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死んでないおれの不確定な死亡説  作者: 提灯鮟鱇
第三章 王都への道
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第三十五話 蛇腹のアイツ

 サイババからジャノバスの情報をもらったおれ達は、バエカトリを出発し王都カンクールに向けて馬車を走らせていた。


 バエカトリから五日は移動した。

 未だサヤバーン地方から抜けてないので、辺りは当然のごとく乾いた赤土に覆われている。

 代わり映えのない景色の中を何日も行くってのは、本当に大変だ。

 今回の旅はまだ始まったばかりだが、移動中はやる事の少なさに辟易してしまう。


 バエカトリまでの道中は、刺客の襲撃があるかもしれないという事で少々緊張感があったが、サイババが襲撃の心配はないと言ったせいで、みんな一気にリラックスモードになっている。


 それにしても退屈だ。

 前の世界にいた頃は、スマホでも弄ってればいくらでも時間を潰せたが、そんな便利なモノはない。

 ポアロイルが楽器を弄る理由がわかった気がする。


 そういう訳で、おれも楽器をいじって暇を潰す。

 下手くそなギターだが、何もしないより全然マシだ。


 ブオオオオオ!

 プウウウウウ!


 しかし、ポアロイルが楽器を弄りだすと、もう戦争が始まったみたいに騒がしくなる。

 全員で合わせてオーケストラみたいに演奏すれば、聞いてる分にはいいのだろうが、みんなそれぞれが別々にやってるから本当に騒がしい。

 それぞれが永遠に個人練習をしているのだ。

 モリスとホワイトに至っては、どれだけデカい音が出るかの勝負、といった感じでラッパを吹いてる。

 そのラッパって音階あるのかい?

 セレシアに至っては、銅鑼をバンバン叩くんだから、たまったもんじゃない。


 ジェフはあまり楽器を弄らない。

 彼は本ばかり読んでいる。

 おれも少し読ませてもらったが、小難しい内容のものばかりだった。

 魔力がどうのこうのとか、この印に魔力を流したらどういう現象が発動するとか、そう言った内容だ。

 魔道具の専門書だろうか。

 まあ素人には複雑すぎて理解は出来ないが、彼は嬉々として読む。


 読みやすい本もあった。

『魔神大戦記』とかいうおとぎ話だ。

 なんでも大昔、一人の神様が魔神に惑わせれて悪の道に入って人間を滅ぼそうとしたらしい。

 しかし、闘神五人とそれを率いる戦いの神様の合計六人が、なんとか悪い神様を封印したとかいう、ハッピーエンドな物語だ。

 一応実話という事になっているが、剣と魔法の世界の話なので読んでる分にはファンタジー小説みたいで面白かった。

 特に戦いの神様が死んじゃう場面なんて、涙なしでは読み進められなかった。

 この作家の本、もっとないかな。



「昼飯にするぞー」


 ソルダットが脱力感満載な声でみんなに告げる。


「いやっほう!」


 やはり飯で一番喜ぶのはジェフだ。

 このテンションにはもう慣れたが、本当に飯ってだけで気分の上り下がりが激しいやつだ。


 と言いつつも、退屈な移動が中断するのだからおれも嬉しいのだが。


 馬車がゆっくりと止まり、早速飯の準備に取りかかる。

 おれとジェフはやはり皿洗いだ。

 これはもう固定ジョブになったらしい。

 モリスの料理当番も固定だしな。


「出来たっす!」


 手際良く旅メシを作り終わったモリスが配膳を始める。

 今日は粥っぽいヤツじゃなくて麺だ。

 旅メシでの初麺類である。

 醤油色のスープに麺が入り、その上に乾燥した葱っぽい香草が満遍なく振りかけられている。

 見た目は完全に即席麺だ。


「チャ○メラか。今日は手抜きだねモリス」

「チャ○メラって何すか? てか、手抜きじゃないっすよ!」


 おっと、元の世界のネタがちょいちょい出てしまう。


 手抜きと言われたモリスは、スープについて熱く語り始めた。

 そんな彼の語りを右から左に流しつつ、麺を啜る。


「うお!? うめええええ!」

「ほら、言ったじゃないっすか。美味いって」


 モリスは会心のドヤ顔で、ふんと鼻を鳴らした。

 この過酷な荒野で作ったとは思えない美味さだ。

 こんな美味かったら東京に店出せるぜ。

 おれは「モリス先輩、すいませんでした」と心の中で謝罪しつつ、モリスの顔を見る。


 すると、さっきまでのドヤ顔はいつの間に消え、代わりに真面目な表情を貼付けていた。

 え? まさか怒った?


 おれは「怒んなよー」と彼の肩を叩こうとしたが、モリスはおれを見ずにその手を振り払った。


 げ、激おこぷんぷん丸か!?


 と思いきや、彼は馬車の方をじっと見ている。

 何かを察知したっぽい。


「地中から何か来るっす」


 地中だと?

 モグラか?


「ひえ! ま、まさか……」


 ホワイトが怯えだした。

 あの豪傑なホワイトが怯えるなんて、そんなに危険なヤツがいるのか?

 カンクエッドは危険な魔物が少ないんじゃなかったのか!?

 それとも、まさかの魔族が!?


 周りはモリスの一言によって、一気に緊張感に包まれた。


「なーんだ、ただのジュピターワームっす」


 そう言うとモリスは、麺を啜りだした。


 さっきまでポアロイルの面々は、一瞬キリッとした顔になったのに、ジュピターワームと聞いて、再び何事もなかったかのように食事を再開しだした。

 しかし、打って変わってホワイトは「ぴぎゃあ!」とか聞いた事もないような声をあげながら、馬車に籠ってしまった。

 そう言えば、ホワイトはジュピターワームが気持ち悪いから嫌いなんだったっけ。

 彼の言うには「蛇腹がキモい」だそうだ。



「たいちょーがやっちゃってよ。アタシこの麺食べるまでは動かないわよ!」

「いや、おれも先に食っちゃいたいんだが」


 セレシアとソルダットがどっちがやるかみたいな話をし出した。

 二人とも食事が重要であるらしい。

 その気持ちはわかる。

 この麺は相当美味いもんな。


 その時、ソルダットの視線がおれに止まった。


「シゲルがやればいいんじゃないか?」

「そうね!」


 急に矛先がおれに向かってきた。

 おれかよ。

 モーグリくらいしか戦った経験はないんだが……

 しかもジュピターワームって、確かCランクの魔物で十メートルくらいのデカさで、皮膚は超硬いんじゃなかったっけ?


 日々訓練してるとは言え、そんなデカいのに立ち向かえと?

 愛弟子であるおれが、危険に晒されるのを何とも思わないのか!

 ライオンは我が子を崖に落とすと言うが、おれはライオンじゃないんだぜ!

 立派なたてがみのソルダットライオンは、まだたてがみも生えていないシゲル小ライオンを谷底に落とす。

 男なら這い上がってくるのだ、と渓谷に響き渡る声を聞きながら強いライオンになる事を誓う小ライオンの涙と友情のアドベンチャーが今ここに!

 いやいやいや!


「ちょっとおれ無理だと思うんだけど……」


 そう弱々しく言うおれに対して、ソルダットは表情一つ変えずに「今のお前なら余裕だ」と麺を啜った。


 まずい。

 このままではやる事になりそうだ。

 ちょっと緊張でお腹が痛くなってきた。


「大丈夫よ! 万が一危なくなったら助けてあげるから!」


 そういうセレシアも豪快に麺を啜っている。

 どうしよう。


 と、アカネがこっちを見ている。

 引きつった顔をしているおれと目が合った。


「ガンバ」


 そう言うとアカネも麺を啜りだした。


 うおおおおお!

 やるしかない感じじゃん!


「もう少しで来るんで、準備してきてください」


 モリスも麺を啜る。


 よっしゃ。

 ここはいっちょやってやるか!

 おれの実力も確認しとこう。

 大丈夫。

 きっと出来る。


 おれはお椀に残った麺を一気に口に詰め込んだ。



-------


 五分後


 おれは新たな相棒、竜骨と共に馬車から少し離れた場所に立っていた。

 距離は50メートルと言ったところか。


「そこで足踏みしててくださーい!」


 離れた場所から、モリスが大きな声で指示を出して来た。


 ジュピターワームは足音に反応してやってくるので、足踏みをしてればやって来るらしい。

 近づいて来ると地面からズズズっと音がするのでわかるとの事。

 おれはみんなの方をチラチラ見ながら足踏みを開始する。


 タッタッタッタ……


 馬車から離れた場所で一人足踏みをするなんて、端から見たら滑稽だろう。

 罰ゲームみたいじゃないか。

 むこうを見ると、みんなこっちを向きながら麺を食っている。

 気負いはゼロだ。

 やっぱりポアロイルくらいになると、ジュピターワームくらいじゃ何ともないんだろうな。

 ルーキーのおれは本当に通用すんのかな……


 三分ほど足踏みをしただろうか。

 ジュピターワームなかなか出てこない。

 馬車の方を見ると、みんな既に食い終わってる。

 食後のリラックスといった体で、のんびりしている。


 彼らの様子を見ながら空しい気分に浸ってると、地面から変な音が聞こえて来た。


 ズ……ズズ…………


 その不気味な音を聞いて、背筋がぞっとした。

 これがジュピターワームの接近音ってやつか。


 次の瞬間。

 二メートルほど前方の地面が、突然もこっと盛り上がった。


 おれはバックステップでその場所から距離を取る。


 本当に今のおれで通用するのだろうか。

 攻撃力なら木の棒でもAランクくらいあるって言われたくらいだから、攻撃は当たれば勝ちだと思う。

 しかも今は竜骨だし、攻撃力も段違いに上昇したはずだ。


 でも、実戦となるとやはり緊張する。

 ソルダットに見てもらいながらたくさん特訓したが、果たして通用するのか?

 訓練したのは専ら対人戦闘だ。

 不安が過る。


 そして、


 ドガガガとド派手な音を立てながら地面を割り、褐色の巨体が姿を現した。


 太い胴体が穴からズルズルと出てくる。

 体が全て地表に出ると、ゆっくりのたうちながら体勢を整えているようだ。

 そいつは頭に禍々しい歯を並ばせ、こちらに口を向けている。

 初めて見たが、かなりの巨体だ。

 見上げないといけないくらいの高さに頭がついている。

 そのデカさに尻込みしてしまう。

 だって、元の世界でもこんなに大きい生き物は見た事無いんだからな。

 こいつを見て、単純にデカいヤツを見ると本能的に恐怖を感じるんだな、と思った。


 巨体には、聞いてた通りのデカい口と頑丈そうな皮膚が備わっている。

 ヤツはゆっくりと体をうねらせると、表皮に張り付いた土がボロボロと地面に落ちる。


「頑張れー」

「余裕っすよー」


 馬車の方から気の抜けた声援が飛んでくる。

 体育祭で自分の友達を応援する時みたいなノリだなと、思った瞬間、ヤツは大きな口を開いて突進して来た。


「うおっ!」


 おれは斜め後ろに飛び退き回避。

 そしてその瞬間、おれは悟った。


 ……これは、イケる!


 いつか漫画で読んだ「相手の力量を計るには先に動かせるのが一番」という言葉がおれの頭に浮かんだ。

 まさにその通りだ。

 今までめちゃくちゃ恐ろしかったジュピターワームも、一撃目を見てから一気にスケールダウンした。

 なぜなら、おれはヤツの一撃目で、完全におれが優位だという事がわかったのだから。


 その突進の速度は結構速かったが、修行を積んだおれには大した速さには感じなかった。

 むしろ三倍速くても対応出来そうだ。

 多分、出現当時のおれだったら今ので完全に食い殺されてただろう。

 しかし、今のおれはあの頃のおれじゃない。

 何倍も何十倍も強くなった。

 ああ、本当に修行しててよかった。


 ジュピターワームは突進の体勢のまま、ぐわんとうねりおれに近づく。

 しかし、距離はまだ十分にある。


 おれは身体強化を施し、攻撃の準備に移る。

 もちろん竜骨に魔力を込める事も忘れない。


 蛇腹をくねらせ徐々に近づいてくるジュピターワームに、おれの方から近づくことにする。

 先手必勝だ。

 腰を少し落としてタメを作り、一気に地面を蹴る。

 身体強化を施したおれの瞬発力はかなり速い。


 ジュピターワームの頭の前を通過する軌道を走りながら、すれ違い際に竜骨を振り抜いた。


 バチンッ!!


 竜骨は何の抵抗も無く振り抜かれ、ジュピターワームの頭は爆砕した。

 やっぱり、思った通り一撃だ。

 どうやらCランクの魔物でも、おれの魔撃を喰らえばオーバーキルになるんだな。

 それでも返り血を浴びるのが嫌なので、そのまま走り抜けた。

 それでも霧状に弾けた血は浴びてしまった。


 少し距離を取ると、おれは振り返りジュピターワームに目を向ける。

 頭のぶっ飛んだ体はしばらくバタバタと悶えていたが、直ぐに動かなくなった。

 ヤツの頭があった場所からは、赤黒い血がどばどばと流れている。


 うえええ……気持ちわるぅ……


 生活魔法で手に水を出し、そのまま顔と首筋を洗った。

 ジュピターワームの血は若干粘性を持っていて気持ち悪かった。

 服は洗濯だな。


「おー倒したなー」

「すげー! シゲルさんマジすげー!」

「当然ね!」

「え? シゲルってあんなに強いの?」

「た、確かに……あんなに強かったのか?」


 馬車の方を見ると、いろんなリアクションで溢れていた。


 このくらい当然と言わんばかりのソルダット。

 とりあえず興奮気味のモリス。

 何が嬉しいのかわからないが胸を張ってわっはっはと笑うセレシア。

 おれの戦闘を始めて見てビックリしてるアカネ。

 アカネに同じくのジェフ。


 まあ確かにアカネとジェフはおれの戦闘は初だっただろう。


 ふふふ、どうだったかな?

 惚れ直してくれたかい?


 などと、ふざけた台詞の準備をしながら馬車の方に戻っていくと、みんなが「お疲れー」と迎えてくれた。

 おれはふとアカネの方を見る。


 彼女はこちらを向いていたので、必然的に目が合う形になる。

 頬がやや紅潮してぽーっとおれを見ていた。

 でも直ぐに、彼女は目が合っている事に一瞬だけハッと気づき、即座に目を反らした。


 っと、顔が少し赤めいてる!?

 こ、これは……脈ありか!?


 そしておれも何だか恥ずかしくなって、「汚れたから手を洗ってくる」と、適当な言い訳を言って馬車の後ろに逃げるようにして隠れた。


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