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死んでないおれの不確定な死亡説  作者: 提灯鮟鱇
第二章 初心者サーチャー
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閑話 足を洗う者たち

 シゲル達がウォーモルを去った次の日。


 ここはウォーモルの中心部。

 ポアロイルが滞在していた宿からそう遠くない場所に位置するのは、守護騎士団本部である。

 その団長室に、わざとらしく鼻に包帯を巻き付けたトミーと、その手下として動いていた八人の騎士が俯きながら並んでいた。

 ちなみに誰も甲冑は着ていない。


「北区の副団長として長年勤めておられたのに、本当にやめてしまうのか……」


 年齢的にトミーよりもずっと若い男性が、執務用の机に肘をつきながら言った。

 彼はウォーモル騎士団の総団長である。

 見た目は三十代中盤といったところだが、ここゲートワールドでは年を取っても、出現した時の容姿と見た目がさほど変わらない。

 実際、彼はこの世界に出現して六十年以上になる。

 トミーは四十年くらいなので、事実上、二十年以上人生の先輩だ。


「はい……申し訳ございません。やりたい事が見つかったので」


そう告げるとトミーは再び下を向いた。


「そうか、本来であれば引き止めたいところだが、本人がこの仕事に対して意欲を失ってしまっては、仕方が無い。

 市民の安全を守るという我々の職務上、仕事への意欲は重要だからな。

 さらに言えば、副団長という立場もある」


 総団長は顎に手を当て、少し残念そうにしながら、他の八人にも目をやった。


「君たちも辞めたいという事だが、理由を聞いてもいいかな?」


 すこし動揺気味の騎士達は、お互い肘でつつきながら発言権を譲り合っている。

 意を決して一人の騎士が一歩前に出て、胸を張りながら答えた。


「じ、実は、この八人でパーティーを組んで旅をしたくて……」


 これは半分嘘で半分は本当だ。

 本当のやめる理由は、ジャノバスからの刺客が届かない、隣の大陸に移動する為だ。

 その移動はこのメンバーで行う事になる。

 もちろんトミーも一緒だ。


 ここサヤバーン地方から東に向かい、モーダ地方を抜ければすぐに隣国のイルマーフである。

 イルマーフから船でさらに東に向かうと、十日もすればすぐ隣のパトリオン大陸に入る事が出来る。

 隣のパトリオン大陸は、カンクエッドの国土よりもすこし小さい。


 ジャノバスは彼らがパトリオンへ移動すれば、一々使い捨てのような駒を追ってくる事は無い。


「ほう、そうか。まあ君たちは出現してからまだ十年も経ってないと聞く。そんな年頃は、旅に出るのも良いかもな」


 騎士達はものわかりの良い上司にほっと胸を撫で下ろす。


「しかし、君たちが抜ける事で元々三十人体制だった北区の人数が足りなくなるな……」


 総団長が悩ましそうに頭を抱え、トミーを含めた九人の辞職は無事に受理された。



 本部から出た九人はトミーを先頭にして、旅の装備をそろえに出る。

 その日のうちに買い物を終え、その日のうちに街を出た。

 出発は午後になった。


 彼らは西門から馬に乗り移動する。




 馬を走らせ約三時間。

 サヤバーン地方は乾燥しているので、馬の上で常に向かい風を受けている各人の肌はカサカサになっていた。

 日は若干傾き始めるが、割と速いペースで来ている。

 小さな隣町までは二日目の夜に着く予定だったが、明日の昼には着きそうだ。

 そうすれば、三日目にはサヤバーン地方を抜け、モーダ地方に入る事が出来る。


 街を出るまではジャノバスの事が頭から離れずに不安だったが、一度街を出れば久しぶりの旅に心躍る一行だった。

 未だに俯いたままのトミーを除いて。

 彼は何かに悩んでいる様子だった。


 そんな彼の様子に気がついた騎士の一人が尋ねた。


「トミー様、どうしました?」


 トミーは黙って馬に揺られるだけで返事を返さない。

 考えに耽っているようだった。


「もう街は出たんです。なに、ジャノバスも今はポアロイルを追ってて忙しいでしょう。それに我々のような下の者を遠くまで追っては来ないはずです」


「……」


 トミーを気遣った騎士の言葉も全く耳に入っていない様子だった。

 そんなトミーの様子に、今は何を言っても無駄だろうと判断した騎士は、トミーの横から離れ、その後ろに続く騎士達の列に戻って行った。


 それからしばらく移動を続けた。

 トミーは未だに思考の海を泳いでいた。


 彼は今、自分の人生を振り返っていた。

 カンクエッドのイズマンに出現したばかりの頃の事、イズマンでサーチャーになった事、サーチャーをやめて騎士団に入った事、騎士団として市民の為に尽くした事、ジャノバスに初めて加入した事、初めて人を殺した事、大金を得て贅沢な暮らしをした事。



 出現した時は、この世界に戸惑った。

 自分が何者かもわからない。

 何故こんなところにいるのかもわからない。

 わかってるのは自分の名前と、死んだ事だけ。

 名前以外のアイデンティティーは、魂の中から果てしない時空に全て残らず吸い込まれたように欠落していた。


 トミーの出現場所は、カンクエッド王国イズマン地方。

 その僻地に現れ、彼は途方に暮れた。


 わけのわからない獣に教われた事もある。

 腹が減って土を口に運んだ事だってある。

 日に日に衰弱して行く体。


 自分はこんなどこかもわからないところで飢えて死ぬのか。

 死んだら獣達に食い漁られ死体も残らないだろう。

 そんな風に死を覚悟した時に聞こえた声。


「お!? 出現者だ! 大丈夫か!?」


 自分を発見、保護してくれたのはサーチャーのパーティーだった。

 彼らはトミーを近くの街まで送り届けると、また出現者を探しに行った。

 トミーはそんな彼らの姿に心打たれた。

 自分もあんな風に人を助けられるサーチャーになろう。

 そう心に誓った。


 しかし、五十代くらいの体で出現したトミーの魂の素質は高くなかった。

 少しばかり身体系の素質があり、腕力は一般人と比べたらかなり強いというだけで、他は特に何もなかった。


 それでも彼はサーチャーになった。

 強くはないが、自分を助けてくれたサーチャーのように、一人でも多くの出現者を助けたい。

 彼はその意思は貫いたのだった。


 だが、現実と理想は違う。

 彼は大した成果を上げれなかった。

 ユニオンではパーティーを組んだが、メンバーは出現者の捜索よりも、魔物の討伐の方が華があると言って、なかなかトミーの思う様には活動出来なかった。

 ならばパーティーを抜ければいいが、トミー個人にそれほどの力は無い。

 ソロで活動しても、大した成果はあげれないだろう。


 サーチャーになってから六年が経った。

 毎日の日課として眺めていた掲示板に、新しい記事が張ってあるのを見つける。


『守護騎士団団員募集』


 自分はサーチャーとして腕が立たない。

 出現者を保護したくても、うまくいかない。

 しかし、無事に保護された出現者達を守る事は出来るのではないだろうか?

 街の平和を守り、市民を助ける。

 これも一つの自分の目的ではないだろうか?

 この記事を見て、「自分にはこれしかない」と思った。


 そして彼は早速騎士団に入った。


 しかし、騎士団がいなくとも街は平和だった。

 周辺の地域では魔物の大発生などが起こった事もあったが、彼のいるイズマンの中の地方都市は平和だった。

 それでも彼は、市民の為に日々の職務を全うした。

 そんな彼の姿勢に、その街の騎士団総団長は甚く感激し、サヤバーン地方で副団長不在の地区があったので、彼にそちらへの赴任を打診した。

 トミーは二つ返事で了解。

 数日後、正式にサヤバーン地方ウォーモルの北区画副団長に任命された。


 ウォーモルに着くと、彼は直ぐに街の様子を見て回った。

 イズマンのよりも乾燥していて資源としての水が少ないせいか、水道設備があまり十分ではなかった。

 そのため、貧民地区では汚水の悪臭が漂い、悪い衛生状態のせいで病気になる者も多くいた。

 トミーはそんな現状を改善する為に、北区副団長の名前を使い、街とユニオンに大規模な水道工事を要求。

 しかし、ウォーモルの議会の代表から、水道工事の為に多くの財力と資材を投下する事は難しいと却下される。ただ代表の言い方は、貧民街の為に出す金は無いと言っているようだった。

トミーは自分の力の無さと、この街の政治に憤りを感じた。


 そんな時、接触して来たのがジャノバスだ。

 ジャノバスの連絡員は水道業者の社長を装ってトミーに接触。

 議会の代表がウォーモル市民の税金を搾り取り、私腹を肥やしてると吹き込まれた。

 連絡員は自分もウォーモル出身で、この粗悪な衛生環境を何とかしたい、代表に天罰を下し人々を助けたい、それが出来ればウチが水道工事の資金は持つ、と巧みな話術でトミーを言いくるめた。

 当時、異様な盲目的正義感を持っていたトミーは彼を信じ、議会の代表を闇の内に殺してしまう。


 初めての殺人。

 その事実はトミーの心に重くのしかかったが、自分に言い訳をして逃避した。

 すべては政治家が悪いと心の中で一晩中叫び続けた。


 その翌日。

 すんなりと次の代表が決まった。

 さらに偽物の犯人まで逮捕された。

 まるで元から、この事態を予測していたような早さだった。

 流石にすこしおかしいと思ったトミーだったが、直ぐに大規模な水道工事が始まり、日々の職務に忙殺される。


 水道工事が軌道に乗り始めたある日、水道業者を装ったジャノバスの連絡員がトミーを尋ねて来た。

「これで、あなたも同志ですね」

 彼との握手の後、トミーの手に残っていたのはジャノバスのバッヂだった。

 去り際に彼は「他言は無用です。命が惜しければね」と笑っていた。


 それからトミーは、騎士団の職務の傍らジャノバスの仕事をする事になる。

 ジャノバスの仕事は汚い内容が多かった。

 やりたくはない。

 しかし、やらなければ自分の身が危ないかもしれない。

 トミーも己の身可愛さに保身に走り、ジャノバスの事を誰かに話す事は出来なかった。

 それからは、黙々と命令をこなすだけの男になっていく。


 何年か経つと、彼も騎士団の仕事に対する情熱はすっかり冷めていった。

 それよりもジャノバスから支払われる莫大な報酬の方が魅力的だった。

 その金で、大きな家を建て、家には使用人を雇い、何人かの女性を囲ってフォトムを生ませては捨てた。

 外では高級な酒を飲み、毎日のように娼館に通い、トミーは完全に堕落していた。

 周りからは当然のように怪しまれた。

 しかし、一度ぬるま湯に浸かったら最後、出たいと思う事はなくなってしまう。



 そして昨日。

 ソルダットにやられた。

 自分たちは特に何もされてないが、自分の雇った凄腕の盗賊達は秒殺だった。


 しかたがない。

 あの男に勝てる者など、世界広しと言えど何人もいないだろう。


 ソルダット・ドライウッド。

 彼はまぎれも無く最高のサーチャーだ。

 多くの出現者を助け、魔物の大発生を沈める。

 サーチャーの鏡のような男だ。


 そんな彼に殴られた。

 その時、不思議と過去の自分を思い出した。

 自分は一体なにをしていたのだろう?

 ソルダットの拳はトミーの胸の深いところを揺らした。

 その心の揺れは、トミーを自己嫌悪に陥るのに十分だった。

 これまでの人生を思い出せば吐き気を催す。


 私はあのソルダットのようになりたかったんだ……


 最初に戻ろう。

 あのイズマンの僻地で見たサーチャーのように、人々の為にもう一度。

 トミーはそう思った。


 しかし……

 果たして、これから自分に何が出来るだろう?

 最初の頃の意思を取り戻して、市民の為に何か出来るだろうか?

 これまでの事はやり直せない。

 これから新たな地で初心に返り邁進すれば、あるいは自分を許せる日が来るかもしれない。


 一度、底辺まで堕落したトミーは、新たな場所で新たな人生を全うしようと決意する。


 そして今、馬の背中の上でトミーは顔を上げる。

 その目は新たな意思を宿し、希望の光が灯っていた。


 これから行くパトリオンで一からやり直そう。

 また市民の為に働くのだ。

 汗水垂らして、一生懸命に働くのだ。


 新たな使命を見つけ、彼はようやく思考の海から浮上した。



「さあ、みんな! 先を急ぐぞ!」


 トミーは振り返り、自分の手駒だった騎士達を鼓舞する。

 その顔は、まるで別人のように生き生きとしていた。


「あれ? どうしましたトミー様?」

「貴様ら、もう私をトミー様と呼ぶな」


 心無しか馬の足並みが遅くなり、周りが少しだけ静かになった。

 皆がトミーの話に耳を傾ける。


「私は一からやり直す。これからは市民の為に生きて行くのだ。

 そんな事で何もかもが許されるなど思っていない。ただ、私が最後の日を迎える時、自分を少しは許してやりたいからな。

 だから貴様らも新たな地で真っ当に生きるのだ」


 騎士たちはぼーっとした様子で聞いていたが、しばらくすると全員が笑みを浮かべた。

 思い思いに口を開く。


「そうですね、確かにその通りです」

「前のトミー様からは想像出来ない言葉ですね」

「昔はかなり外道でしたからねぇ……」

「そうそう」

「コラ! これから頑張ろうと言う時にそういうこと言うな!」


 どっと笑いが起きる。

 トミーを含めた九人の元騎士は、久しぶりに笑ったような気がしていた。

 別段笑えるところは無い。

 それでも、本物の笑顔を取り戻した彼らはずっと笑っていた。

 いや、笑っていたいだけなのかもしれない。


 日は更に傾き、影が長くなる。

 乾いた空気は、太陽の熱を失いながら夜の到来を待つ。

 もう暫くすれば、荒野の静かな夜の足音が聞こえてくる。

 それでも、薄暗くなる荒野には九頭の馬の足音と、九人の元堕落騎士達の笑い声が響いていた。

 自分たちが再び心から笑える事を祝福するように。

 自分たちの新しい未来を心から祝福するように。




-------


 二週間後



 彼らの死体は出現者捜索中のサーチャーに発見される事になる。

 上半身と下半身を真っ二つにされた死体は、何故か魔物に食い荒らされる事無く、そして腐敗もせずに残っていた。

 この異常な保存状態を見れば、何らかの特殊な魔力の攻撃によってやられたのは一目瞭然だった。

 そのような特殊な魔力を持つ人間は殆どいない。

 魔族ならば、あるいは……


「なんかこいつ、見た事あるような気がするけど気のせいか?」


 発見したサーチャーが死体を覗き込む。


「もう五十年以上捜索オンリーでやってるんだ。もしかしたら、おれらが発見したヤツかもな。

 さあ、ここは終わりだ、次行くぞ!」


 死体に触れる事無く、サーチャーのパーティーはこの場を後にする。


 奇しくもトミーの人生は最初も最後も同じサーチャーに発見されたのだった。


 ただ、二度目は拾ってもらう事はなかったが。

第二章 初心者サーチャー 終

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