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死んでないおれの不確定な死亡説  作者: 提灯鮟鱇
第三章 王都への道
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第三十三話 三人でゆくバエカトリ観光

 アカネとジェフに連れられクレープをしこたま食った後、一軒目の武器屋に戻り、竜骨の荒削りだけ依頼しておいた。


 その竜骨はフェルダイルというドラゴンの下腿骨だ。

 おれはフェルダイルってのがどんなヤツだか分からないが、そんなに大きくないらしい。

 しばしばテレスコープでなく、アッパーユニオンにも討伐依頼が回ってくる事もあるそうだ。

 強さはSランク。

 この辺には生息しておらず、カンクエッド王国とその隣の国、ベオギスの国境に現れるそうだ。

 Sランクのドラゴンの骨なら、棒切れよりはマシだろう。


 受け取りは明後日だ。

 値段は、まけてもらって小金貨4枚だった。

 この世界の平均月収の二倍か。

 結構高いな。

 荒削りだけのくせに、良い値段取るな。さすが竜骨。

 形状は、野球のバットみたいな形にしてくれるらしい。

 バットといえば不良の武器みたいだが、まあ文句は言わない。


 宿に戻ると、クレープの食い過ぎで胃もたれが酷かったので、休むことにする。

 ジェフとアカネはケロッとしていたが、おれもホワイトもモリスもグロッキーだった。

 胃もたれが半端じゃない。

 お茶だけ飲み軽く談笑した後、部屋に戻ってベッドに横になる。

 ゴロンと寝転ぶと、天井を見ながら色々考えた。


 元の世界の事、ジャノバスの事、トレーニングの事、新しい武器の事。

 そして、アカネの事。


 あまり頭が整理出来ていないのは分かってる。

 それでも色々考えてしまう。

 そうすると余計にこんがらがってくる。

 いつも、あまり深く物事を考えないようにしてたからか、おれの思考力って薄っぺらい。

 だからきっと、考え過ぎても同じところをぐるぐると果てしなく回るだけだ。

 それは禅問答に近い無意味さと、脆さがあるに違いなかった。


 そんな事を思いながら、おれはいつの間にか眠りに落ちていた。

 こうして、おれ達のバエカトリ三日目はこうして過ぎて行った。


−−−−−−−


 翌日。

 バエカトリ四日目の朝。


 モリスの大声で目を覚ます。


「シゲルさん! 起きてください!」

「んあ!?」


 突然ベッドが揺れて夢の世界から現実に強制帰還を果たす。

 開かない目を必死でこじ開け、周りを見渡す。

 特にかわったものはない、

 冴えない頭で、なぜモリスが突然起こしてきたか考えハッとなる。

 まさか……!?


「ジャノバスか!?」

「違うっす!」

「じゃあ何だ!?」

「もう十時っす! モーニングの時間が終わるっす!」


 全然違った。

 なんだよ、驚かせやがって。

 モーニングって、ジェフじゃあるまいし。

 まあ、おかげで頭はスッキリと醒めたがね。


「さあ行きましょう!」


 モリスはずんずんと一階の食堂に下りて行った。

 その顔は非常に嬉しそうでもある。

 今日の彼は上機嫌なのだ。


 というのも、おれ達はサイババと武器納品まですべきことがなくなってしまったので、今日はアリスの巨塔に行ってみようということになったのだ。

 昨日の晩に急遽決まった。

 と言っても参加者はおれとモリスとジェフだけだが。

 ソルダットとホワイトは行った事あるらしくて行かないとのこと。

 セレシアはあまり気分が乗らないとか、そんな適当な理由で行かない。

 ショックだったのは、アカネに拒否られたことだ。

 今日彼女はやる事がないのにも関わらず、だ。

 まあいい。おれは鋼鉄のハートなのだ。

 モリスとジェフで目一杯楽しんでくる事にしよう。


 食堂に下りて適当に朝食を済ませると、おれとモリスは一度部屋に戻り準備をしてロビーに行った。

 閑散としたロビーには、数人の客がいるくらいで少し寂しい様子だった。

 出入り口付近にいくつも備え付けられたソファーは十分の一ほどしか埋まっていない。

 客も個人客だけで特に会話をするわけでもなく、それぞれがくつろぎながら新聞を眺めたりしている。

 ジェフは既に待ちぼうけていたようで、他の客に混じって読み物をしていた。

 目だけちらっとこちらに向けると、読んでた小冊子をぱたっと閉じる。


「やっと来たか」

「すまんすまん」

「ふん。天才は時間を有効に使うから大丈夫だ。さっきフロントの人にバエカトリの案内書を借りて読んでたから問題ない」


 と、初日にソルダットと奇妙な合い言葉合戦をしたフロントの人を指差すジェフ。

 もちろん教育の行き届いたフロントレディーはニコリとバエカトリスマイル。


「どんな事がわかったんすか?」

「バエカトリの隠れ名物料理だ。今日是非とも食べに行こう」


 なるほど。

 天才はやはり食事がお好きなようだ。



 外に出ると、雲一つない快晴だった。

 青い空がどこまでも続き、遠くに見えるアリスの巨塔の赤茶がとても美しい色彩を放っている。

 空が塔を際立たせると同時に、塔が空を深みのある色にしている。

 そんな気持ちのいい天気だった。

 絶好のお出かけ日和ってわけだ。


 バエカトリは観光都市と言う事もあってか、ウォーモルと比べて人が多い。

 通りも比較的広く、乗り合いの馬車が行き交っている。

 おれたちは通りに並ぶ露店でジュースを購入して、飲みながらアリスの塔を目指し歩いた。

 まあ、もちろんジェフは正体不明の串焼きとか、奇妙な形の団子とかを途中で買って食っていた。

 ちゃんと朝食ったのかと聞いたところ「愚問だな」と鼻で笑われた。

 意味わからん。

 ダベリと買い食いで、おれたちの歩行速度はかなり遅いものだったが、三十分も歩いたらアリスの塔の目の前に出た。


 塔の前は大きな広場になっており、多くの人が歩いている。

 きっとこういう観光スポットは地元民は行かないので、大多数は観光客だろう。

 かなりの賑わいだ。

 観光客がこれだけいれば、あざとい商売人は出店を出す。

 どこの世界も商人は隙がないもんだ。

 ジェフも彼らのあざとさに感激したのか、また食い物を買い出した。


「シゲルも食うか?」

「いらない。てかよく食えるな」

「脳には栄養が必要だからな」

「まあゆっくり食ってくれ。食い終わったら塔に入ろう」


 しかし、間近で見ると大きな塔である。

 遠目から見ても中々の存在感だったが、近くで見ると圧倒される。

 これが大昔に建てられたものだと言うんだから驚きだ。

 見た目はまるっきりピサの斜塔であるが、角度は真っ直ぐ天を向く直角で、大きさもかなり大きい。

 こっちの方がピサさんよりもしっかりしてるような気がする。


 入り口には割と多くの人がいた。

 入場待ちだろうか。

 てことはあれは観光客たちか。

 アリスの巨塔には怪我や病気が治るとかいう迷信があるらしいが、入場待ちの観光客はいたって健康そうに見えた。

 まあ、迷信目当てで来るというよりも、単純に塔見たさに来たって感じか。

 彼らの近くまで行くと「すばらしい」とか「立派だ」とかいう賛辞が聞こえてくる。


「凄いっすね」

「もぐもぐ。僕も実物は初めて見るが、なかなかのものだな」


 こいつらも近くまで来ると、塔を見上げながら唸りだした。

 確かに、ここから見上げると存在感がすごい。

 大きさはおれの会社のビルの方が全然大きいが、こちらは歴史も様式も全く違う。

 ジェフはいつも通り冷静だが、モリスの目は輝いている。

 そういやコイツ朝から楽しそうにしてたもんな。

 観光好きなのかもしれないな。


「これは大賢者アリスが建てたもので、その理由は不明だそうだ」

「そうなんすか」

「怪我や病気が治るという噂はやはりあるようだが、真相は解明されてない」


 出店で買った食い物を食い終わったジェフが、先ほどホテルのロビーで仕入れた新鮮な情報を披露する。

 仕入れた情報のメインは食堂情報なので、説明はこんな感じに大雑把である。

 怪我や病気が治るというのは、神頼みに近いものがあるんだろうな。

「アリスさま、怪我早く治してくだせえ」とか祈るんだろう。

 人ってのはゲンキンなもので、そういう時ばかり超自然的なものに頼るからな。

 困った時の神頼みとはよく言ったものだ。

 ということは、ここにいる観光客はさしずめ参拝者ってところか。

 でも、これだけ人を集めるのだから、アリスの巨塔も馬鹿に出来ない。

 立派な資源の一つだ。


「作った目的が不明の割には、かなりこの街の観光事業に貢献してるよな」

「まあそうだな。バエカトリからしたら棚から牡丹餅ってわけだ」


 入場券を買って列に並ぶと、十分も待たずに中に通された。

 塔の中は大きなアーチの外壁から入る光で非常に明るい。

 真ん中にはぐるりと壁があり、それに沿うようにして螺旋状に階段が続いていた。

 通常、螺旋階段は外壁に沿って作られ、内側は空洞というのが通説だが、アリスの巨塔は真ん中にも壁があり、外見よりも手狭だ。

 そしてビックリしたのが、この建物、外壁は赤茶色のレンガのくせに、中心の壁と階段が金属で出来ていた。

 なので、おれたちの足音はカンカンと冷たい音を響かせる。


「こいつは驚いたな。金属とは想像してなかった」

「なんでこんな風に作ったんだろうな」

「大賢者が考える事なんてわからねっすよ」


 おれたちは感心しながらずんずんと昇ってゆく。

 時々モリスが「すげえ」とか呟いてるが、何に感動してるのかはわからない。

 途中で下りてくる人に出会わないのは、入り口から出口まで一方通行だからだろう。

 頂上に着くと、ひと際大きな窓があった。

 そこから見渡すと、バエカトリの全容が見渡せた。

 楕円状に広がる街は、歴史を感じさせる古ぼけた色合いを放ちながらも、活気に満ちあふれている。

 サイババ亭も見えたが、他の建物と比べても新しいのが、ここからでは一目瞭然だ。


「あれ? なんかここ魔力感じるっす」


 モリスが周りをキョロキョロしだした。

 え? おれは何も感じないが?


「ものすごく小さくて微弱なんすけど、魔力感じるっす。多分普通の人にはわからない程度っす」


 モリスの感覚をして少しという事は、一般人にはわかるまい。

 しかし、なぜ突然魔力なんて感じだしたのだろうか。

 あ、もしかして……


「それ、あれじゃない? 病気とか怪我が治るっていう」

「あ! あの迷信っすか!?」

「なるほど! そしたらその魔力は治癒系の魔力で訪問者を癒してるのか」


 適当な事を言ってみたら、ジェフが何か大発見をしたかのように嬉しそうにした。

 ふふふ、その仮説を発見したのはおれなのだよ、ジェフ少年。


「治癒系なのかなんなのかはわからないっすけど、もしかしたらあの迷信は本当だったのかも知れないっすね!」


 モリスは内側の壁をぺちぺちと叩きながらそう言った。

 ジェフもそれに習ってぺちぺちと叩きながら「その可能性もあるな」と偉そうに言った。

 おれもぺちぺちしながら「ありがたいから、癒しの魔力を目一杯浴びよう」と言った。


-------


 頂上で阿呆な男の三人組|(おれも含め)は迷信魔力を拝みながら塔を下りた。

 塔の中が狭かったせいか、出口から外に出ると、もの凄く清々しい。

 最高の天気も相まって、とてもいい気分だ。

 来てよかったな。


「そろそろ腹も減って来たし、昼食にしようか」


 と今までほぼ休憩なしに食い続けているジェフが振り返った。


「異議はないけど、お前さっきから食いっぱなしなのにまだ食えんのか?」

「当然だ」


 またしても偉そうに胸を張るジェフ。

 ちょっとコイツの食欲には舌を巻く。


「そのために案内書を読んだと言っても過言ではないからな。さあ、僕についてこい」


 そう言うと後ろも振り返らずに、ずんずんと歩いて行ってしまった。

 おれとモリスは、ジェフの背中を追ってバエカトリの雑踏に紛れて行った。

 とても気持ちのいい日差しを浴びながら。




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