第四十一話 戦線崩壊
モリスが部屋の窓を開け、空に向かって閃光弾を発射した。
黄昏色に染まり始めた空に、真っ白い閃光が走る。
その後十秒程して、ユニオンの物見櫓からカンカンと威勢良く鐘を叩く音が鳴り響く。
ユニオンが緊急事態を街に知らせる鐘である。
事前にユニオンに魔族が来たら閃光弾で合図すると伝えてあったようで、スムーズに情報は伝達したみたいだ。
鐘の音は町中に響き渡り、街の通りを悲鳴にも似た喧噪が支配し始める。
「シゲルさん準備はいいっすか!?」
「お、おう!」
おれは竜骨を手に取ると、走ってモリスと一緒に部屋を出た。
足がガクガクと震えるのを抑え、モリスの背中を追う。
ついにこの時が来てしまった。
頭の中は不安を恐怖でいっぱいだが、ポアロイルの強さを思い浮かべる事で、何とかそれらを払拭する。
きっと大丈夫だ。
この時の為に準備をしてきた。
それにソルダットは金眼魔族に勝ったこともある。
もし万が一全員突破されても、おれだってもう弱くない。
立派な戦闘要員だ。
返り討ちにしてやる。
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ロビーに全員集合すると、急いでに西門へ向かった。
道中、作戦を全員で再確認する。
縦に陣形を展開して、個別の攻撃を仕掛け、おれにたどり着く前に終わらせる。
まずは砲台による牽制とホワイトの投擲、セレシアが足止めし、ホワイトが接近戦、モリスの狙撃とソルダットの太刀。
おれの出番は無し。
勝算は十分にある。
きっと大丈夫だ。
おれたちは勝つ。
まだ陽は落ちきってないが、西門には既に松明が灯り、多くのサーチャーが集まっていた。
彼らはおれ達の登場に少し湧いた。
特にホワイトを見て「おお!」と唸っている。
中には「おい、あれってソルダットか?」とか言っているヤツもいた。
「最大距離で打ちます! 他の皆さんは接近戦には参加しないでください! うちらが戦ってる時に狙撃するのもやめてください!」
モリスは西門に着くや否や二台ある移動式砲台の砲身を調節し、集まっていたサーチャーに指示を飛ばした。
彼の指示を受けた一人のサーチャーは、たどたどしながら砲身を指示通りに動かす。
何だか頼りない感じだ。
この街では強いが、出来れば魔族とやり合いたくない、といった感じか。
モリスが調節を終えると、二台の砲台は発射のスタンバイに入る。
「少し待ってから打つっす、角度は70っす。オレと一緒に打ってください!」
「は、はい!」
みんな真剣な表情になる。
この大砲の先に魔族がいるのか。
しかし、ここからじゃ何も見えない。
太陽も既に地平線にかかっているので、結構な暗さだ。
モリスでなければこの距離から見ることは叶わないだろう。
ん?
地平線の先に何かある。
何か、ではない。
よく見ると土ぼこりだ。
紺色の夜空に立ち昇っているので、何とか見ることが出来る。
その土ぼこりは少しずつ大きくなっているようだ。
いや、近づいているのか。
かなり速い。
おれたちは、素早く陣形を整える。
最前線にホワイトが立ち、その二十メートルほど後ろにセレシア、さらにその後方にソルダット、そして彼から十メートルほど離れた所におれが立つ。
最前線のホワイトが両手で槍を構える。
その後ろのセレシアは髪を逆立て宙に浮いた。
ソルダットは抜き身の太刀を右手に持ち脱力。
おれは竜骨を握りしめ、全身に魔力を漲らせ身体強化を施す。
モリスはおれの後ろの砲台で構えている。
その隣の砲台には、真っ青な顔で震えるサーチャー。
準備は万端だ。
いける。
「今っす!!」
合図とともに、モリスが砲台をぶっ放した。
鼓膜を直接叩くような発射音を響かせ、黒い砲弾は遥か前方の土ぼこりを目指し、放物線を描いた。
その音を合図にして、おれ達は各々の武器を構え直す。
ついに始まる…………
前方で砲弾がオレンジ色に爆ぜた。
距離はどのくらいあるだろうか。
おそらく500メートルはある。
少し遅れてのドガンと低い爆発音が一発だけ届いた。
ん?
一発だけ……?
後ろを振り返る。
モリスの反対側の砲台のサーチャーがあたふたしている。
「なにやってんすかッ!?」
「あ、あれ!?」
「安全装置下りたままっすよ!!」
モリスがキレた。
あのモリスが、だ。
砲台係はかなりテンパって発射しようとしているが、安全装置が下りてるらしく、なかなか弾が飛び出さない。
モリスが自分の砲台に弾を装填しながら、角度を再調整。
「間に合わないっす、角度61に直してください!」
「は、はい!」
その瞬間、
ズドオォォォォォン!!
激しい音と共に、おれの視界は土ぼこりに包まれた。
周りが全く見えない。
何が起こったのか、おれは直ぐにわかった。
あの砲台係のサーチャーが、角度を設定する前に安全装置を取ったのだ。
故に、先ほど発射を待っていた弾が飛び出し、おれ達の方に飛んできたのだった。
誤算だ。
砲台係がテンパって、あってはいけないミスをした。
「くっ!!」
おれはすぐさま生活魔法を使い、粉塵を吹き飛ばす。
何処に着弾した!?
目を凝らす。
大分暗くなってきている、よく見えない。
おれの後ろでモリスの怒声が飛んでいる。
しかしその声は耳に入らない。
今は状況は確認だ。
更に目を凝らす。
その時、
おれを追い越して、アカネが前方に走りだした。
「セレシア! ホワイト!」
最前線のホワイトが膝をついている。
どこか怪我したのか、なかなか立ち上がれないでいた。
その後方、セレシアだが……
元々立っていた位置から10メートルも右に逸れた所に倒れていた。
ピクリとも動かない。
白を基調とした彼女のドレスが所々焦げている。
足も変な方に曲がっていた。
よく見ると、セレシアが立っていた近くに爆発の跡があった。
これじゃほぼ直撃だ。
アカネがすぐさまセレシアに近寄り、回復魔法を唱え始めた。
詠唱は聞こえなかったが、アカネの手がぼんやりと光り、治癒魔法が発動。
その光はセレシアの方に移動し、きらきらと輝きだした。
しかし、セレシアは起き上がらない。
意識がないのだろうか。
それとも……
アカネはセレシアを抱きかかえる。
「アカネ! 下がれ!!」
直後、ホワイトが叫んだ。
叫びながら、足を引きずりアカネの方に向かう。
ホワイトの動きを追うおれの視界に、何かが映り込んだ。
真っ白い何か。
雪のように白い何か。
それは、おれ達の陣形から右10メートルに飛び出した。
セレシアが転がっている位置だ。
そこからまるでスローモーションのように見えた。
ホワイトが、アカネとセレシアを庇うように立ち、槍を振るう。
その後ろで、アカネが自分とセレシアにバリアを張った。
ホワイトの振った槍は、ビュンと唸り白い何かに向かう。
しかし、それは空を切った。
体勢に無理があったのだ。
それに彼は手負いである。
普段の鋭さは無い。
ホワイトは白い何かに吹き飛ばされ、おれの後ろまで転がっていった。
白い何かはそのままアカネ達を無視し、こちらに駆け寄ってくる。
足取りは鋭く、素早い。
しかし、その足は一瞬止まった。
モリスがヘビーボウガンを打ち込んだのだ。
そいつの足に深々と太い矢が刺さっていた。
おれの後ろではモリスが次の矢を装填する音がする。
が、その音はすぐに聞こえなくなった。
なぜなら、風が吹いたからだ。
いや違う。
暴力的な空気の塊が高速で射出されたからだ。
モリスの方に。
ヘビーボウガンを装填する音は、ドンっと城壁に人間が激突する音に変わった。
サーチャーたちがざわめく。
矢を受けたヤツはまだ止まらない。
しかし、横から素早くソルダットが飛び出す。
彼は白い何かに接近しながら剣を振り下ろした。
かなりの速度だ。
剣先は不可視の領域である。
しかし、それはピタリと止まった。
白い何かは、ソルダットに触れずに剣を止めていた。
剣を見えない何かで受け止めている。
そして剣を止めながら、ゆっくりとおれの方を向いた。
二メートルに届く長身と、雪のような真っ白な髪。
びしっとした白い服。
夢で見たのと寸分違わぬ姿。
おれを見つめる血のように赤い眼。
背筋が凍り付く。
そして……
「シゲル! 離れろ!」
ソルダットが何か叫んだが、彼は突然吹っ飛ばされた。
土煙を上げながら20メートル以上吹っ飛んだ。
真っ白いコイツはおれの前に立つ。
「見つけたぞ」
真っ赤な瞳が、おれを見下ろした。
赤眼魔族。
おれとこいつの他に、立っている者はいなかった。




