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死んでないおれの不確定な死亡説  作者: 提灯鮟鱇
第二章 初心者サーチャー
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第二十七話 盗み聞き

「一体どういうつもりだッ!」


 月明かりの綺麗な夜。

 決して大きいとは言えない木造の建物の窓から、微かな明かりと大きな怒号が漏れていた。


 ここは北区の守護騎士団詰め所の一室。

 副団長トミー・ガエノフは、額のしわを一層深くさせながらテーブルを叩いた。

 彼の目の前には、赤い服の男と何人かの賊が悔しそうな表情を浮かべたまま無言で立ち尽くしている。

 一方、トミーの後ろに控える屈強な体躯の兵士達は、厳かな雰囲気を持ったまま、こちらもまた無言で賊達を見ていた。


「あの方からの直接の命令なのだぞ!? このまま失敗したらどうなるかわかっているのか!?」


 再びテーブルを叩き、トミーは椅子にふんぞり返った。


「理由はわからんが、とにかくあのシゲルとかいう者を殺さなければ、我々が死ぬのだぞ!? 我々だけではない。盗賊ギルドの未来にも関わる!」


 騎士団はある者の命令を受けて動いている。

 このトミーという男。

 守護騎士団副団長という肩書きを持ちながら、裏ではジャノバスという秘密結社の一員であり、彼が自分の部下を駒にし使役しているのは、このジャノバスの命令なのだ。

 ジャノバスは秘密結社であるゆえ、一般的には知られておらず、彼らの目的も不明だ。

 ただ、このトミーという男は上からの命令にただ従っているに過ぎない。


 赤服の男が舌打ちをしながら静かに口を開く。


「だが、あちらにはホワイト・マリシオクネと天災のセレシアがいるのだ。我らも全力を尽くしているが、戦闘では向こうに分がある」


 赤服の男の言葉が終わる前に、トミーは三たびテーブルを叩いた。

 貴様の話は聞きたくないと言わんばかりのタイミングだ。


「だから貴様らが呼ばれたのだろう! 情報通りポアロイルがこの街にやってきて、後はシゲルを殺せば良いだけというのに、貴様らSランクの盗賊どもがこぞって何をやっている!」


 トミーは葉巻に火をつけると、煙を賊達に吹きかけた。

 煙を吹きかけられた赤服の男は、それでも言葉を続けた。


「こちらも感覚素質の者を何人も用意して来たのだ。しかし、何故かやつの動きは読めないのだ」

「言い訳はいい! それに貴様らは情報収集の為にはいえ無駄にサーチャーを殺し過ぎだ!」


 そう。

 彼らはシゲルがサヤバーン周囲にいるという情報を受けてから、周辺の街で腕の立つサーチャーを探してはシゲルの事を聞き、そのついでにサーチャー狩りも行っていたのだ。

 やり過ぎとは言え、盗賊がサーチャーを殺すのは道理がある。

 なにせサーチャーは、彼らの商売上、邪魔なだけなのだから。

 だが、トミーの言い草に赤服の男も流石にむっとして、半歩前に出る。

 しかし、それを見た騎士たちもトミーを守る形で前に出た。


「貴様らが見つからんと言うから、こいつらに情報収集をさせて採石場にいるという事を掴んだのだ。私が直接行ってヤツに会ったが、採石場にいる一般市民の目の前で我らが手を下すわけにはいかん。そういう汚い仕事をやるのが貴様ら賊の仕事だろう!」


 賊達はトミーの正論に返す言葉を探せずにいた。


「はあ……あのシゲルという小物を殺す為にこちらも作戦を立てたのに、こうも簡単に失敗するとはな。

 モリス・トパーズの引きはがしに失敗。ホワイト・マリシオクネの殺害も失敗。

 ここまでならいい。ここまではシゲルの周りを手薄にさせる布石だからな。

 だが、なぜ手薄になったところでシゲルを狙わん!?」


 その言葉に今まで沈黙を守っていた賊の一人が口を開いた。


「……実は、あの男の脇には死んだ筈の暴れ太刀がいたんだ。間違いない、おれとバラモンテはこの目で確かに見た」


 ひじ鉄砲を受けたもう一人の賊、バラモンテは腕を組みながら頷く。


「間違いない。あれは正真正銘の暴れ太刀、ソルダット・ドライウッドだ。

 おれもSSランクとして腕をならしている悪党だが、あいつを見た途端鳥肌が立ったぜ」


 二人の言葉に後にゴトンと音を立てて椅子が倒れたのは、トミーが勢い良く立ち上がったからだ。

 わなわなと震える口で言葉を紡ぐ。


「な、なんだと? それは本当か……?」

「ああ、おれは以前ヤツを見た事がある。あのだらんと脱力した立ち姿は間違いなくヤツだ」


 トミーの顔は見る見る青ざめていき、後方の騎士団からはざわめきが生まれた。


 ソルダット・ドライウッド。


 彼は過去に北遠大陸最強の名を持ち、度重なる魔物の大発生で疲弊した人々を救う為に、大国の食客という立場と自分のすべてを投げ出し、ポアロイル旅楽隊の初期メンバーとして各地を旅して回った男だ。

 元々ポアロイル旅楽隊はある男が立ち上げたパーティーで、初期メンバーは史上最強と言われている。

 そのパーティーの主戦力として存在していたのがソルダットだ。


 しかし、旧ポアロイルは二十体を越える魔族の襲撃を受け壊滅。

 50年ほど前の話である。

 その襲撃の際、初期メンバーの中で運良く生き延びたのはホワイトだけだと言われている。

 ソルダットを含む、他のメンバーは全て死亡したとされている。

 ポアロイルの初期メンバーというだけでネームバリューがあるので、ホワイトが有名なのはその為だ。


 盗賊と騎士団は動揺を隠せない。

 ソルダットが生きていた。

 それだけでも大ニュースであるのに、さらに彼がいるのを知らずに手を出してしまった。

 つまり、盗賊ギルドと騎士団の詰みという形で終局を迎える事になる。


「くそっ! そしたらせめてジャバノスに報告だ! 行くぞ!」

「まあ待て、トミー殿」


 盗賊の一人が口を開いた。


「我々、盗賊は危険な橋は渡らない。しかし、今回はジャノバスの仕事だ。このまましくじっても未来は無い」

「だから何だというのだ?」

「我々も腕の立つ者を集めたのだ。コソコソと策に溺れるよりも、正面から仕掛けようではないか。なに、正面と言えどもソルダットには目をくれずシゲルだけ狙えばいい。こちらの犠牲もあるだろうが、この人数で一斉にシゲルを狙えば、やつらも守りきれんさ」


 盗賊達の顔がニヤリと歪んだ。


 と、その時であった。


『ハハハ! 話は全て聞かせてもらった!』

「!」


 何処からともなく、声が聞こえてきた。

 その声は明らかにここにいる盗賊たちの声ではない。

 その場にいる者達はざわめきだした。


「誰だ!?」

『ふん、お前ら馬鹿に名前なんて教えるか。天才は馬鹿が嫌いなんだ』


 かなり曇った声色だ。

 未だに部屋の中にいる者たちは、その声の正体に気がつけないでいた。


『お前ら正面から仕掛けると言ったよな? 今からそっちに行くから待ってろ……わっ、なにをする! やめろ、まだ話し……てな…………アンタ達! これからウチのたいちょーが行くから覚悟なさい!』

「……一体、何なんだ?」


 きょろきょろと周りを見渡すトミーは、一人の弓兵に何かついているのを発見した。

 彼は今日、モリスを狙ってた一人である。

 その彼の矢筒にがっちりと何かが挟まっていた。

 それはクワガタムシのようで、ガラクタのような妙なものだった。

 よく耳を澄ますと、声はそこから出ているようだ。

 トミーはそれを摘むと、その場にいる全員が注目した。


「ここから声がするぞ……!」

『ねえジェフ! このボタン何?』


 その瞬間、クワガタムシが電撃を放った。

 盗賊達は素早く身を引き、事なきを得たが、クワガタムシを持っていたトミー及び鉄製の鎧を着込んだ彼の部下は一人残らず感電し、昏倒した。


-------


「あれ、ジェフ? なんかコレ動かなくなったわよ?」

「馬鹿セレシア! どうしてそのボタン押したんだ!」

「それ、馬車で試した新作か?」

「そうだ、今しがたセレシアのせいで自爆したがな……」


 少年の落胆のため息が空しく空気に混じった。


 ここは騎士団詰め所の近くの倉庫。

 その壁にもたれかかる七人の影。

 ポアロイルのメンバー達は魔道具を介して彼らの会話を盗み聞きしていた。

 さらに気配を消す魔道具『朧月』を並用し、相手の察知能力者の感知から逃れている。


「とりあえずヤツらの目的がわかったな」

「じゃあどうするの? ソルさん行っちゃうの?」

「まあな、シゲルが狙われていた以上、野放しにはできないだろ」

「うおおお、ソルダットありがとなぁ」

「なんだよシゲル、くっつくな!」


 一番新入りのシゲルは、ポアロイルやソルダットの過去について知らないので、ソルダットに聞いてた。


「なんでソルダットは死んだって事にしたままなの?」

「まあなんだ、ビックネームになり過ぎたから隠居したくてな」


 シゲルの疑問にソルダットは真面目なのかふざけてるのかわからない曖昧な答えを返す。


「あ、動くっす!」


 モリスは相手の動きを察知して全員に告げる。

 すると、詰め所の方から扉を乱暴に開ける音が聞こえて来た。

 見ると十五人ほどの男が一目散に駆け出して来た。


「ちょっとよく見えないっすね……あ、こっちに来ます!」


 それを聞いたソルダットはゆっくりと立ち上がる。


「ちょっくら行ってくるわ。お前らはここで待機だ。残党とか居残り組がいるかもしれないから気をつけろよ」

「ちょっと待った! おれ、ソルダットが戦うところ見てみたい!」


 同行を懇願したのはシゲルだ。


 シゲルはここ最近、トレーニングに精を出している。

 ホワイトの戦闘を見てからというもの、男たる者強くあるべしと唱えながら、毎日鍛錬に時間を費やしている。


 ただ彼は、単に強くなりたいという訳ではない。

 彼は元の世界への帰還という目標を立てているが、前人未到の壮大な目標を前に、自分の力不足の為に死ぬ事は避けたいのだ。

 彼は出現してきて間もないが、この世界の仕組みをよく理解している。

 力があればかなり融通が利く事、金が稼げる事、生活していける事。

 更には、もし帰還出来なくても、腕っ節の強さがあれば食い逸れる心配は無いだろうという、保険的な部分も少しはある。

 彼は賢いのだ。

 そして、そんな彼が大陸最強と呼ばれていた男の戦いを見たいと思うのは、当然のことであった。


「見つかったら狙われるぞ? いいのか?」

「うっ!」


 そう。

 彼らの最終目標はシゲルである。

 もちろん、彼らがシゲルを見つけたら、今度こそ全力でシゲルのみを狙うだろう。

 そうすれば命の保証はない。


 そんな彼に向かってジェフは何かを放り投げた。


「行くなら一応持っとけ。朧月だ」

「……いいのか?」

「ああ、ほら」


 ポケットからもう一つの朧月を出す。

 ジェフはこの朧月を何個か持っている。


「ありがと!」

「ちょっと待って」


 シゲルが立ち上がると、今度はアカネが制止をかける。

 手をシゲルに当てて何かぶつぶつと言い始めた。

 すると、ふっと風がシゲルを包み込むようにして舞い、彼の体は軽くなった。


「一応、アンチフリクションっていう素早く動けるサポートと、攻撃から身を守ってくれる簡単なバリアをかけといたわ。でもあまり過信しちゃだめよ? 基本は隠れててね」

「お、おお、ありがとな」


 少しシゲルが照れくさそうにしていたのは、アカネが上目遣いだったからだろう。

 ソルダットは手に持っていた剣を鞘から抜いた。


「ちゃんと隠れてるんだぞ? いいな」

「わかってる!」


 ソルダットはシゲルの目が輝いてるのを見て、苦笑いを浮かべた。


「さあ、行くぞシゲル」

「ああ!」


 シゲルはソルダットに続いて壁に沿うようにして北区守護騎士団詰め所の方に向かった。



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