第三十一話 情報屋
ウォーモルを出発してから、丁度一週間が経過した。
予定通りに来ているらしく、今日中にもバエカトリに到着するそうだ。
なんだかんだで、ギターを練習し始めたので、道中は退屈しなかった。
こちらもソルダットのマンツーマン指導だ。
しかし、ギターってこんなに面白かったっけ?
昔練習した事とかも、弾きながら思い出して来て、なかなか楽しい音楽生活を送ることが出来た。
なんて言うと、一丁前な音楽家みたいに聞こえるが、実際は初心者に毛の生えたレベルだ。
でも、ギター弾けることによって、周りを盛り上げられるので良しとしよう。
飯の時には、アニソンの弾き語りでヒーローになった。
みんな知らないのが残念だが。
その際、チラッとアカネを見ても、まるで初めて聴く曲みたいな反応だった。
昔、一緒に見てたアニメの曲だったんだがな。
アカネは過去を思い出すことは無さそうだ。
ソルダットによる、戦闘の特訓も順調だ。
やはり、おれの素質はバカみたいに高いらしく、対人戦闘は基本から応用まで、卒なくこなせるようになった。
おれも一生懸命打ち込んだおかげか、一対一はもう良いだろうとの事。
一週間で十年鍛えたヤツくらいにはなったらしい。
あれか、精神と時のなんちゃらってやつか。
そう考えると、おれの素質って本当に凄いんだな。
後半は多対一とか、カオスな状況での戦闘法も習った。
これは流石に難しい。
「まあ、これは相手の技量にも左右されるから、心に留めておくくらいでいいだろ」との事だった。
おれの成長ぶりは、特訓をたまに眺めてたホワイトが「これなら盗賊の三、四人余裕だな」とゲラゲラ笑うほどだ。
モリスに至っては、「マジでヤバ過ぎっす!」とか叫ぶ始末。
あまり調子に乗らせるのは、良くないと思うんだがな。ユニオンランクだってまだEだし。
ほら、おれって煽てれば簡単に天狗になっちゃうじゃん?
そのうち調子に乗り過ぎて、口調とか変わったらどうしてくれるんだ。
敵に向って「我が刀の錆になるがいい」とか言っちゃう可能性だってあるんだぜ?
刀じゃなくて棒だけどね、今のところは。
まあ、でも戦闘に対しては謙虚な態度でいこう。
命がかかってるしな。
調子に乗って死にました、なんてのはマジで笑えない。
ちなみに、対魔物は魔物ごとに戦い方があるみたいで、対人戦闘のおまけに少しだけ習った。
ソルダットの言うには、頭が自分より低い位置にある魔物は下段で構え、頭が自分より高いところにある魔物は上段に構えるのがセオリーだそうだ。
おれとしては、怖いからあまりデカい魔物とは戦いたくないが。
特に危険なので、なるべく戦うなと釘を刺されたのが、デカい虫系の魔物とドラゴンだ。
魔物は大きくなると相対的に鈍重になる傾向があるそうだが、この二種は別だ。
虫系は体の構造のおかげで、大きくても効率のいい運動が出来るそうだ。
しかも知能が低いため、退き際を知らず、戦闘になると死ぬまで攻撃をやめないというクレイジー加減。
おまけに毒持ちの個体もいるそうなので、気をつけろとの事。
ドラゴンはとにかく逃げろ、らしい。
というのは知能も魔力が高い上に、身体能力も半端じゃないからだ。
ドラゴンの討伐とかは、アッパーユニオンとかでも扱いきれなく、殆どがテレスコープの管轄だ。下手すれば一頭で、中規模都市を破壊できるらしい。
まあ、ドラゴンの出没地は僻地とからしいので、滅多に遭遇する事はないのだが。
しかし、おれ達は旅をする身。
「え、ここで出てくるの?」なんて場所でドラゴンに会う可能性もあるので、肝に銘じておくようにと言われた。
この世界、怖いです。
ソルダットは一人でも倒せるみたいだけどね。
流石、マスター。
−−−−−−−
「バエカトリ、見えて来たっす!」
モリスは馬車の前方を指す。
てかモリス以外は全然見えないんだけどね。
目良過ぎ。
ウォーモルよりデカイって話だが、まだまだ肉眼で確認出来る距離じゃない。
「今日はとりあえず宿を取るぞ。情報屋に接触しないといけないし、この街は一週間滞在ってところだろうな。えーっと確か……」
タバコを揉み消したソルダットが、手帳みたいな物を取り出して、ペラペラと捲る。
なんだなんだ?
手帳って、
あんた大雑把に見えて意外とマメなの?
そして何が書いてあるんだ?
目的のページを見つけると、指パッチンを一つ。
「今日の宿は、南三区のサイババ亭だ」
え、宿探してたの?
その手帳、ミシュラ○ブック?
てかサイババ亭って、良い名前だな、おい。
「その情報屋が営んでる宿だ」
誰も聞いてないが、宿を決めた理由を教えてくれた。
「そしてその情報屋の名前は……」
「「サイババ!」」
ジェフとアカネの声が被さった。
「その通り!」
ソルダットはパチンと指パッチンと同時に、親指を突き立てた。
えぇぇぇ、何このノリ?
こんなの初なんですけど?
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数分後。
遠目にバエカトリの全貌が見えて来た。
やはりバエカトリも、ウォーモルと同じように街の外周を城壁で囲ってあった。
この世界は魔物がいるので、人間の生活区に入って来ないように、どの街でも城壁はある。
その城壁はウォーモルのより堅牢のように見えた。
そしてこの街。
特筆すべきは、街の中心部にそびえ立つ赤茶色の塔だ。
ここからでも見えるほどの大きさがある。
外見はピサの斜塔のまっすぐバージョンといったところか。
高さ50メートルはあるだろう。
あれがバエカトリのシンボル、「アリスの巨塔」だ。
名前の由来は、その昔大賢者アリスがこの地を訪れ、作ったからだそうだ。
何故作ったのかは謎だが、ここに来ると怪我や病気が良くなるという迷信があるのだとか。
そのおかげで今ではバエカトリの名物として、観光客は必ずここに寄るらしい。
こんな荒野のサヤバーン地方に観光客がいることに驚きだが、ここから北に一日も行けば、サヤバーン地方の第一都市サヤバリアに出れる。
ここら辺一帯は乾燥した荒野地帯だが、サヤバリア付近は緑豊かな土地らしい。
そこから来る観光客も少なくないんだとさ。
バエカトリからしてみれば、巨塔さまさまなわけだ。
時間があったら行ってみようか。
正門を潜ると、ウォーモルよりも広い石畳の大通りが姿を現す。
馬車も余裕で通れるくらいの広さだが、馬車を街中まで入れるのは、正直少々骨が折れる。
この間のように、外壁の内側の騎士の詰所に預けて、おれ達は早速宿に向かう。
バエカトリの街は楕円形で、塔を中心にして、東西南北のブロックで区切られる。
そしてさらに、塔から近い順で放射状に一区から五区と分割されている。
わかりやすいな。
街の正門は南なので、正門から入れば南三区は直ぐだ。
おれ達は荷物を持って、サイババ亭を目指して歩き出した。
「なあ、ソルダット……」
「なんだ?」
「サイババって、もしかして髪の毛もじゃもじゃじゃないよね?」
「は? 何言ってんだ?」
「いや実はな、元の世界にもサイババっていう……」
こんな感じで、くだらない会話をしているうちに、サイババ亭に着いた。
うん、デカい。
想像を遥かに凌駕する大きさの宿だ。
ウォーモルで、アンとタディルの生還祝をしたレストランよりもデカい。
この間泊まってた宿の三、四倍はあるだろうか。
しがない地方都市の宿というより、観光都市のホテルと言った方が正しいな。
まあ、地球のホテルに比べたら小さいんだけどね。
「いらっしゃいませ。ご宿泊でしょうか?」
フロントは花のような匂いがとても芳しく、従業員の笑顔には一切の曇りがない。
職員の教育もしっかりしてるみたいだ。
ウォーモルユニオンのマルちゃんにも見習わせたいものだ。
高級そうなカウンターに、ソルダットは片肘を着く。
そして100万ドルの笑顔の従業員に、キリッとした顔で一言。
「……開けゴマ」
おいおいおい……!
ふざけてんの?
ソルダット、そういうキャラじゃないじゃん。
無理すんなよな。
誰も笑ってないぞ。
すると、受付の方が笑みを崩さずに返す。
「水のある山ゴスペルパル」
はぁ?
「……アチルの遠吠え」
ソルダットが返す。
アチルって何だよ。
すると受付の従業員が、小さな紙切れをソルダットに渡した。
それを受け取ると、その後は普通に部屋の手配を行う。
職員もまるで何も無かったかのように、着々と部屋を手配していった。
さっきのやり取りなんだったの?
あ、そうか、合い言葉か。
情報屋だから、きっと合い言葉無しでは接触出来ないようになってるんだろう。
おれには全く意味不明だったが。
用心深い事だ。
ソルダットのキャラ崩壊じゃなくて良かった。
部屋に荷物を運び込むと、さっそくサイババなる人物に会いに行った。
そいつの表の顔はこのホテルのオーナーであり、裏の顔はこのボーリング大陸一の情報通だそうだ。
そしてこのホテルの二階の角部屋に拠点を置いている。
怪しげなお香の匂いとか漂ってないだろうね。
そんで部屋の中には、綿パンを穿いた小太りのもじゃもじゃ頭が、奇々怪々な音楽と共に出て来たりして。
おれたちはサイババの部屋の前までやって来た。
部屋の扉は一見、なんの変哲も無い普通の扉に見えた。
しかし、
「いや、これは凄いっすね。こんな厚い扉初めて見るっす」
モリスが言うには、扉の厚さが一メートル以上あるそうだ。
押しても引いても開きそうにない。
「たいちょー! ぶっこわすの?」
セレシアはぶっ壊す気満々のようだ。
や、やめろセレシア、髪の毛逆立ってるぞ!
魔力出てるって!
「いや、壊すな。てかこの扉も壁も絶対に壊せない。
サイババの部屋は世界一頑丈だからな。
日替わりの合い言葉を言えば、扉が薄くなるんだ。
その合い言葉が、さっき貰ったコレだ」
扉が薄くなるとか世界一頑丈って、魔道具の一種かな?
てか残念そうな顔をするんじゃない、セレシア。
ジェフの目が輝いてる気がするが、放っとこう。
ソルダットが、先ほど受付で貰った紙切れを見る。
「えーと、なになに……」
紙切れを見るとソルダットが固まった。
そして、これでいいのか? と首を傾げながらおれを見てきた。
「シゲル、何も考えずにこの紙に書いている文字を読み上げてくれ」
「え? なんでおれが」
まあ別に良いけどね。
なに、どれどれ……
「あんばんかたばんサヤバーンぱんぱん……ふふッ!」
……ぶっ!
これも合い言葉?
ふざけてるだろ、完全に。
これは流石のソルダットも、後半吹き出した。
だからおれに言わせたんだな?
ホワイトなんかゲラゲラ笑ってる。
アカネも顔を手で覆い、肩を振るわせてる。
「はーい、どうぞー!」
中から声が聞こえてきた。
マジで合い言葉だったらしい。
くぐもっててよく聞こえないが、多分サイババさんだ。
すると扉が普通に開いた。
え? マジで薄くなった。
モリスを見ると、彼もぽかんとしてる。
ジェフは感動の顔をしている。
「ソルダット、久しぶり!」
中から出て来たのは、めちゃくちゃ美人なねーちゃんだった。
ショートカットの金髪と綺麗なグリーンの瞳が特徴的である。
さらに出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだナイスバデー。
その上、露出の多い服装で、非常に目のやり場に困る。
こいつがサイババ?
って、あれ? 男じゃなかったの?
名前的に男だと思ったが。
「よ、サイババ。久しぶり」
ソルダットは片手を上げて返事をした。
本当にこいつがサイババらしい。
セクシーねーちゃんは、ソルダットの後ろに控えるおれ達をさっと見回した。
「これが今のポアロイル? 昔より弱そうね」
「いや、そうでもないぞ」
昔より?
ああ、確かホワイトから聞いたが、ポアロイルの昔のメンバーはみんな死んだんだった。
ソルダットより強かったっていう伝説の。
「あーら、ホワイト! 久しぶりじゃない」
ホワイトの事は知っているらしい。
こいつも確か初期メンバーの一人だったんだよな。
てことは、この中でサイババを知ってるのはソルダットとホワイトだけか。
「ささ、中に入ってちょうだい」
サイババに迎え入れられ、おれ達は部屋に入った。
ジェフだけは扉に齧り付いて入ってこなかったが。
中ははっきり言って、ゴミ屋敷だった。
書類やガラクタがそこら中に散らばってる。
部屋の中のものに勝手に触らないようにと言われたが、そしたら入れないじゃないか、ってくらいだ。
サイババがソファーの上をささっと片付け、おれ達に着席を促す。
「で、聞きたい事は?」
おれ達が座ると、対面の席に座ったサイババが早速本題を切り出す。
ソルダットはタバコに火をつける。
「こいつがジャノバスってのに狙われてるんだ」
どんと背中を叩かれ、少し前のめりになる。
そんなおれをサイババはじっくりと舐めるように観察する。
ああ、そんなに見つめちゃイヤよ、おねーさん……
暫く眺めてから、大きな胸の前で腕を組むサイババ。
胸が大きい人がこうすると、強調されるなあ。
と、変なところに感心していたら、サイババの口から驚くべき質問が飛び出した。
「まさかあんた、ヤマダシゲルっていう名前?」
「え?」
驚愕の表情を貼付けたまま、おれは固まった。
「どうしておれの名前を……?」
超能力か?
どこにおれの名前が分かる要素があるっていうんだ。
名札を付けているわけでもないのに。
サイババはおれの反応を見て「やっぱりねえ」と言いながらテーブルの上に置いてあるタバコの箱を手に取り、椅子にふんぞり返った。
箱から一本取り出すと、それに火をつけ、輪っかの煙を吐く。
「ここ最近、ジャノバスが騒がしくてね。誰かを探してるみたいだったのよ」
タバコをくわえながら、右手を差し出すサイババ。
なに? お手? わんわん?
ソルダットは懐から貨幣を取り出し、その一枚をサイババに渡した。
き、金貨!?
金貨って、日本円で100万円ですよ!?
情報料ってこと?
王都に着く前に破産とかしないよね?
サイババは金貨を受け取ると、豊満な胸の谷間にしまう。
な、なんてこった……!
そこが財布か……!
ホットスポットを凝視してたら、隣から強い視線を感じた。
ひゃっ! アカネの冷たい視線が突き刺さる。
イカンイカン、ついつい目が勝手にロックオンしていた。
いちいちセクシーだが、おれはサイババの次の言葉に集中する。
なんせ100万円のお話だからな。
「それでね、すこし前にこの街に盗賊ギルドの大物が何人が入って来たの」
「ああ、それバラモンテってやつか?」
ソルダットの言葉にサイババは面白くなさそうに眉をつり上げた。
「あら、知ってたの?」
「ウォーモルで戦った」
「まあ、じゃあ話進めるわね」
髪を後ろにかき上げるサイババ。
「私もジャノバスってのは知ってるけど、詳しくは知らないの。
分かってるのは、なぜか彼らはこのボーリング大陸を越えての活動はしないという事。
盗賊ギルドに多額の資金を寄与してる事。
カンクエッド王国のある程度大きな街なら、大抵はジャノバスの息がかかった者がいるという事。
それから、狙われた者はどこに行こうが、ボーリング大陸の中なら逃げられないって事
今の段階ではコレだけね」
また椅子にふんぞり返るサイババ。
おれは疑問に思った事を聞いてみた。
「なんでさっき、おれがシゲルってわかったんですか?」
突然おれから声をかけられたサイババは、おれにちらっと目をくれると、すぐに手を出して来た。
え? これも有料ですか?
その様子を見たソルダットは、ため息を吐いて更に金貨を一枚手渡す。
……なんか、すいません。
「二十年くらい前かしら。ジャノバスがヤマダシゲルっていう黒髪の男を探し始めたの。
そしてここ最近、ジャノバスの主な活動がシゲルという者の捜索にシフトチェンジしつつあるみたいなの。
どうやったのかは分からないけど、彼らはあなたが出現したのを知ったみたいね。
黒髪でジャノバスに狙われてるって言ったら、もう例のヤマダシゲルで決まりじゃない」
二十年も前から?
それ人違いじゃないの?
だって二十年前って言ったら、おれまだ四歳だぞ?
「それ、人違いとかじゃないんすか?」
モリスがぽつりと呟いた。
おい、金取られるぞ。
しかしサイババは手を差し出す事無く答えた。
「そんな事無いと思うわ。
彼らなぜか人探しになると、百発百中みたいだからね。
狙われた人が必ず死ぬって、つまりそういうことよ。モリス・トパーズ君」
モリスは自分の名前を言い当てられた事に、一瞬ぎょっとした表情を見せる。
おれはそんなことより、狙われたヤツは必ず死ぬって部分にぎょっとした。
マジかよ。
ちょっと勘弁してほしいんだが。
顔を青くしているおれに、サイババは濃艶な笑顔をおれに向けて来た。
「でもよかったわねぇ、シゲル君?
彼らもポアロイルには、そう簡単に手出し出来ないわよ。
生半可な刺客じゃあ相手にならないものね」
そしてタバコを灰皿に押し付けると、さっきとは打って変わって真面目な表情になった。
「わたしが知ってるのはここまで。
追加の情報は待ってなさい。
旧知の仲という事で、張り切って探ってあげるわ」
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部屋に戻ると、モリスが心配いらないっすよと声を肩を叩いてきた。
おれはまだ青い顔をしていたみたいだ。
「一応寝るときも、感覚張り巡らせておくんで」
モリスは寝てる間もレーダーを起動させておく事が出来るらしい。
普段、街に入って宿を取る時はやらないそうだが、今回はやってくれるそうだ。
なんと頼りがいのあることか。
ちなみにおれはモリスと相部屋になった。
サイババが情報をいつ持って来てくれるか分からないが、一日でも早く情報を貰ってくる事を祈ろう。
ある程度の規模の街には、大抵ジャノバスの息のかかった者がいる、という彼女の話が本当なら、この街にもジャノバスの手先がいてもおかしくないのだから。
少し固めのベッドに潜り込んだおれが眠りに落ちたのは、ベッドの固さのせいか憂惧のせいか、まさに夜が明けようとする頃だった。




