第二十四話 岩使いの美少女
結論から言おう。
おれ達がトイレに駆けつけた時、既にモリスの姿はなかった。
トイレの扉は乱暴に開けられたようで、鉄の蝶番は曲がっていた。
そして、トイレの地面には金属製のギターピックがついてるネックレスが落ちていた。
「これ、モリスのだ……間違いない」
謎の物品はモリスの私物だそうだ。
おれは知らなかったが、モリスはこれをいつも大切に身につけているらしい。
友人の形見なんだとか。
そんなものがここに落ちている、という事はどういうことか。
つまり、モリスは突然姿を消したことになる。
いや、十中八九Aランクのゲイ、シウバを殺した連中が関わっている。
まだ近くにいるかも知れない。
「ちっくしょう!」
ホワイトが宿を出て大通りに駆け出す。
「待てホワイト! 今は散けないほうがいい!」
ジェフはホワイトの背中に叫んだが止まらない。
仕方なくおれ達はホワイトの後を追う。
大通りは多くの人でにぎわっていた。
夕方の時間帯というのが、人の多さに拍車をかけているようだ。
「一か八かの感知だ」
ホワイトは目を閉じる。
察知能力を研ぎすます。
誰もが持っている察知感覚を魔力によって強化するのだ。
身体強化のようなモノだ。
だから大した強化は望めない。
地面に手を着け、探るように音を聞く。
おれたちはホワイトの察知が終わるまで待つ。
もちろんその間、周囲への注意は欠かさない。
「……っ! ホワイト!」
突然、ソルダットがホワイトを突き飛ばす。
大きく突き飛ばされたホワイトは、大通りをゆく人々を巻き込み、通りの中央の方まで転がっていった。
同時に、さっきまでホワイトがいた場所に、鉄が石を砕くような鋭い音を立てて大きな矢が刺さる。
かなりの大きさで、矢というよりも小さな槍のようだった。
その威力は石畳を容易く貫通させ、地面深くまで突き刺さっている。
通行人たちはそれに気づき、悲鳴を上げて散りだした。
このパニックは大通りに一瞬にして伝染していく。
一人悲鳴を上げれば、それを聞いた十人が悲鳴を上げる。
瞬く間に通りは大混乱に陥った。
通りに面した窓は次々と閉じられ、人々は建物の間の狭い路地に逃げ込む。
路肩に広がる出店もそのままに、我先にとみんな避難してしまった。
矢の刺さった角度から推測して狙撃手の位置を見る。
上からのようだ。
「あそこだ!」
ジェフの指差す先には、ヘビーボウガンを携えた男がいた。
宿とは反対側の建物の屋根にいる。
全身真っ赤な服を着たそいつをおれも容易に発見した。
緑色の屋根の上に、真っ赤な服は非常に目立った。
どうやら次の一撃の充填を完了しているようだ。
標準をこちらに合わせて構えてきた。
まずい!
二発目が来る!
「パスシールド!」
アカネが魔法を使う。
彼女が魔法を使う姿は初めて見た。
魔法の名前ダサッとか思ったが、今はそんな余裕はない。
屋根の上の赤い狙撃手は既にこちらに標準を合わせているのだから。
おれ達の周りを素早く魔力が包んだ。
金色に輝く雪の結晶の様な物体が舞い、それぞれが線で交わる。
線と線の間に生まれた面はピシピシと音を立てながら高速で密度を増し、曇りガラスのようになって、おれ達一人一人を覆う。
バリアだ。
しかし次の瞬間、おれを覆っていたバリアが大きな音を立てて揺れた。
衝撃が体にも伝わり、尻餅をついた。
打たれたっぽい。
前方の面にはヒビが入ってる。
もう一発は耐えられそうにない。
「……野郎」
ホワイトは突き飛ばされた位置から起き上がると、即座に自分に張られたバリアをぶっ壊した。
そして目にも止まらぬ速度で屋根まで跳躍。
アイツ……キレてる。
赤ずくめの男は、落ち着いた様子で充填を行う。
ホワイトは一瞬で屋根まで到達し、その男の前にふわりと着地。
そして着地と同時に、手に握っていた石つぶてを投げつけた。
流れるような動きだ。
だが、この間戦ったバンドウム盗賊団とは違い、赤ずくめはその攻撃を難なくレジストする。
あのホワイトが正面に出て来ても、全く焦らない。
どうやら相手もただ者ではないらしい。
充填の終えたヘビーボウガンをホワイトに構え、バックステップで逃げながらホワイトに発射。
ホワイトは素手で矢をいなし追撃にでる。
しかし、それは容易ではなかった。
赤ずくめの退却が速く、距離が縮まらない。
屋根を伝って、あっという間に反対の通りまで抜けて行った。
このまま赤ずくめは下に降りて、路地にでも逃げ込んで見えなくなってしまう。
そうなれば追跡は容易ではない。
と思ったが、赤ずくめは屋根から降りようとしない。
屋根から降りなければ、赤い服が目立って逃亡できないのに。
なぜ降りない?
赤……
目立つ色……
誘ってる?
「逃がすかよ!」
ホワイトも屋根を伝って追う。
マズい!
相手は完全にホワイトを誘ってる!
「戻れホワイト! 罠だ!」
おれはホワイトに向かって叫んだ。
くそっ!
ホワイトが止まらない。
聞こえてないようだ。
かなり頭に血が上ってる。
赤ずくめが、屋根を飛び越え、十字路を斜めに横切った時、相手はついに仕掛けてきた。
今、ホワイトが跳び越えようとする道から三つ光が煌めく。
おぞましい力を感じた。
これはおれにも分かった。
魔法だ。
ホワイトが十字路の真上にいるさしかかった時、下から巨大な火柱が上がる。
下には三人の魔術師が待ち構えていたのだ。
赤ずくめの行動は、すべてこの一撃をホワイトに当てる為の布石だったのか。
計算され尽くした見事な連携。
完全に不意をつく攻撃だった。
もちろん空中ではホワイトも回避できない。
魔法の発動を察知して防御体制をとるが、防ぎ切れるのかわからない。
しかも彼は丸腰だ。
その火柱は渦を巻きながら轟音を立てて舞い上がる。
三人の魔術師から繰り出されるそれは、恐ろしく強力な魔法だった。
すこし離れた位置にいるのに、その魔法の熱波を感じるほどに。
白に近いオレンジ色の炎は、鉄をも溶かしそうな温度であることは簡単に見て取れた。
これを直撃したら、流石のホワイトでも命の保証はない。
しかし、
それはホワイトに直撃することはなかった。
火柱はホワイトに届かない。
彼の真下で大きな岩に阻まれているのだから。
分厚い歪な岩の板だ。
岩の板が魔術を受け止め、行き場を失った炎は岩をぬるぬると撫でることしか出来ない。
その板の端には太い柱があり、地面から伸びている。
突然の事に、さきほど魔法を放った魔術師たちは戸惑っていた。
何がなんだかわからない様子だ。
それもそうだ。突然岩が地面から生えてきたのだから。
だが、おれのいるところから見ると、直ぐにわかった。
あれは手だ。
岩石の手。
手が地面から伸びて、火柱を受け止めたのだ。
一体誰がだなんて、考えなくてもわかる。
こんな芸当が出来るのはただ一人しかいない。
ホワイトは岩の手の甲に落ち、ようやく落ち着きを取り戻した。
ため息を大きくつくと、軽々と地面に降りてこちらに戻って来る。
魔術師たちは動揺で動けないでいた。
「助かったぜ、セレシア」
ホワイトがそう言いながらこちらへ戻ってきた。
風が唸る。
ゴージャスなドレスは風に靡き、彼女のつま先は地面から離れていく。
ふわりと宙に浮くのは、優雅さを持ちつつも勇ましい姿。
金髪を逆立たせたセレシアは、ふんと鼻息を一つ。
「あたし達に喧嘩売るとは、上等ねぇ」
いつもデカい声の彼女だが、低く唸った声は鳥肌モノだった。
こちらも完全にキレてる。
目をカッと見開く。
「セレシア・オーブライト! アンタらが最後に聞く名前よ!」
かっこ良く名前を宣言すると、右の拳を空に突き出す。
すると、彼女の動きに連動して、岩の手も拳を作った。
周囲の魔力の流れが一気に変わる。
なんと言うか、全てがセレシアのフィールドになったって感じだ。
その影響か、彼女の周囲で石畳が剥がれ、重力に逆らって上に昇っていく。
理屈を越えた力が世界に具現化する。
なにこれ……すご……
「後悔なさい!!」
ゴウンと前方で大きな音を立てて、さっきの岩の手が拳を握った。
握られた岩の拳は、セレシアが力強く拳を握る事で大きさを増していく。
魔術師達は撤退を開始しているが、動けないでいた。
よく見ると、彼らの足が地面にめり込んでいるようだ。
違う、岩に足を掴まれてる。
セレシアは左手を腰の辺りで握っていた。
ああ、そうか。左手で魔術師の足を握ってるのか。
これじゃあ逃げられまい。
「くっ!」
魔術師達が自分たちの周りにバリアを張った。
三人が同時に張ったので、かなり分厚いバリアだ。
しかし。
「ハアァァァァァァッ!!」
セレシアが勢いよく拳を振り下ろすと同時に、岩の拳も振り下ろされた。
それはやすやすと分厚いバリアを破り、地面を砕き、凄まじい爆音が辺りに響き渡る。
圧倒的な攻撃。
徹底的な破壊。
それはまさに、天罰を下す神の手が振り下ろされたようだった。
粉塵が舞い、視界が閉ざされる。
通りは一瞬にして静寂に包まれた。
地面に降りたセレシアは、いつものように鼻息を一つ。
「フン! 愚かなニンゲンね!」
これがSSランクの攻撃か。
ヤバ過ぎる。
次元が違う。
こんな攻撃を受けたら、魔術師三人組は生きては無いだろう。
ソルダットが粉塵の舞う方に向かって手をかざす。
ふわっと風が吹いた。
一気に視界が晴れる。
あ、これ生活魔法か。
案の定、そこにはクレーターが出来てた。
その中に魔術師の死体が三つ。
死体と言うより、肉塊と服になってた。
勿論、原型など全く留めていなかった。
「あの赤いのは逃げたみたいだな」
ソルダットは独り言のように呟いた。
それにホワイトが続ける。
「ああ、特別強いってわけじゃねえが、面倒くせえヤツだったな」
通りが再び騒がしくなって来た。
後ろの方からは馬の足音。
それに伴って甲冑の揺れる音。
守護騎士団のお出ましだ。
「モリス、大丈夫かしら」
「大丈夫よ! あいつ運だけはいいんだから!」
アカネはモリスの心配をしている。
確かに心配だ。
既に殺されたなんてことはない思う。
トイレで姿が見えなくなったという事は、拉致されたか逃走したかだ。
殺すのだったらトイレの周辺に死体がある筈だ。
「あいつなら心配ない」
全員がその声に振り向く。
そこには偉そうに腕を組んでいるジェフ。
「あいつには新作を渡してある。これだ!」
そう言うと、ジェフはスパイスが入ってそうな小瓶をポケットから取り出した。
その小さな瓶の中には豆電球の様なものが入っており、点滅してる。
瓶の蓋には細かい金属パーツがいくつもついている。
見ただけじゃ何かわからない。
「何よコレ!」
セレシアが突っかかる。
もういつものセレシアに元通りだ。
さっきはあんなにかっこ良かったのに。
「ふん、よくぞ聞いた! これは遠隔魔力転送装置だ!」
「「「……」」」
みんなの沈黙を受けても、わざとらしい咳払いを一つ。
更に偉そうに続ける
「いいか、ここが光ってるだろ? これは魔力を受信して電気エネルギーに変換しているんだ。その受信している魔力はどこから来ているかというと、対となるもう一台から発せられるんだ。そう、まさに遠距離から魔道具を介して魔道具に魔力を送る。人類はまたもや新たな一歩を踏み出してしまったようだな、ハハハ!」
「対となるもう一台?」
ソルダットが眉間のシワを深くしながら聞く。
「じゃあそのもう一台はどこに行ったんだ?」
再び全員の視線がジェフに集まる。
心地良さそうにその視線を受けると、一度目を閉じた。
そして、クワッと音がしそうな勢いで開く。
多分この一連の動作に意味はない。
「モリスだ!」
まだ意味が分からない。
背後では住民達が戦闘が収拾したのを感じ取り、多くの人が大通りに出てきた。
一体何が起きたのか一目見ようと、色んな方向からゾロゾロやって来る。
野次馬根性だ。
それを守護騎士団が指示を与え、通りの交通を規制し始めた。
「それをモリスが持ってるとどうなる?」
ホワイトは首を傾げて尋ねる。
それに対して、あからさまにがっかりした様子でため息を吐くジェフ。
「お前ら馬鹿だな。まだわからないのか?
いいか? これはもう一対の魔力を受信して光る。今も光ってるだろ。ってことはまさに今モリスがこれに魔力を送っているって事だ」
「じゃ無事なんだな?」
あまり要領を得ないので、おれが聞いてみた。
ジェフは未だにドヤ顔だ。
「ああ、探す事も出来るぞ。こうやってな」
なに?
それはすごい!
その言葉を聞いて、おれたち全員がジェフに駆け寄った。
一つのゲーム機に群がる小学生みたいだ。
「まだ試作段階だから効率は良くないんだが、こんな感じだ」
ジェフは瓶の頭である金属部分を横にして、懐中電灯を照らすようにして様々な方角に向ける。
点滅する光が強くなったり弱くなったりしてる。
「強く光った場所は魔力の信号が強い方角だ。という事は光が強い方向に進めばいい」
なるほど。
そうすればモリスにたどり着くってことだな。
「うおおお! すげえ!! ガハハハハ!」
ホワイトもわかったらしい。
「貴様ら! 止まれ!」
守護騎士団だ。
やはり大通りをめちゃめちゃにしたのはマズかったか。
逮捕されちゃうんだろうか。
せめてモリスを救出してからにしてほしい。
「我らは守護騎士団である!」
「お、光ってら! こっちだぞ」
「ジェフ、アンタ凄いのね!」
「ふん、当然だ。天才だからな」
「じゃ行くぞ」
「き、貴様ら! 待て!」
すげえポアロイル……
誰も聞いてねえ。
みんな魔道具の電気を見ながら、ぞろぞろと歩き去ってゆく。
完全無視だ。
ゴーイングマイウェイだな。




