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死んでないおれの不確定な死亡説  作者: 提灯鮟鱇
第三章 王都への道
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第四十三話 失礼なヤツ


 おれは気がつくと真っ暗な空間にいた。

 暗すぎて自分も周りも何も見えない。

 そのせいで自分が目を開けているのか、閉じているのかも判別しなかった。

 夢か?

 でも、変な感じだ。

 意識はしっかりしている。

 明晰夢というやつだろうか。


「おい」


 突然声が聞こえて来た。

 真っ黒な空間で、その声はまるで隣にいるかのように、ハッキリと聞こえた。


「魔族はなんとか退いたな」


 誰だ?

 真っ暗闇の中で聞き覚えのある声が聞こえる。

 この声、あの日夢で聞いた声か?


「しかしお前も運がいい。あのソルダットってやつ、闘神レベルだな」


 闘神?

 それって確か、人間のピンチになったら現れるっていう闘神?

 ソルダットって闘神レベルに強いのか?


「おい。なんか喋ろよ」

「え? あ、おれ喋れんのか」

「馬鹿だな、お前」


 いきなり馬鹿とか、めっちゃ失礼なヤツだ。

 だが、何故か憎めない。

 まるで一緒に育った兄弟と話しているような親しみやすさがある。

 それにしても、おれはどうしてこんな所にいるんだ?


「ここ何処だ?」

「お前の魂の中だ」


 魂?

 さっきからよく分からないぞ。

 要は夢みたいなものなのか?

 すると、謎の声は咳払いをして語りかけて来た。


「改めて自己紹介をしようか。オレは戦神せんしんインドーラ。訳あってお前の魂の中にいる」


 インドーラって、魔族が言ってた名前だ。

 おれの魂の中にいるって、ちょっとどういうことよ?

 何だかコイツの声も聞き覚えがあるような気もする……


「お前、まさかこの間『もう起きてる』とか言ってたヤツか?」

「そうだ。混乱してるみたいだな?」


 している。

 いきなり真っ暗な空間で、こんなおかしな声が聞こえてくれば誰だって混乱するだろう。

 というかセンシンってなんだ?


「今までオレはお前の中で眠り続けていた。まだ寝足りないから、もう一回寝るけどね」

「寝たりないってどういうことだよ?」


 インドーラはため息をついた。


「お前、自分が何であんなに眠り続けられるか考えた事あるか?」

「そりゃ、おれが特異体質だからだろ?」


 またしてもインドーラがため息を吐く。

 なんか本当に失礼なヤツだな。


「お前な……ふつー人間飲まず食わずで五日間も寝てられるか?」

「んなもん知るか。この体質のせいでよかった事なんて何も無いからな」

「そりゃ悪い事をしたな」


 おどけたような声がする。


「つまり、お前の特異体質は、オレがお前の中で寝てたからだ」

「要するに、お前のせいでおれはこんな誰得体質になったわけだな?」

「ま、そゆこと」

「出てけ」


 即刻退場命令を下した。

 コイツがいなければおれはノーマルな人間になれるってことだ。

 なら出て行ってもらう他ないだろう。


「無理だ」

「なんでだよ!」


 インドーラは全く意に介さない感じで、ことごとくおれの要求を却下した。


「オレの魂はお前の魂の中にだいぶ溶けてしまったからな」


 魂って溶けるものなのか?

 そもそも、何でおれの魂の中にいるんだよ。

 寄生虫か何かか?


 待てよ。

 魔族っておれに用はないとか言ってたよな。

 そして、最後に魔族は何て言った?

 レーザーを放ちながら『死ね、インドーラ』と叫んでいた。

 まさか、魔族っておれじゃなくてインドーラを狙ってるってことか?

 いや、そうに違いない。


「おい。インドーラとかいう変なヤツよ」

「なんだよ、変なヤツとは失礼だな」

「出てけ」


 間違いなく、魔族の狙いはインドーラだ。

 あの魔族も魂を追いかけて来たみたいな事言ってたし、間違いない。

 コイツのせいでいい事無いな。


「……シゲルよ。良く聞け」


 二回目の「出てけ」を受けて、インドーラはマジメくさった声を出した。


「この世界は力の均衡が必要だ。魔物や魔族、そして人間。この二つは均衡する力だ」


 大前提を言い終えたかのように、一度底で話を区切る。


「思想や思い入れは別物として、基本は聖神か魔神に属する。

 聖神がいるから人間がいて、魔神がいるから魔物や魔族がいる。

 その二つは均衡していなければならない。この世界っていうのは、そういった危うい均衡で保たれているんだ。

 その均衡が崩れれば、この世界は傾く。

 魔族や魔物は強い。そして人間は弱い。

 もちろんお前の仲間たちみたいな、強い人間もいる。

 でも、大多数は弱い。守ってもらえなきゃ生きていけないくらいにな」


 あんまり聞くつもりは無かったが、少し聞いて興味が湧いて来た。

 こいつの話を聞いていると、何だかこの世界の事がわかってきた気がする。

 確かにその通りだ。

 その均衡を保つ為に強い人間が生まれる。

 人間は弱いから、それを守る為に。


「だからオレは世界の均衡を守るために生まれた戦いの神。お前の素質が高いのは、オレの魂がお前に溶けているからだ」

「戦いの神ってどういう事だよ」


 神っていうくらいだから、かなり強いんだろうけど、よく分からない。

 ついでに言うと、何でおれの魂の中にいるのかもわからない。


「神ってのは実体が無い。概念みたいなもんだと思ってもいい。

 でも例外もいる。

 オレは人間を守る為に実体を得た。

 しかし、体を物質化するというのは『死』という終着点を得る事になる」


 つまり、コイツは死んだのか?


「オレの肉体は死んだが、魂は輪廻の門に逃がしたんだ。その魂が輪廻中のお前の魂に運良くくっついて復活した。つまりそういう事だ」

「どういう事だよ?」

「出て行かねーよってこと」

「おい! 話だいぶ飛んだな? しかもかなり勝手だな!」


 ここまで話して、コイツは黙ってしまった。


「おい、続きはよ」

「……すまん。眠らないといけないから、続きはまた今度」


 ええ!?

 ここまで話しといて!?

 かなり中途半端な所だ。最後まで聞きたかったのに。


 おれの意識はだんだん薄れていく。

 眠りに落ちるような感覚。

 真っ暗な闇の中、おれの意識はすっと落ちていった。



-------


「シゲルさーん」


 誰かがおれの頬を叩く。

 目を覚ますと、モリスが目を擦りながら立っていた。


「もう朝っすよ。飯食いにいきましょう」

「お、おう?」


 おれはベッドから起き上がり、頭をガシガシ掻いた。

 窓からは気持ちのいい朝日が差し込んでいる。

 何か変な夢を見た気がする。

 なんだろう、ぼんやりして思い出せない。

 まあいいか。夢なんてそんなもんだろ。


 死闘から一夜が明けた。

 昨日は魔族との戦いの後、街は歓声に沸いた。

 居合わせたサーチャー達も歓喜して、お祭り騒ぎとなった。

 西門には魔族撃退の知らせを聞きつけた人々が駆けつけ、すごい騒ぎだった。

 まるでワールドカップのパブリックビューイングを前に群がる人々のようだった。


 おれ達はその人々が開ける道を通って凱旋を果たした。

 みんな口々に「ありがとう」とか「よくやった」とか言っていた。

 まるでヒーローになったかのような心持ちだった。

 ただおれは、魔族から言われた謎の名前が気になって、両手放しには喜べなかった。

 その中をホワイトはガハハと馬鹿笑いをしながら通っていくのが、なんだかホワイトらしくて笑ってしまった。

 実際に魔族にトドメを刺したソルダットは、西門の外を回って宿に帰って来ていた。

 本当に目立ちたくないようだ。


 そうそう、おれたちに大砲をぶっ放したサーチャーは終始真っ青な顔をしながらおれ達に頭を下げていた。

 彼はBランクのサーチャーだそうだが、非常に気が小さい事で有名だそうだ。

 一対一では中々強いそうだが、ここ一番という時に焦ってしくじる問題児だ。

 ホワイトは「まあ大丈夫だ!」と元気に返したからよかったが、あの一撃で死にかけたセレシアは「アンタ次やったら殺すわよ」とか言って凄んでた。

 まあ次は無いと思うが、今度からは事前にそういう所も調べておきたい。


 魔族の死体は跡形も無く燃やしておいた。

 生き返る事は無いだろうが、万が一を潰す為に綺麗さっぱり燃やした。

 後日、そこには記念碑が建てられるそうだ。


 そして今日も昨夜から引き続き、町中祭りのようなにぎわいだった。

 宿には多くの人が街を守った英雄を一目見ようと駆けつけ、宿側から規制されるほどだ。


「なんかいっぱいいるっすよ。これじゃゆっくり飯食えないっすね」

「だな」


 レーダーで察知するまでもなく、宿の食堂からは人の気配がわんさかする。


「裏口から出て、別の場所で食いましょうか」


 おれとモリスは裏口から抜けて、通りに出る。

 すると、上の方から声がした。


「おーい、待て待てお前ら」


 声の方角を見るとソルダットが部屋の窓から顔を出して見下ろしている。


「なんか食いもん買って来てくれ」

「なんだよ、ソルダットも一緒に行こうぜ」

「やだよ。目立ちたくねー」


 昨日は少なくない目撃者がいたからな。

 静かに隠居したいソルダットにとっては出過ぎだったかもしれない。


「大丈夫っすよ。昨日のサーチャー達は酔いつぶれてまだ起きてないっすよ」

「マジか。じゃあ行こっかな」


 モリスの言葉を受けてソルダットは窓から飛び降りて来た。



 おれ達は適当な店に入り、席に着いた。暖簾の綺麗な小さな食堂だ。

 メニューを見ながら何食うか悩んでると、店の奥の方からチラチラ視線を感じる。

 注文をし終えると、世話好きそうなおばさんが厨房の方から出て来た。


「アンタら、まさかポアロイルかい!?」


 やや興奮気味である。

 頬を赤く染めながらおれたちに聞いて来た。

 ソルダットがあからさまに「げっ」って顔をした。

 おばさんは何やら新聞を広げて、ソルダットと見比べている。


「ほら! 今朝配ってた号外に似顔絵が書いてあるんだけど、そっくり!」

「……ええ」


 チラッと号外新聞を覗いてみた。

『赤眼魔族撃退!』という大きな見出しの下に、ソルダットの似顔絵が書いてあった。

 なんとその似顔絵の下に『ポアロイルの新星、シゲル』と書いてある。

 ツッコミどころ満載だ。


「あんたシゲルだろ!? 良くやってくれたねぇ!

 タダにするから腹一杯食っていきな。それによく見るとなかなかの男前だねえ……ウフフ」


 おばさんの怪しげな流し目。

 あの最強ソルダットも、今回ばかりはタジタジである。

 苦笑を浮かべながら「あ、新入りなんで」とペコペコしだした。擬態だ。

 わかる。その気持ちわかる。


 料理は十人前くらい運ばれて来た。

 朝からこんなに食えるわけが無い。

 というか、夜でもこんなに食えない。

 おれ達は一応頑張って食おうと思ったが、流石に無理だった。

 ジェフも連れてくればよかったな。



 宿に帰ると、一応ソルダットと予定を確認する。

 出発は明後日。

 今日明日で色々と準備を完了させて、明後日の朝から出発だ。


 もう少しゆっくりしていたい所だが、魔族を撃退したからと言って、ジャノバスを先延ばしにしてはいけない。

 第一目標はジャノバスだ。

 ヤツらは王都に居を構えているわけだが、詳しい位置はわからない。

 秘密結社って言うくらいだから、捜索は難航する可能性もある。

 ジェフの話では、ここまでは予定通りに来ているので、王都までは計算上約一月といったところだ。

 早く王都に行って、常に狙われる不安を取り除きたい所だ。


 しかし今回の赤眼魔族はジャノバスではなかったらしいから、油断出来ない状況は続くわけだが。

 そういえばインドーラとかわけのわからない名前を口にしてたな。

 後でジェフ辺りに聞いてみよう。


 あれ?

 インドーラ?

 なんか知っている気がする。

 確か戦いの神さまなんだっけ。

 どうして知ってるんだ?


 ……夢で見た?


 あ! そうだ! 昨日の夢にまた変な声が出て来たじゃないか!!

 重要な事なのに、今までなんで今まで思い出せなかったんだ?

 もっと色々話をした気がするが、それ以外はどうしても思い出せない。

 必死に考えても、夢での記憶が引きずり出せない。

 まるで記憶自体が薄い霧になってしまったかのように、つかみ取ろうと思っても空を切るようだ。

 もどかしい。


「ふう、満腹だあ」


 ソルダットの部屋で、今後の予定を詰めていたら、ジェフが入って来た。

 こいつもどこかで食事をして来たみたいだ。

 お腹を摩りながら、満足そうな顔をしている。

 丁度いい所に来た。


「ジェフ、聞きたい事があるんだけど」

「何だ?」

「インドーラって何だ?」


 おれがジェフに聞くと、何故かソルダットがポンと手を打った。


「そうそう、あの魔族お前の事インドーラとか言っていたな」

「なに? インドーラだって?」


 ジェフはあからさまに眉間に皺を寄せた。

 なにか知っているのか?

 すると、ジェフよりも先にソルダットが口を開いた。


「インドーラってのは戦いの神だ」


 ソルダットも知っているらしい。

 インドーラは本当にいたのか?

 じゃあやっぱり、あの夢のヤツは本物?


「何で魔族はシゲルの事をインドーラって呼んだんだろうな」

「なんだって? 魔族がシゲルをインドーラって呼んだのか?」


 ソルダットが何の気なしに昨日の事を言うと、ジェフは驚いた顔を作った。

 昨日、ジェフは後方で待機していたから、魔族がおれにインドーラと叫んだ場面には出くわしていない。

 なんか知ってるのか?


「インドーラは戦いの神、戦神だ。その強さは闘神をも凌ぐと言われている。2000年ほど前に起こった魔神大戦で死んだとされている。色んな脚色がされて伝わっているが、所詮はただの伝説だ。闘神はいるけど、戦神なんてのは定かじゃない」


 魔神大戦。

 そういえば馬車の中でそんな本を読んだ事があったな。

 タイトルは「魔神大戦記』。

 感動のファンタジー大作だった。

 たしか、戦いの神様が闘神を率いて悪い神様を封印したって話じゃなかったかな。

 一回読んだだけなので、うろ覚えであるが。


「で、どうしてそれがシゲルなんだ?」

「わかんないから、ジェフに聞いたんだろ」


 首を傾げて「そんなの僕にもわかるわけないだろ」と言い出す始末。

 結局わからないのか。


「でもさ、夢で出て来たんだよね。そのインドーラってヤツ」

「また夢か!?」


 この前の魔族の出現も正夢だった。

 てことは今回もきっとそうだ。

 しかも、あれは夢って言うより、もっとなんか特別なヤツだった。


「いや、そりゃただの夢だろう」

「まあただの夢だろうな」


 ありゃ?

 二人して正夢の可能性を否定した。

 こっちは信憑性が無いみたい。

 戦神は特に実在しないと言われていて、魔物大発生の際に「闘神よりも強い秘密兵器が控えているから頑張ろう!」的な士気を高めるメンタルの拠り所だったという説が濃厚だ。

 味方を鼓舞する材料だ。

 コイツらに言わせれば、そんな実在したかも定かじゃない神なんていうのは信じられないとのことだ。

  まあ、確かに会社で「夢に神様が出て来たんだよ!」とか言い出すヤツがいたら、まずは正気を疑うな。

 でも、おれは確かにアイツと会話をした気がするんだけどな。

 解せないな。

 もしかしたら、脳みその端っこに残ってた『魔神大戦記』が夢に出て来たのかも知れない。

 そういうもんなのかね。



-------


 二日後。

 全ての支度を終えて、おれ達はエミレダを出た。

 旅立ちの時には、街の住民全部じゃないかというくらいの人が見送りにやって来た。

 それに手を振りながらおれ達はスター気分で旅立った。

 おれとホワイトをセレシアは調子に乗ってソルダットの特等席で、街に手を振っていた。

 勿論、隠居希望のソルダットは馬車のベッドで横になっていたが。


 そして、それから更に二十三日後。

 ジェフの計算通り、おれ達はついに王都のすぐ側までやって来たのだった。


 ここから本当の戦いが始まる。

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