第四十二話 赤眼魔族
「魂が濃くなっているな」
赤眼魔族はおれを見下ろしながら何か言った。
おれには何のことだかわからない。
竜骨を握る手のひらは汗でびしょ濡れになっている。
赤眼魔族は周囲に倒れているポアロイルのメンバーを見渡す。
そして、再度おれを見て納得したように頷いた。
「ふむ、こんなに魂の濃い者達と一緒にいたのか。道理で探しづらいわけだ」
「ど、どういうことだ?」
いきなり殺したりはしないらしい。
おれを見て、品定めをしているような感じだ。
なので、少しは時間が稼げると思い、おれはこの魔族に聞いた。
この間にホワイトかソルダットが立ち上がってくれれば、きっと何とかなる。
いざとなればおれも戦う。
おれだってソルダットに鍛えてもらったんだ。戦えるはずだ。
「貴様の魂を目の塔から察知したが、曖昧でな。そのせいで少々手間取った」
目の塔ってのが何だかわからないが、察知系のアイテムか何かだろう。
曖昧だったのはジェフの朧月があったからだ。
ジェフもこの魔族の為に改良したわけではないが、役に立ったということか。
「お前もジャノバスなのか?」
おれの質問に、赤眼魔族は解せない顔をした。
思ったより表情が豊かだ。
「ジャノバス……ああ、グモーザがやっているやつか?
あんなケチなヤツと一緒にされては困る」
え?
コイツはジャノバスじゃない?
という事はどういうことだ?
おれを狙っていたのはジャノバスのはずだ。
それ以外にもおれを狙っている勢力がいるということか……?
「じゃあお前は何故おれを狙う?」
おれの質問に魔族は大きくため息を吐いた。
「貴様などどうでもいい。貴様の中で眠ってる者に用があるのだ」
「は……?」
すると魔族はおれに手をかざし大声を上げた。
その途端、眼に見えない何かがおれと魔族の間を駆け巡る。
突風にも似たその濁流は、明らかな質量を持って魔族の手に凝縮されてゆく。
この感覚は何だかすぐにわかった。
魔力だ。
「インドーラはまだ眠っているのか? 好都合だ」
「……ッ!」
魔族が何か言った。
が、しかしそんなの考えている暇はない。
コイツは攻撃する気だ。
おれは全身に魔力を漲らせる。
全力で身体強化を施す。
「シゲル!!」
後方からホワイトの声がした。
直後、目の前の魔族の肩口にドスンと短い鉄槍が刺さる。
ホワイトが投擲した超重量の鉄槍のようだ。
かなりの重量を持った槍なので、当然のように深々と刺さっている。
しかし、魔族は我関せず。
魔力の濁流は一瞬、何も無いかのように静まる。
そして……
「ガッ!?」
視界がブレた。
いや、吹っ飛ばされたのだ、と自覚するまで時間はそれほどかからなかった。
どのようにしてかは、わからない。
ただ、コイツの手から何かが放たれたのはわかった。
てことは、あの至近距離で直撃か。
風景がぼやけながら前に流れていく。
おれは城壁をぶち抜き、街の中の建物を巻き込みながら吹き飛ぶ。
四軒ほど建物を突き抜けて、五軒目の建物の中でようやく止まった。
民家だろうか、料理中の女が突然登場したおれに悲鳴を上げる。
本当は「お邪魔しております」と恍けた挨拶の一つでもかけたいが、今はそれどころじゃない。
「ぐっ……」
体中が痛い。
特に直接攻撃を受けた胸部はジンジンと熱を持って痛む。
体全体を強化していたとはいえ、流石に魔族の攻撃を至近距離で受けたので、大きなダメージだ。
しかし、戦闘不能というまでではない。
生身だったら完全にバラバラになっていた所だろう。
おれの魔力が特殊である事に感謝しなきゃな。
まだいける。
まだ戦える。
……武器は?
辺りを見渡す。
瓦礫が散乱する手狭なダイニングだ。
おれの竜骨は……
ない。
さっき攻撃された時に落としてしまったようだ。
……くそっ!
とりあえず、戻ろう。
ホワイトは無事そうだが、ソルダットとモリスがわからない。
セレシアはアカネが治療していたし、平気だと思うが。
「ほう、まだ死なんのか」
「!」
瓦礫の中から立ち上がろうとすると、既に魔族はおれの目の前まで来ていた。
足はモリスに打たれたはずだろ?
なんでこんなに速いんだ?
真っ赤な眼でおれを見下ろしている。
「待て……よ」
おれがさっき魔族が口走った事を聞こうと思い、口を開いた瞬間。
魔族の方から再び魔力の躍動を感じた。
「いい加減に死ぬがいい」
反射的に魔力を体中に巡らす。
再び放たれるであろう次の一撃に備えなくては。
と、その時。
「!?」
心臓が大きく脈打った。
顔から血の気が引く。
それに反して何かが体の中から溢れ出してくるような力強い感覚。
魔力か?
体が燃えるように熱くなる。
頭はフラフラするが、何故か力はみなぎる。
なんだ、これ?
考えてる暇はない。
コイツを何とかしなきゃ。
おれは即座に立ち上がり、魔族の魔力が集積する前に力一杯ぶん殴った。
その一撃は、魔力を目一杯込めたからか、かなりの強さだった。
魔族はおれの拳骨を受け、先ほどおれが激突して破壊した建物の跡をなぞるようにして飛んでいった。
ヤツが視界から消えると、さきほど漲っていた力が消え、どっと疲れが吹き出す。
おれはその魔族を追うようにして、痛む体を抑えながら西門の方に飛び出した。
「シゲル! 無事だったのか!」
崩壊した城壁の穴から飛び出すと、ホワイトが声をかけて来た。
彼は立ち上がり、城壁にもたれ掛かりながらアカネから治療を受けていた。
足を怪我している。
「ヤツは!?」
「あっちだ」
ホワイトが指差す方を見ると、ソルダットとやり合っている。
大きな満月と松明の光のおかげで、二人のやり合う姿は簡単に確認出来た。
ソルダットは流石と言うか、やはりと言うか、無駄の無い動きで敵に迫る。
一方の魔族は、あり得ないような動き方を繰り返し、ある程度距離を保ちながら、ソルダットに魔術を放っていた。
攻撃はほぼ直線的だ。
両者とも、常人にはマネ出来ないような動きで動き回っている。
見た感じ、ソルダットが押しているようだ。
もしかしたら、おれの出番はもう無いかも知れない。
ふと地面を見ると、おれの竜骨が丁度足下に転がっていた。
こんな所に落としてたのか。
「シゲルも怪我してるじゃない」
アカネが駆け寄って来た。
自分の体を見ると、確かに色んな所に傷があった。
骨は折れていないと思うが。
アカネはおれに治療魔術を施す。
初めて治療魔術を受けたが、妙な感覚だ。
さっきまで痛んでいた体から、一切の痛みが消えた。
体の気怠さはそのまま残るが、さきほどの一撃による外傷は完全に無くなった。
と、おれはセレシアとモリスを思い出す。
「あの二人は大丈夫か!?」
「ええ、安心して。二人とも気を失ってるけど、命に別状は無いわ。
今は安静にしていなきゃいけないから城壁の中に寝かせてる」
よかった。
アカネのお墨付きがあれば安心だ。
しかし、
さっきあの魔族が言った事が気になる。
インドーラとか言わなかったか?
おれはそんなカレーっぽい名前じゃない。
シゲルだ、山田シゲル。
でも、おれの中で眠っているって言ってたよな。
それっておれの特異体質と何か関係があるのか?
あれ?
待てよ……
なんか引っかかる。
おれの中で眠っている?
あ。そうだ。
この間見た夢。
魔族のせいですっかり失念していたが、もう一つ奇妙な事があったじゃないか。
夢の最後に聞こえて来た謎の声。
『オレは起きてるぞ』
もしかしたら、あれと何か関係あるんじゃないか?
いや、それだ。
絶対それと関係している。
「シゲル! 逃げろ!!」
考え事をしていると、ソルダットの方から大きな叫び声が聞こえた。
ハッとなってそちらを向くと、ソルダットの剣が魔族に刺さっている。
刺さっているが、ソルダットの手は剣から離れていた。
魔族は血だらけであるが無表情のまま。
ソルダットの方を見ていない。
体が完全にこちらを向いている。
おそらく、コイツは攻撃をあえて受けて、意表を突かれたソルダットから剣を奪った。
おれを見つめたまま、もの凄い速度で地面を蹴った。
体に突き刺さったままの剣からは、魔族の血がボタボタ垂れている。
それと同時に、先ほどとは比べようのない程の魔力の流動を感じた。
魔族の方からだ。
それは自分の生命をすべて抛って、究極の一撃を放とうをしているかのようだ。
これはヤバい。
「野郎ッ!」
ホワイトが投げ槍を投擲する。
足を怪我しているからか、普段よりも投擲にキレがないようにも見えた。
だが、あちらは猛スピードでこちらに接近している。
相手の勢いがあったため、どぷっと音を立てて魔族の胸元に深く刺さった。
が、止まらない。
「インドーラ!! 死ね!!」
再びあの謎の名前で呼ばれた。
そしてヤツの手からは、目視可能なほどの濃密な魔力が流れ出した。
赤紫色にも見えるそれは、激しく渦を巻き、レーザーのようにおれに飛んできた。
クソッ!
おれは竜骨を体の前で構える。
防ぎきれるか!?
「パスシールドッ!!」
アカネがすぐさまバリアを張る。
おれの周りを硬質な力場が展開する。
だけど、このバリアで本当に防げるのか!?
バリアにレーザーが衝突した瞬間、その一瞬だけレーザーの威力が減衰したかのように見えた。
しかし、一瞬の減衰の後、バリアは音を立てて砕け散る。
その破片はキラキラを輝きながら宙を舞う。
おれは体だけでなく、竜骨にもしっかりと魔力を流し、今まさにおれに届こうとしてるレーザーに全身全霊を集中させる。
相手は既に致命傷だろう。
これを耐えればおれ達の勝ちだ。
レーザーが竜骨とぶつかる。
すると、レーザーはおれの左右に割れていく。
狙い通りだ。
だが、ぐにゃりと竜骨の柄が撓るような錯覚があった。
もの凄い質量がのしかかる。
体制を維持するのがやっとだ。
このレーザー、間違いなく今までで一番重い。
堪え難い重みが、おれの竜骨を押し続ける。
おれだってもの凄い素質と異常な魔力を持っているが、それでも限界はある。
魔族の命をかけた一撃に、おれの手も限界へと近づく。
くっ!
もう、限界だ……!
ドゴオォォォォォオン!!
突然前方から、爆音が響いた。
同時におれの手が感じていた重さはふと消える。
レーザーもない。
見ると、前方に大きな岩の手が。
手のひらを開き、レーザーを受け止めていた。
まさか!?
横を向くと、ジェフに体を支えられたセレシアが城壁から出て来ていた。
おぼつかない足取りで、ゆっくりと西門から歩いてくる。
彼女は手を魔族の方に向け、鋭い眼光で睨みつける。
そして、鼻には何故かクワガタムシがくっ付いてた。
あ、それで起こしたのか、ジェフ?
「アンタ! 覚悟しなさい!!」
とてもいいタイミングで登場したが、クワガタムシに鼻をつままれているので若干鼻声である。
かっこいいけど、かっこ悪い。
その時、ソルダットが魔族に追いついた。
魔族に刺さったままの剣を抜き取ると、眼にも留まらぬ速さでそれを振り抜く。
ぼとり。
と、真っ白な髪の毛と真っ赤な血を交互に見せながら、魔族の首は地面に落ちた。
そして首が離れた胴体は、糸を切られた操り人形のようにどちゃっと崩れた。
ごろっと転がった顔は、やはり無表情だった。
なぜか、こんな人と近い形の生き物を殺したのに、罪悪感はなかった。
それはおれが直接手を下していないからか、魔族だからか、あるいは単純にコイツが敵だったからか。
おれにはわからない。
ただ。
ようやく終わった。
おれは魔力を使い過ぎたのか、それとも緊張の糸が切れたのか、
おれも地面に崩れた。
こうして、エミレダ西門迎撃決戦はポアロイルの勝利で幕を閉じた。




