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死んでないおれの不確定な死亡説  作者: 提灯鮟鱇
第四章 カンクーンの決着
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第四十四話 恋する天才

 カンクエッド王国の王が君臨する土地、王都カンクーン。


 豊潤な大地は数多くの作物が実り、流れる川は清く澄んでいる。

 荒野地帯であるサヤバーン地方とは比べ物にならないくらいの豊かな大地には、農耕が盛んに行われている。

 その農地に伴って点々と存在する集落の規模も、村と呼ぶには多きすぎるようである。

 集落が密集いているイメージだろうか。

 その農耕地帯を通る一本の石畳の広い道。

 これが王都カンクーンの中心部への続く四条の道であり、その道の両脇には毎日市が立ち、雑多の物が取引されている。

 農耕地帯ではあるが、活気は街に負けていない。

 そして数多くの露店や食堂、雑貨屋に宿屋などが並び、郊外ながらもそれなりの賑わいを見せている。

 それもそのはず、王都内に続く四本のメインストリートの交通量は凄まじいものである。

 毎日国内外から、様々な種類の人間がこの王都に来ては帰る。

 ある者は商売、ある者は移住、ある者は出稼ぎ。

 王都カンクーンはそれほどまでに多くの者を引きつけるのだ。


 この大きな道の前方には小高い丘があり、そこを昇ればカンクーンの全容が露になる。


 大きな象牙色の城を囲むようにして、大きな建物がひしめき合っている。

 地位の高い者や、大商人の住宅、都市機能を維持する為の議会や裁判所、騎士団の本部は、王城を取り囲むようにして軒を連ねる。

 さらにその周辺を小規模な建物が建っているのは平民の居住区。

 ユニオンや、商業施設が並ぶ地域である。

 それらを、30メートルはあるであろう分厚い城壁がびっしり囲う。

 しかし、王都は城壁の中だけではない。

 城壁の外部にも街は続き、そこには下級層の市民が集う城外区と呼ばれる地区が広がっている。

 こちらは城壁内部と比べ、やや貧相な様子ではあるが、遠目から見ても非常に活気が溢れていることが窺い知れる。


 そして、この全てをまとめあげているのが、中央の王城。

 荘厳な雰囲気を携え、大きく、そして高く、堂々とそびえ立つのはカンクエッド国王が住むこの国の栄耀の象徴。


 その名を……


 その名を……えーと、


「あの城何て言うんだっけ、ジェフ?」

「アイボリーフォートだ」


 そう。

 その名を、アイボリーフォート。

 象牙色の要塞。

 天から射す太陽の光が壁面に当たり鈍い色に光るそれは、ここカンクエッド王国の……もういいか。


 この世界に来て初めての王城だ。

 城と言うものは、今までに何回も見た事は無いが、これほどまでに堂々と構えているとは思いもしなかった。

 日本で見た城なんかとはスケールも段違いである。

 日本の城っていうのはただの観光名所となっているだけだが、このアイボリーフォートは今もなお人が住み、王が君臨する「生きている」城だ。

 その存在感は、かなり離れたここからでも十分に感じる事が出来た。

 ここからの眺めはまさに絶景。

 カメラがあったら撮りたいところだ。


 そして、このアイボリーフォート。大昔、史上最強の魔族、魔人オリサに侵攻を許してからは、防衛能力の向上を徹底し、外壁は魔法の威力を軽減する耐魔性レンガを用いて建ててある。

 耐魔性レンガは非常に高価な代物なので、この城の建材費だけでも大金貨何千枚もするそうだ。

 流石は王城。この国最高額の建造物だ。


「よし、じゃあここら辺で宿を取ろう」


 まだ昼前だが、王都のどこに敵がいるかわからないので、宿は少し遠いが王都全体が見渡せるこの丘の上の宿にした。

 王都内に入る大きなメインストリートの一つという事もあって、割とボロいくせに値段は高かった。

 やはり王様のお膝元と言ったところか。

 馬車はここで預かってもらう。

 天幕でしっかりとカモフラージュしておくことも忘れない。

 他の人間にポアロイルが来ている事を知らせない為だ。

 ポアロイルは有名だから、街に「ポアロイルが来た」と言う噂が立つのは、これからの行動に駅今日を与えかねないからな。

 まあ、ジャノバス自体はおれたちの到着を把握しているだろうが、こうした方がおれ達も動き易いのだ。


 王都に到着するまでの道中に、ジェフが今まで三つしかなかった魔道具「朧月」を複製し、今は人数分あるので、一人一つ持っている。

 これでジャノバスもそう簡単には嗅ぎ付けられないだろう。

 これがあればモリスでもわからない程度に気配が消えるので、はぐれないように団体行動しないといけないが、ウォーモルの時の反省を生かし、懐中電灯型魔力送信機を三つ作った。

 あのウォーモルでの奇襲の際に、モリスを救った魔道具である。

 名前はジェフが「ダウジングランプ」と決めたので、ダウジングランプと呼ぶ事にする。

 ていうか、ジェフの自信作とか言ってた割りに簡単に複製出来るんだな。

 完成した後「天才からの贈り物だ、ありがたく使うように!」と胸を張っていた。

 まあコレで三チームに分かれて行動しても、安心というわけだ。

 


 おれ達はとりあえず装備を整えて王都に徒歩で入る事にした。

 装備と言っても、武器を引っさげているだけなんだがね。

 勿論、ソルダットは大太刀を帯刀すると非常に目立つので、普通の直剣を鞘に入れて肩から下げている。

 当然と言うか、その剣も普通の剣ではなく、なかなかの名刀らしい。


 ホワイトは無駄に顔が広いので、怪しげな仮面をつけている。

 キレの長い目だけが鋭く開いている不気味な仮面だ。

 装飾は特にない。

 スペインのロンゲ美丈夫、バル○グの仮面みたいだ。

 逆に目立ちそうでもある。


 セレシアも有名だが、彼女の場合は名前だけが有名で容姿はあまり知られていない。

「天災」なんていう二つ名がついているくらいなので、セレシア=もの凄い屈強なゴリラ女子だというのが一般イメージだそうだ。

 だから大手を振って街を歩いても良いのである。

 うほうほ。


「何見てんのよ!」

「別に?」


 今日も彼女はお嬢様風にキメている。

 普段通り露出は少なめだが、おれはその綺麗なドレスの下に隠れている彼女のすべてを知っている。

 ……フフフ、うほうほ。


「なんかシゲル、だらしない顔してるね」

「そ、そうか?」


 アカネがおれの事を覗き込んでいた。

 うほ顔になっていたかな。

 彼女の目を見たら、おれが何を考えていたのかバレてしまうような気がして慌てて目をそらした。

 流石にアカネには勝てないな。


 くだらない談笑をしながら歩いていると、城外区までたどり着いた。

 丘の上の郊外から三十分ほど歩いただろうか。

 下級層と言っても、特に貧困に喘いでいるような雰囲気ではない。

 建物が少しオンボロなくらいで、人々は普通に暮らしている。

 ただ、城壁内部に住む者と比べたら所得が少ないくらいなのだろう。

 治安が悪そうな感じでもない。

 強いて言えば、サーチャーっぽい見た目の人が多いって所だろうか。

 鎧を着てたり、武器を持っていたりするヤツが目立つ。

 だがそれはどの街も同じようなものだ。


 今日はこの城外区で行動する。

 やる事は情報屋にコンタクトを取る事だ。

 王都は大きいので、情報屋もたくさんいるそうだ。

 情報屋はお互いの持ってるネタをそれぞれ共有しているので、直ぐに見つかりそうだ。


 ジャノバスと情報屋が繋がっている心配もあったが、ソルダットはそれは無いと言う。

 彼らは情報屋同士でのコミュニティーは持っているが、それ以外とは絶対に組まないという。

 それは情報屋と言う職業の特殊性で、どんな情報も金になるので組みする者を作ると金になる情報が漏れてしまう危険性があるからだそうだ。

 確かに、ただの世間話の中で貴重な情報をポロリと出してしまう可能性もある。


 それに彼らの存在を都合が悪く思っている人間も多い。

 自らの安全も考慮して、常に単独で動くのが情報屋だ。

 だから安心だそうだ。

 でも、そしたら探すのも一苦労だろうな。

 まあ頑張るしか無い。


「腹も減ったしそろそろ飯にするか」

「いやっほう!」


 ソルダットの提案にジェフが飛び跳ねた。

 まあ毎回の事だし、コイツの食いしん坊キャラは今に始まった事じゃないけど、みんな見てるぞ?


 おれ達はこじんまりとした店に入っていく。

 決定したのはモリスだ。

「ここのニオイが一番美味そうっす」と言って先頭を切って入り、ジェフがそれに続いた。

 モリスの犬並みの嗅覚には本当に感服する。


「いらっしゃい!」


 中に入ると、厨房から五十代くらいのおっさんが威勢のいいかけ声が聞こえて来る。

 そこそこ客が入っていて、20ほどあるテーブルの三分の二が埋まっていた。

 おれ達は空いていた窓側の席に座ると、赤髪の少女が水を運んで来た。

 服装は少しみすぼらしいが、くりっとした大きなたれ目の可愛い女の子だった。

 黒いエプロンをして、髪は後ろに束ねているポニーテール。

 首元には綺麗なエメラルドグリーンのネックレスをしている。

 見た目はジェフと同じくらいだろうか。


「ご注文が決まりましたらお知らせください」

「はいよ! ガハハハ!」


 ホワイトが仮面をバッと派手に取り、朧月を机にバンと放りながら大きな声で馬鹿笑いをした。

 確かにその仮面つけたままだと口塞がってるから何も食えないよな。


「!?」


 突然ホワイトが仮面を脱いだからか、馬鹿笑いしたからか。

 少女がビックリして後ずさりした。


「先輩、怖がっちゃったじゃないっすか」

「ホワイト謝りなさいよ!」

「ガハハ! すまんなお嬢ちゃん」


 モリスとセレシアに両サイドから肘鉄砲を喰らい、ホワイトは馬鹿笑いで女の子の頭を撫でた。

 女の子はというと、居づらそうにしてして「いえ」と小声で言うと、厨房の方に走っていった。


「なんか可愛いっすねーあの子」

「確かにな」

「一生懸命やってるわね」


 さっきの女の子の話をしつつ、メニューを眺める。

 モリスの言う通り、店の中は空腹を刺激するような美味しそうな香りが漂ってる。

 さっさと決めて早く食べたい。


 みんながメニューを眺めながら何を食うか考えていると、ふと違和感を感じた。

 小さくも大きな違和感だ。

 多分、この違和感を感じたのはおれだけじゃない。

 みんな感じているはずだ。

 そしてその違和感の正体もわかっている。


 そう。


 メニューを決める際に、一番うるさいヤツが静かなのだ。

 みんな一斉に気づいたのか、視線がそいつに一気に集まった。


「ジェフ?」


 いつもならメニューをじっと見てアレでもないコレでもないと喚いているジェフが静かなのだ。

 いや、静かなだけじゃない。

 トロンとした表情をして顔を真っ赤にしていた。


「……?」


 おれ達はジェフを見た後に、彼の視線の先を追った。

 その先にはさっきの女の子が、テキパキと店の仕事をしている姿があった。

 食器を片付けたり注文を取ったりと、ポニーテールを揺らしながら店の中を忙しなく動き回っている。


「はあ……」


 ジェフが熱いため息をついた。


 これは…………まさか……!


 ジェフを除いたおれ達は顔を見合わせた。

 全員がニヤニヤ笑いだ。

 そりゃそうだ、おれもニヤニヤが止まらない。

 キャントストップ・ニヤニヤだ。

 ニヤニヤストームの中でアカネが楽しそうにみんなに目配せした。


「ねえ、これって」

「アカネさん、間違いないっす」

「ウヒヒ……侮れねーガキだな」

「こんなの初めてじゃないか?」

「普段はあんなに真面目なのにな」

「恋ね!」


 と最後にセレシアのデカい声が響いてしまい、ジェフが再起動を果たす。


「は!?」


 なんかキョロキョロしてる。

 おま、それ、キョドり過ぎだろ。

 恋愛成分100%のキョドり加減だ。


「今日はジェフの好きな物をたんまり頼もうな」


 ニンマリとソルダットがジェフに言うと「すいませーん」とさっきの女の子を呼ぶ。

 女の子は「はい、ただいま!」と言いながら、向こうの机を拭いている。

 ジェフがあからさまにオドオドし始めた。

 あの食事以外は冷静沈着の天才少年ジェフが、だ!


「お待たせしました」

「ほら、ジェフ。何が食いたいんだ?」


 赤髪の少女はエプロンの中からメモ帳を取り出すと、ジェフの方を向く。

 二人の目は合う。

 その途端、ジェフの顔が真っ赤っかになった。

 温泉に浸かってるニホンザルくらいの赤さだ。

 こりゃあからさま過ぎるだろ。


 するとジェフは「ふん」と鼻を鳴らして、誰に言ってるのかわからない方向を向いて言った。


「そ、そんなこと言うと、僕がまるで食いしん坊みたいじゃないか」


 明らかにツッコミ所満載のジェフの言葉に、危うく吹き出す所だった。

 ホワイトだけは「ブッ!」って吹き出したけど。

 よし、ちょっかいを出してやろう。


「よーし、じゃあおれが勝手に決めるぞ?」

「待てシゲル! お前はこの世界の料理について知らないだろ!」

「お? ムキになったな?」

「ふん、ムキになんてなってない。天才の僕に任せておけばいいんだ」


 おれとジェフがやり合ってると、赤毛の少女がじっとおれを見てた。

 いやいや、注文はジェフがするからね。

 ちょっとしたフェイントさ。


「よし、それじゃあこのレタスとブロポークのレモン炒めと……」


 真っ赤な顔でジェフは注文を開始した。

 時折少女が「辛口だけど大丈夫ですか」と確認する時に「て、天才だからな!」とわけのわからない返事をしていた。

 声もなんだか上ずってる。

 もうパニクり過ぎじゃんか。

 でも、ジェフの姿が微笑ましいのか、注文を終える頃には少女の方もにこやかな表情になっていた。

 うん、恋ってすばらしいね!



 十分ほど経過した。

 料理が次から次へと運ばれてくる。

 ちょっと油断してたが、ジェフのやつ十人分くらい頼んでいた。

 おれ達は目の前に並ぶ料理の量にうろたえるしかなかった。

 食いきれんのか、これ……?

 料理が運ばれてくる際に、ジェフが少女から直接皿を受け取っていたのが微笑ましかった。

 普段はそんなこと絶対にしないのに。


 料理はなんだかんだで食い上げた。

 もちろんおれ達も頑張ったが、主にジェフが頑張った。

「うまいうまい」と連呼しながら必死に口にかき込んでいた。

 そしてモグモグしながらチラチラと女の子を見るその姿は、まさに恋する少年そのもの。


 店を出る際に、ジェフは非常に名残惜しそうにしていたが、去り際に「世界一美味しかった。世界中を旅する僕が言うんだから間違いない」と女の子に言っていた。

 女の子は少し照れながら「ありがとう」と控えめに返した。

 ジェフよ、そういうのはこの子に言うのもいいが、料理を作った店主に言ってやれ。


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