第四十五話 リンゴ探し
それから四日間、おれ達は城外区を大きく左回りに回りながら三チームに分かれて情報屋を探した。
情報屋は自分のアジトの近くに目印を持っている。
これは一般人が知り得る情報ではないのだが、彼らは自分の居場所の近くに三角形に切ったリンゴを置くのだ。
不自然な三角形にカットしたリンゴ。
コレを発見したら情報屋が近くにいるというのがわかる。
しかし、彼らは直ぐにアジトを変える。
なぜならやはり身の危険を遠ざけるためだろう。
だからこのリンゴが腐ったり、鳥に食い尽くされたりする頃には既にアジトを移しているわけだ。
なかなか考えるな。
このリンゴ探しはモリスですら難航した。
彼が言うには「リンゴなんてそこら中で食われてるんで、そんなの目視で探すしかないっすよ」と結構辛そうにしていた。
しかも、この城外区だけでもウォーモルやバエカトリよりも遥かにデカい。
三チームに分かれて探してもなかなか見つけ出す事は出来なかった。
チーム分けはとりあえず非戦闘員であるアカネとジェフの二人チームにならないようにした。
七人だから3、2、2になるから、この2にアカネとジェフが一緒にさせないという事だ。
ちなみにおれは既に立派な戦闘員として数えてもらってる。
最初の二日はアカネと一緒だったので、ウキウキの捜索だった。
しかし、ジェフのいるチームは少し揉めたらしい。
まあ四日連続でホワイトだったんだがね。
なんでもこの間の赤髪の少女がいる食堂に行きたがり、行かないと不機嫌になるらしい。
年相応なところがあって微笑ましいと思うのだが、ホワイト曰く、飯食いに来た道一時間かけて戻ったそうだ。
まあ確かにそれは面倒くさいな。
ホワイト、お疲れさま。
「腹が減ったな……よしシゲル、飯にしよう」
今日のジェフのペアはおれである。
割と遠くまで歩いたので戻る形になる。
戻りたくないから、提案だけはしてみるか。
「じゃあそこらへんで適当に食おう」
「いや、キャロッテに行こう」
は?
なんだキャロッテって?
「どこそれ?」
「あの世界一美味い食堂だよ」
あー、キャロッテっていうのかあの店。
流石はあの日以来毎日通っているだけあるな。
でも、ここから歩いたら二十分はかかる。
「いや、戻る事になるし、そこらへんで食わないか?」
「何言ってんだ! 今度いつ王都に来るかもわからないのに、あの店以外で食事なんて勿体ない!」
やっぱりゴネやがった。
まあ、あそこの飯は確かに美味かったし、別に戻っても構わないか。
面白いジェフも見れるしな。
今日もからかってやろう。うひひ。
またジェフがオドオドする所を楽しみにしていたが、食堂の近くまで来てもジェフは普通だった。
普通というか、テンションは高めなんだけど、この間みたいに真っ赤になったりはしない。
店の前まで来ると窓から赤髪が揺れているのが見えた。
ジェフの惚れてるあの子だ。
窓からチラッとこちらを見ると、嬉しそうな笑顔作り店の扉から飛び出して来た。
「ジェフ! いらっしゃい!」
「やあ、エミリー」
女の子の名前はエミリーというのか。
ジェフは彼女の嬉しそうな声に片手を上げて応えた。
ていうかさ、めっちゃ打ち解けてるじゃねーか。
最初はただの客と店員の関係だったが、四日で既に常連レベルになってやがる。
まあ、この四日間に色々とアプローチしたんだろうな。
ジェフもやるねえ。
するとエミリーがおれの方を見て、ぽかんとした。
ん? なんでだ?
「どうしたの?」
「い、いえ……今日もあの大きな方が来るものと思っていたので」
そういえば四日連続でジェフの相方はホワイトだったんだっけ。
そしたらエミリーもホワイトが固定だと思うよな。
おれが度肝を抜いた形か。
この子、結構人見知りっぽいし。
「どうぞお入りください」
エミリーは軽くお辞儀をして店の扉を開けて、おれ達を招き入れた。
店はこの間ほどでは無いが、それでも半分くらいは埋まってた。
ここから見渡せる厨房では、店主が忙しなく料理を作っていた。
結構忙しそうだけど、よくこの二人で回せるな。
「今日は何にする?」
「そうだな、グラタンにしようかな」
「あら、昨日もグラタンじゃなかった?」
「いいんだ。ここのグラタンは世界一美味しいからな」
それを聞いて、エミリーは嬉しそうにニコッと笑顔を咲かせた。
確かに可愛いな。
ジェフが惚れるのもわかるな。
服装は貧相だが、それでも健康的な白い肌と柔らかな目元が完全に美人のそれだ。
そして真っ赤で綺麗な髪が首元のネックレスと相まってどこまでも深い色に見える。
ゲートワールドだから成長しないわけだけど、もし成長したらかなりの美女になるに違いない。
「えっと、そちらの方は?」
「あ、えっと。何がオススメ?」
エミリーに聞いた。
なのに、ジェフが答えた。
「シゲル、ここのメニューは全て美味いが、一番のオススメはグラタンだ! なんせエミリーが仕込んでるんだからな」
「……じゃあグラタンで」
「わあ! はい!」
彼女はとても嬉しそうにして走って厨房に向かって行った。
ジェフがグラタンを推す理由はエミリーが仕込んでるからか。
なるほど、コイツ抜け目無いな。
十五分くらいしてグラタンが運ばれて来た。
確かに、見た目はとても美味そうだし、少し焦げたチーズのニオイが胃袋を刺激する。
「どうぞ!」
「ありがとう、いただきます」
ジェフはスプーンを持って静かに食べ始めた。
いつもなら「いやっほう!」って飛びつくんだけど、好きな女の子の前だからかっこつけてんだな。
よし、からかってやるか。
おれはエミリーがいなくなったのを確認すると、前屈みになってジェフに近づく。
「なあジェフ」
「もぐもぐ」
おれの言葉は耳に入っていないようだ。
ずっと咀嚼しながらエミリーの姿を追いかけていた。
恋の病もここまで来ると重症だな。
「おい、ジェフ?」
「もぐもぐ、なんだよ」
「もう告白はしたのか?」
「ブッ!」
ジェフが不意をつかれて大いに咽せた。
「な、なにがだよ!」
「いやエミリーにさあ」
「エ、エミリーがどうした!」
「え? 好きなんじゃないの?」
ジェフの耳がじわっと真っ赤になった。
そしてごまかすように水をごくごくと飲む。
「ば、ば、ば、馬鹿言うな! 何を根拠にそんなデ、デ、デ、デタラメ言ってるんだ!」
もの凄い慌てっぷりだ。
こんなわかりやすいヤツなかなかいないぞ。
チラッとエミリーを確認すると、カウンターの中で一生懸命料理の仕込みを手伝っていた。
「今度そんなデタラメ言ったら怒るからな!」
「だって毎日来てるじゃん? エミリーとも仲良さそうだし」
「ち、違う! ここがゲートワールドで一番美味い食堂だから来ているだけだ!」
もう真っ赤っか。
リンゴみたいに真っ赤だ。
一息で捲し立てたので肩で息をしている。
からかい過ぎたか。
ここまでムキになるとは思わなかった。
よくよく考えたら、確かにおれもジェフくらいの年の頃、おれの好きな女の子を言いふらされた時はムキになったなあ。
そう考えると、もうジェフも出現して三十年だけど、子供のままなんだな。
すこし反省した。
「そっか。そうだよな、確かにここの飯は美味いよな。からかって悪かったよ」
「まったくこれだから馬鹿は困る」
ふんと不機嫌そうに鼻で息を吐くと、ジェフはグラタンを大口で頬張る。
むすっとした顔のままゆっくり味わうようにして咀嚼すると、まだ飲み込まないまま口を開いた。
「まあ、でも、エミリーはその……」
言いづらそうなまま、
「可愛いとは……思う」
ジェフは小さい声で恥ずかしそうに下を向きながら言った。
おれは何だか嬉しくなって、自然と口角がつり上がった。
それからおれは余計な事を話さず、ジェフの世界一の味をゆっくり味わった。
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満腹で外に出ると、少し空気がどんよりしている気がした。
今は曇りだが、後で一雨来るかもしれないな。
「こりゃ一雨来そうだな」
「そうか? 僕は降らないと思うぞ」
「いや降るね」
鳥も心なしか低いところを飛んでいる。
確か雨の降る前は虫が低い所を飛ぶから、鳥は普段よりも低く飛ぶって小学校の先生に教えてもらったのを思い出した。
これも魂の記憶のおかげだ。
ふふふ、現代人は頭がいいのだよ。
「ジェフ見ろ。鳥が低い所を飛んでるだろ?」
「ああ、それがどうしたんだ?」
「鳥ってのはな、雨の降る前は低く飛ぶんだぞ」
「どうしてだ?」
「鳥は虫を食うだろ? 虫は雨を察知すると雨から逃れようと低い所を飛ぶんだ。それを追って鳥は低い所を飛ぶんだ。ほら見ろ」
と、小さな鳥がおれたちの頭上をを滑空して行った。
十分低いと言える位置だ。
しかし、低すぎて建物の屋根に止まった。
「飛ばないで止まったじゃないか」
「いや、アイツは多分疲れただけだ……ってオイ!?」
おれの驚いた声に、ジェフがビクっとする。
「突然大きな声出すなよ。ビックリしたじゃないか」
「違うんだジェフ、アレを見ろ!」
おれは鳥の止まっている方向を指で指す。
正確には鳥がついばんでいるものだ。
ヘンテコな形に切られたリンゴである。
よく見れば三角に切られている。
「お! リンゴじゃないか! よくやったぞシゲル!」
「ふふ、まあな」
遂に情報屋を探し当てた。
四日も捜索してようやく見つけたのである。
とりあえずダウジングランプに魔力を送り、別チームのみんなに集合の合図を送ると、おれとジェフは一足に情報屋に向かった。
情報屋は入り組んだ路地を入った二階建てオンボロのアパートの二階にあるようだ。
ここから見ると苦学生が住んでそうな雰囲気がする。
こんなの普通じゃ絶対に発見出来ないだろって場所だ。
狭い路地はジメジメしてて浮浪者っぽいやつが何人かいて道にゴロンと横になっていた。
やはりこの規模の街だとそういう連中もいるんだな。
おれたちは全無視をキメて、真っ直ぐに情報屋のアパートを目指す。
途中、いくつかリンゴを発見した。
こんな所に置いてあったら表の路地からは絶対に見えないよな。
二階にたどり着く。
いくつか並んでいるドアのひとつにリンゴが置いてあった。
「ここだよな?」
「ああ、間違いない」
ジェフは少し離れた所に行ってもらった。
もし爆発でもしたら困るからな。
おれも身体強化を全身に施す。
ゆっくりと慎重に扉をノックする。
「……」
返事が無い。
なんでだ?
もしかして留守?
「シゲル、開けゴマだ」
ジェフがふざけだした。
いや、ふざけてるわかじゃない。
バエカトリでサイババ会う前もソルダットが「開けゴマ」って言ってたな。
「開け、ゴマ」
「……水のある山ゴスペルパル」
図太い男の声が中から聞こえて来た。
やはり開けゴマは合い言葉らしい。
その後はなんだっけ?
何て言ってたっけ?
えーと、たしか……
「アチルの遠吠え?」
合ってるのか?
バエカトリではこれだったが。
ガチャッと扉が開く。
中から若い男が出て来た。
年格好からしておれと同じくらいか、おれよりも少し年下か。
おれの事をまじまじと見てくる。
いや、おれじゃなくて、おれの手を見ている。
「お前、さっきノックしただろ?」
「え、あ、うん」
「手大丈夫か……って大丈夫そうだな。まあ中に入れ」
部屋に通された。
室内は、やはりと言うかジメジメしててなんだか嫌な感じだった。
薄暗さもあってか、体中に不快感がこびり付くようだ。
明り取りの窓も小さな窓が一つあるだけで、籠った空気が逃げ場を失っている。
元は白だったであろう壁はくすんでネズミ色に変色していて、さらに所々に黒いシミがあってとてもカビ臭い。
おれだったら絶対に住みたくないな。
夜になったら黒くて素早いアイツが出てきそうだ。
しかし、サイババの部屋と違ってこざっぱりしている。
物があまりないからか。
あるものと言ったら古い椅子と粗末な机、その上に乗った齧りかけのリンゴくらいなものだ。
「ドアには触れると電気が流れる魔方陣を仕込んでおいたんだが、お前丈夫なんだな。まあ適当に座ってくれ」
おっと、そんなトラップがあったとは。
まあ確かに情報屋は用心深いし、そのくらいの仕掛けは当然か。
ジェフじゃなくておれがノックして正解だ。
おれの特別製の身体強化の前では、そのトラップは無効だったようだ。
かなり強くなったな、おれ。
「ジャノバスのアジトが知りたい」
ボロい椅子に腰掛けると、ジェフは早速依頼を始める。
おれ達の要求はシンプル。
ジャノバスのアジトを見つけるだけ。
おれも横の椅子に腰を下ろす。
相当古く痛んでいるのか、少し体を動かすとぎいぎいと音を立てた。
「ジャノバスか……わかった」
情報屋はぴくりともせずに依頼を受けた。
そこは流石というか、どんな依頼をうけても動じない裏の世界のプロのような雰囲気があった。
すっと手を出して来た。
これはどういう意味だか知っている。
お会計だ。
いつでもニコニコ現金払いのお会計。
さて、いくらやれば良いんだ?
サイババの時は金貨一枚、日本円で100万円だったが。
でも彼女は大陸一の情報通らしいし、こいつはどうかわからないが、きっと情報屋のランク的にもサイババほどではないはず。
一時的だろうとはいえ、こんなボロ屋に居を構えてるくらいだからな。
素直に金貨一枚やるのは、もったいない気がする。
すこしケチって小金貨七枚とかにするか。
いやでも待てよ、サイババは友達価格で情報を売ってくれた可能性もある。
元々情報ってのは高いって話しだし。
そう考えると相場がわからない。
どうしたものか。
こういう時は仕方ない、とりあえずサイババの時と同じく金貨一枚にしとこう。
よく考えてみたら、サイババに払った金だっておれが迂闊に質問したせいで結局は追加で金貨二枚くらい取られたんだ。
一つの情報としての価格としては金貨一枚が妥当な金額なのかも知れないな。
おれは事前に持って来ていた硬貨袋の中から金貨一枚を取り出して男に握らせた。
情報屋は一瞬驚いた顔を作り「いいのか?」と聞いて来た。
依頼の時は表情一つ変えなかったから、プロ意識たけえと感心したが、金額でギョッとするとは……
まさか、やり過ぎたか?
でも今更やっぱ返してとは言えないし。
「しっかり探してくれよ?」
「ああ、もちろん」
仕方ないので金貨一枚で手を打った。
まあ報酬をケチっていい加減な仕事をされても困るからな。
それは仕方が無い。
ジャノバスがいる限り、おれも安心できないし。
おれたちは情報屋の肩を叩くと、二日後にまた来る事を告げてカビ臭い部屋を後にした。
二日後ならいつでもいるから、いつ来てもいいとのことだ。
上手くいった。
これで第一段階はクリアだ。
あとは二日間、装備を整えるなりして決戦に備えればいい。
決戦と言っても相手は下級魔族だし、前回の赤目野郎よりかは楽な戦いのはずだ。
もう襲撃の恐れも無いみたいだし、モリスもいるから大丈夫か。
時間はまだ昼過ぎくらいだ。
そのせいか通りを歩く人もそんなに多くない。
むしろ閑散としてるくらいだ。
露店を冷やかしながらおれとジェフは帰路につく。
ダウジングランプは魔力を入れっぱなしにしているので、おれ達が宿に戻れば他の連中も切り上げて戻ってくるだろう。
なんだかんだで今日は上手くいった。
安心しながら露店で買ったグレープ味のジュースを飲んでいると、どんと人がぶつかってジュースを落とした。
まだ半分もあったジュースが地面にぶちまける。
ん? 人にぶつかった?
「おいシゲル。勿体無いじゃないか……?」
ジェフがこっちを見ると、目を見開いた。
あれ?
なんだろう。
右肩が痛い。
あれ?
めっちゃ痛いぞ。
それにおれは誰にぶつかった?
人は多くないのに。
「シゲル!」
ジェフが懐からガラス玉を取り出して地面に叩き付けた。
ぱりんと控えめな音を立てながら割れたガラス玉から、突然青白い膜がおれとジェフを包んだ。
魔道具だろうか。
状況が飲み込めないでいたが、ふと右手に甘温かいものが垂れて来た。
血だ。
右肩を見てみる。
「……うっ!」
そこには鉄の鏃がついた木の矢が刺さっていた。
矢は斜め下を向く格好で半分ほど刺さり、先は肉を貫いて真っ赤に染まっている。
それを目視した途端、痛みが急激に増す。
激しい痛みは肩口から全身に広がるように拡大して行き、大粒の汗が体中から吹き出た。
あまりの激痛におれは膝を地面についた。
そして次の瞬間、おれとジェフを包んでいたバリアが甲高い音を立てながら大きく揺れた。
後ろだ。
後ろから打たれた。
ゆっくりと振り返る。
通りは無人だ。
いや、通りじゃない。
角度から考えたら上から。
屋根だ。
そこには真っ赤な服と赤いスカーフで顔を隠した男が、ボウガンを構えてこちらを向いていた。
ウォーモルで襲撃して来た盗賊の一人。
赤尽くめ。
ソルダットが討ち漏らした残党だ。
失念していた。
すっかりもう今回の件からは手を引いたのかと思っていた。
それに、魔道具とモリスの存在で安心しきっていた。
通りの人々は、突然の事に悲鳴を上げて逃げ出した。
あっという間におれ達の周りは、無人の露店だけになる。
がらんとした通りに、ひゅうと風が吹いた。
状況は最悪だ。
こちらは非戦闘員のジェフと、相手の最終ターゲットのおれ。
しかも、先制攻撃を許してしまった。
武器は持って来たものの、右手は使えない。
相手は遠距離タイプで、こっちは近距離戦闘のみ。
どうする!?
ドクドクと右肩の傷口が脈打っていた。




