特に考えもなく王国の食客として王城に留まった。
しかし、彼を待っていた生活は退屈なもので、三年で辞めてしまった。
勿論、王国側からの熱烈な引き止めはあったが、ある情報屋の力を借りてなんとか自分の代役を押し付けて王国を出たそうだ。
その情報屋が何を隠そう、あのセクシー系情報通、サイババである。
王城を出た彼は、故郷である北遠大陸に戻り、どこにも所属せずにその日暮らしのサーチャーとなった。
その後、北遠大陸で知り合った音楽好きのサーチャー達と組んだパーティーが、初代ポアロイルだ。
「マジか!? そりゃもらうしかねーな!」
ソルダットとは反対に、嬉しそうに食いついて来たのはホワイトだ。
彼とセレシアは今日一日で金貨五十枚負けたらしい。
日本円換算で五千万円だぞ。これもしも普通の人だったら自殺するくらいの金額だ。
「ところで報酬っていくらあんの?」
ちょっと気になったので聞いてみた。
何たって大国の王様お抱えの護衛だ。
その報酬は非常に気になるところだ。
「えっと、確か大金貨百二十枚くらいだったような」
「なに!?」
大金貨って金貨十枚分だから一枚一千万円相当。
それが百二十枚って十二億じゃねえか!
このバカヤロー! 平民に謝れ!
「三年くらいやってたから大金貨七百八十枚くらいか」
……おい、ちょっとまて。
どういう計算だ。バカヤロー?
「半期、つまり半年で百二十枚だ」
なるほど。
わかった、コイツはセレブだ。
超一流サッカー選手の年俸並みだ。
そう考えれば、腑に落ちるところがあるな。
ソルダットも世界的にはかなり有名なわけだし、そう考えればあり得なくない金額か。
「多いっすね」
「とりあえず、ユニオンにでも預かってもらおう」
そうそう。
ユニオンには銀行システムがあるのだ。
やはり世界一の組織だけあって、やる事がでかい。
というか、この世界的に見れば、ユニオンくらいじゃなければ銀行しての機能を果たせないだろう。
どこの街に行ってもユニオンはあるわけだし、個人情報は魔道具の一つ、ユニオンカードで証明される。
と言う事は、世界のどこでもユニオンカードがあればお金が下ろせちゃうのだ。
「でも預金するなら代理は立てられないな。誰か行って来てくれ」
ソルダットは面倒くさそうに言って手元の飲み物を飲み干した。
預けるにしても、とりあえずポアロイルの誰かが行かなくてはいけない。
当人がいなけりゃ金は預けられないしな。
「オレが行くぜ! ガハハハ!」
「ちょっと先輩、またカジノにつぎ込んだりしないっすよね?」
モリスが目を細めてホワイトを睨んだ。
「な、なわけねーだろーが!」
「心拍が上がってるっすよ。オレが行って阻止するっす」
ホワイトの野郎、まさかマジでカジノで使う気だったのか?
モリスにはバレバレだった。
それを聞いてた、我がポアロイルの大蔵大臣ことアカネが割って入る。
「確かにホワイトは心配ね。モリス、私も一緒に行くね」
「アカネさんがいれば心強いっす!」
「お、おお。アカネも来んのか?」
「なに? ダメなの?」
「そ、そんなわけないだろ! 大歓迎だぜ、ワハハ……」
ホワイトはタジタジである。
まあ、悪巧みなんてものは直ぐにバレるのだ。
と彼らの会話を聞いてておれは大事な事を思い出した。
「そーいえば、明日は情報屋に行かないと」
そう。
情報屋との約束の期日は明日である。
こいつら、最終目標を忘れてるんじゃないのか?
「情報屋はシゲルとジェフで行ってこい。お前らが行ったんだから適任だ」
と、ソルダット。
しかし、この間の襲撃がトラウマになっている。
正直お供がジェフだけと言うのは非常に心細い。
「な、なあ。せめてセレシアかソルダット、どっちかでいいから来てくれよ」
「なんでよ!」
セレシアが唸った。
声がデカかったので、店の客の視線が一瞬だけ集まった。
「この前襲われたから怖いんだよ」
「ふん。シゲルは臆病だな」
ジェフよ。お前は確かに勇敢だが、一番非力だろう?
万が一また奇襲があったら、もし一撃目が命に届く攻撃だったら、もうその時点でアウトなのだ。
まあ、今日はアカネとリラックスしたけど、前回襲われた場所に再び赴くとなると、安全に対する意識が変わってくるのだ。
「心配するな。ボクの朧月がある限り、そう簡単に敵にはバレない」
「バレないって、じゃあ何でこの間は見つかったんだよ?」
「あれは相手が一枚上手だったんだろ。証拠に路地に潜った後、ヤツはボクらを探せなかったじゃないか」
「でも万が一また襲われたら?」
「大丈夫だ。ジャノバスの手駒はもう残ってないだろう?」
「でもなあ……」
「わかった。俺が一緒に行こう」
心強いリーダーがおれとジェフの話に割って入って来た。
ソルダットはやれやれという感じでため息を吐く。
よかった。これで安心だ。
「そしたらセレシアが一人だぞ」
「なら私もシゲルについて行くわ!」
おれとジェフに加えてこの二人までいたら、万が一はない。
今日はのんびり過ごしていたのに、こんなにビビるのはなんだか変な気もするが。
でもトラウマはトラウマなのだ。
こうして明日の予定は決まった。




