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死んでないおれの不確定な死亡説  作者: 提灯鮟鱇
第三章 王都への道
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第三十話 不意の赤面

 久しぶりの馬車は思ったより揺れを感じない。

 これは慣れたのか、本当に揺れてないかなのだが、おれにはわからない。

 まあそんな事はどうでも良いんだけど……


 ブオオォォォォォォ!


 プーップーップーッ!


 ダダッダダッダダダダッ!


 やっぱり楽器を持てば、そこはポアロイル。

 うるさくてかなわない。

 全員が大小様々な楽器を持ってやがる。

 退屈なのに昼寝もできねえじゃん。


 王都までは馬車で65日かかるそうだ。

 馬車で65日。

 多分飛行機があったら二時間とかで着いちゃうんだろうな。

 まあそんなに速度も無いし、馬も休まなきゃいけないし、65日は仕方ないだろう。

 途中で補給に寄ったりもするから、ゆっくり行けば良い。

 のんびり旅は悪くないのさ。


 しかし、日数が多くなるに連れて、ジャノバスの襲撃の機会が増える事になる。

 うん、あまりのんびりもしてられないね!

 てか実際のところ、65日こんなに騒がしいと、ストレスでハゲが出来ちゃいそうだ。

 ホワイトなんて久しぶりの楽器にご満悦の表情だし、モリスは額に汗を流して一生懸命ラッパを吹いている。

 何が彼らをかき立てるのか、全くわからん。


 そんなドンチャン騒ぎの中、赤いタンバリンを独特なリズムで叩いていたアカネが隣にやって来た。


「どうしたの?」


 なんかアカネはぼーっとしながらおれを見ている。


「あ、うん。ちょっとシゲルも何か楽器やったらどうかなーって思って」


 タンバリンを差し出してくるアカネ。

 うーん、おれリズム感良くないしなあ。


「おれできないよ? 昔ギターちょっとやった事あるけど、忘れちゃったし」


 そうするとアカネは意外そうと言うか、少し驚いた顔をした。


「へえー、そうなんだ! 昔は弾けたの?」

「簡単なヤツならね。アカネにも聞かせた事あるんだぜ?」

「え?」


 おっと。

 つい昔の感じで喋ってしまった。

 懐かしさのせいだ。

 なんだか、仲良くなればなるほど昔のが遠くなって、今のアカネ(・・・)が近くなってくるような気がする。

 仲良くなって嬉しいんだけど、でもどこか寂しいような、複雑な気持ちになる。

 今のアカネと記憶の中の茜は同一人物だけど、重ねて考えたらいけない。


「ご、ごめん」

「……うん」


 オレが謝ると、アカネはおれの隣からすっと離れて床下収納を開き始めた。


 そう。

 実はアカネに元の世界の話をすると、何故か変な雰囲気になっちゃうのだ。

 ウォーモルに滞在中、ちらっと地球の話が出た時もそんな感じだった。

 確かジェフが通信機的なモノを作ろうと、色々と思案していた夕飯の時だ。

 おれが「地球には携帯電話てのがあって、一人一台持ってて、アカネは確か金ピカの携帯使ってたんだよねー」って言った時、アカネはきまり悪そうに「へえ」とか言って席を立ったのだった。

 今後、アカネには元の世界の話はしない方がいいのかもしれない。

 とりあえず、変な雰囲気になるのは事実だから、極力控える事にしよう。


「はい、コレ」


 おれの隣を立ち去ったと思っていたアカネが、床下から古いギターを引っ張りだして戻ってきた。

 埃まみれのクラシックギターだ。

 鉄弦は錆び、ナイロン弦は日に焼けて黄色く変色していた。

 ギターとアカネを交互に見つつ、そっと受け取る。


「えっと、これは?」


「みんな楽器してるのに、シゲルだけ退屈そうじゃん。ギターやった事あるんだったらソルさんと一緒に弾いたらいいかもよ? ソルさん、ああ見えてかなり上手なんだから」


 ニコッと小さく笑うアカネ。

 その顔は幼い頃から慣れ親しんだ笑顔だ。

 暫く会えなかったが、ゲートワールドで再会して、また見れた笑顔だ。


 アカネは普段は無愛想な表情をしてる事が多い。

 だから尚更、彼女の笑顔はとても久しぶりな気がした。

 おれはその笑顔を幼馴染としてたくさん見て来た。

 言ってみれば、兄妹みたいなもんだ。


 なのに……

 どうして今、おれの心臓は跳ねたんだ?

 どうしてドキドキしてしまったんだ?


 幼馴染なのに、今までその笑顔をたくさん見て来たのに……


「ん?」


 じっと見つめてたら、アカネが笑顔のまま小首をかしげた。

 アカネってこんなに可愛かったっけ?

 いや、まあ客観的に見たら十分に可愛いんだが。

 なんていうか、どうして今になっておれはドギマギしてるんだろう。

 かぁーっと顔が熱くなるのを感じた。

 彼女の銀色の髪に、眠たげな目に、白い肌に、

 今まで見慣れたはずの姿に、一々ドキドキしている。


「顔赤いけど、暑いの?」


 おっと、いけない。

 赤面してしまっていたようだ。


「え、いや、まあ、少し、あ、暑いかな! ハハハ」


 赤面している事実を突かれ、ちょっと慌ててしまった。

 しかも取り繕った言葉も噛み噛みで、さらにあたふたする。


「じゃ、じゃあ早速ソルダットにギター教えてもらおっと!」


 ギターを持って立ち上がる。

 おれは屋根に登る事で、アカネから逃げた。


-------


 結果的に、ギターを持って屋根に上がったおれは全くギターを弾かなかった。

 最初はギターの話になったんだが、何故か途中で魂の素質の話になり、あれこれ話した。

 話の方向転換がいつ行われたのかは覚えてないが、とにかくギターの話は五分もなかった。

 まあギターはアカネから逃げる為に持ってきたようなもんだからいいんだけど。


 どうやら、おれは全てにおいて高い素質を持っている可能性があるという。


 魂の素質と言うのは、大きく分けると魔法、身体、感覚の三つあると前にジェフから教えてもらったが、その中でも様々な分野があるらしい。

 例えば身体系なら、腕力がめっちゃくちゃ強かったり、骨が鉄みたいに堅かったり、驚くほどの俊足だったりと、身体系の中でも素質のある分野があるらしい。

 一般的に一つ突出した部分があれば、他は普通だそうだ。

 それをステータスと考えて数値化すると、普通は突出した能力が10に対して他は2から3くらいらしい。


 一つ例えを挙げると、一般的な身体系で怪力の素質の者は


 筋力 10

 持久力 3

 速さ 2

 体力 3

 魔力 2

 丈夫さ 3


 と、こんなイメージだろう。


 それぞれ鍛えればそれなりに強くはなるらしいが、やはり素質のある分野ほどはいかないらしい。

 ちなみに素質のある分野は成長が早く、上限も高いそうだ。


 でもおれの場合は、コレと言って突出した部分が見当たらない。

 というのは全ての分野が均等に、かなりの早さで成長するからだ。

 魔法はやってないが、最初に炎を簡単に出せたところを見ると、魔法の素質もある程度あるかもしれないという。

 ポアロイルで魔法が一番得意なのはアカネなので、今度教えてもらおう。

 ……い、いかん、またドキドキしてしまう。


 そうそう、おれの身体系の素質はかなりのものらしい。

 ウォーモルの採石場でやってたトレーニングも、かなり効果があった。

 ソルダットの提案した自主トレメニューは、常人には到底出来ないメニューだったそうだ。

 確かに、身体強化なしでデカい岩をひょいと持ち上げられるようになったけど、今考えたら普通じゃないよな。

 まあ素質がたくさんあって何よりだ。


「明日から時間見つけて対人戦闘の練習でもするか?」

「え? 対人戦闘?」


 ソルダットの言うには、おれは戦闘経験が乏しいので、危なっかしいんだとか。

 対人戦闘か、これは必要かもしれない。

 おれは素質は一人前なのに技術は無いので、もし戦闘になったら力押しになってしまう。

 この間のモーグリ討伐だってそうだった。

 モーグリだから何とかなったが、盗賊とかだったら絶対通用してないと思う。


 ましてや今は命を狙われる身だ。

 ジャノバスの刺客が襲ってくるかもしれない。

 モリスがいるので奇襲は大丈夫だし、ソルダット達がいるので戦闘は問題無いと思われる。

 しかし、それじゃあいつまで経っても頼りきりだ。

 おれ個人の戦闘スキルの習得は急務だろう。


「バエカトリまで大体一週間。

 移動中は無理だが、昼休憩と夜なら稽古できるだろ?」


 ソルダットはギターをじゃらーんと鳴らす。


「お前がどれだけ成長するのかも気になるしな」


-------


 その日の夜。

 毎度の事ながら野営地は荒野。

 おれ達は、パチパチと揺らぐたき火を囲みながら、食事をとっていた。

 地面に直接座っているので、荒野のカタカタ地面はお尻に悪い。

 ここサヤバーン地方は、殆どがこんな感じの荒野なので代わり映えしなくて、退屈だ。

 ぱっと見は、かなり痩せた土地だ。

 アリゾナ州って感じ?

 行った事無いけど。

 しかし、別に土地が痩せてる訳じゃなく、ただ乾燥が酷い上に雨もあまり降らないというのが、この土地をこんなに荒野チックにしている原因だそうだ。

 そういえば確かに、ウォーモルでは農耕地区があったな。

 まあどうでも良いか。


 とりあえず、久しぶりの旅メシを食す。


「うんまー」

「あざーす」


 もちろん料理当番はモリス。

 今日もお粥みたいな謎のスープだ。

 そして今日もジェフはがっつき気味だ。

 確かに美味いが、もう三杯目だぞ?


「もぐもぐ、食い終わったらよろしくな、モリス」

「え? ジェフっち、あれマジだったんすか?」

「当たり前だ! これが開発出来れば、旅の危険度はグンと下がるんだ!」

「はあ、わかったっす……」


 なんか二人は食後に何かするらしい。

 多分ジェフの事だから、また魔道具開発とかだろう。

 おれは食後はソルダットと特訓だ。

 腹八分目にしとかないと、スパルタンソルダット軍曹の訓練で吐くかもしれない。

 と思いつつも、おかわりに手をつける。

 だっておいしいんだもの。


 さっと食事を済ませたおれ達は、片付けを終わらせ、各々の自由時間に突入した。

 今日はここで野営する事になる。

 まだ日が落ちてからいくらも経ってないが、夜の移動は馬が疲れるらしいのでやらない。


「さて、シゲル。始めるぞ」


 棒切れを握ったソルダットがタバコに火をつける。


「お手柔らかにお願いします。マスター」

「マスター? なんだそりゃ」

「いえ、何でもありません。それでは始めましょう」

「なんで突然敬語なんだ? まあいっか、先ずは構えからだな。

 構えってのはな……」


 その後、ソルダットの指導のもと、三時間くらい訓練した。

 この日は軽く構えと振り方を教えてもらった。

 基本的な構えは、ウォーモルへの道中で教えてもらっていたので、今日やったのはより実戦向きの動きだ。

 ちなみに全然スパルタじゃなかったが、一つ一つ集中してやったせいか、汗がとまらない。

 明日からは、実際に打ち合うらしい。




「はい、どうぞ」


 訓練を終え、汗だくのおれに、アカネが冷たい濡れタオルを差し出して来た。

 タオルと言うか布切れだ。

 生活魔法で冷やしたのだろうか。

 運動後にこれはかなり嬉しい。


「これね、ホワイトが使えって」

「サンキュー」


 ホワイトがか。

 アイツもなかなか良いところあるじゃん。

 アカネからそれを受け取ると、すぐに顔に宛てがった。

 両手でぎゅっと押さえて、顔に溜まった熱気を取る。


「ぷはぁー、気持ちいいー」

「へへ……こういう時使うと気持ちいいよね、濡れタオルって」


 タオルでごしごしと首筋を拭きながら彼女を見ると、アカネの微笑みが目に入る。

 彼女の髪はしっとりと濡れ、服も寝間着っぽいのに着替えあった。

 多分シャワーでもしたのだろう。

 ポアロイルの旅シャワーは、フラフープにカーテンの付いたみたいな簡易型更衣室みたいなモノの中で行う。昔よくテレビとかであった早着替え用のアレだ。

 その中で裸になって、上から生活魔法で温水を発生させるのだ。

 便利なもんだなあ、生活魔法って。

 海水浴場で、車に積んだ真水タンクで水浴びするサーファー達に教えてあげたいぐらいだ。


 しかし、


 おれは一体どうしてしまったんだろう。

 目の前の、寝間着姿のアカネがとても愛おしく思える。


 ……もしや、溜まってるのか。

 この世界に来て三週間くらい経つが、全くその気がない。

 これは一度、悪い気を抜いて精神をフラットにした方がいいのかもしれん。

 夜、こっそり一人で……って、モリスにバレるな。


「それじゃ先に寝るね。おやすみ」


 変な思考に陥っていたおれに背を向け、アカネは馬車に戻って行った。


「ああ、おやすみ! また明日!」


 彼女の背中に声をかける。

 馬車の中に戻ったのを見届けると、おれは上着を脱ぎ、体を拭いた。


 一日の終わりに彼女と交わす一言。

 ただの何でも無い「おやすみ」だが、なんだかとても嬉しい。

 おれの口角は自然と緩んでいた。


 久しぶりの旅の一日目は、そんなほっこりする夜だった。








 ん? なんかうるさいな……

 騒がしい方を見ると、手を叩きながら大爆笑するホワイトとモリスが見えた。

 おれを見て笑ってる。


 え? なんで?


「……って、コレ、おれのパンツじゃねえか!」


 おれは冷え冷えの濡れタオル(マイパンツ)を地面に叩き付けた。

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