第三十四話 一人の目覚め
五日目の朝。
おれの身に不思議な事が起こった。
いや、一般人には不思議でも何でもないだろう。
しかし、おれにとっては不思議なのだ。
時刻は早朝四時を少し回った頃。
サイババ亭は、割と高級宿に分類される事もあってか、各部屋には時計が掛けてあるので間違いない。
シンと静かな部屋の中、おれは突然目を覚ましたのだ。
おれを起こす外部からの刺激が無いにもかかわらず、だ。
自己覚醒。
謎の回廊で味わった、自然に目が開く不思議な感覚を、再度体験した。
しかし、あの時はスッキリと目が覚めて感動したが、今回は違う。
何だか気怠い。
もしかしたら昨日のクレープのせいかもしれないが。
上体を起こして周囲を見渡す。
外はまだ暗いようで、カーテンの隙間からは、今だに寝静まっているバエカトリの街がチラッと垣間見えた。
モリスは隣のベッドでスヤスヤと寝息を立てている。
「……おれ、何で起きたんだろう?」
モリスを起こそうと思ったが、彼の心地良さそうな寝顔を見ると、起こす気にはなれなかった。
おれは再びベッドの上に体を投げ出すと、腕を組んで天井を眺めた。
二度寝しようと思ったのに、全く眠気が来ない。
そのまま眠れずに、どのくらい経っただろう。
暫くベッドの上で寝返りを打っていると、モリスが起き出した。
時計はいつの間にか七時を回っている。
ああ、もうそんなに経ったのか。
「あれ、シゲルさん?」
寝ぼけ眼のモリスと目があった。
腫れぼったい目だが、表情全体はキョトンとしてた。
「こんな事もあるんすね」
モリスは薄手の掛け布団をはぐり、大きな欠伸をした。
「勝手に目が覚めたんだよ……」
ずっと眠れずに、手持ち無沙汰だったおれもベッドから這い出た。
おれにとっては不思議で仕方ない出来事だが、モリスは特に気にしてる様子もなく、至って普通にしていた。
うーん、気になるけど、まあいいか。
モリスと一緒に洗顔をして、宿の一階にある食堂に向う。
広めの食堂には、既にチラホラと客が着席していた。
おれたちはカウンターでコーヒーだけを受け取ると、他のメニューには手をつけず、適当な席に着く。
そして椅子に腰を下ろすと、毎日の日課となっている朝の駄弁りを始める。
「あ、シゲルさん、今日竜骨の受け取りっすよ」
「おう、昼前にでも行こうと思ってるよ。モリスも来るか?」
「うっす。暇なんで行くっす」
ずずっとコーヒーを啜る。
うん、今日もうまい。
「しかし、今日はおれ達早かったか?」
周りを見回すと、客は何人かいるのだが、ポアロイルのメンバーが一人もいない。
大体、一番早起きのアカネがいない。
「今日はシゲルさんが早起きだったからじゃないっすか?
てか勝手に目覚めてましたもんね。不思議っすねぇ」
「そう、そうなんだよ! 不思議だろ!?」
おれは不思議というところに、力強く同意する。
モリス結構普通にしてるけど、これかなり凄い事なんだぜ?
「何が不思議なんだ?」
うおっと。
誰かと思ったらソルダットだ。
いつもはもっと遅いのに、今日は早いじゃん?
持っていたコーヒーカップをテーブルに置くと、空いてる席に腰掛けた。
「聞いてくださいよ。今日シゲルさん、一人で起きれたんすよ」
モリスよ。
そういうと、おれが一人じゃ何も出来ない子供みたいに聞こえるじゃないか。
まあ、起きる事に関してはその通りなんだけどね。
「へえ、大きな進歩だな……ん? 進歩なのか?」
「てかソルダット、何で今日こんなに早いの?」
ポンと手を叩くソルダット。
「そうそう。今朝サイババが部屋に来てな」
お!
てことは、ついに情報収集が終わったのか?
「まじっすか? 自分全く察知出来なかったっすよ?」
「ああ、アイツはそういうヤツだからな」
モリスの感知でも察知出来ないって、忍者なんじゃね?
でも情報屋っていうくらいだから、そのくらいのスキルは持ち合わせてるのか?
隠密スキル的なやつ。
「ちょっと整理したら教えてくれるそうだから、夕方頃みんなで来いってよ」
夕方か……
丁度いいや。
飯食ったら準備して、武器屋に竜骨取りに行って、そこらへんで適当に時間つぶして、サイババ。
よし、このルーティンで行こう。
コーヒーを飲み干し、ダベリながら食事を済ませると、モリスと一緒に部屋に戻り準備をした。
時刻は午前九時を回ったところだ。
開店時間って何時だ?
今から行っても大丈夫か?
と思いつつも、なんだかんだで宿を出るおれとモリス。
まあ最悪、まだ開店してないようだったら、そこらへんの喫茶店にでも座って時間をつぶせば良いだろう。
西二区までやって来た。
もちろんモリスがいるので、道は間違わない。
まだ店が見える前に「もう開店してるっすね」と、得意の千里眼を披露。
おれ達はまっすぐ武器屋まで来た。
昨日は全然気にも留めなかったが、この武器屋の名前は「チューバッカス」というらしい。
ここはバエカトリであって、決して森林惑星キャッ○ークではない。
店員さんもウーキー族ではない。
店の外では、昨日の女の子の店員さんが、安売りの札を張り替えたりしてた。
「おはようございます」
「あ……先日の!」
女の子は嬉しそうにお辞儀をして、おれの後ろをチラチラ。
ホワイト探してるのかな?
ホワイトがいない事を知ると、あからさまに残念な顔をした。
やっぱり、おれじゃダメなのか。
ミーハーなんだね。
それでもおれとモリスは「あなた方ってポアロイルなんですか?」とか「ソルダット生存説って本当ですか?」とか、色々と質問攻めを喰らった。
ちょっと質問マシンガンにたじろいだが、奥から昨日の職人っぽいお兄さんがやって来て、女の子を引っ込まさせた。
「ぎゃー」と耳を引っ張られながら店に戻された。
「どうもどうも。受け取りですよね?」
「そうです。仕上がってますか?」
「もうバッチリです。そのまま使っても良いくらいですよ」
おお。
そのまま使っても良いくらいって、魔撃用打撃武器の誕生なんじゃないか?
まあどうだろう、一度見てからにしよう。
職人さんの後を追って店の中に入った。
店の奥、工房らしき部屋の入り口の前に、布に包まれた物体が置いてある。
これがおれの新しいエクスカリバーか……
「一つ聞きますけど、身体系の素質持ちですよね?」
職人さんの突然の質問。
なぜ?
「いや、これ結構重くてね。多分素質持ちじゃなかったら、持てないかもしれないんですよ。
これ荒削りじゃないですか。ちゃんと剣の形にすれば普通の人でも使えるけどねえ……」
そうか。
もし持てなかったら、おれの場合は身体強化があるが、普通の人は身体強化しても大差ないからな。
まあ、おれは身体強化無しでも余裕だと思うけどね。
竜骨に巻かれている布を引っ剥がした。
無骨な形の棒が現れた。
大きさは、バットを一回りデカくしたくらいか。
本当に荒削りだな。
取手にはしっかりとグリップが巻いてあった。
……ふむ。
決してかっこ良くない。
想像通りといえば、その通りなのだが、そのせいか感動がない。
やっぱり見た目って重要だな……
いや、もしかしたら、こう慣れてから愛着がわくってヤツかもしれない。
「どうでしょう? 本来なら荒削りの段階では、ここの曲線部分を……」
職人さんによる無駄な解説が始まった。
こういうのは子煩悩な親に通じるものがある。
適当に相づちを打ち、やり過ごした。
質問でも鋏めば一時間も二時間も平気で話しだすだろうな。
竜骨も手に入ったし、これで安心だ。
代金を払うと店を出て、まっすぐ西門に向かう。
そこから城壁の外に出て一度竜骨がどの程度なのか試してみるのだ。
「折角なんで使ってみましょうよ」というモリスの案を採用しての行動だ。
確かに、試してみたい。
そんなことだったら比較出来るように、棒も持ってくればよかったな。
まあ、棒でどのくらいの威力が出るのかは、大体わかってるからいいか。
西門を出ると、そこはウォーモルとあまり変わらない荒野が広がっている。
何か手軽に破壊出来るものは……っと。
「岩とか無いっすね」
モリスレーダーでも手頃な破壊出来そうなものが見当たらないみたいだ。
ふむ、それじゃあ実験のしようが無いじゃないか。
「てか、別に地面殴るだけでもいいっすよね?」
「ああ、そっか」
盲点だった。
地面を殴れば、大体分かるだろう。
ナイス、モリス。
ちなみに、棒で地面を殴ったときは、何百キロもある物体が落ちて来たような感じで地面がえぐれたが、竜骨はどうだろう。
おれは竜骨を上段に構えた。
モリスは一応、遠くに離れてもらった。
「いっくぞー」
「どうぞー!」
そして竜骨をロンドンコーリングよろしく地面に叩き付けた。
若干のゴルフスイングっぽくな。
すると、
ドゴォォォォォォオオン!!
「おわっ!」
地面は抉れるどころか、弾けた。
おれも自分の足場が吹っ飛んで、土が弾け飛んで無くなった穴に落ちて行った。
穴の深さは一メートル強、幅は二メートルほどで、棒を振り抜いた方向に向かって穴が伸びている。
これは、クレーターだ……
予想以上の威力だ。
ぶっちゃけ予想を遥かに越えてて、自分でもビビってる。
「マジっすか……」
モリスも口を半開きで、ぽかんとしている。
おれも同じ状態だ。
爆音を聞きつけたのか、西門の兵士が何人かやって来た。
彼らは、呆然としているおれ達二人を見て「大丈夫か!?」とか「何があったッ!?」とか聞いて来た。
再起動を果たしたおれは、「すみませんでしたッ!」なんて言ってしまったものだから、色々質問された。
兵士がようやく帰った頃には、おれもモリスも素面な状態に戻っていた。
「マジヤバかったっす」
「おれもビビったわ」
などと言い合いながら、おれ達は街に向かって歩き出す。
これならどんなヤツでも、一発な気がする。
いかんいかん、調子に乗ってはいかん。
おれが強いんじゃなくて竜骨が強いんだ。
そのまま街に着くと、竜骨を背中に背負ったまま、モリスと街を練り歩き時間を潰す。
今から宿に帰っても、サイババの話は夕方かららしいので、ここら辺で時間を潰せばちょうどいい。
途中で「モリスじゃなくて、アカネだったらよかったな」と思ったりした。
といってもポアロイルは、みんな仲良しだし、誰と一緒にいても退屈しない。
最近はモリスとおれ仲良いしな。
別にやる事は特にないが、無駄にほっつき歩いていたら、あっという間に夕方になったので宿に戻った。
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「さて、みんな揃ったわね?」
相変わらず半端のない散らかり具合の部屋で、おれ達はサイババに向かい合った。
彼女はやはり露出度の高い服を着ていて、目のやり場に困る。
アカネが隣に座ってるので、露骨には見ないけどね! チラッ
「先に言っておくけど、シゲル君。安心して大丈夫よ」
「へ?」
いきなり、不意打ち気味に声をかけられて間抜けな声が出た。
安心して大丈夫とはどういうことだ?
「私が探ったところによると盗賊ギルドが一番のお得意様みたい」
「どういうこと?」
サイババはタバコを咥えると、じゅっと火をつけ、煙を吐きながら答えた。
「つまり、向こうの攻撃の手駒は盗賊ギルドってこと。この間ソルダットが殆ど片付けたんでしょ? なら向こうも切れる手駒は残っていないはずよ。
それにこっちには正面からの戦闘で絶対的な強さを持つソルダットとホワイト。それに多対少ではセレシアがいて、感覚探知のスペシャリストのモリスまでいるのよ?
どんな相手が来たってそうそうやられないでしょ。
だからこれから襲撃は無いと思われるわ」
という事は安心ってことか。
最近全くそういう気配がなかったのも、そのせいなのか?
まあ100%安心は出来ないが、とりあえずそこまで緊張する事はないってことか。
「なーんだ! つまんないの!」
足をバタバタさせながら頬をぷくっと膨らませるセレシア。
つまらなくないわ!
「でも、アンタ達潰しに行くんでしょ? ジャノバスを」
「ああ、そのつもりだが」
「なんでも、ジャノバスのトップは魔族だっていう噂よ」
「名前はグモーザか?」
ソルダットがすこし食い気味に聞く。
グモーザはこの間トミーが言ってたトップのヤツだ。
魔族だったのか。
魔族って人間を見つけたら問答無用で殺してしまうサイコパスじゃなかったのか?
人間を手下にするような事もあるんだな。
サイババは「あら? 知ってたのね?」と肩をくすめてみせた。
「まあ魔族って言っても一体だけだし、このパーティーならなんて事ないでしょ?
しかもグモーザは下級魔族らしいわ」
ん?
魔族は知ってるけど下級ってどういうことだ?
ちょっと「なんだそりゃ」って顔をしてたら、サイババが丁寧に説明してくれた。
魔族は瞳の色によって、強さを判別出来るらしい。
一番弱いとされているのが緑、その次が赤、そして最も危険とされているのが金色。
低級なら、大体Aランクサーチャーほどの強さらしい。
ってことは単純計算でいくと、ソルダットなら余裕って訳か。
つってもAランクで低級って、とんでもないな……
これは長い間、人間と魔族の戦いの中で蓄積されてきた知識だそうだ。
サイババがすらすら語ったことによって金を要求されると思ったが、手は出してこなかった。
この人が喋ると、金取られるんじゃないかとヒヤヒヤする。
「あと、戦闘要員じゃないでしょうけど、ターゲットを『覗く』担当もいるみたいね。
初めは特殊な魔眼持ちでもいるのかと思ったけど、この大陸だけしか察知出来ないとなると魔眼じゃなくて、おそらく精霊使いね」
精霊使い……
ということはセレシアみたいなやつか。
つーかその前に魔眼って、かなり厨二ネームが登場してきたな。
話の間に、隣に座るアカネに魔眼の事を尋ねたら「私も詳しい事はわからないけど、モリスみたいに凄く遠くまで見えたり、見えないものまで見えたりするする目らしいよ」と、こそっと教えてくれた。
なるほど。
イメージそのまんまだ。
「このボーリング大陸だけしか探知できないってのを考えると、そいつもセレシアと同じアースエレメントの一種を使役してるっぽいな」
ソルダットが腕を組み、視線を上に漂わせる。
この大陸だけしかわからないなら、おそらく陸続きでなければ探知出来ないのだろう。
それにしてもエレメントって、そんな風に使ったりも出来るのか?
感覚系っぽいな。
「アタシはそんな風に使えないけどね!」
セレシアが相変わらずデカい声を上げた。
まあ繊細さゼロって感じのセレシアには出来まい。
おほんとサイババがわざとらしく咳払いをしたので、おれ達は一旦視線を向ける。
「この街にもジャノバスの手先はいたわ。観光局長がそうらしいわ。さらっと探ってみたけど、彼は今回の件には関わっていないみたいね。
だからもうアンタ達にこの街は用済みね」
そうか。
もうサイババが探るだけ探ったのだから、この街に滞在する理由はない。
あまりノロノロしていると向こうの方からアクションを掛けられ、こちらが後手に回るのは避けたい。
「結局は政治家の集団みたいね、ジャノバスは。軍隊も持ってないし、盗賊を使ってコソコソやってるようなセコい連中よ」
サイババは美しい髪をかき上げた。
「ジャノバスの本拠地は王都カンクール。敵はグモーザという魔族に精霊使い。
アンタ達なら余裕でしょうけど、油断は禁物よ。
心して行きなさい」
そう言うサイババの表情は真剣だった。
おれ達はそれを聞くと各々の部屋に戻り、旅立ちの準備を始めたのだった。




