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死んでないおれの不確定な死亡説  作者: 提灯鮟鱇
第二章 初心者サーチャー
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第二十八話 一対十五

「くっ!」


 盗賊達は目の前に現れた男を目の当たりにして、半歩後ろに退いた。


 無造作に伸びた髪と無精髭。

 だらりと脱力した構え。

 そして右手には長さ二メートルにも及ぶ太い太刀。


 タバコに火をつける小さな火は、彼の顔を薄暗く照らす。


「よう。悪党ども」


 我らがソルダットは、胸一杯に煙を吸い込みながら、かっこ良く盗賊の前に躍り出た。

 流石はリーダー。

 オーラが違うぜ。


 おれの方はと言うと、無事、上手く身を隠した。


 倉庫沿いに進んで城壁によじ上り、そこにぺたっと張り付くと、ソルダットの様子をうかがう。

 朧月は当然起動させてある。

 敵は全員ソルダットに釘付けで、こっちには気づいてないようだった。

 とりあえずここで見学を決め込むぜ。


 ソルダットの戦闘シーンを見るのは初めてだ。

 みんなが強い強いって口々に言うから、おれは気になって仕方なかった。

 それに最近は鍛えてるから、強いヤツの動きとか、戦い方とか見てみたいし。

 モリスもソルダットが剣を持つとヤバいって言ってたし。


「さて、お前ら」


 ソルダットの声に過剰にビクつく盗賊達。

 ビビってないやつもいる。


「お前らだ。どうしてシゲルを狙う?」

「……ッ」


 月明かりに照らされたその表情からは、絶対に口を割らないという堅い決意が見てとれた。

 そんな頑に黙っても、さっき大方の話は聞かせてもらったんだが。

 さっき盗聴した時、なんか変な組織名が出て来たな……

 なんだっけな。


 あ、そうだ!

 ジャノバスだ!


 ジャノバスってのが盗賊ギルドと徒党を組んでおれを狙ってたんだよな。

 でもなんでおれが狙われるんだ?

 聞いた話じゃ、ウォーモルに入る前から狙われてたっぽいし。

 こっちの世界に来てから、接触したのなんてバンドウム盗賊団くらいだぞ?

 恨みを買ったのか?

 つってもバンドウムも全員御用になったから、そんな事はないと思うけど。

 マーリオ盗賊団から情報が行ったみたいな事を言ってたけど、それでおれの名前まで割れてるってのおかしい。


 まあ何にせよ、こいつらが知ってるってことだよな。


 向こうは結構な人数だ。

 盗賊が十五人か。

 赤服が目立つな。

 騎士団がいないのは、セレシアがジェフの新作ホーミングクワガタを自爆させたからだろうか。

 騎士団がいないにしても、絶対的な数的有利はあっちだ。

 しかし、こんな状況であるにも関わらず、精神的なアドバンテージはソルダットにあるのは一目瞭然だ。


 ソルダットはタバコを地面に落として踏み消した。


 その刹那、盗賊の一人がソルダットにボウガンを放つ。

 弦がバンっと音を立て矢を弾き、それは勢い良くソルダットに刺さる。

 ボウガンを撃った盗賊は構えたままの状態で、ふるふると震えている。


 う、うそ?


 と思いきや、矢はソルダットの体からポロリと落ちた。

 刺さってなかった。

 でもソルダットはノーガードだったし。

 もしかしたら、そんな生半可な攻撃きかねーわって感じか?

 ソルダットがため息を吐いた。


「そんな攻撃じゃおれの命には届かんぞ?」


 やっぱりソルダットの口から出て来たのは、最強系の台詞だった。

 その台詞を言い終わると、右手に持った大太刀をふっと持ち上げる。


 よく持てるねと言いたくなるようなサイズの剣。

 長さとかおれの身長よりあるし、横幅も太刀っていうには太すぎる。

 それを片手で易々と持ち上げ、肩にかける。

 本当にプラスチック製バットを持つかのように軽々を扱う。

 見ていると本当は軽いんじゃないかと思ってしまいそうだ。


 その剣の挙動を見て、先ほどボウガンを撃った盗賊は「ヒッ!」とボウガンを落とした。


「貴様ら雑魚に聞く事は無い」


 冷酷に言い放つと、ソルダットはすっと腰を落とし、足下にタメを作る。


 その瞬間、赤服の男が動く。

 ソルダットの動きが攻撃のモーションと察知してか、ヘビーボウガンを構えてソルダットを撃った。

 しかも、こいつはバックステップでその場を離れ、逃亡への足がかりを作ろうとしている。

 勝ち目が無い戦闘で、直ぐに仲間を見捨ててでも自分の生存の為に逃走の選択を出来る冷酷さ。

 やはりこの男が切れ者のようだ。


 ソルダットは相手の攻撃を、剣のグリップの部分で危なげなく弾く。

 弾ききった瞬間、突如として世界が真っ白になる。

 否、真っ白になったのではない。閃光が走ったのだ。

 おれは遠目に見学しているだけなのでわかったが、あの赤服が閃光弾を放ったっぽい。

 ソルダットは咄嗟に手で目を覆ったことによって事なきを得たが、その一瞬の隙をついて赤服は背を向けて全力で逃走していた。

 ほんの一瞬だが、逃走を確実にするためには十分な時間だった。

 味方の盗賊達ですら唖然としている。


「ちっ、まあ仕方ない」


 ソルダットは舌打ちをともに再び腰を落とす。

 その刹那、ソルダットが立っていた地面が爆ぜる。

 それがソルダットの高速移動によって起こった現象だというのは、なんとか目で確認することができた。

 最近は訓練のおかげか、動体視力がかなり上がっている。

 前にホワイトがバンドウム盗賊団をボコった時、ホワイトの動きは全く目で追えなかったが、今ではある程度見える自信があるしな。


 でも、ソルダットの動きはホワイトの動きとは違う。

 速さはかなりのものだが、なんというか動きが直線的だ。

 この一瞬の動きを目で追うと、彼は右側に六人で固まってる盗賊の方に突撃している。


 ドゴォォォォン!


 爆音と共に盗賊達の足下の地面が爆ぜる。

 いや、爆ぜたのではない。

 足下の地面が剣で掬い取られたようだ。

 その様子はまさに、太刀が暴れたようだった。

 掬い取られたのだから、当然土ごと吹っ飛ばして、そこには穴が出来る。

 足場のを失った六人の盗賊達は、地面に空いた穴に倒れた。

 深くはないが、盗賊同士の体が重なる事で直ぐに立ち上がる事が出来ないでいる。

 なるほど、こうすれば一網打尽にできるのか。


「じゃあな」


 ソルダットの大太刀は今度は音も無く振り下ろされる。

 その太刀は素早く、そして綺麗に円形の穴に横に一文字を引くように切り裂き、穴の中から血しぶきが上がる。

 悲鳴は上がらなかった。

 本当に静かだった。


 ソルダットの一瞬の攻めを目の当たりにして、盗賊達はたじろいだ。

 多分、目で追えていないヤツもいるだろう。

 残りの盗賊達に向き合う。


「残り八人」


 盗賊の一人が腰からダガーを抜いた。


「これは護身のダガーだ。これを持っていればマリゴル十頭の雷撃を同時に受け止められるバリアがオレの体を守る。貴様に勝機はない」


 マリゴルって確か国の魔物の中でトップクラスの強い魔物だ。

 口から吐く雷撃で分厚い城壁も簡単に砕くんだっけ?

 それを十頭分同時に防げるって、どんだけ防御力高いんだよ。


「ほう。そりゃいい道具だな」


 対するソルダットは別段気負った様子を見せない。

 それどころか不敵な笑みさえ浮かべている。


「さあ、投降しろ。ソルダット」

「馬鹿か?」


 ソルダットがその場で太刀を振った。

 その瞬間、何故かダガーを構えた盗賊の周りに白い壁が現れる。

 何故現れたのかわからなかったが、その壁はもの凄い不快な音を立てて突然消滅した。

 そして盗賊の手にあったダガーが砕けだ。


「触れずに切られただとッ!?」


 驚愕の表情を顔に貼付けた盗賊の目の前には、既にソルダットが移動を終えていた。

 流れるように動き、剣の柄で盗賊の腹を打つ。

 ソルダットはそいつから目を離すと、倒れるのを待たず、他の盗賊に言い放った。


「めんどくさいから一気に行くぞ」

「……ッ!」


 その一言でその場には緊張が走ったが、次の瞬間、四人の盗賊が血を噴き出して倒れた。

 おれはギリギリ見えた。

 ソルダットが音もなく太刀を薙ぐり、彼らの武器ごと切り裂いたんだ。

 まるで相手になっていない。

 さっきまで十五人いたのに、もう四人だ。


「さっき始末した奴らは雑魚で、お前らが多少出来る奴らだろ?」

「……」


 盗賊は沈黙を守ったままだ。

 若干怯えているようにも見えるが、目は死んでいない。

 むしろ、その立ち姿はいくつもの修羅場をくぐって来た猛者のようでもある。


「見たところ、お前ら四人全員Aランク以上っぽいけど、違うか?」


 緊張の面持ちの盗賊達に対して、一切気負いの無い雰囲気のソルダット。

 強者の余裕ってやつか。

 四人の盗賊の一人は、諦めたようにため息を吐く。


「はあ、お前が生きていると知ってたら手は出さなかったんだがな……

 まあ仕方ない。乗り掛かった船だ。

 もちろんおれ達全員で戦っても貴様に勝てるとは思っていない。だが、ここは悪党の意地もある。最後まで足掻かせてもらう」


 なんかスッキリした性格の盗賊達だな。

 この間のバンドウムとは違って、清々しい感じだ。


「私の名はバラモンテ。まあ貴様にやられる身だ、名前は忘れてもらって構わない。

 盗賊ギルドでは西部を取りまとめている。お前の言う通りこいつら全員Sランクで、おれは一応SSだ」

「ほう、という事はそこらのサーチャーじゃ相手にならないのも無理ないな」


 バラモンテは肩をすくめて「まあな」と言うと、ソルダットと二人で笑った。

 なんと言うか二人とも豪傑だな。

 SとかSSってサーチャーランクと同じ感じ?

 まさか、世界に五百人しかいないっていう猛者じゃないよね?


「おれがお前を倒したら西の盗賊ギルドも廃れるな」

「あのソルダット・ドライウッドにやられるのだ。まあ、仕方ない。

 それにこいつらもイズマンとモーダで一二を争う腕の持ち主だ。今回の件で盗賊ギルドの損害はかなりデカいだろうなぁ」


 するとバラモンテは腰に連ねている二本の剣を抜く。

 それを皮切りに、他の三人も剣を抜いた。

 全員剣士らしい。

 しかも、ぱっと見でもわかるくらい構えに隙がない。

 確実にこの四人全員おれより強いだろう。

 こんな奴らに狙われてたのか……

 生きててよかった。


「いざ!」


 バラモンテの体から魔力が立ち上り剣から炎が昇る。

 そして散り散りになった盗賊達は自分の得意な構えから、臨戦態勢を取る。

 素早いその動きはまさにプロ級だ。

 盗賊っていうと無秩序な暴君ってイメージだけど、こいつら見てると本当に戦闘のプロって感じだった。

 もしかしたら人殺しを生業にしている賊なのかもしれない。


 その中に一人めちゃくちゃ速いヤツがいた。

 一気に距離を詰める訳ではなく、細かく動いて相手の注意を引こうって感じだった。

 そいつのちょこちょこした動きは、多分ソルダットよりも速い。

 高速で動き回り、一瞬でソルダットのところに来た。


「遅い」


 ソルダットは全く彼を視界に入れないで、裏拳を中空に放つ。

 空を切ると思われたその一撃。

 何故かそこから血が飛び、そいつは吹っ飛んだ。

 え? 先読み?


 そして次の瞬間、吹っ飛ばされたそいつが空中で更に加速した。

 自分で加速したのではなく、ソルダットがそいつに追撃を入れたっぽい。

 全く見えなかったので、おれもよくわからない。


 そいつは地面に転がると、ぴくりとも動かなくなってしまった。

 所謂、戦闘不能状態だ。

 もしかしたら死んだかもしれない。


「剣を使うまでもないな。さあ次はどいつだ?」


 ソルダットは剣を地面に突き刺すと、それにもたれ掛かった。

 その様子を見てかなり横幅の広い大剣を構えたデブいヤツが一歩前に出た。

 剣をかなりの速さでブンブンと振り回す。

 その勢いは、ここまで風が感じられるほどだ。


「次はオイラだぁ!」


 オイラとか……

 なんと言うか、負けフラグの立ちまくりな感じだな。

 しかし、そいつは剣を振り回しながら素早くソルダットに近づく。

 はやっ。

 その速度はさっきのソルダット並みだった。

 あれか、動けるデブか。


 もちろん剣を振り回し続けてるので、間合いに入った時点で斬撃を受ける事になる。

 しかし、ソルダットはそいつの間合いに入り、剣の隙間を縫ってデブに肉薄。

 さながら、それは曲芸のようだ。

 間合いに侵入する際にデブの剣の腹を踏みつけ、暴れ回っていた剣は地面に刺さり動きを止めた。


 突然剣を奪われたデブは体勢をうまく整えられない。

 その隙をついて、そいつの贅肉たっぷりの腹にソルダットの拳が突き刺さる。

 同時にデブの口からゲロが大量に吐き出された。

 それでもソルダットは動きを止める事無く、流れるような動作で後頭部をこつんと突き、デブの意識を完全に刈り取る。

 どちゃっと自分の吐瀉物の上に倒れるデブ。

 これももう戦闘不能だ。


 片手剣を携えたひょろ長い男がソルダットに近づく。

 次の相手だ。

 遠くから見るとホワイトみたいな体型だな。

 背が高くて手足が長い。


 そいつは何も言わずに近づくと、腕を鞭のようにしならせ剣を振る。

 その一撃はあり得ないくらい速かった。

 パンっと空気の壁を裂く音が響くほどの速さだ。


 それでもソルダットは意に介さない。

 次の一撃をすっと半身になって避けると、剣が振り終わられたところで膝を蹴る。

 膝カックンの状態になったひょろ男は、まともにソルダットの肘うちをこめかみに喰らって、何故か鼻血を吹き出しながら崩れた。


「さあ、お前で最後だな」


 炎を纏う双剣を構えたバラモンテは腕を十字にクロスさせてソルダットを見ている。

 いつでも来いって感じ。

 彼は冷や汗を拭う事無く、ぽつりと呟く。


「……まさか、一瞬でイズマンの『雷』とモーダの『暴風』と『疾風』を素手で無力化するとはな。しかも手加減してるだろう?」


「まあな。でも、こいつら結構強いな」

「はあ、よく言うぜ。こいつら一人でSランクっていう凄腕なんだぜ? それぞれモーダとイズマンでは知らないヤツはいないくらいだ」

「そっか。昔は盗賊ももっと強かったけどな」

「ちげぇねえ、おれも貴様とやり合った事があるんだが覚えてるか?」

「いや、昔は色んなヤツが勝負勝負ってうるさかったから、覚えてないな」


 なんだか二人は昔会った事があるらしい。

 会話がやけに長い。


 彼かが会話をしていると、詰め所のドアが開いた。

 見ると、そこから煤だらけの顔をしたトミーとその部下達が出てきた。 

 騎士団逃げちゃうんじゃないのと思いきや、騎士団達は二人を見ると、蛇に睨まれたカエルのようにピタリと動かなくなった。

 ただただ二人を見つめている。

 どうやら生ソルダットを実際に目にして、逃げる気をなくしたようだ。


 ソルダットとバラモンテは騎士団に一瞥をくれると、何事もないかのように会話に戻った。


「そうか、まあおれもその時は例に漏れず一発ノックアウトだったんだがな。

 あれは確か、まだSランクのサーチャーやってる時だったな」


 こいつも昔はサーチャーだったのか。

 しかもSかよ。

 てことはホワイトと同レベルじゃん?

 しかし、やはりソルダットは意に介さない。


「ほう、じゃあやっぱり強いんじゃん」

「まあな……タァッ!」


 話の途中で剣を振るバラモンテ。

 彼の剣に纏わりついた炎が凄い速さでソルダットに接近。

 落ち着いた様子でそれを半身で躱す。

 しかし躱したところに更に炎が飛んでくる。

 それは下段を襲い、完全にソルダットの脚を狙った一撃だった。

 だがソルダットは跳び上らずに、大きなステップで躱す。


 その様子を見てバラモンテは肩をすくめた。


「やはり一筋縄ではいかないな」


 彼は動いてないのにも関わらず、炎を帯びた斬撃が彼から飛び出した。

 しかしそれはソルダットの頭上を飛んで消えてゆく。


 え? 全然おしくない方向に飛んで行ったが?

 まさか時間差攻撃?


 あ、わかった。

 おそらくバラモンテが放ったのは速度を調節した飛び技だ。

 最初の一撃目は簡単に避けれるような位置を狙い、二撃目は相手の足下を狙いジャンプさせる。

 空中で身動きが取れないところを、時間差で仕掛けた攻撃がヒットするという仕組みだろう。

 テクニシャンだな。


 バラモンテの魔力が動き、再び炎が剣に絡み付く。

 一方のソルダットは素手のままバラモンテに向かって歩み寄る。

 その足取りは、戦闘中という事を忘れさせるくらいゆっくりだ。


 二人の間合いはすぐに縮まり、ソルダットは既にバラモンテの攻撃範囲内に侵入している。

 これは凄いハイレベルな接近戦になるはずだ。

 おれは二人の戦闘を網膜に焼き付ける為に、目を見開いて二人の一挙手一投足を追う。


 最初に動いたのはバラモンテ。

 彼は右手の剣を袈裟懸けに振り、一方で左手の剣はすっと引く。

 その一撃に対して、ソルダットは近づきながら最小限の動きで剣を躱す。

 躱すだけでなく、振り終えた相手の右手を掴む。

 もちろん躱される事を読んでいたバラモンテは、一度引いた左の剣を鋭く突き出す。

 素早い第二撃をソルダットは避けることはなかった。

 ソルダットは一撃目で繰り出されたバラモンテの右手を捻り、右剣の腹で左剣の突きを受け止めた。

 剣と剣がぶつかり合い、甲高い音が鳴る。


 右手は制されたものの、左手は未だ健在であるバラモンテは、左剣をソルダットの頭目がけて振る。

 かなりの速さだ。

 その剣の軌道が完全にソルダットの頭に定まる時、ポキンと小気味の悪い音が鳴る。

 バラモンテの左手の肘から先が綺麗に折れ曲がっていた。

 同じく片手の空いてるソルダットの肘撃ちが腕の骨を折ったのだ。


 しかしバラモンテは、腕折れた瞬間に剣を手放す事を選択。

 剣は勢い良く振られた慣性の法則に従って、ソルダットに向かう。

 軌道は変わらず、ソルダットの頭だ。

 負傷してからの一連の動作は巧みだった。

 腕を折られても、ただでは折られない。

 そんな賊の流儀さえ感じてしまう。


 剣はそのままソルダットのこめかみを目指して進む。

 だが、ソルダットは後方に倒れ込むことで回避。

 倒れ込む直前までバラモンテの手を離さない。

 ぐっと引っ張る事でバラモンテは前屈みになった。


 後ろに倒れる事でバラモンテの頭が剣の軌道上に入る。

 ソルダットは最小限の動きで、躱さなければ死ぬ状況を作る。

 巧みだ。

 相手に王手をかけ続け、逃げるしか無いような状態を作っている。


 剣を寸のところで躱すバラモンテ。

 しかし、右手を掴まれている状況で無理な回避行動をとった事によって、右肩がずるっと伸びた。

 脱臼だ。

 彼は右腕を捨てる事によって剣を回避したのだ。

 右腕は肩から脱臼、左腕は骨を折られ、バラモンテは既に詰みだ。


 しかしソルダットは止まらない。

 バラモンテの右手を放し、倒れ込む勢いを殺さぬように両手を地面につく。


 突然掴まれていた手を放されてバラモンテはバランスを崩して倒れた。

 そのままソルダットはバク転の要領で回転。

 足が頭の高さまで上がり、未だ飛行中の剣を踵でポンと蹴り跳ばすと、剣は軌道を変えて ひゅんひゅんと回転しながら空に舞う。


 そしてくるりと反転し、綺麗に地面に立つ。

 さらに、今まさに立ち上がろうとしていたバラモンテの足を払う。

 足を払われて背中から地面に衝突するバラモンテ。

 立ち上がろうにも両腕を使えず、うまく立ち上がれない。


 その時だった。

 バラモンテの目が突然見開かれた。

 すると諦めたようにぽつりと一言。


「はぁ、強くなったと思ったんだけどな。まだ暴れ太刀の剣も抜かせることも出来ないか……」


 バラモンテは目を閉じた。

 そして、とても清らかな声色で言った。 


「ありがとよ、楽しかったぜ」


 それに対してソルダットは優しい笑みを浮かべる。


「じゃあな、悪党」


 その言葉が終わる前に、バラモンテの首から血しぶきが上がった。

 空から回転した剣が落ちてきて、彼の首を切ったのだった。


 無駄の一切無い戦闘だった。

 最適な方法でバラモンテの攻撃をやり過ごし、最適なタイミングで次の一手を潰す。

 そして事実上、ソルダットは一度も攻撃する事無くバラモンテを葬った。


 うそだろ……神業だ……

 前にホワイトが「タイマンでソルダットの右に出る者はいない」的な事を言っていたが、こういう事か。

 相手も元々はSランクのサーチャーだったのだ。

 にも関わらず、まるで赤子の手を捻るように簡単にやっつけてしまった。

 しかも素手で……


 初めてソルダットの戦闘を見たが、ちょっとこれは想像以上だ。

 次元が違うなんてもんじゃねえ。

 剣を使うとヤバいって言ってたが、結局素手でも最強だった。

 これからはマスターとお呼びした方が良いかな?

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