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死んでないおれの不確定な死亡説  作者: 提灯鮟鱇
第二章 初心者サーチャー
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第二十二話 異常な素質

 おれは体を鍛える事にした。

 この世界じゃ、腕っ節の強さはサバイバル能力だ。

 弱ければいつ死ぬかわからない。

 死んでしまったら帰還もクソも無い。

 帰還は出来ないにしても、何か目標を持つ事は生きる上で非常に重要な事だ。

 目標は何か一つあれば良い。

 当分は強くなる事を目指そう。

 

 とは言え、怪物軍団のポアロイルに所属してる事で、身近に手頃な目標になる人がいない。

 モリスはボウガンで戦えるが、戦闘員と言うより動くレーダーだし、アカネは回復要員だし、ジェフは魔道具クリエーター。

 この三人は特殊だ。

 残りの三人、ソルダット、ホワイト、セレシアはSランク以上の大先輩だしな。

 極端過ぎるんだよな……


 やはりそうすると、ユニオンの同ランクの実力を見てみるのもいいかもしれない。

 確かユニオンには訓練所とかいう、戦闘狂の溜まり場があるって話だ。

 ランクごとに場所が違うらしいが、今度Fランクの訓練場を見てみることにしよう。


 ユニオンの依頼を受けまくって、ランクを上げるのも良いかも知れない。

 自分の経験にもなるし、ランクが上がれば自分の限界も見えて来る。

 いつまでもFランクにいても仕方ないしな。


 ちなみに、ポアロイルがこの街にいつまで滞在するかは未定である。

 適当に買い物したり、飯食ったり、仕事したり、プラプラしたりである。

 でも実は、ソルダットは賢者の情報収集をしてるらしい。

 この間、ホワイトと真夜中に出かけて行ったのも、その一環だったとか。

 結局どうなったかは知らないけど。

 おれと初めて会った時も、ソルダットは一生懸命おれの話を聞いてたもんな。

 普段は無気力系なクセに。


 そんなことを考えつつ、今おれは何をしているかと言うと……



「98……99……」


 おそらく、地球のみなさまが見たら腰を抜かすと思う。

 まあ、単純なウェイトトレーニングなんだけれど……


「……100! 終わったー!」


 乗用車ほどの大きさの岩は、百回の上下運動から解放されると、おれの右手から離れて、地面にずしんと沈む。

 重さは、この間の貯水タンクより遥かに重い。

 トレーニングにはもってこいのサイズである。


 ここは城壁の外、北側にある採石場の近くだ。


 最近はここで毎日欠かさずトレーニングを行っている。

 初めのうちは宿の貯水タンクでやっていたが、二日目にしてついに宿側が痺れを切らして「てめえ、いい加減にしろや」と行って来たのだから仕方がない。

 そんな乱暴な言葉使いじゃなかったけどね。


 そんなに重いものが持ちたいならと、採石場を紹介してくれたのだった。

 最初は誰かしらがついて来てくれたが、やはりただ単純に筋トレしてるのを見るのは退屈らしく、最近はおれ一人だ。

 言い出しっぺのソルダットだって一回しか来なかった。

 このトレーニングを始めてから、もう二週間くらい経つ。


 今では採石場の作業員とも顔なじみになり、彼らが休憩してる時に一緒にお茶を飲んだりしてる。

 その代わり、運搬の手伝いとかもしてやるんだがね。

 おれはトレーニング出来てウハウハ、作業員は仕事が減ってウハウハ。

 ウィンウィンの関係だ。


 自主トレは、なるべく自分を追い込まないといけない。

 だから毎日魔力を使いまくって、帰る頃にはフラフラするが、一晩ぐっすり寝ると全回復する。

 そして、前より魔力を使っても疲れなくなってきている。

 調節がうまくなったのか、魔力の総量が増えたのかはわからない。

 ただ、これは自分のレベルアップを感じることの出来る指標だ。


 しかもおれの魔力の性質上、やはり身体強化への影響がすごいらしく、身体強化時には体がカチンコチンになる事がわかった。

 なんという嬉しい誤算。

 防御も鬼になった。


 ソルダットに言われた通り、魔力無しでもやってみたが、これもいい感じに成長している。

 どれだけ肉体を虐めても、不思議と筋肉痛みたいなのは来ない。

 だが、次の日にはもうすこし出来るようになっている。

 見た目はあまり変化がない。

 そりゃ一週間でボディービルダーみたいになったらやだけどさ。

 少しガッチリしてきたかなっていうくらいの変化のみだ。


 今では魔力無しで、直径一メートルほどの岩を楽に持ち上げられる。

 これはなかなかすごいだろう。


 ジェフに報告したら「もしかして身体の素質か? いや、でも魔撃も……」とか唸っていた。

 天才をも悩ますとは、多彩も困り者だね。


 トレーニングは毎日、朝と夕方に行う。

 朝はウォーミングアップとして、夕方は出し切るまでやる。

 ただウェイトだけやるんじゃなくて、しっかりと走り込みなども行う。

 体全体を満遍なく鍛えることで、日々の充実感が半端ない。

 体を動かす事に、ちょっと幸せを感じるくらいだ。

 おれもマゾって来たな。

 つーか、おれの素質高すぎて怖い。


 昼間はユニオンに行って依頼をこなしてる。

 一緒に行くメンバーはいつも違うが、ポアロイルでパーティー編成されているので、誰が来ても問題無しだ。

 一人で行く事もある。

 ただ、ソルダットは一度も来た事はない。


 ホワイトが来た時は凄かった。

 その日は何故かいつもより人が多かったのだが、勝手に道があくのだ。

 人が割れる。

 そいつらの目からは羨望や畏怖の眼差しが注がれて、そこを通るホワイトはガハハと馬鹿笑い。

 セレシアの時は何もなかったのに。

 セレシアよりワンランク下のホワイトが、何故これほど有名なのかはわからない。

 雰囲気か? 見た目か?



 訓練所にも行ってみた。

 流石に初日は怖かったので、モリスについて来てもらった。

 Fランクの訓練所は中庭のような場所にあり、一応野外だった。

 バスケのコートくらいの大きさで、下には砂、壁際には各種トレーニング器具が置いてある。


 中央の砂地では、真剣にチャンバラをしてるのは三十代くらいの人だった。

 すごい真面目にやっているが、どうも冴えない。

 終わった後は額の汗を拭いつつ、笑顔で談笑に移って行った。

 トレーニング器具の辺りには、他の奴らがたくさんいた。

 全くトレーニングしてない。

 老若男女が一同に会していたが、その集まりは井戸端会議の形相を取っている。


 この世界では出現から容姿が変わらないので、おっさんに見えても最近出現したばっかりなんてケースも多々ある。

 逆にガキンチョでもかなり大先輩なんてケースも。

 ここにいるヤツは、多分ルーキーだ。

 もしくはダラダラと長い事Fランクに居座っている志の低い人だ。

 彼らも頑張ってると言えばそうかも知れないが、なんだが必死さが無い。

 おれは、ここの温い空気を見て自分の居場所ではないと思った。

 モリスも上のランクの訓練所を使う事をオススメしていた。


 という事でそれ以来、訓練場には行ってない。

 ウォーモルユニオンでは一番良い訓練所がB、Cランクの訓練所だが、とりあえずランクを上げないと入れないので、ランク上げをしているのだ。



 ランク上げも大変で、Fランクは昇格条件として二十回以上の依頼完遂記録と戦闘試験がある。


 戦闘試験は単独でモビラキャピスの撃破。

 モビラキャピスは犬タイプの魔物で、大きさは大型犬ほどだ。

 表皮は木質で堅い分、動きが遅い。

 モーグリと比べれば手強いが、Fランクの魔物だし、ましておれには魔撃もあるから楽勝なはずだ。


 依頼の二十回以上の達成。

 これが意外と大変なのだ。

 おれの実力ならば、討伐系を中心に受ける事によって、かなり効率よく終わらせる事ができる。

 そうすれば一日三件達成とかも余裕だ。

 だが、そこは流石にFランク。

 討伐依頼はなかなか来ない。

 大部分が一日子守りとか、一日警備とか、一日費やすものばかりだ。


 ちなみに現在のおれの依頼達成率は16/17。

 未達成の依頼は逃げたペットの捜索で、モリスと一日中かけて猫を探した。

 モリスもいたのになぜ失敗したかと言うと、依頼人が子供フォトムで捜索対象の説明が全く要領を得ず、何が何だかわからないうち失敗した。

 モリスも「猫なんてそこら中にいるっすよ……」とか言ってげんなりしてた。

 子供の遊びにつき合わされた感が否めない。


 そんなこんなで頑張って依頼をこなし続け、

 そして今日、ついに二十個目の依頼達成を迎えた。


-------


「おめでとうございます! ついにランクアップ試験ですね」


 今となってはすっかり打ち解けた受付嬢デブ(通称マルちゃん)は、笑顔でカウンターから報酬を取り出す。

 おれは小銀貨5枚と数枚の銅貨を数えもしないで、懐に入れた。

 最後の依頼は2トンのジャガイモ洗いだった。

 今日はおれ一人だ。


「いやー、長かったなぁ」

「なにを言いますか! めっちゃ早い方ですよ」


 このマルちゃんも、慣れてしまえば中々面白いヤツだった。

 身内にはとことん熱いって感じかな。

 仲良くなればわかる良さがあるんだな。

 まあ、ポアロイルの他のメンツにはまだビビってるんだが。


「テストいつ受けます?」

「いつでもいいの?」

「ええ、申請書提出すればEランクの試験ならいつでも受けれますよ」


 実はユニオンでは試験用のモビラキャピスを何匹か飼っているので、いつでも試験出来るのだ。

 モビラキャピスは三日も経てば、勝手に分裂するので問題ない。


「じゃあお願いします!」


 おれは申請書をささっと書き、マルちゃんに渡す。

 字は簡単な字ならもう書けるようになったのだ。


-------


 試験会場はFランクの訓練所だった。


 今日も例によって、井戸端会議が開催されていたが、職員とおれが入ってくるのを見て、話し声が止まった。

 次に大きなゲージが運ばれて来る。

 中にはグルグルと唸るモビラキャピスが一匹。

 実物を見ると、結構禍々しい。

 が、やはり大型犬ほどの大きさの割に、のろまな印象を受ける。

 ゲージの中で動く一つ一つの動作が遅い。


 井戸端議会は魔物の登場にどよめいた。

 こいつら毎日ここにたむろして、討伐なんて行った事無いクチだな。

 モビラキャピスを鈍そうだとか、堅そうだとか、勝手に評価し始める。

 そして、どっちが勝つかとかいうくだらない賭けを始めた。

 何だか嫌な気分だな。


 職員の指示により、Fランク井戸端議会は高台の上に移動した。

 その位置から、おれを見下ろしながらひそひそ言ってる。

 あー、やな感じだ。

 とっとと終わらせよう。


「ではランクアップ試験を始めます。危なくなったら止めますんで、遠慮なく戦ってください」


 職員がそう言うと、ゲージの門が開かれる。

 しかし、肝心の魔物はなかなか出てこない。

 その間にもひそひそ声は聞こえて来る。


「これ、もうやっていいんですよね?」

「え? まあそうですけど」


 それを聞くと、おれはズカズカとゲージに向かって歩みを進める。

 観戦を決め込んでいる外野はざわめいた。


 身体強化。

 これで一瞬だ。


 モビラキャピスはまだ出てこない。


 ゲージの扉を閉めた。

 周りのざわめきがピタっと止まる。


「「「は?」」」


 そりゃそうだろ、職員でさえ意味不明な表情だ。


 おれはお構いなしにゲージの端を掴んだ。


 いつもトレーニングに使っている岩に比べたら、軽過ぎる。


 ゲージがふわっと持ち上がると、ギャラリーは再び静まり返った。


 おれは右手にケージを持ち、高く掲げる。


 二メートル四方の鉄製のゲージは、まるで空の段ボールのように持ち上がる。


 そして次の瞬間。



 バゴオォォォォォオオオン!!



 思い切り地面に叩き付ける。


 デカい音を立てて、ゲージごと魔物を砕いた。




 全員がぽかんとしている。

 ちょっとカッコつけ過ぎたかな。

 音を聞きつけて、何人かが訓練場に入って来た。

 ……恥ずかしいぞ。


 あ、野次馬の中に、上裸にトゲの皮ベルトをクロスさせたいつかの戦闘狂がいる。

 ニタァと不気味な笑みを作っておれを見ていた。

 しまった。

 バトルマニアは恰好の獲物を見つけたようだ。


「ご、合格です!」


 ようやく我に帰った職員が、試験結果を伝える。

 その言葉を聞いて、おれはさっさと逃げるようにして会場から出て行った。



 ロビーに戻らず、直接外の酒場に行って一息つく。

 冷たい飲み物を注文した。

 これでおれもEランクに上がったが、目立ち過ぎたようだ。

 まあ、いっか。

 おれも結構強くなったし、少しくらい目立っても平気か。


「おい!」


 おっと、上裸皮ベルクロスおっさんの登場だ。

 やっべぇ、完全に獲物を見つけた目だ。

 バトルマニアはこれだから勘弁だ。

 強いかわからないけど、出来れば荒事は避けたい。


「ちょっとこっち来いや」


 すごい形相で凄まれる。


「いや、え、ちょっと」

「いいから来い!」


 抵抗むなしく腕を引っ張られて連れて行かれた。

 店員さんは助ける事もなく、おれの飲み物をおれのいた席に置いて引っ込んだ。



-------


 連れて行かれたのはB、Cランク訓練場だった。

 さすがバトルジャンキーだけあってランクも高いんだな。

 とかそんな余裕は無い。

 このおっさん、見た目に違わずめちゃくちゃ力が強かった。

 身体強化使って抜け出してしまおうかと思ったが、身体強化をするという行為自体が、相手にとって試合開始のコングかも知れないので、身体強化は使わなかった。

 といっても、おれは身体強化しなくてもかなり力はあるほうだ。

 そうなると、このおっさん、なかなかやり手かもしれん。


 今までこのウォーモルのユニオンで、パワーNo.1を誇っていたが、こんなFランクのガキに調子に乗らせとく訳にはいかねえ、て顔をしてるな。

 調子に乗ってしまった。

 だから、こうして目を付けられた。

 やはりこの世界でも、出る杭は打たれるのか。


「おい」


 壁に叩き付けられる。

 ぶっちゃけ全然痛くないが、流石にムカついて来た。


「なんでしょう?」


 おれは努めて冷静を保つ。

 おっさんはスキンヘッドを撫でながら、おれを睨みつける。

 何なんだよこいつ。


 戦うなら事になるなら仕方ない。

 身体強化も使ってやる。



「一目惚れした、好きだ」

「……?」



 ……は?


「頼む、おれの熱いハートを受け取ってくれよぅ!」


 男は顔を真っ赤にして、体をくねらせた。

 おれはまだ再起動できていない。


 まさか!

 こいつ!


 ゲイだったのか!



 こうして山田シゲルは、異世界初の告白を受けたのであった!

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